ループ 夢で一郎を抱いた。
一郎がこどもみてぇに泣いてて、どうしても泣き止まねぇから、冗談でセックスでもするかと聞いたらようやく泣き止んだ。
ずっと拙僧の片想いだったから嬉しかった。
とんでもねぇ快感だった。
だが一郎は、ずっと遠くを見ていた。
「よう一郎!」
「空却……」
公園のベンチに座る一郎は、葬式みたいに青ざめて疲れた顔をしていた。視線は悟りを開いたように凪いでいる。
昨日別れる直前までアニメの話で盛り上がってたのに。一朝夕で溜まったとは思えない深刻さだ。
「サイファーでもすっか?」
「……ん」
とりあえずラップだ。一郎はどんなに疲れてようがラップバトルが始まりゃ元気になる。少なくとも気晴らしになりゃいい。
なんてのは杞憂だった。
一郎のアンサーは一言一句神がかったパンチラインのオンパレードだった。まるで拙僧が何を言うか知っていて、何日も前から考え抜いてきたような。それにしても芸術的な語彙と韻が立て続けに出てくる。
「なんだよ絶好調じゃねぇか!!」
興奮して飛びついたら、当人は黙って俯いた。
いつもの一郎ならラップが決まりゃもっと喜ぶはずだ。
「空却……悪ぃ。今のラップは、お前が何言うか知ってて、何回も修正してきたから……フリースタイルじゃねぇ」
「あ? 何言ってンだ?」
一郎は迷いながら拙僧を見た。
「俺……ループしてんだ」
「は? ラノベの読みすぎだろ」
「今日お前と会うとこからの一日を、ずっと繰り返してる」
働きすぎて幻覚でも見てるのか?
「十七時十六分九秒に向こうの通りを青い外車が通る。その二秒後に後ろから救急車のサイレン。さらに一秒後に軽い地震、ここは震度一で、震源地はヨコハマ沖、マグニチュード三・〇」
一郎が羅列した事象はその通りに起こった。わざわざスマホで地震情報を表示して見せてくれた。
車はともかく、地震まで当てるのは不可能だ。
「お前だけが同じ時間を繰り返してるってのか?」
「ああ」
「なんでだ!?」
なんか腹が立ってきた。なぜ一郎がそんな無間地獄みたいな目に合っているのか。
「しくみはわからねぇけど、理由はわかってる。俺が明日を受け入れられねぇンだ……」
「明日?」
オッドアイが心痛に閉じる。
「俺たちは……解散する」
「理由は!?」
こっちが聞いてんのに、一郎はすがるように拙僧を見た。
「わかんねぇンだ……それを調べるためにループを繰り返して、いろんなパターンを試してさ……一回、ついに掴んだと思ったンだ! あの飴村とかいう野郎、明日アイツがお前と会うって知って、その前に倒したのに……変わらなかった……。その後はなにやっていいかわかんなくて……ただ同じ時間を繰り返してる。たぶん俺が、受け入れるまで……続くんだと、思う……」
項垂れて頭を抱える一郎。
見るに耐えなくて謝った。
「すまん」
「……お前はなんも知らねえだろ」
「明日のことは知らねぇが、一郎を追い詰めてるのが拙僧だってンなら、謝るのが筋だと思っただけだ」
一郎は立ち上がると、慎重に拙僧を抱きしめた。
「気ぃ遣わせて悪い。俺が情けねぇせいでずっとつきあわせちまって……今度こそ、受け入れる」
目が合った。
わずか十センチくらいの距離。戸惑いも恥じらいもなく、自然とこの距離になった。
一郎は無言で拙僧を見つめている。期待してるんだとわかる。
「拙僧と、ヤッたのか?」
「や、やらねぇよ! 」
一郎は名残惜しそうに拙僧を押しのけた。
「俺が明日の別れを受け入れなきゃならねえのに、余計にキツくなるだろ」
また遠くを見る。
夢と同じ目だ。
「俺はさ、お前のこと……好きなんだ……」
「マジかよ!? じゃあ……!」
つまり、拙僧たちは。
「その先は言わないでくれ」
飛び上がった拙僧から目を逸らして、一郎はまた俯いた。
「お前の気持ちは一回聞いた……聞かなきゃ良かったんだ。明日になりゃ全部消えちまうって知ってたのに……目が覚めたらまたやり直しだ。何も知らねぇお前が歩いてくる。俺は……ループする度にお前のことが好きになってンのに、お前はいつも同じで、俺一人だけ空回って……」
声が震えていた。
「こんな無意味なこと、もう終わらせてぇのに、このループが終わっちまうのが怖ぇんだ……」
「なら、ずっとここにいるか?」
「あ?」
ポカンと間抜けた一郎の顔は愉快だ。
「拙僧は構わねぇぜ。どうせループしてる自覚があんのは一郎だけだ。拙僧と別れンのが嫌ならずっと居やがれ!」
「お前なぁ……明日がどんだけキツいか知らねぇで……」
違和感があった。
珍しく一郎が弱音を吐いてるからか?
いや、違う。
拙僧が、このままいけば一郎はもっと拙僧を好きになるかもしれねぇと期待してることが、不自然だ。
「おい一郎、お前ループ詳しかったよな」
一郎がときおり滝のごとく捲し立ててくるオタク話の中にあったはずだ。
「ラノベの話か? 一人の人間の強いストレスとか後悔が原因になってるってのはよく見かけるな。だから俺が……」
「拙僧かもしれねぇ」
口に出してみて、真実のような気がしてきた。
「いまの拙僧はお前と別れるつもりは微塵もねぇ。それがたった一日で変わるってンだ。ストレスだか知らねぇが、なんかあんだろ」
「……確かにな。つまり、空却が満足するまで終わらねぇってことか」
一郎が無邪気に聞いてくる。
「お前は何がしたいんだ?」
この場面を知ってる。何度も見た。
一郎が同じ一日を何度もループして、繰り返し拙僧への想いと自責を蓄積していくと、ついに心が折れかけたときに拙僧とのセックスを受け入れる。だが一郎は明日を知っているから、拙僧を本気で信じられず、繋がってる間も目は遠くを見ていた。燃えるような快感の真っ最中に、その視線は拙僧にとって冷や水だった。拙僧は気がつくとまた一郎の待つ公園へ向かっている。また一郎が何度もループするのを見届けるために……。
拙僧もまた、長いループを繰り返していることを思い出した。
「ループが終わったらどうなる?」
「俺たちが別れた先の未来に帰るんじゃねえか」
「ここでの経験は残るのか?」
「さぁ、夢みてぇに忘れちまうかもな」
無間地獄に一郎を閉じ込めるより、マシだ。
そう思えるまでにずいぶんこいつを苦しめちまった。
「悪かったな」
「なんだよ」
一郎がようやく少し笑った。笑うのは久しぶりじゃねぇか?
「最後に一発、やろうぜ」
「お前話聞いてたのか? ンなことしたら余計に……」
渋る一郎を押し倒した。抵抗はなかった。
「目が醒めても忘れねぇくらい刻みつけんだよ!」
「ずっと抱えて生きろってのかよ」
一郎が不安そうに顔をしかめた。
無限ループよりも長い苦痛なんかあるはずがねぇ。
「同じ傷跡は、道標になる」
なにか言い返そうとして一郎は息をついた。
「ま、お互いループしちまうくらい強い想いがあるってことだもんな。極端なことした方がフラグにはなるかもしれねぇし……わかった。来いよ」
一郎は苦痛を受け入れる覚悟を決めて、真っ直ぐに拙僧を見た。
途中から一郎が泣き出すから、拙僧は逆に笑ってやった。
夢だか幻覚だか知らねぇが、こんな特別な経験が無意味なはずがねぇ。片想いだったんだぜ。
明日がすべてをブチ壊したとしても、必ずまた一郎を抱く。拙僧は一郎の体の中に繰り返し誓った。