乙女のヒミツ 「これで材料は揃った、と……」
冬も本格的になって来た2月半ばのある日。
オレはキッチンでお菓子作りの用意をするローズと遭遇していた。
調理台の上に並んだものから推測するにチョコレート系のお菓子を作ろうとしてるらしい。
…………………チョコ……?
待て。今日は何日だ?……確か13日。……って事は明日バレンタインじゃねぇか!?じゃあ、ローズが作ってるのは……
ギギギとブリキもびっくりするくらいぎこちない動きでローズへ視線を戻すと、板チョコを刻み始めているではないか。鼻歌交じりで楽しそうに。
「待てぇぇぇぇぇぇ!!!!!!ローズ!!それは誰宛だ!?オレが知ってる奴か!?!?」
「きゃあ!!ちょっとお兄ちゃん、びっくりさせないでよ!!包丁使ってるのよ!?」
突然キッチンに乱入し叫んだ事は悪かったと思っているが、肩を掴まなかった事は褒めて欲しい。切実に。
「いや、だってそのチョコ、誰かに渡すんだろ……?な、なぁ、オレにも教えてくれないか?」
ローズはしばし目を瞬かせ、自分の手元を指さす。
「これの事?これは明日クイーン達とお菓子パーティーする時に持ってくものよ」
「おかしぱーてぃー」
「そう!せっかくバレンタインだし、みんなでチョコレートのお菓子を持ち寄ろうって!」
「ちょこれーと」
「私も最近教えてもらったんだけど。バレンタインって女の子が男の子にチョコをあげるだけじゃなくて、女の子同士でも交換するんだって。お兄ちゃん知ってた?」
「しってた」
「もう!お兄ちゃんってば〜、ちゃんと話聞いてないでしょ!」
ハッ……危ねぇ危ねぇ。うっかり意識を飛ばすとこだった。ローズが頬を叩いてくれて助かったぜ。
それはともかく。ローズの作るチョコがクイーン達の手に渡るなら許そう。可愛い妹の友人関係を邪魔する気は無いからな。
……いや待て。
「ローズ。そのパーティーには誰が来るんだ?クイーンの他は?」
「ええっと、シルバーハートさんでしょ?ダークアイさんでしょ?あとハチ君も来るって言ってたかな」
「……シルバーハートやハチに渡すのか……?ローズの手作りチョコを……?」
ローズの意中の相手がこんな身近にいて、オレが気付かないなんて……と考えると声が震えてくる。
「違うわよ。シルバーハートさんはお家を貸してくれるからだし、ハチ君は私達のほうからお願いしたの。美味しいチョコが食べたいからって」
くすりと笑ったローズがそう答える。
そ、うか。そうか。
「じゃあ、本命とかいうやつは」
「いないわよ。ただみんなで楽しくお菓子を食べるだけなんだから」
その言葉を聞いて、一気に体の力が抜けた。
「さ。お兄ちゃんは向こうに行ってて」
「え?」
ぐいぐいと背中を押され、キッチンから追い出される。
何故だ!?オレが居てもいいだろう!?まさか、オレにだけ特別なチョコを作ってくれるのか!?だから、作ってるところをオレに見られたくないんだな!?そうだろう、ローズ!!
「少し多めに作ってお兄ちゃんの分も置いとくからね!!」
同じものかーーーーーーーーーい!!
オレが絶望したのは言うまでもないだろう。
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次の日。
前日のショックから抜け出せないオレを他所に、ローズはルンルンでパーティーへ出かける準備をしている。
凹んでいるオレの目の前には、昨日作っていたチョコカップケーキが置かれている。
ローズが作ってくれたものだから、全てが嬉しいのだが、自分には特別なチョコがあると勝手に思い込み、ぬか喜びした落差に耐えられなかった。こんな時ばっかりはローズの博愛さが裏目に出ているように感じてしまう。
「行ってくるね、お兄ちゃん!!」
「……あぁ、行ってらっしゃい……」
ローズには情けない姿を見せたくないから、なけなしの気力をかき集め、笑顔で見送ってやる。
今日のパーティースタイルなのだろう。2つ結びにチョコとバラをモチーフにしたヘアアクセサリーを付け、白いシャツにチョコレート色のベストとリボンタイ、ふんわりしたスカートと、いつもとはまた違った可愛さのある格好をしている。
あぁ、オレのローズ。今日も可愛いな……
半ば現実逃避するようにローズの可愛さを噛み締めていると、ふとローズの手元にあるカゴの中から、チョコカップケーキとは明らかに違うラッピングのものがある事に気が付いた。
「ローズ、それって……」
「!!」
オレが指さす先を見て、僅かに目を見開くとカゴの奥底へと隠した。
そして、ゆっくりと口角を上げて一言。
「お兄ちゃんには秘密」
今のは絶対語尾にハートが付いてた。間違いない。いつの間にあんな技を覚えたんだ?あんな男を誘惑するような……
ハッと意識を戻した時にはもう遅かった。ローズは城を出、空を飛んでいた。
追いかけようにもブラッディレインは、この前ジョーカーと対決した時に傷付けてしまいメンテナンスの最中で使えない。
ローズの後を追う術を失ったオレの全力の叫びだけが晴れ渡る冬空に響いた。
「ロォーーーーーーズーーーーーーー!!!!!!!」
クソッ……!!オレはまだ何も聞いてないぞ!!パーティー用のチョコカップケーキとは別にもう1つ作ってたなんて!!あのラッピングは本命用なんだろ!?そうなんだろ!?でも確か、パーティーメンバーには本命はいないって……まさかッ……オレの知らない奴……なのか……!?だ、誰だ……!!!!誰もが喉から手が出るほど欲しいであろう『ローズの手作り本命チョコ』を手中に収める奴は!!!!!!!!!!誰なんだぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!
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「ただいまぁ〜」
ローズの置いていってくれたカップケーキを美味しく食べつつも、机に突っ伏してめそめそしてるオレの元にローズの帰宅を知らせる声が届く。
「おかえりローズ。パーティーは楽しかったか?」
どこぞの俳優ばりに表情を切り替え、ローズを迎える。めちゃくちゃニコニコ笑顔のローズを。
パーティーが楽しかったのか。本命チョコを渡せたのか。なんなら、告白してOKをもらったのかもしれない。
いや、ダメだ。これは考えるのを止めよう。本気で泣けてくる。まだオレの可愛いローズでいてくれ。
「すっごく楽しかったよ!!みんなの作ったチョコも美味しくて、つい食べ過ぎちゃった」
えへ、と笑うローズがまた愛おしい。お兄ちゃんはいっぱい食べるローズも好きだぞ。
「あ、そうそう。これはお土産。後で2人で食べよう?」
ローズは手に持ったカゴの中から、簡易ラッピングされたクッキーを取り出した。
「みんなで作ったの。色々大騒ぎで大変だったけど、なんとか完成したの」
大騒ぎ、とやらが気になるところだが。確かに少し形が歪んでいたり端が焦げているものがあったりするのが、「大騒ぎ」の結果だろう。
「それからね。はい、お兄ちゃん」
「……ぇ?」
差し出されたのは、あの本命ラッピングのチョコ。
好きな奴に渡したんじゃなかったのか……?
「これはお兄ちゃんに。いつもありがとう」
本当にオレ宛なのか?いや、ローズがオレに向けて出しているんだから間違いないのだけど。
今日1日このチョコについてうだうだしていたのだから、信じられない気持ちがありつつも、体は正直できちんとチョコに手を受け取っていた。
オレが受け取った事を確認したローズはめいいっぱいの笑顔を見せ、オレに飛びついた。
「これからもよろしくね。大好きなお兄ちゃん!!」