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    shitahaguki

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    鬼典

    国綱と龍神光世国綱はこれから鬼退治に向かう。
    頼まれたのだ。
    鬼が出るから退治してほしい。


    「わかった」


    それだけの話だ。


    鬼。
    鬼とは、目に見えないもの、この世ならざるもの。死者の魂とも用いる場合があるが、これより国綱が向かう湖に出る鬼は、実体があり、生きているという。
    人ならざる力を振るう、無慈悲な怪物、という意味での鬼である。

    国綱は、旅をしている。
    古今東西、北は極寒の雪国、南は常夏の海村まで。お呼びがかかれば何処へだって退治に向かう、そんな鬼切りの旅をしていた。
    その道中、一人の男に出会ったのだ。
    宿で一人、酒を飲んでいたら、誰ががやってきた。
    扉の前で、もし、と声をかけた。


    「あんたが、あちこちで鬼を切って回っている、国綱だな」

    「そうだと言ったら」

    「あんたに、退治してほしい鬼がいるんだよ」


    ほうと、国綱は思った。
    鬼退治は得意というより、鬼退治以外に出来る事がない。鬼を切る為に生まれ、鬼を切る以外に何の術も持たされていない。
    そんな国綱なので、鬼退治の話が出たら、是非やらせてくれと飛びつきたいところだ。
    しかし、と。


    「そんな所でぼそぼそ喋られても話しにくい」


    国綱が言うのは、これだけ。
    話しにくいから部屋に入れとまでは、言わない。
    戸の向こうにいるのが、人間であるとは限らないからだ。
    この世ならざるものというものは、招かれない限り、中に入れない。国綱がどうぞお入りと言ってしまうと、良いものも悪いものも、国綱のテリトリーに入り込めてしまう。
    鬼退治をを引き受ける前の選別として、国綱は戸の向こうにいるだろう相手を試しているのだ。


    「俺の顔を見てもびっくりしないなら、あんたの前で話をしたいな」

    「鬼切りが何に腰を抜かすんだ」

    「あんたの思惑通り、俺は人間じゃない」

    「ほお」

    「でも、ちょっと困ってるから鬼退治を頼みたいんだ。褒美は弾むから、助けてほしい」

    「褒美」

    「明日から暫く酒の飲み代に困らなくなるくらい、だよ」

    「よし入れ」


    随分とちょろい話だが、大抵、国綱はここで相手を追い返さない。
    良くも悪くも招き入れる。
    ではなんの選別かという話だが、ここである程度大丈夫だろうと判断してから、部屋に招くのだ。
    そして顔を見て、善悪を見極めて、どうするかを決める。

    入ってきた男の顔を見て、国綱はびっくりこそしなかったが、ちょっと、ちょっとどきっとした。
    男が、美しかった。
    美しかったのと、本当に、人間ではなかったからだ。


    「龍、か」

    「お陰様で、長い事生きてるよ」


    青いような黒髪に、冷たい程白い肌。
    ほんのり微笑む男は、その人知を超えた美しさを抜かせば、後は人間と殆ど同じ姿をしていた。
    ただ、頭より生えた二本の角が龍のものであった。
    美しい、五色に煌めく龍の角。
    悲しい事に、左だけ少し欠けていた。


    「俺はこの近くの湖を治めているんだけどね、最近そこに鬼が出て、湖を荒らすんだよ」


    龍は、名を光世といった。
    光世は山と海と天で修行をし、晴れて龍となった。その際、この地の神々に湖の統治を任され、長らく平和に生きてきた。
    しかし去年、突然鬼がやってきた。恐らく別の地で生まれ、中途半端に払われた逃れものだろう。退治をしようとして魔力を使ったが、使い方を誤り、その力を吸収されてしまい、より一層強いものになってしまった。
    そんな鬼がこの湖に辿り着いたものだから、これまで長い事平穏にやってきた湖はあっという間に汚されてしまった。
    魚や獣は貪られ、花も水も腐ってしまった。光世も奮闘したが、この角を見る通り、返り討ちにあってしまった。
    このままでは湖のみならず、もっと被害は広がるかもしれない。
    そうなる前に、国綱に退治を頼みたい。


    そうして頼み込む光世であるが、国綱に出された酒をぐいぐいと飲んでいる。
    龍だから、底無しだ。国綱よりも飲んでいるし、もう3本、追加で注文した。


    「誰が払うと思ってるんだ」

    「褒美で払って」


    なんだか納得出来ない国綱ではあるが、この光世、確かに龍である事に間違いはない。
    光世が部屋に入る前に、酒にそっと、破邪の薬を混ぜておいたのだ。国綱が煎じたものだ。悪しきものが飲むと、のたうち回る。反対に良きものが飲むと、甘露の美酒となる。
    混ぜたのは最初の一本だけなので、今光世が飲んでいるのは普通の酒だ。
    光世は本当に龍であり、湖を守るものであるが、酒に貪欲な龍らしい。


    鬼は必ず、力の最も強まる新月の夜に、湖を荒らし回る。その新月は、明日。
    決戦は早速、明日。
    どうか頼んだよと、酒を飲むだけ飲んで、光世は去っていった。
    宿代と酒代の支払いは翌朝なので、今のところ大損である。
    なんとしても、鬼を退治して光世から酒代を取り返さなければならない。
    義憤から義を抜いた、単純な怒りで、国綱は昼間のうちに湖を訪れた。
    静かな湖だ。
    静かで、寂しい。
    木々や草花が乏しく、虫や鳥の声がしない。
    あれ程美しい龍が治めているだ、きっと、元は美しい湖だったろう。
    本当は、湖を見たら一度街に戻って、腹ごしらえをするつもりだった。
    湖の寂しさに心をやられ、そのまま眺めていたら、日が暮れ始めていた。
    国綱は待った。
    如何なる鬼が攻めこようとも、国綱に恐れはなかった。
    恐れも、怒りも、悲しみも、日が暮れるにつれて何処かに消えたいった。
    鬼を切る。
    必ず切る。
    それだけであった。
     

    日が完全に沈み、空が一点の光の無い闇に染まりだす頃。
    湖に、波紋が立ち始めた。
    湖全体が震えるようだ。
    怯えではない。
    湖の中から、何かが現れようとしている。その力を敬うようだ。

    軈て滝のような水飛沫を振るい、現れたのは、美しい龍であった。
    湖にかかる虹のような、五色の鱗を持つ、息を呑む程に美しい龍。
    左の角が少し欠けているのをみるに、昨夜現れた光世の、本来の姿だろう。
    光世は湖の先を睨み、巨大な口を開いて、水面を割る程に鋭い咆哮を上げた。
    対して国綱は、口を裂けんばかりに食いしばった。笑っているのだ。
    鬼だ。 
    彼方に、鬼が見えたのだ。


    醜い、醜い鬼である。
    巨大な岩に数多の生き物の糞が積もり、その醜悪に嘆いた挙げ句にうまれた化け物のようだ。
    でかい。
    でかく、恐ろしく、汚らしい。
    単なる人ならば、一目見ただけで狂うかもしれない。正気を失い、取り乱したところを食われるだろう。
    あれは間違いなく、食いに、食ってきたのだろう。食われたものの怨念をたらふく溜め込んでいるのが、垂れ下がる腹を見れば判る。
    国綱は歓喜した。
    何もない、ただ鬼を切るという更地から、ぶくぶくと歓喜が湧き上がる。
    鬼が恐ろしく、醜ければ醜い程、国綱は嬉しくなる。
    新しい玩具を手に入れた子供だ。
    今からこの玩具を使ってどのように遊ぼうか。いっそ無邪気なくらい、国綱は嬉しくて堪らないのだ。

    ぎりぎりと笑い、ときめいて、国綱はどっと走り出した。
    たまりかねて、爆ぜるように地を蹴った。
    光世は、国綱の行動を呼んだのだろう。湖の先にある鬼に、国綱が届くよう、我が身を橋として差し出してくれた。
    龍の尾を、背を、頭を駆け抜けて、国綱は飛んだ。
    流星のようであった。
    月のない、真っ暗闇より煌めく流星。
    刀を構え、振りかぶる国綱の力だ。
    迸る覇気が、眩い光となって鬼の目を焼く。
    誰が逃れられようか。誰が歯向かおうと手を伸ばせるか。
    まっさらな閃光が、視界を眩い闇へと染め上げた後に、ただ、事切れるだけなのだ。
    悲しいが、強さとは、あっけないものなのだ。



    「約束通り、褒美は弾むよ」


    褒美。
    それは龍や、湖に住まう生き物基準の、褒美だ。
    それは必ずしも、人間が喜ぶものとは限らない。
    一度植えたら枯れない水草。
    夜になったら、きらきらと煌めく美しい石。
    植とても良い日陰を作ってくれる、木の苗。
    そして、龍の鱗、5枚。


    「草と石と木の苗は判らなくはないが、鱗は何に使うんだ」

    「龍の鱗だよ高く売れるだろ」

    「人間の世の中は、龍の鱗だと言って信じる奴は少ないんだ」

    「信じ込ませろ」

    「どうあれ、龍の鱗で昨日の酒代は賄えないぞ」

    「困ったね」

    「おれが困ってるんだ」


    しかしこの枯れない水草は、必要とするものからしたら大枚叩いても欲しがるかもしれん。
    これで、どうにか金を作ろう。
    他にもないかと、光世をゆすれない。
    残りは、湖の再建にあてるべきだ。


    「それじゃあもっと困るよ。助けてもらっておいて、これっぽっちしか返せないなんて」

    「昨日の酒代もあるしな」

    「兎に角、他に俺に、何か出来る事はあるかそうだ、俺の角をやるよ。龍の角だ、鱗とセット販売しろ」

    「もう欠けてるだろ」

    「欠けてるから、右側を持っていけ」

    「いらん」

    「困ったな。他に欲しいものはないのかここにあるのもなら、何でもくれてやるから」

    「何でもか」

    「何でもさ」

    「じゃあ、お前を嫁にもらう」

    「なるほど、俺を嫁に。ん」


    突然のプロポーズに唖然とする大典太光世に、国綱はさっと、身を翻す。
    すると光世の目の前には、眩い程の白髪と白肌を持った、美しい美男士が立っていた。
    実は国綱の正体は、世を乱す鬼を退治するべく天より遣わされた刀の付喪神、鬼丸国綱であったのだ


    「な、なんだってぇ‼」

    「遅い。人間がそう簡単に鬼退治など出来るか」

    「で、でもでもさ、俺は龍だよいくらあんたが付喪神だからって、種が違い過ぎるというか」

    「おれはこう見えてお前と年がそう変わらないし、刀の世界じゃ龍王の加護を得ようって手合が多い。つまりおれ達はお似合いって訳だ」

    「めちゃくちゃ過ぎないか」

    「じゃあもっと判りやすくいうとだ」

    「なんだよ」

    「一目でお前に惚れたんだ」

    「へ」

    「おれの嫁になれ」

    「は」


    実はこの龍、光世も、千年生きてきてずっと独身であり、湖の魚や他の龍仲間からも、そろそろ相手を持ってみたらどうだと声をかけられていたのだ。
    まさか龍でも何でもない、刀の付喪神から求婚されようとは思ってもみなかったが、国綱改め鬼丸国綱は本当に美男だ。
    美男で、頼もしい。
    その上、湖を守ってくれた大恩刃だ。


    「でも俺はこの湖を守っていかなきゃいけないし、あんたは鬼を退治しにいかなきゃいけないだろ」

    「じゃあ転職して、この湖の守刀になってやる」

    「そんな気軽に言うなよ、設定がめちゃくちゃ過ぎる」

    「じゃあお前は俺の嫁になりたくないのか」



    という訳で、二人は晴れて夫婦となった。
    龍と刀に護られ、湖は美しく、穏やかに、何時までも何時までもこの地を見守っていった。
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