二人組「やったな一郎ォ、これでアキハバラは拙僧らのモンだ!」
「案外楽勝だったな」
山田一郎と波羅夷空却の二人組Naughty Bustersは、アキハバラを獲った。
このあたりで幅をきかせていた3チームを続けざまに蹴散らした。二丁拳銃のように絶え間なくパンチラインが襲いかかる二人のラップの前に敵ではなかった。
アキハバラ駅前にはいつの間にかギャラリーの輪ができて、突然現れた少年たちの見事なスキルに大歓声が沸き起こっていた。これで二人の名も知れ渡るだろう。
「乾杯!」
勝利の興奮を浴びたコーラは格別だ。
「初っ端おめーの好きな街が獲れてよかったじゃねぇか」
「ああ……アキバには国宝モンのグッズがたくさんあるからな。クズどもに好き勝手させるわけにはいかねぇ」
一郎がブクロ外で最初にターゲットに選んだのがこの街だ。新政権下の無法地帯で多くの商業施設が破壊されたことに胸を痛めていた。彼の愛するオタク文化を守るためには、勝って土地を獲るしかなかった。
空却は東京の地理には詳しくないので、一郎に任せていた。どこでも良かった。どこであろうと、一郎と二人なら負ける気はしない。
「んで、次は?」
「そうだな……近くで攻めンなら、ウエノとかニッポリとか、アサクサとか……」
「アサクサ! アサクサってでらでけぇ寺あるとこか!?」
空却が目を輝かせた。
「浅草寺だろ。そういやお前、寺の坊主だっけ」
「いっぺん見に行きてぇと思ってたンだ! 古くてでけぇ寺ならさぞ強ぇ坊主どもがいるに違ぇねぇ! 次はアサクサ攻めンぞ!」
寺を格闘技の道場と勘違いした発言に苦笑しつつ、拳を握る空却の意気込みは頼もしい。一郎は頷いた。
「アサクサは人も多いし、骨のあるヤツがいるかもな」
「よぉし、そうと決まりゃすぐいくぞ!」
「おい、今からかよ……俺腹減った」
「飢えてこそ無我の境地に至れりってなぁ! さくっとシメてアサクサでうめぇもん奢らせンだよ!」
「ったく……わかったよ」
ブクロを出て初めてのバトルで、十分手ごたえを感じられた。この勢いで攻めるのは悪くない案だった。
***
しかし、二人は空腹で来たことをすぐに後悔した。
「クソガキどもが。おとといきやがれ!」
「アサクサに喧嘩吹っ掛けンのはちょっと早かったかもなぁ」
雷門の前で仁王立ちする二人の男は余裕の笑みを浮かべて、膝をついた一郎と空却を見下ろしていた。
二人の激しい攻撃に動じず、真っ正面から筋の通ったリリックを返してくる。これまで対峙したことのない強敵だ。
「クソっ、負けるか……!」
一郎が立ち上がる。空却も続いてマイクを構える。二人の目は一段とギラギラした闘志を滾らせた。
「へぇ、意外と根性あるねぇ。あんたら名前は?」
「Naughty Bustersの波羅夷空却だ!」
「山田一郎」
素直に答えると、野球帽の色男はにんまりと笑った。
「俺は駒形正宗(こまがた・まさむね)、こっちが鬼灯甚八(ほおずき・じんぱち)だ。甚ちゃん、こいつらどうする?」
「どうするもこうするもねぇ。おめぇら体力が有り余ってンなら……」
手拭いを頭に巻いた男はドスのきいた声を唸らせ、鬼の形相で二人を睨みつけた。
「ちょっとツラ貸せや」
場所を変えて決着をつける……わけではなかった。
二人が連れて行かれたのは、隅田川の河川敷にある野球場。
大人ばかりの草野球チームの試合が行われている。
「親方ぁ、遅ぇよー!」
甚八は一郎たちを連れて片方のチームに合流した。
「待たせて悪ぃな、その代わり助っ人連れてきたぜ」
甚八がドンと一郎の背中を叩いた。正宗がどこからかバットを取り出して手渡す。
「まだ3点差だ、巻き返せるよ」
「って、な、なんで野球なんだよ!? バトルは!?」
あれよあれよとバッターボックスに誘導されてしまう。
「勝ったら続きやってやるよ」
甚八はそれだけ言うとベンチに向かってしまった。
「なんだよ、それ……」
「一郎、やるしかねぇみてぇだぜ」
せっかちな江戸っ子たちはお構いなしにゲームを進行し始めた。ピッチャーが構える。一郎は慌ててバットを握った。
「どういうことだよ……」
野球なんて小学生のとき助っ人で呼ばれて以来だ。昔から運動神経は悪くないが、スポーツをやるには道具だユニフォームだとあれこれ金がかかるので、本格的に取り組んだことはなかった。
初球はほとんど反応できずストライク。
二球目は掠ったがストライク。
三球目、ようやく目と腕が慣れてきた。ボールをとらえて思い切り振り抜いた!
空高く、高く、舞い上がったボールは……ピッチャーの真上に落ちて、ボスンとミットにおさまった。ストライク、バッターアウト。
「ちっ……」
「代われ一郎、拙僧がかましてやる!」
「頼むぜ」
一郎はバットを空却に渡してベンチに下がった。
「代打がチャンスボール打ち上げてんじゃねぇぞトーシロ!」
ベンチにいた黒髪の顔立ちの良い青年が毒づいてきた。チームの中では一番歳が近そうだ。
「あのな、こっちはいきなり連れてこられてンだよ」
「……あー、どっから来たんだ?」
青年はわずかに表情を和らげた。
「イケブクロ」
「そりゃあご苦労なこったな。おおかた陣取りに来て返り討ちにあったってとこだろ」
「まだ勝負はついてねぇ」
「へぇ、甚さんのラップで折れなかったのは上等じゃねぇか。なるほど、それで……ったく、甚さん気に入ると猫も杓子も呼び込んじまうんだから……まぁ俺もそのクチだけど。影向道四郎(ようごう・どうしろう)だ」
「……山田一郎」
握手を求められたので応じた。道四郎の手は切り傷だらけだった。
「四男なのか?」
「さぁな。こちとら親の顔も知らねぇ」
今度は一郎が警戒を解く番だ。
「……うちも親いねぇンだ。弟は二人」
「こんな時代じゃ別に珍しくもねぇよな」
「あぁ」
境遇が似ているとわかって、沈黙の間にゆるやかな共感が漂った。
そんな二人の目に、空却の放った強打の軌道が映った。
ボールは三遊間を突き抜け、スタンドに当たって転がった。道四郎がおっしゃ、と叫んで勢いよく立ち上がった。
電光石火のごとく空却が駆け出し、1塁を通過、2塁を回る。守備がようやくボールを捕らえた。空却はためらわず走った。ボールがホームに向けて投げられる。空却が3塁を回る。どちらが速いか、ボールか、空却か……。空却がホームベースに飛び込み、キャッチャーがボールを捕った。一瞬の間の後、審判が大きく腕を広げて叫んだ。
「セーフ!」
「ウオオオーーッ!!」
空却が咆哮を上げ、場内は沸いた。一郎と道四郎は無意識にハイタッチしていた。
「やるじゃねぇか、赤坊主!」
甚八や正宗は空却を抱え上げて褒めた。
空却は地元の少年野球に度々乱入していたとかで、打席での勝負勘が強く俊足、最初の一打から一気にゲームの流れを変えた。一郎は打席に立つ度にヒットの精度が上がり、ついにはツーアウト満塁の場面で見事なホームランを放った。二人とも身体能力が抜群に高いため守備も強く、甚八たちのチームがあっという間に逆転、大差で勝利した。
「兄ちゃんたち、やるなぁ~!」
「おいレギュラーやんねぇか!?」
二人はアサクサの男たちにすっかり気に入られた。疲れ果てたところを揉みくちゃに褒められてへとへとになったが、悪い気はしない。
「どうだおめぇら、楽しかったか?」
甚八は上機嫌に笑っていた。
「あ、さっきの、続き……」
一郎がはたと思い出した。
「勝ったら、やるって言ったろ……」
「ハッハッハ、まだ戦う元気あるってか。気に入ったぜ一郎、次来たとき相手してやるからよ、それより今日は打ち上げだろぉが!」
甚八は豪快に笑うと、強引に一郎の肩を組んだ。途端に空却の腹がぐうううと猛獣のように呻いた。
「空却、お前なぁ」
「拙僧は腹が減った!」
「空却ちゃんはノリ気じゃないの」
正宗の笑顔が一郎を促す。懐っこいが有無を言わさない圧がある。
「じゃあさっきの野球はなんだったんだよ……」
「細けぇこたぁ気にすんなって! よーし、飲みいくぞー!!」
オーッ、と今日一番の掛け声が上がった。親子ほど歳の離れた者も、ここからが本番とばかりに意気揚々としている。
空却はひそかに胸を撫で下ろしていた。一郎は頑固で言い出すと聞かないところがあるのだ。さすがにもう甚八たちとバトルする体力はなかった。
「腹が減っちゃあ酒しか飲めねぇっていうしなぁ!」
「戦はできぬでしょ、マサさん。俺も今日は飲めますからね!」
「おっそうか道四郎、おめぇもようやく二十歳かぁ~!」
アサクサの野球チームのメンツに囲まれ、一郎と空却も打ち上げの居酒屋に雪崩れ込んだ。二人はコーラで乾杯だ。
チームは地元の職人気質の集まりで、大工の棟梁である甚八を筆頭に気っ風の良い男ばかりだった。二人は親戚の子みたいにかわいがられた。ふだんイキったバトル相手か裏社会の住人ばかりと絡んでいるから、無邪気に酔っぱらって笑う大人たちは新鮮で、居心地が良かった。
「防戦って選択も、あるんだな……」
帰り道、一郎が呟いた。
誰もが血眼になってラップバトルに明け暮れているのに、アサクサにはラップチームがないらしい。甚八と正宗のラップスキルは本物だったが、彼らはヒプノシスマイクを使って他を攻める気はないのだという。
「あんだけ強ぇのにもったいねぇ」
昔ながらの伝統を守って変わらない日常を繰り返すなんて、空却にとっては生き地獄のようなものだ。だが、それを貫く甚八たちの中に強い芯があることは感じていた。激しい戦いの渦中で一か所に踏みとどまるのは、かえって胆力のいることかもしれない。
「俺は、進むぜ」
一郎は真っ直ぐ前を見ている。空却はニッと笑った。
「ったりめぇだ。次はウエノか?」
「そうだな。甚八さんたちとの勝負は、領土とは別につける」
「おう、寺を見損ねちまったしな! またすぐ来んぞ!」
拳を合わせると、イケブクロに続く夜道が確かなものに感じられた。
***
道四郎が蕎麦屋の片づけをする横で、甚八と正宗は晩酌をしていた。酒屋の正宗はしばしば不良在庫の酒を持ってきては、幼馴染みの甚八と飲むのが習慣だった。最近は道四郎が蕎麦屋の下積みを終えて閉店作業を任されているのをいいことに、遅くまで入り浸っている。
「そういや、あいつら最近顔見せないっすね」
道四郎がぽつりと言った。
「忙しいんじゃない? 一郎ちゃんと空却ちゃん、MAD COMIC DIALOGUEと組んでいまや最有力チームの一つだからねぇ」
「……ハッ」
甚八は鼻で笑った。陣取り合戦には興味がない。政府が勝手に線を引き直しただけで、住む人は変わっていないのだ。争う理由がない。そんなことより、故郷の街で仲間と楽しく健やかに生きることの方がよほど大切だ。戦火で焼かれたこの街を死に物狂いで建て直した甚八にとって、平和な日常がなにより価値のあるものだった。
そのとき、ガラガラと引き戸が開いた。
「すいません、今日はもう終わりだ……って、一郎じゃねぇか」
噂をすれば、一郎本人が立っていた。
一人で来るのは初めてだ。
「あれぇ、相棒はどしたの?」
正宗は敢えていつもの軽い調子で聞いた。一郎の顔は腫れぼったく傷だらけで、くっきりと目の隈ができていた。常に周囲を鋭く牽制していた視線は、今日はかみ合わない。
「空却、来てませんか?」
三人は目を合わせるが、心あたりはない。
「いや、知らないねぇ」
「そう、すか……」
一郎は視線を落とし、ぐっと拳を握った。再び顔を上げると、追い詰められたような目を甚八に向けた。
「甚八さん、いまから俺とバトルしてもらえませんか?」
「甚さんいま酔っぱらってっから、俺が代わりに……」
「いや、構わねぇ」
代理を申し出た道四郎を制して、甚八は立ち上がった。ただならぬ事情がありそうだ。幸いまだ深酒はしていない。
「どんな感じっすか?」
店を閉めてきた道四郎が合流する頃には、二人のバトルは苛烈を極めていた。
「一郎ちゃん、鬼気迫るってやつだねぇ」
正宗はちゃっかり店の徳利を持ち出して、二人の戦いを肴に飲んでいた。穏やかに微笑んでいるが、戦いの一部始終をしかと見守っている。
一郎と空却はいつも二人一緒だった。
ときどきアサクサに遊びにきて、野球をしたり、甚八たちとラップをした。地元の商店街にも好かれていたし、一大勢力となった彼らが入り浸ることで無用なバトルがなくなったのはアサクサにとっても利点だった。
バトルのときは超攻撃型で、嵐のコンビプレーで畳みかけるのが常だった。一郎の戦車級の鉄壁の耐久力と圧倒的な貫通力、空却の予測不可能な鋭い変則攻撃とときおり見せる神聖なまでの集中力は、互いをうまく補完し合って一分の隙もなかった。甚八たちが攻めるとすれば、前向きすぎる二人の過信くらいだった。
今日の一郎は、一人。
一言でいえば無謀だった。
相変わらず正面攻撃を繰り返している。機関車のように真っ直ぐに、力強く一撃に全力を籠める。だが相棒なくして脇がガラ空きだ。変化球は体で受けて耐えるだけ。それでも火力を上げて前進あるのみ。おそろしく打たれ強いため長引いているが、明らかに一郎にダメージが蓄積している。勝負は時間の問題だった。
「おい一郎っ……もういいんじゃねぇか……」
「まだだ……!」
一郎の体はもはや立っているのが限界だが、闘志は強まるばかりだった。
「ありゃあ、修羅だねぇ」
「空却がいねぇと……あんな感じなんすね」
一郎の方が常識的に見えて、実は空却がリミッターになっているところがあった。一人になって、一郎はマグマのような熱にひたすら火をくべて、その身を焦がしながらぶつかってくる。恐れを知らない力の塊は、もはや化け物だった。
それでも彼のリリックには、自分は進み続ける、どんな壁があろうと絶対に意志を曲げないというひたむきな想いが痛烈に込められていた。自棄になっているというよりは、片割れがいなくなった意味を体に焼き付けるようだった。
一時間近く経って、ついに一郎が膝をついた。すかさず正宗が二人の間に入った。
「そこまでだ!」
スピーカーが消え、溶鉱炉の中のような熱量がすうっと夜の闇に溶けた。
一郎の体がゆっくり傾く。道四郎が慌てて支えた。
「うわ熱っ……こいつやべぇ熱っすよ」
「ったく、無茶しやがって……」
甚八は大きなため息をついて座り込んだ。
「気は済んだか?」
「……甚八、さん……」
道四郎の腕の中でかろうじて目を開けた。すべての力を出し尽くしたのか、ずいぶん小さく見えた。一郎がまだ十七の少年だということを三人は思い出していた。
「俺……なんか、変わってましたか?」
甚八は笑った。
「ハハッ、なんも変わっちゃいねぇよ。相っ変わらずの真っ向勝負だ」
「そう……っすよね……」
一郎はなぜか残念そうに視線を落とした。
「一郎、なにがあった?」
「空却が、……いなくなったんです。俺のこと……俺の全部が気に入らねぇって、急に……」
「ただの喧嘩ってわけじゃねぇな」
「……俺も、よくわかんなくて……突然キレて殴ってきて、さんざん暴言吐いて、どっか行っちまった……」
「なんか、空却ちゃんらしくねぇなぁ」
正宗が言うと、一郎は苦しそうに眉を寄せた。
「そうっすよね……やっぱあいつ、変だった……もしかして俺があいつを怒らせるようなことしちまったのかと、思ったけど……」
「それで甚さんに勝負挑んだってのか?」
一郎は頷いた。
「おめぇはなんも変わっちゃいなかったぜ」
甚八はもう一度はっきりと告げた。
空却の怒りの原因がもし自分にあるなら、それを直せばいいと考えたのだろう。だが一郎のラップはあまりにも一郎そのものだった。
「じゃあ空却は……本当に、俺のこと……」
一郎の声が震えた。なんとか涙は堪えたが、むしろ甚八たちの方がうるっと来てしまった。一郎が一郎のままなら、それを嫌いになった空却に対して、一郎にできることはなにもない。
「すいません、手間かけました……今日は、帰ります」
一郎が立ち上がろうとするが、道四郎に押さえ込まれた。
「もうちょっと休んでろって」
一人になって泣きたいのかもしれないが、ブクロまで帰れる状態には見えなかった。
そのとき、正宗のスマホが陽気なメロディを流した。
「おいマサさんっ!」
「悪ぃ、はいはい俺だけど……あっ見つかった?」
空気を読まない声に呆れていると、正宗がさっと一郎を振り返った。
「空却ちゃん、見つかったってよ」
「マジっすか!?」
一郎は跳ね起きた。
「あいつどこに!?」
「ナゴヤの寺に帰ってるってさ。浅草寺の坊さんがあいつの親父さんと知り合いで……」
「無事なんすね!?」
バトルと同じ気迫に正宗は目を丸めつつ、うんうんと何度も頷いた。
「なら……よかった……」
堪えていた涙が一粒だけ落ちたのを、甚八は見ていた。
「親父さんと電話できるってさ。話してみるかい?」
「え……はい」
一郎は背筋を伸ばすとスマホを受け取った。
「……もしもし、あ、初めまして、山田一郎といいます。東京で空却の……世話になってました。はい、二年くらい……え、あぁ……はい、破天荒っていうか……」
空却の父、灼空の豪快な笑い声が漏れ聞こえる。
「あの、空却は……あ、いえ、直接は大丈夫っす。ちょっと……喧嘩しちまって気まずいんで……電話あったことも言わないでください。はい。頭痛いとか言ってないすか? ……山籠もり? 戻ってからは……そう、なんすね。……はは、簀巻きって……はい、元気なら良かった……」
一郎はゆっくりとその場に腰を下ろした。
張り詰めていた表情が緩んでいく。
「……いえ、俺は別に……え、……はい。いつか、……そのときは改めて御礼します。はい、はい……伝えます。お忙しいところありがとうございました。それじゃあ、失礼します」
「大丈夫か?」
「はい。正宗さん、ありがとうございました。あいつ向こうで元気にやってるみたいで……話せて良かったです。繋いでくれた人にもよろしくって」
空却との別れは決定的なものになった。大喧嘩してナゴヤに帰ったなら、当分戻ってくることはないだろう。
だが一郎の目は、いつもの明朗な輝きを取り戻しつつあった。
「ハッハッハ、お前は強ぇな、一郎!」
もし正宗に同じことが起こったら、一郎のように受け入れられたかどうかわからないと甚八は思った。不器用なまでに前向きなのは、一郎の美徳に違いなかった。
「名を挙げろ、一郎。気に入らねぇヤツが活躍してて、あの空却がおとなしく黙ってるわけねぇ。絶対噛みついて来やがるぜ」
「ははっ、そうっすね」
一郎がようやく笑った。
***
「なぁ、空却」
「あ?」
二郎と仲良くゲーム対戦している空却に、一郎はふと思い立って呼びかけた。
「明後日までこっちにいられるか?」
空却は東京に来ると、当たり前のように萬屋を宿代わりにしていた。
「拙僧は構わねぇぜ。サイファーでもすんのか?」
笑顔の空却が振り返る。あの頃のように。
それが一郎にとってどれだけ嬉しいことか、空却は気づいている。一郎がわかりやすく笑顔になるので、実は弟たちにもバレている。
「ハハッ、それもいいな。……実は、草野球の助っ人の依頼が来てンだ」
ぴくりと空却の眉が上がった。
「アサクサか?」
「正解、鬼瓦ボンバーズだ」
「ヒャハハッ、あいつら健在だったか! よぉし、久々に拙僧の特大ホームランをブチ込んでやるぜぇっ!」
「お前のはほとんどファールだったろ」
「豪快に空振り三振してたてめぇには言われたくねぇなぁ!」
いろいろ……本当にいろいろあって、二人はようやくここまでの関係になった。元通りではないが、確実に強くなったし、お互いの実力を誰よりも信じている。
もう一度、甚八たちとラップがしたいと一郎は思った。
いまの二人がなんなのか、いつも変わらないあの街の男たちの前でならわかるかもしれない。
おわり