菜種梅雨ひやりとした雨。春特有の冷たさを孕んだ雨が、自分たちの傘を強めに叩く。
先程まで色鮮やかだった春に霞がかかり、世界の境目があいまいになる。
ああ、昔こうやって4人で傘をさして歩いたことがあったっけ、とチャンドラは思う。その時も今と同じように群青の彼が隣にいて、その後ろを体格の違う2人が着いてきていた。
あれはいつの事だったか。懐かしいなぁ。
……もしかしたら、今も俺たちの後ろに着いてきているんじゃないか。
そう思って、チャンドラは後ろを振り返ってみた。けれど、やはりそこには何もいなかった。今はやっぱり2人しかいない。
核爆発の影響で、彼女のいる場所に行くには、少なくとも百年以上は必要だという。報告の場所にいた誰しもが、彼の方を見て案じているのに気付いた。その目線を切るように、彼は目を閉じた。くそ。彼女に会いたいのはあいつだけじゃないんだぞ。チャンドラは苦い表情をしたくなるのをぐっと堪えてそう思った。
その後、続く新造艦の説明も、どこか遠いところからぼんやり聞いていた。切れ者の男が繰り返す『負けない性能』という言葉。まけない、まけないね。一体何と勝負をしているやら。その言葉は今の自分たちにとってあまりにも的外れだ。ハインラインの美空色の目が、いつもより色濃く見える。ひしひしと「アークエンジェルより優れた艦を用意します」という前のめりな熱を感じる。けれど、ああ、頼むから、そんな感情で近づかないでほしい。
あの忌々しい春から1年経ったって、こっちはまだ囚われているんだ。
醜い感傷だということは、呆れるほど分かっている。どこかで切り捨てなければ、割り切らなければいけないことも、自分も、隣の彼も分かっている。
けれど、彼女にもう一度会わなければそれは捨てられない。と思い込んでいる。思い込みたい。
傘を少し持ち上げ、遠くの彼女に思いを伝える。消え失せてくれるなよ。
道端の鮮やかな黄色が、雨に濡れて揺れていた。