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    shitahaguki

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    shitahaguki

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    競馬場にやってきた鬼典

    競馬場にやってきた鬼典夏だ。


    夏といったら、夏競馬である。
    夏競馬といったら、ビールである。


    夏競馬が開催されると、審神者を監視する見張り番という仕事が増える。
    放っておけば財布を空にして帰ってくる男だからだ。
    絶対に馬券に手を付けない男士が、1レースから最終まで、審神者について回るのだ。
    絶対に馬券を買いませんと誓って、同じように競馬に興じるものが後を絶たないので、見張り番は長谷部が指名する。
    今回は鬼丸国綱と大典太光世が選ばれた。


    「なんでおれがこんな事を」


    天下の鬼切りがどうして競馬場に。
    いっそ財布を取り上げてしまえと呆れる鬼丸国綱に、審神者は封筒を一枚手渡す。
    中には、3000円入っていた。
    同じものを、大典太光世にも手渡す。
    ビール代である。
    開催中の競馬場は、ビールを飲みながら競馬が楽しめる。他にもキッチンカーが数多く出店しているので、グルメ目当てで来場するものもあるのだ。
    ギャンブルだけが競馬場ではない。
    お前達は酒が好きだから、ビールでも飲みながらのんびりしなさい。
    つまりその間は見張り番をサボれという訳だ。


    「賄賂という訳か、早速近侍殿に報告してやる」


    そうしてスマートフォンを取り出す鬼丸国綱だが、何故か圏外になっていた。
    まさかと思って大典太光世を見ると、目を逸らされた。
    この男、常に大量に放出している霊力で、スマートフォンの電波を狂わせる事が出来るようになったらしい。
    鬼丸国綱とは違い、快く、賄賂を受け取ったようだ。


    「おれは知らないからな」

    「じゃああんたはこいつについてろよ、俺はのんびりやるから」


    走る馬でも見ながら、芝生の上でビール。
    悪くない。
    そう言って立ち去る大典太光世に、鬼丸国綱は暫し立ち尽くし、軈て大典太光世の後に続いた。
    鬼には無敗だが、ビールには勝てないようだ。


    競馬場のビールは、700円する。
    手渡された3000円では4杯しか飲めない。
    4杯。
    これを多いとするか少ないとするか。
    大典太光世には圧倒的に少ない。
    ビールのつまみも買ったらもっと少ない。
    まずは一杯飲みつつ、第1レースを見送りながら、大典太光世は考えた。
    単勝1番、1120円。
    電光掲示板に表示される払戻金を見て、とうとう閃いてしまった。
    ビールを買う金が少ないなら、増やせばいいのだと。


    「馬鹿、やめとけ。減るだけだ」


    それでも大典太光世は、試しに100円、賭けてみたのだ。
    増えたら、儲けもの。
    負けても、損は少ない。


    馬券というものは、一着を当てる単勝から、一着から三着までを着順通りに当てる三連単にいたるまで、全て100円から購入出来る。
    単勝オッズ1.1倍に100円を賭けると、当たれば110円返ってくるという仕組みだ。
    大典太光世は、100円かけて、ビール代くらいになるだろう5番人気の単勝に賭けてみた。
    牝馬の、芦毛だ。
    尻尾に赤いリボンのついた、単勝オッズ7.4倍。
    これが当たればビールが飲める。


    「どうせ負ける」


    鬼丸国綱はそういうが、大典太光世には秘策があった。
    夏競馬は、牝馬と芦毛が強いのだそうだ。
    本丸には審神者の影響なのか、競馬好きが多い。彼等は総じて酒好きで、酔うと絡んでくる。その中で教えてくれたのだ。
    牝馬は体温調節がしやすいので、牡馬よりも夏の暑さに強い。芦毛はその白さのお陰で、他の毛色より暑さに強い。
    なので芦毛の牝馬はより暑さに強く、夏に強い。


    「今日は曇りで、そこそこ寒いぞ」


    しかも、暑さに強いからといって足が速いとは限らない。 
    御託を並べて100円を捨てにいったのだなと憐れむ鬼丸国綱であったが、ゲートから勢いよく飛び出した牝馬は、4コーナーを曲がっても後退しない。
    そのまま逃げ切り勝ちを決めた時、大典太光世の心に、これまで感じた事のない興奮が湧き上がった。
    自分が考えた理論が功を奏し、金銭という明確な結果となって表れる。
    金が手に入るよりも嬉しい成功に、大典太光世は直ぐ様鬼丸国綱を見た。


    「俺に何か言いたい事あるんじゃないか」

    「ビギナーズラックってやつだ、調子に乗るな」


    早速馬券を換金し、その金でビールを飲む。
    これまで飲んだどのビールよりも美味かった。
    ビールを味わいつつ、大典太光世は余った40円を見る。
    先程つまみにと、ホタテの串焼きを買ったお釣りが、60円。
    合わせると、100円になる。
    大典太光世はちらりと、モニターを見た。
    3歳未勝利戦、芝1800メートル。
    1番2番3番人気が牡馬だが、4番人気は牝馬だ。
    この馬に乗るジョッキー、確か前に薬研藤四郎がこいつは上手いと話していたような気がする。
    オッズも、11.3。
    当たれば札が帰ってくる。


    「もうやめておけ。痛い目を見るだけだ」

    「どの道痛い目見るなら、早い方がいいだろ」


    という訳で、大典太光世は再び100円をかけた。
    鬼丸国綱はもう見ていられんと呆れていたが、見捨てられないのだろう、ついてきてくれた。

    4コーナーを曲がった時にはもう駄目かと思ったが、最後には抜け出し、見事一着となった。
    大典太光世は鬼丸国綱を見た。
    鬼丸国綱も大典太光世を見た。
    100円が、1000円に化けた。


    「もういい、やめろ。今がやめ時だ」

    「あんたって堅実だな。でもビール買ってもまだ余るんだよ」

    「それでツマミでも買え。兎に角、これはよくない。おれの直感がそう言っているんだ」

    「でも俺は勝ったよ」


    換金してビールを飲みつつ、大典太光世は次のレースを当てる為にパドックへと向かった。
    パドックでは、次のレースを走る馬が周回している。此処で馬の上体を見るのだというが、いまいち、よく判らない。
    毛艶や、踏み込み、馬を何人で引いているかを見るらしいが、判る訳がない。


    「薬研が言うにはさ、尻がデカイ馬がいいんだって」


    1番と2番、どっちの尻がでかいと思う
    聞かれた鬼丸国綱は頭を抱えた。


    「二度とおれにそんな事を聞くな」

    「なに恥ずかしがってるんだよ、そっちの方が怖いな」

    「負けて一文無しになれ」

    「買うのは100円だけだよ」


    1番と2番、どちらも牝馬で当たればビールが買えるオッズ。
    結局どちらが良いか判らない大典太光世は、意味は判らないがジョッキーの名前の前に星印がついていた1番の馬を買った。
    他の誰にもついていないのに、彼だけ星印がついている。彼がオススメ、という印なのかもしれない。

    100円が930円になり、大典太光世もだんだん怖くなってきた。
    このままでは夏競馬の間はビール代に困らないかもしれない。
    それどころか少しずつ、お金が増えている。
    上手く行き過ぎている。これだと鬼丸国綱の言うとおり、これまでの反動でとても酷い目に遭うんじゃないか。
    ここで終わりにして、後は鬼丸国綱とのんびり時間を潰し、時間になったら審神者と一緒に帰ろう。
    そう思った大典太光世だが、ふと、パドックを見た。
    11レース。本日のメインだ。
    この街の名前を冠したレースだ。
    出走する馬達が周回しているのだが、その中の一頭に、大典太光世は釘付けになった。
    吸い寄せられるようにパドックに向かい、その高い身長を活かして、混雑する中からその一頭を見つめた。
    白馬だ。
    芦毛とは違う。純白に、うっすらピンク色が透けた肌。
    なんとも美しく馬である。


    「きれい」


    これまで夏に強いという理由で芦毛の馬券を買ってきたが、それ以前に大典太光世は白い馬が好きなのだ。
    鹿毛や栗毛が駄目なのではない。芦毛の方が可愛く見えるのだ。
    それが混じりっ気の無い白い馬になると、本当に美しい。神々しさすら感じられる。
    思わず見惚れる大典太光世を、鬼丸国綱は呆れた顔で見つめた。


    「綺麗だから賭ける、なんて言うなよ」

    「でも賭けたお金は、当たろうが負けようが、馬達を支援する資金に当てられるんだよ」

    「そういえばそんな事、あの馬鹿も言っていたな」


    あの馬鹿。
    審神者だ。
    競馬をやるのは、馬券の売上が馬達の生活費になるから。
    だからといって、ではどうぞいってらっしゃいとはならない。程々に遊ぶなら長谷部とて何も言わなかったろうが、前科があるのだ。あるから、見張りをつける事になったのだ。今は機能していないが。
    頼みの見張りまで競馬を楽しんでいる事がばれたら、来年から見張り番に呼ばれなくなるのは確実だ。
    個人で競馬場に行くのは許されるが、審神者に同行し、彼から賄賂を貰ってのんびりする事は出来ないだろう。
    それが嫌だというより、博打に勤しんだ為に見張り番を解雇されたという烙印を捺されたくない。
    鬼丸国綱は、まだ半分残っている自分の金でビールを奢ってやるからと誘い、大典太光世をパドックから連れ出そうとした。
    競馬を楽しんだ烙印が自分よりも、この大典太光世に捺される事によって、本丸の競馬狂い達がますます大典太光世に絡みだすのでないか。
    内心そんな心配をする鬼丸国綱だが、大典太光世は渋った。


    「じゃあさ」

    「なんだ」

    「あんたがこのレース、単でも複でも馬連でも。当てたら今夜、俺の事好きにしていいよ」

    「は」


    そう言って大典太光世は、ビールを口にしつつ、ふんわり笑った。
    酒は飲んでいるが、大典太光世としては飲んだといえる量ではないので、酔ってはいない。目つきも、まだしゃんとしている。深く甘い色合いなのは、生まれつきだ。

    今夜。
    好きにするとはどういう事なのか、判らない鬼丸国綱ではない。
    ただ鬼丸国綱は鬼切りの刀である。欲を切る刀だ。こんな欲望渦巻く競馬場にて、揚々と馬券で稼ぎ酒を飲む男が隣にいても惑わされない男だ。
    しかし鬼丸国綱は、酒や金では酔わないだけだ。人には身体の急所とは別に、思考や、もっと別のところにも急所というものが存在している。
    鬼丸国綱の場合、酒や金には耐性があるので、特に何も感じないというだけなのだ。
    耐性が無いものには、この鬼丸国綱とて簡単に負けてしまう。
    その所為で、馬券だって買ってしまうのだ。


    このレース。
    過去の結果を見るに、一番人気が勝ったのは過去十年で2回だけである。
    しかし2番人気、3番人気はそれなりに勝っているので、上位人気馬が勝ちやすいレースなのかもしれない。
    ただ、2着、3着は荒れやすい。
    3年前4年前は2桁人気が突っ込んできた。
    しかも大典太光世気に入りの馬は2年前の覇者であり、この時は7番人気だった。
    人気がないから勝機は薄いとは言い難い。
    複勝なら3着までに入ればいい。当たるだけでいいのなら、複勝を買うべきだ。
    しかし当たって勝ち取るものならば、そんな真似はしたくない。
    とはいえ三連単を当てられる強運や、予想が立てられる経験は、如何に天下五剣だろうと持ち合わせていない。
    純粋に、どれが勝つか。
    16頭立てだ。
    どれかが必ず勝つのだ。
    鬼丸国綱は不吉といわれた刀であるが、今日この日までこの国にあり続けた刀だ。多くに愛され、守られてきた刀だ。
    今その力を集結させて、16頭の中から正解を導き出すのだ。

    競馬の知識こそないが、競馬好きが多い本丸だ。嫌でも耳に入ってくる情報がある。
    まず、一番人気の馬。この馬のジョッキーは最近問題を起こしたらしい。
    3番人気が2頭あり、片方のジョッキーは絶対に買わない、もう片方はメインでは買えない。以前審神者がそう話していた。
    なので2番人気の馬を、鬼丸国綱は選んだ。
    この馬、先月この競馬場で勝っている。
    勝ったレースの名前と同じ薙刀が本丸にいるのだが、この薙刀が中々の強運だ。
    それにあやかって、前回のレースより距離は伸びるが、もしかしたら、もしかするかもしれない。

    予想を組み立てる視線は鬼でも見るように鋭いが、馬達は至って平穏にパドックを周回していた。
    誰だって馬券は当てたい。鬼丸国綱とて、その執念の一人になっただけだ。鬼丸国綱が一際、という訳ではないようだ。


    因みに大典太光世は、馬券を買わなかった。
    調べたら、白馬の馬は12番人気なのだ。
    2年前の覇者であり、当たったらでかいが、今はもう8歳だ。厳しいかもしれない。勝ち目の薄い勝負はしない方が良い。
    何より、鬼丸国綱が面白いのだ。
    面白くて、美しい。
    一目で気に入った白馬もそうだが、鬼丸国綱も白い。髪もそうだが、肌も白い。
    これまで一度も汚れに触れた事がないような、みずみずしい純白だ。
    美しい。
    馬を見るより、鬼丸国綱を見ていたい。
    当たろうが外れようが面白い事になるだろうし、金もかからない。
    パドックにいながら、馬よりも隣の男に夢中になりながら、大典太光世はビールを飲んだ。
    だいぶぬるい。レースが始まる前に、新しいビールを買おう。 
    今は自分の金で買って、レース後は鬼丸国綱に買ってもらおう。
    馬券が当たったら、前祝いだ。
    外れたら、折角今夜を期待してたのに、詫びとしてビールを奢れ。
    そう言えば、鬼丸国綱は必ずビールを買ってくれる。
    賭事に興じる事を止めなかったように、この男は自分に甘い事を、大典太光世はちゃんと知っているのだ。
    見たことないくらい集中して馬を見ている男を眺めながら、大典太光世は嬉しげに微笑んだ。




    本当は、レースが終わったらバスで本丸に帰還する予定だった。
    競馬の負け分を取り返そうとパチンコに出かけないよう、長谷部が迎えに来てしまった。
    財布を殻にした審神者を見て、お前達はちゃんと見張りをしていたんだよな。長谷部に問い詰められた時、大典太光世が堪え切れずに笑ってしまったものだから、あっさりと賄賂がばれてしまった。
    一同しっかりと怒られるも、二人の機嫌は変わらず良かった。
    良い事の後には悪い事がつきものが、今日は、その限りではなかったようだ。


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