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    Malchut_ruin

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    Malchut_ruin

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    アルカヴェWebオンリ―展示。誕生日に幼児化してしまった先輩と出くわすアルハイゼンの話です。
    感想よければ!→https://wavebox.me/wave/hjofhxzep4m51rih/

    ロスタイムからはじめて それが何の日であるかは知っている。しかし、ルームメイトとして関係を構築し直すその前から、彼が自分からその日のことを口に出したことはなかった。
     祝いだ記念だとその手の行事ごとにこと熱心な彼が、自発的に触れようとしない時点で何かあるのは明白だ。であるならば、見え透いた地雷をわざわざ踏みにいくこともないと、アルハイゼンもまた通過を選んだ。

     なんでもない日の皮を無理やり被せ、書類に記入する日付を見ては、しばし目に留める程度の感慨でやり過ごしてきたというのに――

    「あの」

     顔を上げたアルハイゼンが思わず目を見開いたのは、居間へ続く廊下からひょっこり覗いた金髪が、いやに低い位置にあったからだった。寝乱れてぴょこぴょこ跳ねた毛先が、彼の挙動に合わせて揺れる。

    「ぼくの……お父さんとお母さんは……?」

     浅緋の瞳に緊張と不安をいっぱいにたたえて、少年はそう口にする。

     七月九日。
     まだコーヒーの香りすら立っていない、カーヴェの誕生日の朝のことだった。

     ◆ ◇ ◆

     頬はふくふくとして丸く、緊張から好奇心に色を変えた瞳はぱっちりとして大きい。まとっている服には見覚えがあるが、身の丈がアルハイゼンの腰に届かないくらいまで縮んでしまっているために、丈が余ってワンピースのような出で立ちになっていた。
     居間のカウチは少年の体には少し大きかったために脇の下に手を入れて持ち上げたが、ひょいと簡単に持ち上がった。そのあまりの容易さに愕然として、瞠目したままちょっと固まっていたものだから「あのー」と遠慮がちに声をかけられるまで、少年の足はしばしぷらんと宙に漂っていた。

    「カーヴェです。ご……あっ、六歳です!」

     カウチに下ろされた少年――カーヴェは、名前と年齢をたずねたアルハイゼンに、つんのめりながらも元気よく答えた。
     ふむ、とアルハイゼンはゆっくりとその横に腰を下ろす。すると眼下の小さな頭がぐうっと上を向いた。大きな瞳の中に、口元に手を当てた自分の顔が映り込む。

    「カーヴェは……『ごあろく』歳なのか?」
    「六! まちがえました。六歳です!」
    「訂正を受け入れよう。六歳のカーヴェは、普段何をしているんだ?」
    「えっと、ぼくはおえかきします。家とか橋とか、あとお城とか。けんちくしになったらつくろうと思って」
    「最近描いたもので一番の力作は?」
    「とうだい! 二十年後にオルモスこうで大きな改しゅうがあるんだって。そのときに、とうだいを担当できるようにいろいろ考えてて……でも改しゅうにはかんがえないといけないことがいっぱいあるし、お母さんもとうだいをねらってるから、とられないように」

     にへ、と照れ笑いを浮かべ、ソファの下で足をぶらぶらさせるカーヴェはあどけなく、幼年らしい愛嬌にあふれている。だが、そこにはすでに理知の兆しがあった。
     出会いがしらに掛けられた声がひどく心細く聞こえたので、人見知りのきらいがあるかと窺っていたのだが、初対面の男を相手にここまで落ち着いて応答しているところを見るに、その心配はなさそうだった。大人になった彼も、誰彼かまわず胸襟を開く方ではないといえ、門戸自体は迷わず開くタイプだから、小さい頃からそのあたりの性格は変わっていないのだろう。

     ――本人なのだろう。やはり。どうして中身も外見も子ども返りしてしまったのかは、まるで不明だが。

     昨日、カーヴェは夜遅くまで仕事で外に出ていた。帰ってきてからはすぐに寝に入ってしまい、ほとんど言葉は交わしていない。だから、何かこの現象の要因となる出来事があったのかはわからない。事情を知っている可能性があるのは彼の愛用するツールボックスだけだが、イエスノーより詳細を聞き出すのは非常に難しい。原因究明が容易でない以上、まずは目の前の状況への対処に専念すべきだろう。
     さしあたっては、この六歳の少年にアルハイゼンが認識しうる情報をどこまで開示するかが大きな問題だ。つまり、本来のカーヴェはとっくに成人した大人であることを伝えるか、あるいは適当な嘘で丸め込むかである。
     相手が普通の六歳児であるならば、悩むことなく後者を選ぶ。説明したところで理解できないだろうし、むやみに混乱を招くだけだ。しかし、

    「しつぎおうとう、おわった?」

     聞きかじったままを言いました、というぎこちなさは、いかにもスメールの学術家庭で育った子どもらしい。一方的な質問に大してよくもまあ落ち着いて答えるものだと思っていたが、父母に伴われて学会へ入ったことがあるのか、はたまた学会に出席する両親の練習風景を見ていたのか。
     どちらにせよ、子どもと接する機会の少ないアルハイゼンにとっては新鮮で、今の問答を質疑応答だと捉えていたのかと思うと妙なおかしさがあった。
     ふっ、と短い笑声がもれる。

    「ああ。満足いく回答だった」
    「じゃあ、ぼくの番!」

     カーヴェはにこにこと笑って、カウチに座り直す。

    「あなたのおなまえ、なんですか?」

     そう尋ねたやわらかい子どもの声が、唐突に胸を鋭くえぐった。

     脳裏を、背の高い本棚のビジョンがよぎる。壁という壁を本で埋めつくした、知恵の殿堂。初めてカーヴェと言葉を交わした場所。
     あの時アルハイゼンは、勝手に勘違いして世話を焼こうとする彼を鬱陶しがり、二言も喋らないうちにすぐ追い払った。しかし、アーカーシャ端末よりも紙の本を好む者同士の再会はすぐで、その時にはどこぞで噂を仕入れたらしく、カーヴェはアルハイゼンの名前を知っていた。

    「……アルハイゼン」

     だから、彼に対して、名前を名乗ったのはこれが初めてだった。
     飲み下しがたい違和感。だが、それに打ちのめされる間もなく追撃がくる。

    「あるはいぜんさん」

     ――なんだそれは。

     咄嗟に息を止めなければ、きっとひどい声が出てしまっていた。
     無邪気なオウム返しに悪気はない。無神経さもない。むしろ、きちんと分別がついていて、わきまえられているからこその発言だ。
     だが、カーヴェからそんな他人行儀をくらったのは初めてだったのだ。
     ごく自然につけられた『さん』の響きが信じられず、たまらなく衝撃で、そんなことにショックを受けている自分がいることにも衝撃だった。

    「……さん、は不要だ」

     波打つ感情を水面下に押し込めて、口を開く。カーヴェはアルハイゼンの苦い声にきょとんと大きな瞳を瞬かせた。不思議そうに首が傾く。
     当然の反応だ。とても、六歳に言うような台詞ではない。自分でもわかっている。

    「年上なのに?」
    「そういった礼儀を俺は気にしない」
    「えー……でも……」

     カーヴェはむに、と唇を尖らせて、視線をうろとさまよわせた。年上を呼び捨てにすることに抵抗があるらしい。もしかすると、普段から礼儀正しくするようにと言われているのかもしれない。
     思い出してみれば、アルハイゼンの数少ない友人である旅人と顔を合わせた時も、カーヴェは旅人を「貴方」と呼び、礼節をわきまえた振る舞いをしていた。その態度は初回だけでなく学院祭の頃にまで及び、友人としての距離感におさまったのは、つい最近だったと記憶している。そんなところにまでよく気を回すものだと思っていたが、家庭の方針だったのなら納得がいく。

    「……それに、」

     ならば、アルハイゼンの希望を通すためには、もう少し理由がいるだろう。それに、この後の説明へも続けやすい。
     そう思って紡いだ言葉は、いやに喉の滑りが悪かった。

    「俺は、君の後輩だから」

     ◆ ◆ ◆

     本来のカーヴェはもう成人した大人であること。昨日までは大人だったはずのカーヴェが、朝になったら突然いまの六歳のカーヴェになっていたこと。今はカーヴェが認識しているより二十年ほど後の未来にあたること。

     結局、逡巡したのも馬鹿らしいくらいに、アルハイゼンはすべてをそのまま話した。この利発な少年ならば信じられずとも内容の理解はできるだろうと判断してのことだが、決定打が別のところにあるのは明らかで、少年のぽかんとした顔つきにじわりと羞恥がわく。我ながら、このカーヴェの姿をした子どもに他人行儀な態度を取られることが、それほどに嫌だったのかと。
     とはいえ、一体何が原因で体ごと幼児退行しているのかがわからない以上、どこまで未来の情報を与えていいのかは判断できない。ゆえに、極力、カーヴェがこの後の二十年でどのような選択をしたのかは伏せて話すことにした。カーヴェが妙論派に所属したことや、教令院を卒業して建築デザイナーになったこと、騙されて未曾有の借金を背負ったこと……など。
     唯一話したのは、大人になったカーヴェはアルハイゼンと一緒に住んでいることだけだ。でなければ、目が覚めたカーヴェがこうしてアルハイゼンと会った理由を説明できないからである。

    「えっと、ここはアルハイゼンのおうち?」
    「ああ」
    「だから、お父さんとお母さんがいなくて、アルハイゼンがいる?」
    「そうだ。君は理解が早いな」

     アルハイゼンが判明している経緯を順序立てて話し始めた時、カーヴェ少年はあまりに荒唐無稽な滑り出しに、ぱか、と小さな口を丸く開いていた。だが、すべてを話しおえる頃にはきちんと内容を飲み込んだようだった。「ぼくだけ未来にきちゃったなんて!」と大きな目を輝かせて困惑を吹き飛ばすと、カウチから下りてくるくると居間を見て回っている。未来の自分の足跡がどこにあるのかを探し出そうとしているらしい。
     しかし、ぱたぱたと跳ねるようだった足音が、急にぴたりと止まる。何かと思って彼の視線を辿ってみれば、そこには置き型の暦があった。月と日だけを強調したシンプルなカレンダーの上部、そこに記された年号に、幼い瞳が吸い寄せられている。

    「どうかしたか」
    「あの……アルハイゼンは、ぼくのお父さんとお母さんがどこにいるか、しってる?」

     振り返ったカーヴェは、わずかに表情を硬くしていた。それは緊張から来るものではなく、取り繕ったようなぎこちなさだった。今朝はじめて顔を合わせた時の、不安と困惑をいっぱいにたたえた彼の顔が脳裏をよぎる。

    「…………」

     記憶にある年号との差異に、嫌な想像をしてしまったのだろう。自分の家に連れていけと言わないだけ利口な子だと言うべきか。
     無論、その想像が当たっていることを伝えるのは簡単だ。嘘をつくことだって。しかしそのどちらも選びたくはなくて、

    「君の親はフォンテーヌにいると、君から聞いたことがある」

     と、嘘ではないが、真実そのものでもない答えに終始するしかなかった。ひとえにこの少年へショックを与えたくないがゆえの躊躇いだったが、アルハイゼンの答えはカーヴェにとって別の衝撃を与えたらしい。

    「えっ! じゃあ、今日もフォンテーヌ? ぼくの誕生日なのに……」

     いうなり、しな……と目の前の少年が萎れたのが分かる。ぴょんぴょんと跳ねていた寝ぐせまで元気をなくしたようで憐れみを誘う。
     それでも、彼の口から己の誕生日に関する発言が出てきたことは、強くアルハイゼンの関心を引いた。
     アルハイゼンは項垂れた小さな肩を、慎重に、しかし慎重さが伝わらないよう撫でて、再びその体を抱き上げてカウチへ座らせた。ついでにテーブルの上から熟れたザイトゥン桃を一つとって、その手に握らせる。

    「君は……自分の誕生日が嫌いか?」

     幾度も飲み込んだことのある問いを、小さな少年相手にやっと口にする。しかし、ひそかなアルハイゼンの緊張をよそに、カーヴェは丸い手で桃の皮をするすると剥きながら、迷わず首を横に振った。

    「ううん、すき。誕生日はいつも、お父さんとお母さんがお祝いしてくれるから」

     ザイトゥン桃の果に小さな口の跡が残る。甘味としての受けより、ザイトゥン桃の鎮静作用をねらってのことだったが、その薬効はきちんと発揮されたようで、桃を食べ終えたカーヴェは幾分か元気を取り戻していた。

    「しごとがいそがしいときでも、走ってかえってきてくれて、さんにんでお祝いして、またいそいでしごとにいくんだ。お父さんがアーカーシャわすれていって、けんきゅう室までもっていったこともあるよ」
    「……そうか」

     その時のことを思い出しているのか、カーヴェは機嫌良さそうにぱたぱたと足を揺らしている。その果汁でべたついた手を布でぬぐってやりながら、アルハイゼンは胸の内にこっそりと溜め息を落とした。

     ――なるほど、彼が憂鬱そうな顔をするわけである。

     カーヴェの母は、妙論派の中でも突出した才を持っていたと聞く。若く才能にあふれた両親は忙しく、皆が揃うという日はそこまでなかったのかもしれない。だが、どれだけ忙しくても彼の誕生日には家族の時間が約束されていた。彼にとって誕生日というのは、家族が絶対に揃う約束の日だったのだ。
     だから、それが叶わなくなって彼は己の誕生日を祝わなくなった。父の死と母の再婚。特に父親との死別については、自分のせいだと抱え込んでいたカーヴェのことだ。好きではなくなったどころか、毎年くるかつての約束の日を、今や苦痛に感じていても不思議ではない。

     カーヴェの母がフォンテーヌへ渡ったのは、カーヴェが教令院に入学した後だと聞いている。アルハイゼンがカーヴェと知り合った頃には、もう彼の近くに彼の家族はいなかったのだろう。
     小さな肩を落とした六歳のカーヴェの姿が、アルハイゼンと出会った頃のカーヴェの姿に重なる。かつて家族の時間が約束されていたその日に、誰もいないがらんどうの家を見た彼がどんな顔をしていたか。容易に想像ができるようで、アルハイゼンは静かに、胸の内だけに二度目の溜め息を落とした。

     しかし、そんなアルハイゼンの胸中とは裏腹に、好奇心旺盛な彼の興味はちょこまかと移り変わっているようである。

    「ねえねえアルハイゼン。オルモスこうの工事、おわった?」

     ぺちぺちと横から腕をつつかれて、ふ、と口元が緩む。両親のことの次に聞きたいことがオルモス港の改修工事についてだとは。アルハイゼン自身も『話した人間の数より読んだ本の方が多い』などと揶揄される幼少期を過ごしてきたが、この愛嬌のある少年の方が己よりよほど変わっているように思える。

    「ああ。すべて完了している」
    「とうだいは、だれが直したの?」
    「それは……」

     ここで未来の情報を口にしても、本当は何も影響はないのだろう。この夢のような邂逅は、正しく夢のようなものだろうと、根拠のない予感があった。
     理論的にも、ここにいる六歳のカーヴェは二十数年前からひょいと時間を超えて現れたとなると大ごとだが、そうではなく、二十数年の歳月を経た現在のカーヴェから、何らかの弾みで表出したものだとするならば、実現性のハードルはずっと低くなる。
     過去の写し絵に未来の情報を与えたところで、バタフライエフェクトのような不都合が起こることはない。それならば、と口を開きかけて、

    「……いや、秘密にしておこう」

     と、すんでのところで、口を閉じることにした。大人しいリスのようにじっとこちらを見上げていた顔が、ぼっと血色を帯びる。

    「え~~~っ! なんで!」
    「楽しみは多い方がいいだろう」
    「でも、未来ではもう工事終わってるんでしょ!」
    「俺たちにとってはそうだが、君にとってはまだだ。一足飛びに答えを知ろうなんて、ずるは良くないと思わないか?」

     オルモス港の灯台については、アルハイゼンは十分な情報を持っている。酔ったカーヴェが誇らしげに語る様を何度も見てきたから、誰より詳しく知っていると言ってもいいだろう。
     それでも口を閉じることにしたのは、アルハイゼンに対して突然他人行儀な態度を突きつけてきた彼へのちょっとした意趣返しであり、それから、ちょっとした期待をこめてのことだった。そして、カーヴェ少年はアルハイゼンの期待通りのリアクションを見せてくれた。
     風スライムのようにぷっくりと膨れた頬を、ちょいと指の腹でなでるようにつつく。こんな歳の頃から怒った顔は変わっていなかったのか。堪えきれず「ふふ」と笑声をもらせば、じっとりと物言いたげな視線が飛んできた。

    「もしかして……」
    「うん?」
    「アルハイゼンって……いじわる?」
    「さて。大人になった君なら、その答えを持っているだろうな」
    「ふーん……未来のぼくってどんなひと?」

     またしても興味は次へ移っていったようだが、少しずつ、大きな瞳を覆う目蓋が重たげになってきていた。ザイトゥン桃の薬効かとも思ったが、違うような気もしている。この桃に人を寝かしつけるだけの薬効があったとしたら、市場には子どもの昼寝スペースができていただろうから。
     ――だとしたら、そろそろ時間ということなのだろう。

    「才能については疑いようもないが、プライドが高く、こだわりが強く、建築に関する以外の費用対効果の分析が甘い。余計な気苦労を買いがちで、そのくせ心身がひ弱だから、常に溺れそうになっている」
    「ええ~~、わるぐちばっか……」
    「俺からはそう見えるという話だ。だが、世間の視点に立てば逆の評になる。君は自身の培った知恵や経験に誇りを持っていて、苦労を背負うとわかっていてもぎりぎりまで検討を重ねて妥協をしない。お人好しで人が好きで、周囲もそんな君を好いている。だからどれだけ酷い目にあっても、そこには君を助けてくれる人がいて、溺れて沈む前に引き上げられている。そんな人間だ」

     そこまでわかりやすく噛み砕いてやると、カーヴェは頬をほんのりと色づかせて「それって、ぼくのお父さんみたい」と嬉しそうに笑った。そんなふうに喜んでもらえたならば、普段より丁寧に言葉を尽くした甲斐があるというものだ。大人になった彼に同じ言葉を投げたとしても、揶揄していると思われるのが関の山だろうが。

    「アルハイゼンは?」
    「なに?」
    「アルハイゼンは……ぼくのことすき?」

     カーヴェは重くなってきた頭を、ぽすんとアルハイゼンの腕に預けてくる。もうまばたきの間隔がだいぶ広くなっていて、目を閉じている時間の方が多い。いかにも子どもらしい問い掛けが飛んできたのも、もうだいぶ眠気が勝ってきているからだろう。
     しかし、そのいかにも子どもらしい問い掛けこそが、もっとも答えにくいものであるのだ。なぜなら、普段は明確に答えを出さないようわざとぼかしている部分を、真っ向から見つめる必要が出てきてしまうので。

    「……嫌いな人間を、共に住もうと誘ったりはしない」

     大人になったカーヴェなら、含みの部分を余計に捉えてしまうだろう返しだった。だが、そこはまだアルハイゼンに対しても素直な感受性を残している六歳の彼ならではで、きちんと受け取った彼は、へへ、と締まりのない顔で照れ笑いした。

    「ねむい……」

     腕にかかってくる重みがどんどん増してくる。
     アルハイゼンは彼に「ベッドに行くか」とは聞かなかった。不思議と予感がしていた。もうこの夢のような時間は終わるのだと。

    「横になるといい。枕を貸そう」
    「ん~~……」

     ベッドへ案内する代わりアルハイゼンはカウチの端に置いているクッションをカーヴェの近くに引き寄せる。だが、目をこすっているカーヴェはそれに気付かなかったようで、体を寄せたアルハイゼンの膝にそのままよじ登ってきた。ここまで利発さを見せていた彼だが、やはり眠くなると年相応の甘えが出てくるのだろうか。
     ぴったりと張り付いた体はあたたかい。子どもの体温だ。

    「寝ないのか?」
    「だって……まだお祝いしてない……たんじょうびの……」

     ぐずるように、カーヴェはアルハイゼンの首元へぐりぐりと頬を擦りつけている。その小さな頭を見下ろして、アルハイゼンは後ろ髪を指で梳いてやった。

    「なら……目が覚めたらお祝いをしよう。グランドバザールでタフチーンを買って、プレゼントも用意する」
    「ほんと?」
    「ああ。だから……何がほしいか考えておいてくれ」
    「ん……わかったぁ……」

     とろとろと、やわらかい声がとけていく。首元に滲んだ体温が徐々に薄くなっていく。寝息は聞こえなかった。どうせなら、寝付くところまで見てみたかったのだが。

     ――と、入れ替わるようにして、廊下の向こうからドンッバタンッと大きな音が響いてきた。椅子が倒れでもしたか、それともベッドから転げ落ちでもしたか。その喧しさに、ぱたぱたと居間を走り回っていた、跳ねるような足音をさっそく思い出す。
     アルハイゼンは苦笑して、ひとりになってしまったカウチから腰を上げた。そして、廊下の奥へと歩を進める。

    「誕生日おめでとう、カーヴェ。さて、君のお祝いを始めようか」
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