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    SSR_smt

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    SSR_smt

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    巡ちゃんと俄月のSS

    ありがとうのあの字もない腰に手を回す。
    睫毛が仰いだ風まで感じそうな距離で、2人は互いを――見ることもなく。眼球を左右に動かしていた。
    名塚巡が声を潜め、俄月の耳元に唇を寄せる。

    「居ますか?」
    「あと10m」

    巡は俄月の目線を追う。
    己の背中の、その先。合図のように握った手をギュッと握った。

    「きゃっ」

    ヒールのつま先が革靴を踏んだ。慌てて謝ろうと身を起こそうとして、そのまま引き寄せられる。俄月の猛反発枕のような胸板に「ぶ!」と鼻の頭をぶつければ、薄紫の目はターゲットに向いたままだった。

    「浮いた足をそのまま下ろせ」

    腰に巻かれた腕が強く引かれ、そのまま力任せに体がくるりとターンする。
    遠心力で浮いた足をされるがまま地面につけば、大きく前進した。
    人の波の中を器用に俄月と巡はすり抜けてゆく。俄月の優に2mある大きな体が器用に進んでゆくのは、不思議なものだと巡は慣れないステップを踏みながら思う。

    「俄月さん、ダンスよくするんですか?」

    我ながらもう少し言い方があったのではないか。と思ったが、既に口から飛び出した言葉は飲めない。
    随分と上にある俄月の眉がつり上がったが「しない」と色のない返事がされるだけだった。


    あと少し。
    巡がターゲットをチラリと見ようとすると、ぐるんと視界が回る。
    すぐ前には俄月の顔がある。しかも険しい顔だ。
    これは自分がやらかした時のヤツだ。
    少し考えて、対象を見過ぎていることに気がついた。
    正直言えば上司と仲良くダンスをしている自体気まずくてしかたないので、視線が逃げること自体は許してほしいのだが……。この上司にそんなサービス精神は毛ほどもなかろう。
    巡はダンスに集中することにした。
    さっきから何度も俄月の革靴を踏みまくっているのだ。
    なにせ相棒のゴツいブーツではなく、10センチのピンヒールを履かされているのだ。そのヒールの先にかかる力は注射針と同じ威力であろう。
    超人(巡視点)で良かった。と思う。一般人なら小指の骨が粉砕されているところだ。
    クイック、クイック、スロー。と短期間で叩き込まれたテンポを頭の中で数えながら靴底を滑らせる。
    ヒールのストラップにはヒラヒラとしたドレスの裾が跳ねる。
    俄月はやったことがあると言っていただけあって、巡の手を引いてどんどんと人の波へと入り込んでゆく。
    こういったダンスで人とぶつかるのはマイナスで、みんなそれとなく避けようと動いている。が、やはりいちばん目立つ場所というのは人の密度が高い。
    俄月のステップが乱れた。
    顔を上げると、彼の影から出てきたのは今回のパーティの参加者であり、ターゲットの男であった。
    どうやらぶつかることに成功したらしい。それも、相手の方からぶつかってきたようで、

    「ごめんなさいね」

    と連れの女がこっそりと謝ってくるが、男本人は俄月を睨みつける。
    男が大きく一歩踏み出すと、遠心力で振り回された女性の露わになっている背中が近づいてきた。
    女性を謝らせる上に、ぶつけるなんてなんてヤツ!と巡が身を固くすると、腕を引かれ体勢を崩した。
    そのまま俄月の方へと大きく踏み出すと、再び視界がグルンと一回転する。
    バランスを取るために放り上げられた足がスカートをはためかせ、花びらのように舞い、太ももへと滑る。
    「おお」と周りから歓声が聞こえ、視線が集まる。
    その称賛の声から小さく舌打ちが聞こえてくる。ターゲットの男だろう。渋い顔で睨みつけたままそそくさと離れていくのが見えた。
    巡は背中に手を充てがわれて足を床に下ろす。とんでもないポーズをキメキメにキメて、注目まで浴びており、チークを塗った頬が更に赤く染まった。

    「が、俄月さん!」

    と小さく抗議しようと口を開いた時、再びどよめきが起きる。
    ガシャンッと重たいものが無数に床に散らばる音。そして女性の悲鳴。
    一瞬の静寂とともに、周りの時が止まる。
    ダンスしていた者たち、観客の視線の先には床に散らばる無数の箱。
    残されていたものは先程ターゲットが履いていたズボン、靴、靴下……。

    「誰か!」

    観客の誰かが声をあげた。
    途端に黒服の男達が至るところから飛び出してくる。

    パチンと小さく指が鳴る。
    混乱する会場の中で、二人の姿が消えた。






    「俄月さん、大丈夫ですか」
    「ああ」

    俄月は上等な上着の内ポケットから手袋を取り出した。
    珍しく剥き出しになった素肌に、巡は視線を向ける。
    おそらくぶつかったあの時にターゲットに素肌で触れたのだろう。
    俄月の異能のトリガーは対象に直接触れることである。
    そのまま触れ続けることでどこまでも分解するのだが、全身を分解するには時間も、タイミングも合わない。

    「あ~、いた~」

    と二人に声を掛けてきたのはちょうどトリックをとく鍵となる双子だった。
    251センチという、常軌を逸する身長の双子は珍しくきっちりと第一ボタンまでしてネクタイまで締めている。オールバックの装いから凄そうな黒服だなぁと思うことだろう。
    サングラスを額に押し上げて、双子はギザ歯を見せる。

    「さっすがオレら」
    「便利っしょ~」

    と最と高が声を上げて笑う。それをもっと静かにと巡が咎めた。
    彼らは五歳児と変わらない精神性なので、こうしてセンセイをしてもらう必要があるのだ。
    図体ばかりデカい困った双子なのだが、異能だけは使い勝手が良い。
    彼らの異能はそれぞれバフ、デバフ。
    今回は俄月の異能発動の条件を緩和させたのだ。
    何度も噛まれて条件のハードルを下げに下げた結果、現在一度触れた相手を任意のタイミングで分解させることができる。までのチート級になっている。
    これが今回の異能マジックのトリックだ。

    「首尾は」
    「一階はぜーんぶ封鎖だって。犯人探しがこれから始まるね」
    「てかアンタらダンスの時チョ~目立ってたからいないの速攻バレんじゃね」

    巡は俄月をにらみ上げる。
    いくら作戦とはいえ、乙女の白い肌をあんな大胆なところまで晒し上げたのだ。それも公衆の面前で!
    むくれる巡に当の本人は我関せずで、すでに廊下の端まで移動している。
    双子は「げ」「話くらいしろや」「コミュ力無ェ~」と言いながらもダンスホールの扉を開ける。これだけ図体がデカいといないのが速攻バレるのは彼らも同じだ。
    すぐに「あ、ミマサカさん」とバチバチの偽名で呼ばれている。
    友達すらも売るのが彼らのあんぽんたんスタイルなのだ。

    巡は彼らの影に隠れてこっそりと俄月のあとを追う。
    二階には数名の黒服がいたようだが、すでに分解されており箱が散乱していた。
    巡はそれを踏まないように慎重に靴底を滑らせながら大きな背中に近づいた。

    「俄月さん」
    「屋上まで行く」
    「わかりました」

    階段を上がる途中、ヒール部分が階段からズレて落ちそうになり慌てて手すりを掴む。
    巡はもう脱いでやろうかな。と思ったものの、裸足で歩くのはリスクが大きい。
    仕方なく近くで倒れた男の革靴を拾う。
    靴の指紋をとられないように、ヒールを自分と出会う前まで巻き戻しをして……。
    革靴に踵を入れると、温かい空気が足の甲を包み込む。ちょっと気持ちが悪いな。と思いながらも、先程よりも俊敏な動きで再び階段を駆け上がった。

    施錠された鍵を分解して扉を開く。
    そこはヘリポートも兼ねている広い屋上だった。
    ここにヘリがあったら完璧だったのに。
    と何故かヘリの免許を取得している巡は悔しくなったが、無いものは無い。
    さて、どうするのかと。先行していた俄月を見やると、彼は地上を見下ろしていた。
    名塚も横に並ぶと、下には辺りを警戒している黒服達がいる。
    迂闊に下へは降りられないだろう。裏口も見張りがいて厄介だ。
    暫く地上へと視線を這わせていた俄月が、顔を上げる。
    振り返ったと思えば、巡の視界は再びグルンと回る。

    「え」

    随分と上にある俄月の顔。そして、横たわり宙に浮いた体――。
    マジックではない。ただ彼女の膝裏と背中に男が手を回しているだけだ。

    「俄月さん」
    「俺が分解したら瞬時に戻せ」

    巡がちょっと!と声を挙げる前に男は地面を蹴り、柵を簡単に乗り越えた。
    そのまま地面に真っ逆さま!と思えば、男は空中散歩をしている。
    彼の足元は裸足だ。
    先程の巡のように、とっとと靴を脱ぎ捨てていた俄月は、足に設置した面積から空気を箱にし、足場にする。
    が、重力に従って箱は落ちようとするので、巡がすぐに位置を戻しているのだ。
    巡が操作を誤るとふたりとも地上数百メートルから落っこちるので、全神経を集中させて巻き戻しを行っていた。
    なにせ分解された空気は透明な箱なので見えない。俄月の足の運びだけを見て速攻巻き戻している。

    向かいのビルへと渡る頃には、俄月の腕の中で巡がグッタリとしていた。

    「後輩に丸投げなんて酷いじゃないですか。
    私が操作を誤っていたら、二人共地面にぺしゃんこですよ!」
    「成功したろ」
    「それは結果論でしょうが!だから感謝してください私に!」

    豊満すぎる胸を叩く巡は、ダンスホールの華の見る影もない。
    ドスンと雑に降ろされることに再び遺憾の意を示しながら革靴をバタバタと鳴らす。

    「聞いてますか!俄月さん!ほら、リピートアフターミーありがとう!」
    「うるせぇ」
    「ムキーッ!」


    俄月は巡がやれると思った信用の上で勝手に決行したのだが――……それを知るのは巡がViCaP本部に着いて俄月と分かれる頃であった。
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