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    はなむら

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    はなむら

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    ニヒルの祝祭/劇中劇派生カプ
    書きかけ

    #兵摂
    "bing

    記念公演 ウヌス国・王位継承権第二位を有するラインハルト王子は、王宮内に広く作られた演習場で自慢の剣技を振るっていた。
    「オラオラァッ、死ぬ気でかかってこい!」
     王室近衛兵隊隊長を相手にし、模擬刀をもういくつへし折ってしまったことか。はじめこそヒラの隊員たち――ヒラとはいえウヌス国王室の公達を守る近衛隊だ。陸、空、海、各国内軍より選りすぐりの人間が集められている――を相手にしていたが、その誰もがボロボロになり負けを認めてもなお、ラインハルトは満足しなかった。
    「戦場でのことを思い出せ、俺を敵軍大将だと思え! 切られる覚悟で向かっているぞ!」
     王子の咆哮は相手の闘争心を鼓舞するには十分すぎる。しかし、精神力だけで戦える相手ではない。
     近衛兵隊隊長もわかっている。少しでも手を抜けば王子が烈火の如く怒り狂う、と。遠慮などはなっか# ら欠片もしていない、ましてやわざと敗けてしまおうものなら、隊長の任を解かれてもおかしくはなかった。
     しかし彼がどれほど立ち向かおうとも、ラインハルトの太刀筋は重く厳しい。いくらいなせども弾いてみせても、彼の素早い剣さばきは止まらなかった。
     一振り、二振り、三振りと振り下ろされ、いよいよ隊長は足をよろめかせる。雄叫びとともに負けじと振り回した模擬刀は、ついにラインハルトにはねっ返され宙を舞った。
    「勝負ありっ!」
     大きな声が演習場に響き渡る。審判役の兵が腕をまっすぐに挙げていた。翔んだ模造刀がようやく地に突き刺さり、息を上げた隊長はラインハルトの前に傅く。
    「……参り、ましたっ!」
    「なかなかだったぞ。いい時間だった」
     満足気におおきく笑うラインハルトは、跪く隊長に手をのばす。うやうやしくそれを取り、彼は立ち上がった。
    「殿下もますますお強くなられました、本当に。我々など必要ないやもしれませんね」
     するとふたりのそばに大きな影が生まれる。
    「おいおい、何を言うか」
    「……兄上」
     ラインハルトよりも大きく逞しい姿が現れ、辺りの者たちはみな一様に敬礼をしている。隊長もまた、背筋を伸ばし大きな声をあげた。
    「ウヌス国第一の紅き星、ジークフリート王子殿下にご挨拶申し上げます!」
    「いや、堅苦しいのはよせ。みなも体を崩せよ。今しがたのお前とラインハルトの一戦、見させてもらった。さすがだな」
    「もったいなきお言葉。わたくしなどまだまだでございます。これからも王家のみなさまをお守りすべく、研鑽を積んで参ります」
     優しい眼差しを向けたジークフリートは、傍らで所在なく立つ弟に振り返る。
    「ところでラインハルト」
    「なんですか兄上」
    「お前はいつもここで油を売っているな。鍛錬もいいが、そろそろ公務に本腰を入れるべきだろう」
     ラインハルトは兄のことが好きだ。尊敬もしている。武術で兄に勝つことは難しく、また人間としての威厳もあるのだ。血を分け合った兄弟として、ウヌス国王家の者として、共に国家を良くしていきたいと思える兄だった。
     しかし時々、そのまっすぐな眼差しから逃げ出したくもなる。
    「公務は俺に向いていない。戦ならいくらでも先陣を切れるがな。俺は強い相手と戦いがしたいんだ。己を鍛えることは、兄上も大切だと言っていただろう」
    「それはもちろんそうだ。俺も体を鍛え武芸を極めていられるならそうしている。諸外国と会談など、できればしていたくない。お前のように剣を振るっているほうがよほど性に合っている」
    「だろう? なんだ、もしかして今から俺と手合わせをしてくれるというのか?」
     ぶすくれたラインハルトを、ジークフリートは叱らなかった。弟の特技が戦い事であり、内政にも外交にも興味がないことはしっかりわかっている。そして武芸というものが、このウヌス国の王子として必要な素養であることもまた事実で、ジークフリートも弟の気持ちが痛いほどわかっている。
     とはいえ国家の未来を担うものとして、発展の道筋を整える術から抜け出すことは、高貴な血筋であればあるほど逃れられなかった。
    「公務さえなければいくらでも相手をしてやれるがな。お前が俺の山ほど抱えている政務のひとつでも肩代わりしてくれれば、いつでも交えてやるさ。だが少なくとも今日は無理だ。昼の刻からはクアトロ国との会談が待っている」
    「チッ……」
     先日執り行われた新聖王即位式の折りからこちら、ニヒル島を囲む四ヶ国はより深く関係性を結ぼうとしている。ラインハルトは今日の公務にも同席するのが筋であったが、なにぶん難しい話は苦手だった。
     ジークフリートはひとつ息をつく。無理強いはしたくない。弟はそういった兄の優しさもわかっていた。
    「……兄上が無理なら、マリウスを相手にする」
    「あいつは昨日からトレス国に居るぞ。シャルル王子とダンスレッスンだそうだ」
    「ダンスぅ?」
    「どうもこの間の式典でいよいよ尻に火がついたようだな。まぁ、覚えておいて損はない。社交界の華になるだろう」
     ラインハルトは、第三王子マリウスの顔を頭に浮かべる。
     そういえば先日もシャルル王子指導のもと、どこぞの淑女と華やかにステップを踏んでいた。のらりくらりとそつなくなにごともこなす弟なら、すぐにでも習得することだろう。
     ラインハルトはまたいたたまれない気持ちになった。武芸を嗜んでいれば全てがよかったこれまでとは違う。和平を重んじるほどに、自分の存在価値は希薄になっていた。
    「……じゃあ、兄上。失礼いたします」
     諦めてその場から去ろうと思うラインハルトの肩を、ジークフリートはそっと掴む。
    「待て。お前にもひとつ公務を任せたいんだ。なに難しいことじゃない。ちょうどデュオ国のクリストフ王子に用があってな。あの類稀なる秀才に、我が国の予算と人員で賄える高速移動装置の設計を依頼しているのだ。詳細を聞いてきてほしい」
    「計算だ規約だ規制だなんだ、そういった小難しい話が俺に務まるとは思えないが」
    「いいや、素直で飾らないお前にだから頼めることだ。それに他国に改めて顔を売るのも、悪いものじゃないぞ」
     まっすぐな兄の目が、ラインハルトの自尊心を少しだけあたためた。
     たとえため息をつけど、彼の〝第二王子〟という肩書きは否が応でもついてまわる。汗をかき足りないと憤る自分を押し込め、刀を置くことでしか進めなかった。
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