斑雪 白を踏む。
針のような冷たさと、山々の静寂が耳を刺す。
自分はこの寒さを"知っている"。
真白な息を吐き出しながら、風に外套を煽られながら、ノイマンは崖の端を目指していた。そこから、街を見るために。
淵に辿り着いて、眼下に広がる惨たらしい市街地を見渡す。
かつて、父と母とで遊びに行った首都は跡形もなく黒焦げとなり、もくもくとした煙の中に命の終焉と慟哭を吐き出していた。
当時のことはあまり思い出せないが、たくさんの人がいたということと、楽しかったということだけはよく覚えていて、巨大な瓦礫の下に広がる数え切れないほどの死を想像してしまう。
(良い時代が来るまで、)
死ぬなよ。
そう、ハルバートン提督の声が聞こえた気がした。
それは、別れの時の彼の口癖で。
それは、初めて出会った日から変わらず。
それは、最期に会ったあの日も変わらずに。
言われ続けた、心に残り続けた言葉だった。
(……生きるとは、これらを見つめ続けることなのでしょうか)
クレタでの戦いでも、そしてここベルリンでも。今、自分たちはこんな犠牲を出さないために動いているというのに。ただ幸せに暮らせる未来が欲しいだけだというのに。どうしてこうも、ままならないのだろうか。
自分よりも若い世代がそうやって足掻いている。このままではだめだというのに、どうしたらよいのかわからないと足掻いている。
正義とは、悪とは、戦う理由とは、生きるとは。
自分は、彼らよりも長く生きている大人の癖に、答えを示すことすらできない。
(軍人の俺には――ただ、戦うことしか)
ふと、右耳のインカムにノイズが走る。ぐい、と今に引き戻される。
『ノイマン』
「ああ、今戻る」
そう言うと、ノイマンは胸いっぱいに冷たい空気を取り込んでから、来た道を戻り始めた。すぐにまた長距離の移動をすることになるだろう。ならばせめて艦に戻るまで。それまで、自分の体にこの地を留めて置きたかった。