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    nekomata002

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    nekomata002

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    保護者髙🪶の話
    保護者髙🪶と🐯と🩸
    お兄ちゃん追加しました。
    🐯くん視点です

    「虎杖、この書類に目通しておけよ」

    「…何これ?」

    まだ戦闘の傷が癒えない包帯まみれの手で日下部先生に渡された書類を手に取って文字にざっと目を通して見る。
    …保護者リスト?

    「日車に、えっ!?日下部先生もいんじゃん」

    「一応な。お前の保護者だった五条が殺されちまったんだ。お前が最低18になるまで代理を立てる必要がある」

    「…っ」

    「あー代理は言い方悪かったな、すまん!
    先に言っておくが、そこのリストにいる奴らは″自ら立候補した″人間だけだからな?
    俺から声をかけたわけじゃねぇし、俺も誰かに言われたから立候補したわけじゃねぇよ」

    「…俺のことなんて気にしなくてもいいのに…」

    宿儺が居なくなって俺に残ったのは脹相の兄弟たちの能力と、宿儺の強大過ぎる呪力の残痕だけだった。宿儺の器…いや、檻だった俺の体から宿儺の呪力が抜けるまでは10年かかるらしい、だからその宿儺の呪力を欲した呪霊たちに日々狙われることになると、来栖の中にいる天使が教えてくれた。
    宿儺が居なくなっても俺はこの世界で面倒な存在でしかない…。
    宿儺との戦いは周りに助けられてばかりだった…ナナミンに託されたこと半分も出来なかった。ほとんどアイツの…宿儺の言う通りになった、俺のせいで沢山人が死んだ。
    俺のために沢山の人が傷ついた。
    宿儺の完全受肉からなんとか助け出した伏黒は未だに目覚めない、脹相も宿儺に腹を貫かれたけど家入さんの反転術式のおかげで完治に向かっている…日車は重傷だ、でも伏黒と違ってリハビリできるくらいには回復してる。今日もジャッジマンに見守られながら歩く練習をしていた。
    真希先輩は禅院家の再構築をしているらしい
    禅院家のやり方に嫌気が差して自ら破門された門下生がいるらしくその人たちに声をかけてる、乙骨先輩もそれに付き添っている。
    宿儺戦はあの人がいなければ高専サイドは負けていただろう、それくらい規格外に先輩は強かった。
    俺は宿儺の器だったおかげか体は丈夫で治癒の速度も早くて誰よりも早く退院した。

    …結局、宿儺が居なくなっても宿儺の力に助けられてるとか、本当情けねぇ…

    この日も俺はみんなの見舞いに来ていた。
    いや、高専や寮の部屋に長く居たくなかったってのが正しい。寮にいたら伏黒、釘崎、五条先生との楽しい思い出と同時に2人の最後の姿を思い出すから、辛い。
    もう2人は戻って来ないってわかってるのに思い出すのは楽しい時の記憶ばかりで、何度も泣くのを我慢した。でも長い地獄が終わって気が緩んでるせいか涙が全然抑えられなくて…俺に、弱い俺に泣く資格なんてねぇのに…枕がびちょびちょになるくらい泣いて何回も枕を濡らした。
    疲れたって弱音吐いたら釘崎にぶん殴られるかな?こんな情け無い姿、爺ちゃん見たら怒るだろうなって…目の前に現れてさぁ、呪霊でもいいよ…俺のこと弱いって馬鹿野郎って叱ってくれよ。

    「虎杖、今の高専の話だけどなー」

    日下部先生の今後の予定や高専の現状を聞きながら保護者リストをボンヤリ見ていると意外な人物の名前が目に止まった。
    その名前を認識した時には俺の口は勝手に動いていた…




    「…日下部さん。おれ、この人がいい」





    ◾️



    「ちょっと散らかってるけど
    まぁ、テキトーに座ってくれトラくん」

    「…お邪魔します」

    俺が保護者に選んだのは髙羽さんだった。
    理由は…少しでもいいから呪術の世界から離れていたかった。あのリストの中で髙羽さんだけが普通の人間に近い感覚を持つ人だって知ってるから、髙羽さんを選んだ時に日下部先生はあのハミチン野郎で本当にいいのか⁉︎血迷うな虎杖!って心配されたけど…

    俺さ、今でも覚えてるんだ。

    来栖を仲間にしてもうすぐ五条先生が復活するって時に、期待と緊張が入り混じる空間の中で来栖が空気読まんで「アイスが食べたい」って言ったんだ。
    その時周りにいたのは伏黒と俺と来栖と伏黒が敵じゃないって言って連れてきた芸人の髙羽さんって人がいたんだ。
    俺はこんな時に何言ってんだよって思ったんだ、五条先生が復活すれば羂索との対決がはじまる。空気読めないなって俺にしては珍しくちょっとイライラもした。
    そしたら来栖の呟きを聞いてすぐに髙羽さんが言ったんだ。

    「アイスいいな!
    カップアイスか雪見ちゃんか…
    何にしようかな?キミたちは何食べたい?」

    「私はチョコミント」

    「えっ、お、俺はハーゲンダッツ!」

    「ハーゲンダッツいいな!
    少年は?」

    「…パピコがあれば」

    「了解!それじゃひとっ走りして買ってくるぜ!」

    「えぇ!?嘘だろ!!冗談じゃなかったの!?」

    こんな状況なのに!?
    髙羽さんは唖然とする俺たちなんて目もくれずにアイスを買いに部屋を出て行った。
    伏黒と俺は髙羽さんの後ろ姿を口パカーン開けて見送るしかなくて、来栖も少しだけ目を見開いて驚いていた。俺なんか勢いでハーゲンダッツって言っちゃったし。
    …今思えば、あの4人でアイス食べてる時間が久しぶりに感じる、忘れていた″日常″ってやつだった。
    アイス食べながら思ったんだ、渋谷の事件がはじまるまで俺は当たり前に食べたい時にこうやってアイス食いながら友達と駄弁ってたって…髙羽さんの俺たちに対しての接し方って大人なんだ、そんで俺たちは″子供″
    食い終わったアイスのゴミもコンビニ袋で回収してた。それからイレブンににあの限定お菓子が残ってたとか、駅前の駅弁がまだギリ大丈夫そうだから戦い終わったら食べようとか戦闘前だとは思えない緩い会話してたんだ。
    …呪術の世界に入ってから忘れていた当たり前をさ、髙羽さんは少しの時間だけど思い出させてくれた…だから、俺は髙羽さんを保護者として選んだんだ。

    「まさかトラくんが俺を選ぶなんて思わなかったぜ!ほら、俺って他の立候補者の中で一番金ないし」

    「…金で選んだわけじゃないよ」

    「弁護士さんとかじゃなくて良かったのか?あとはホラ、あの刀振り回してる人とか栄養失調で倒れそうな人とか」

    「…伊地知さんね」

    髙羽さんが台所で冷たい水を火にかけ温めながら自分が選ばれるとは思ってなかったと話している。
    日下部さんが立候補者は全員志願したって言っていたけど、髙羽さんは違ったんだ。
    どうやら俺は選んじゃいけない人を選んでしまったらし…そりゃあそうだよな、俺は元宿儺の器で、いまは呪霊を引き寄せる存在だ。
    考えてみれば迷惑で邪魔な存在でしかないってわかってたのに、自分の気持ちを優先したから、髙羽さんが困ってる。
    …なにやってんだよ俺、今まで沢山人を傷つけて、迷惑かけてんのに…優しい髙羽さんにまで迷惑かけて、本当最低じゃん。
    仕方ないと言った様子で立候補する髙羽さんの表情が脳裏に浮かんで、胸が痛くなる。
    膝を抱えて部屋を見渡した。
    髙羽さんの言うように部屋は狭くて散らかってて、でもなんか懐かしい匂いがする。
    爺ちゃんと暮らしてる時の俺の部屋ってこんな感じだった、爺ちゃん死んでからは悲しむ暇も無くて呪術の世界に入っちゃって、家の後片付けは五条先生の知り合いがやってくれたらしいけど、高専の寮にいた俺に手渡されたのは爺ちゃんの遺影に遺骨の入った箱と、俺の部屋にあったゲームくらいで…先生は「悠仁はゲーム好きでしょ?」って俺のためにゲーム全部持ってきてくれたのかもしれんけど、俺はゲーム以外も好きだよ。
    俺の部屋にはきっと昔好きだったもの、思い出が残ってるから捨ててなかったもの沢山あったんだ…でも、もう全部処分しちゃったって言われて何も言えんくて笑ってありがとな先生!ってお礼言った。
    爺ちゃんのお墓も作ってくれて、これから迷惑かけるのに我儘言っちゃいけないって思ったんだ。
    座布団に座りながら近くに落ちていたDVDを手に取る。懐かしい、笑い犬の探検だ。
    やっぱり髙羽さんのセンターマン衣装は笑い犬からだったのか、他にも積み重なる本やDVDは俺が知ってるものばかりだった。
    もしかしたら髙羽さんの部屋みたいに俺の部屋にも積み重なっていたのかもしれない。
    …爺ちゃんがまだ生きていた頃に当たり前に見ていたバラエティー番組、爺ちゃんがくだらん!何が面白いのかわからん!ってキレてチャンネル変えようとするから、チャンネル争いしてたんだっけ…懐かしいなぁ…

    「………」

    考えれば考えるほど頭は俯いて背はゆっくりと曲がって猫背になった。
    爺ちゃんによく男なら背筋伸ばせシャキッとしろって言われたけど、いまは無理だよ。
    この部屋にいたい、当たり前を感じたいって…俺、逃げたいんだ、少しでいいから普通の人間になりたかった。
    これ以上嫌われたら追い出されると思った。それでも日常を望むのはやめられない
    自分勝手、我儘だ。

    笑えないくらい傲慢野郎
    ははっ…宿儺みたいじゃん。

    俺は座布団からゆっくり立ち上がって髙羽さんに近づいた。

    「ほい、お茶おまたー近っ!?
    座って待ってて良かったのに」

    「…金は心配しないで。
    俺が呪術師の仕事して稼ぐから」

    「へ?」

    「…迷惑なんはわかってる。
    俺、爺ちゃんが入院してから飯とか1人で作ってたし、掃除とか、洗濯も1人で出来るから…なんでも言ってよ、なんでもするから」

    髙羽さんの顔が見れなくて俯きながら
    言った。
    爺ちゃんが入院してからあの広い部屋で1人だった。俺、爺ちゃんに心配かけたくなくて言わなかったけど、本当は寂しかったんよ。
    1人で食べる飯は美味しくなくてさ、爺ちゃんの小言聞きながら病室で食べる昼飯が一番美味かった…。
    節約のため生きるために勉強した料理が髙羽さんの役に立つなら良い、そう思って言ったのにー

    「いやいやっ、学生のキミにそんなこと任せられん!」

    「えっ」

    「俺カップ麺しか作ったことないからさ
    トラくん料理出来るなら俺に分かりやーすく!料理教えてくれ!一緒に作ろ!」

    「…っ」

    髙羽さんの言葉に驚いて顔を上げた俺は
    はじめてちゃんと髙羽さんの顔を見た。
    髙羽さんは冗談でも同情でもない真剣な表情で俺を見ていた。
    その目を見ればわかった…髙羽さんは仕方なしに立候補したわけじゃない、選ばれないと思っていたのも言葉通り金が少ないとかそんなくだらない理由だったんだ。


    「学生…そうか、俺ってまだ…学生だったんだ…」



    【オマエは強いから、人を助けろ。手の届く範囲でいい。救える奴は救っとけ。迷っても感謝されなくても、とにかく助けてやれ。オマエは大勢に囲まれて死ね。俺みたいにはなるな】

    【好きな地獄を選んでよ】

    【あとは頼みました】

    【悪くなかった!】

    【噛み締めろ】

    【俺はお兄ちゃんだぞっ‼︎】

    【俺のために生きてくれ】

    【僕、最強だから】

    【君の目を見れない】



    「何当たり前のこと言ってんだよ
    いくらイケメンであろうと35歳の俺からして見れば15歳なんてまだまだ子供だぜ?」

    「…っぷははっ、なんだよイケメンって
    俺…っイケメンじゃ、ねぇし」

    「えっご自覚ない⁉︎嘘だろ‼︎」

    「あはは、あーあと髙羽さんカップ麺は料理のうちに入んねーからね?」

    「マジで?」

    「マジマジ。だから簡単なカレーから教えたげる」

    「カレーいいな‼︎
    トラくんはじゃがいもカレーと
    シーフードカレーならどっち好き?」

    「どっちも好き!」

    「じゃあどっちも教えてくれ!
    カレーは沢山作って余っても次の日に食える最高の料理だからな!」

    「わかる!2日目のカレーってすげぇ美味いんだよなぁ」

    「2日目のカレー最強だよな!
    よしゃ!トラくん全は急げだぁ
    今からカレーの材料買いに行くぞー!」

    「っ、うん!」

    髙羽さんはポケットの中から財布を取り出すと財布の中身を確認「大丈夫そ?足りる?」なんて言いながら小銭と数枚のお札を見せてくる。カレーってそんな高くないし、じゃがいももシーフードも買えるよって言えばカレー食うだけなのにヤッター!って子供みたいに喜んでんの、なんか可愛いくて笑った。
    爺ちゃんが入院してからはずっと1人で買い物してたのがさ、今は髙羽さんと一緒にカート押して買い物してんの、なんかウケる。

    「トラくんじゃがいもはメークイン?」

    「メークイン甘いからいいよな」

    「シーフード発見しましたトラくん隊長!」

    「あはは!何それ〜うーむ、よくやった髙羽隊長!速やかにこの檻に入れてくれたまえ」

    「了解です隊長!
    にんじんは何本買いましょうか隊長」

    「一袋入れておきたまえ」

    「了解です隊長!」

    コントみたいな馬鹿なやり取りしながらの買い物は楽しくてあっという間に終わった。
    出掛けた時間が遅かったから辺りの空はオレンジ色に染まってて、もうすぐ呪霊が活発に動き出す夜になる。
    微かに感じる呪霊の気配に気を配らせている俺とは違って髙羽さんは呑気に明日は何の料理に挑戦したいとか話している。
    乙骨先輩から髙羽さんが羂索を足止めしてくれたと聞いてはいるけど、未だにこの人が脹相でも勝てなかった羂索を追い詰めたとは想像出来なかった。

    「あのさぁ、髙羽さん…聞きたいことがー」

    ある、と言いかけて止めた。
    髙羽さんの背後、塾帰りの小学生の女の子の背後に呪霊が見えたからだ。
    気づいたら走り出していた。
    背後から「トラくん⁉︎」という髙羽さんの焦った声が聞こえたけど足を止める理由はない
    呪霊は見つけ次第狩る、それが俺が決めた事だった。罪滅ぼしと言ってもいい…日車がいくら渋谷の事件は宿儺がやったことだと言っても、止められなかった俺が悪いことに変わりはない。
    女の子の腕を掴もうとした呪霊の手を蹴り落とす。呪霊の姿が見えたのかきゃあっと女の子が悲鳴をあげて俺の腰にしがみついた。
    最悪だ、身動きが取れない。
    グォああっと呪霊が雄叫びを上げて俺に襲いかかってきた。ザクっと体の半分が呪霊の鋭い爪先によって切り裂かれる。
    死んだと思った、いや、宿儺がいない体でこの傷は流石の俺でも死ぬって思った

    「トラくんッッ‼︎‼︎」

    髙羽さんの声が聞こえ瞬間にズキズキと感じていた激しい痛みが嘘みたいになくなって







    「トラくん大丈夫か⁉︎」

    「は?えっ?何ここ?…車?
    トラック⁇」

    無傷のまま俺は気絶した女の子を膝に乗せて何故かトラックの助手席に座っていた。
    隣には一昔前の頭に鉢巻巻いたトラック運転手の格好をした髙羽さんがいて、フロントガラスは肉片付きの血液がベッタリ着いててグロかった。

    「馬鹿野郎ぅ!いきなり走り出すからビックリしたじゃないか!」

    「いやいや、俺の方が今の状況にビックリなんですけど⁉︎じゅ、呪霊は⁉︎俺の怪我は⁉︎」

    「呪霊?あぁ、さっき轢いた」

    「弾いたってなに⁉︎えっ…まさかこのフロントガラスの血って」

    「たぶん呪霊」

    「えぇ⁉︎嘘でしょう⁉︎」

    「あ、ちなみにこのトラックで羂さんも轢いたよ」

    「あの人トラックに負けてんのかよ⁉︎」

    術式より強いトラックって何?
    脹相聞いたらキレるぞ。

    「…天使から髙羽さんの術式は五条先生並みだって聞いてたけど、本当だったわ」

    まず今って領域展開してるの?
    あとフロントガラスの汚れ拭こ?
    前見えんから…

    「トラくん呪霊見つけたなら
    走り出す前に俺に言って?
    俺はキミの保護者なんだから」

    「髙羽さん子供扱いし過ぎだって
    呪霊くらい俺1人で」

    「…あのさ、一つ聞きたいんだけど
    呪霊倒せたら大人なのか?」

    「えっ」

    髙羽さんが言った何気ない言葉は俺が今まで一度も考たことのないものだった。
    だって呪霊を倒すのが呪術師の仕事で、万年人手不足だから術式が使える人が、釘崎とか伏黒が戦うのが当たり前だって思っていたから、何も疑問に思ってなかった…いや、違う麻痺してたんだ。あの世界ではそれが当たり前だったから、宿儺が渋谷をめちゃくちゃにした後もずっと脹相と一緒に呪霊狩りをしていた…自分がやらなきゃいけないって思ったから…
    困惑して固まる俺に気づいていないのか髙羽さんはハンドルに顎を乗せて話を続けた

    「俺には呪術の世界のことはわからん!
    だって俺からして見ればトラくんも少年も来栖ちゃんも、ライブの行き道とか帰り道でよく見るただの学生なんだよ。
    いくら呪霊が倒せたり、階級?ってのがあっても、キミたちはまだまだ子供なんだよ
    だから心配する、心配されるのは当たり前なことなんだよ」

    「…っ…」

    「1人で呪霊と戦わなくたっていい
    無視は…しちゃダメだから俺を頼りなさいな」

    「…うん…今度からは…そ、する」

    髙羽さんの言葉を聞くたびにどんどん視界が歪んでいった。気絶した女の子の柔らかい頬にポタポタ涙が落ちる、ごめん怖い思いさせたよな。親指で落ちた涙を拭っても上から止めどなく降ってくる。
    髙羽さんがいなかったら、この子は俺と一緒に死んでいたかもしれない。
    一回死んだから、死に慣れることはない
    切り裂かれたとき痛かったよ…痛かったんだ…大切な人が、友達が亡くなって、絶望以外でこんなに泣いたの久しぶりの気がする。
    普通に泣くのってこんなに体熱くなるんだ、喋りたいのに情け無い声が先に出ちゃって恥ずかしい…

    「…ったか、ばさん…」

    「ん〜?どしたトラくん」

    「俺…っ髙羽さん、保護者に選んで…よかったっす」

    「それは保護者冥利に尽きますなぁ」

    「ははっ、なんだよ保護者冥利って」

    「このまま女の子お家まで送って帰ろうか、トラくん」

    「そだね」





    ◾️




    「ただいまぁ〜」

    「…た、ただいま」

    髙羽さんのとんでも術式で女の子を送り届けると俺たちはそのままトラックで自宅に帰った。不思議なことにトラックは髙羽さんが降りると消えて、髙羽さんが自宅に入ると同時にトラック運転手の姿からパーカー姿の髙羽さんに戻った。
    なんか、本当になんでも有りな術式だな…
    あの時半分に切り裂かれた俺は死んでるはずだった…肉の裂ける音、血飛沫、痛みもはっきり覚えているのに″全てなかったこと″にされた気がした。

    「…」

    切り裂かれた肩に触れても痛くない
    腕もしっかり繋がってる。
    玄関から居間に向かうと髙羽さんが冷蔵庫の中に食材を入れていた。

    「あ、髙羽さんすぐ作るから食材出しっぱでいいよ」

    「え?そうなの?わかった
    トラくんシェフに任せるよ」

    「ん、じゃあまずは米〜は、炊飯器無いからレトルトだったな」

    「炊飯器は早いうちに買っておかないとな〜
    今まで炊飯器なんて要らないと思ってたけど
    ついにこの家に炊飯器を買う日がくるのか‼︎
    へへ、なんか嬉しいなぁ〜」

    「えっ」

    「ん?どしたトラくん?」

    「…なんで嬉しいの?」

    「え?」

    俺の質問に今まで全てにおいてハキハキと答えていた髙羽さんが珍しく言い淀む
    変なこと言ったつもりは無い、だって炊飯器って普通に高いし、俺が来たからって買わなくていいじゃんって思ったんだ。
    ずっと温めるご飯でいいよ、髙羽さん金ないんでしょ?俺なんかのために買う必要ないよ…。
    目線を下に向け唇を尖らせる姿はどこか幼い。答えを聞くまで逃す気はなかった、ここで有耶無耶にしたらもうこの人の本心が聞けなくなるって思ったんだ。
    辛抱強く待っていると髙羽さんが観念したように後ろ頭をかきながらポツリと言った

    「………今までずっと1人でご飯食べてて…俺、友達も相方もいないし…あんまり好かれるような人間でもないから一緒に飯食う相手もいなくて…その…寂しかったんだよ」

    「…寂しかった」

    「だから、トラくんが来てくれて正直嬉しいっていうか、一緒に飯食ったりお笑いの話出来るの、楽しみにしてて…まだトラくんが来るの決まってないときに炊飯器も安くていいやつ目印つけてて…って俺、キモいよな⁉︎ちょっとぶっちゃけ過ぎたっい、今の話は忘れ」

    「炊飯器」

    「へ?」

    「目印つけた炊飯器見せてよ」

    「えっ、あ…今チラシ持ってくるっ!」

    「…俺より先に言われちゃったな」

    …寂しかったとか、言っていいんだ。
    髙羽さんが戻ってきたら、俺も髙羽さんと同じ寂しがり屋だって言おう…そしたら髙羽さん仲間だって喜んでくれるかな?
    炊飯器もどんなのか気になる。

    「あったぞチラシ‼︎トラくん見つけた!」

    「見せて見せて!」

    クシャクシャになったチラシを小さいテーブルの上に広げて2人で頭をぶつけながら覗き込んだ…





    3日後、髙羽さんと俺とで金を出し合って少しいい炊飯器を買った。
    安い炊飯器もいいけど、やっぱり買うなら美味い飯炊けるやつがいいって満場一致で決まったんだ。
    俺が新しい炊飯器の入った箱を持って
    髙羽さんは新しく買った米を持って並んで歩いてる。
    重いし俺が米持つよって言ったら「トラくんには米より重い炊飯器の命を託す!」って言われてさ、炊飯器渡されたんだ。
    髙羽さんって言葉のチョイスが独特というか、本当に全部お笑いに持って行こうとするからすげぇなって思うよ、軽いノリなの喋りやすいし俺としても楽しい。
    今日は髙羽さんに何の料理教えようかな?
    昨日カレーを作る俺の隣でネタ帳って書かれたノートにカレーの材料から作り方を聞きながら書いてる髙羽さんを思い出す。
    髙羽さんってもしかして根が真面目なのかもしれない、自分の分量で作ってるから水の量とか、何分煮込むの?とか細かいこと聞かれた時は答えに迷った。
    だから今日は米を美味く食える焼肉だから教えることもないし、とにかく新しい炊飯器で炊く炊き立ての米と肉を食うのが楽しみでしょうがない。
    カンカンと音を鳴らしてアパートの階段を登って、目線の先に見えた姿に驚いた

    「…なんで、脹相」

    髙羽さん部屋の前には病院にいるはずの脹相が膝を抱えて座っていた…


    「悠仁っ、突然居なくなるから心配したんだぞっ」

    脹相は俺の姿を見るなり駆け寄ってきた。
    着ている服が病院着なところを見ると大方、保護者代理の話を入家さんか日下部先生から聞いてそのまま病院を抜け出してきたのだろう。
    脹相には渋谷事件後や宿儺戦まで世話になった…弟が何よりも大切な男に一番に伝えるべきだったと少し申し訳ない気持ちになった。

    「…ごめん、脹相」

    いや、伝えるタイミングは何回もあった。
    髙羽さんと暮らすようになってからも毎日脹相と伏黒の見舞いには行っていたから。

    「トラくんどうした?
    …あれ?キミは確かあの時の」

    「お前は…髙羽か。」

    後ろから髙羽さんが遅れて上がってくる。
    米袋を少し傾けて脹相の姿を見た髙羽さん
    どうやら俺の知らないとこで脹相とは自己紹介は既に済ましていたらしい。
    髙羽さんと脹相が話をするタイミングは五条先生が戻ってくる時くらいだ、あの時の俺は先生が帰ってくることが嬉しくて気づかなかったから…
    それに髙羽さんはみんなの作戦会議に参加してない、天使から髙羽さんの術式の関係上、術式を意識させてはいけない、我々の会話から呪術の知識を得てしまう可能性があるって言われていたから髙羽さんはそのまま岩手に向かって、乙骨先輩と一緒にあの羂索を倒したんだ。
    脹相が値踏みをするように感情の読めない顔で髙羽さんをじっと見ている。
    脹相は産まれてまだ半年も人間の人生を過ごしていないけど、受肉した体からある程度の知識は得ているからなのか、元々なのかはわからないけど頭が良い。
    弟関連になるとソレも形無しになって感情的に動いてしまうけど、それ以外だとコイツは冷静に物事や状況を見るタイプだ。
    箱を持つ手にジワリと嫌な汗が出てくる

    「あのさ脹相、悪いけど避けてくんない?
    俺たち結構重い荷物持ってんだわ」

    「…あぁ」

    「…」

    脹相は俺の言葉に返事はしても避けてくれない。恐らく、答えを聞くまで避ける気はないんだ。アパートの扉の前に緊迫した空気が流れる、脹相は俺が逃げたことに気づいてるんだ。コイツは弟に関しては勘が鋭い、血がどうとかって言ってたけど…今の俺の不安定な心も血で感じ取っているのかな…
    俺は、俺が脹相に言わなかったのは、お前を見てると嫌でも渋谷でのことを、ナナミンや釘崎、宿儺を思い出すから話さなかったんだよ。
    俺の精神が不安定だった時に、何度も死にたくなった時にずっと側にいてくれたお前から、俺は逃げたんだ。
    あの地獄が終わってから俺は自分のことしか考えてない。今だって、髙羽さんとの生活にお前が入ってくると思うと、少しイヤだって考えてる…


    「日下部から聞いた。髙羽、お前はなぜ悠仁の保護者になりたいと思った」

    「…」

    「日車ならまだわかる。日車は渋谷での事件を術式で裁いたからな、そして悠仁に罪は無いと言ってくれた。アイツはいい奴だ…
    だが、お前は違う、お前は悠仁のことを知らない。…同情で立候補したのか?」

    「同情?…いや、俺寂しがり屋だから」

    「…は?さみしがりや⁇」

    「トラくんと一緒に生活したら
    毎日楽しいだろうなぁ〜って思ったんだよ」

    「た、楽しい?…本当にそれだけの理由なのか?」

    「?うん。だって人生楽しい方が絶対いいだろ?」

    「……」

    髙羽さんは脹相の質問に表情も変えずにそれが当たり前みたいに答えた。
    逆に表情が変わったのは脹相の方だった。
    眉間に皺を寄せてコイツ何を言ってるんだ?って表情で髙羽さんを見てる。
    ″寂しがり屋だから″髙羽さんらしい答えに俺はつい笑ってしまった。
    そうだよ、髙羽さんはあの日言ったんだ


    【………今までずっと1人でご飯食べてて…俺、友達も相方もいないし…あんまり好かれるような人間でもないから一緒に飯食う相手もいなくて…その…寂しかったんだよ】

    【だから、トラくんが来てくれて正直嬉しいっていうか、一緒に飯食ったりお笑いの話出来るの、楽しみにしてて…まだトラくんが来るの決まってないときに炊飯器も安くていいやつ目印つけてて…】

    あの後、戻ってきた髙羽さんに俺も本当は寂しがり屋だよって言ったら髙羽さんが嬉しそうな顔しながらなんだよ〜もっと早く言ってぇ?え?一緒に寝る?とか言って、俺は笑いながらそれはしないって即答した。
    その後、二人でお笑いDVD見て腹抱えて笑ってさ、夜には狭い台所で2人でラーメン作って食べたんだ、全部が楽しかった。

    「あー、手が痛い!すまんトラくんのお兄ちゃん!荷物先に置いてもいいか?」

    「!…お兄ちゃん」

    「ちょっ、何その呼び方⁉︎
    恥ずかしいからやめてくれん⁉︎」

    「え?だって自己紹介の時にトラくんのお兄ちゃんです!って言ってたよ?」

    「お前、脹相〜っ自己紹介なんだから
    先に名前言えよ⁉︎」

    「悠仁のお兄ちゃんである俺が許そう」

    「嬉しそうな顔すんなよ!」

    「おー、ありがとね!」

    脹相が避けると髙羽さんがポケットから鍵を取り出してガチャガチャって煩い音を立てて扉を開ける。
    先に髙羽さんが入って、次に俺、脹相は…と後ろを振り返ると脹相は開かれた扉の前に立ってるだけで中に入ろうとしなかった。
    脹相?と声をかける。
    俺の声に脹相は優しく微笑んだ

    「俺は半呪霊だ。人間とは違う、この先へは行かない」

    「えっ…」

    「本当なら俺がお前の保護者になりたかった…
    しかし、俺には戸籍も住む家もない…名前も、この人間世界で使えるようなものじゃない」

    「…」

    「髙羽という男の側は悠仁が笑っていられる場所なんだな…お前が笑ってる顔が見れて良かった…」

    「脹相…」

    「俺が側にいると、お前は渋谷でのことを嫌でも思い出してしまうのだろう?」

    「っ…気づいてたんだ」

    「あぁ、俺はお前のお兄ちゃんだからな
    弟の考えてることなど手に取るように分かるさ
    俺はお前が笑ってくれるだけで幸せだ。
    …病院に戻るよ、高専で会おう、悠仁」

    そう言って脹相は笑った。
    その笑顔はどこか寂しげで、見てるだけで心が痛くなる。
    そうだ、よく考えてみたらコイツだって
    被害者だ。羂索が実験のように作った
    本当なら普通に産まれてくる人間だったんだ。
    呪物の状態じゃあ喋ることだって出来ない
    羂索が与えた人間に受肉して初めて人の形になれた。脹相だって不安だったはずだ、それなのにコイツはお兄ちゃんだから、長男だからって全部弟たちのために捧げて戦って俺の側にずっといてくれた…脹相だって俺みたいに普通の人間の生活したっていいじゃん。
    受肉から得た知識じゃない、実際に体験して得る知識の方が絶対に楽しいよ、それなのに俺は…脹相を邪魔者扱いした、本当に…最低だ。

    「トラくんのお兄ちゃんの
    好きなものってなに?」

    「…髙羽さん?」

    荷物を置いて戻ってきた髙地さんがいつの間にか隣にいた。

    「好きなもの?…弟だ」

    「ははっやっぱりか!っていやいや、そうじゃなくて!食べ物だよ!
    あ、今のは俺の聞き方が悪かったなごめん!
    今日新しい炊飯器ですご〜く美味しい米炊いて焼肉するけど、脹相くんって焼肉好き?」

    「…やきにく?名前は知っているが
    食べたことがない」

    「えっ!?や、焼肉食べたことないの!?
    あんなに美味いもの知らないなんて人生損してるぜ!?」

    「?そう、なのか??」

    「…っそうだよ!脹相、せっかく来たんだしさぁ、焼肉、一緒に食べようぜ!…美味いから!」

    「…いいのか?俺は半呪霊で」

    「そのはんじゅれー?はよくわからんけど
    キミはトラくんのお兄ちゃんなんだろ?」

    「!」

    髙羽さんの言葉に脹相の目が見開かれた。
    そうだよ、お前は耳がタコになるくらい自分のこと兄ちゃんだって言ってたじゃん。
    お兄ちゃんだぞ、お兄ちゃんと呼んでくれってさ、半呪霊じゃない、脹相は″トラくんのお兄ちゃん″なんだよ。
    髙羽さんは脹相の産まれを知らない、だから脹相が言った「悠仁のお兄ちゃんです」の言葉を信じてるから、下手すると脹相のこと人間だって思ってるかもしれない。真っ直ぐ歪みない言葉が脹相に届いたのか、髙羽さんの言葉の真意を読み解けないアイツは、どうしていいのか分からなくなって口を閉ざして地面をただ見つめていた。
    しょうがねぇなぁって俺も荷物を置いて脹相の腕を引っ張って玄関の中に入れてやる。

    「ゆうじ?」

    この時の脹相の驚いた表情はどこか幼くて、少しだけお兄ちゃんじゃない脹相を見た気がした…







    「トラくん皿ちょうだい
    このお肉もう焼けてるから」

    「ありがとう髙羽さん!
    うひゃあ美味そう〜」

    「脹相くんもホイ、ハラミ!」

    「あ、ありがとう」

    「俺はカルビ〜」

    油の乗った肉を焼肉のタレにくぐらせて新しい炊飯器で買った炊き立ての米の上に乗せて、熱々の米と一緒に食べる焼肉は最高だった。涙が出るくらい美味い!
    病院着から″笑い″と書かれたTシャツとズボンに着替えた脹相は俺の食べる姿を見てから同じような動作でぎこちなく米と肉を口元に運ぶ、噛んだ瞬間に脹相の眠たそうな瞳がカッと見開かれた。
    米とホットプレートの上に焼かれた肉を交互に見ると脹相は髙羽さんが皿に盛ってくれた肉を一枚、また一枚とタレに付けて食べている。心なしか2つに結ばれた髪の毛が揺れてるような気がした。
    米をかき込む姿は普通の人間と変わらない。
    弟のために怒って、悲しんで、ご飯を美味そうに食べる…やっぱり脹相は人間だよ。
    少し力が強いだけのちゃんと感情を持った人間だ。そんなお前を俺はトラウマのような扱いしか出来なくて、お前にとっても俺は弟を殺した一人でもあるのに…

    「…」

    箸を持つ手に力が入る。
    木で出来た箸が手に食い込んで少し痛かった。
    野菜も食えよ〜と髙羽さんが自分そっちのけで焼き上がった肉と野菜をぽいぽいと俺たちの皿に入れてくれる。

    「髙羽は食べないのか?」

    「食べてるよ?」

    「さっきから焼いてばかりで食べてないぞ」

    「そーだよ。髙羽さんも食べな」

    「んふふ、俺はさートラくんや脹相くんが美味そうに食べる姿見るの好きなんだよね〜」

    肉を焼きながら顔を綻ばせる髙羽さんに俺と脹相が顔を見合わせる。
    脹相の口元にタレがついてるからティッシュで拭いてあげると脹相は口をモグモグさせながら申し訳なさそうな表情をして、米を食った。脹相って意外と食うやつなんだな、初めて知った。

    「むぐ…好き?髙羽は焼肉が好きじゃないのか?」

    「好きだよ〜あ、脹相くんご飯おかわりする?」

    「…する」

    「トラくんは?」

    「あ、俺も欲しい」

    「お茶碗ちょうだい」

    「あんがとね髙羽さん」

    空っぽになった脹相と俺の茶碗を受け取った髙羽さんは台所に行ってご飯を盛り付ける。
    髙羽さんが居なくなって代わりに脹相が焼いた肉を俺の皿に入れてくれた。
    肉をモグモグする脹相に「美味い?」って聞いたらすぐに「うまい」って返事が返ってきて、なんか笑っちゃった。
    渋谷の事件の後、呪霊狩りをしていた頃に脹相がよく崩壊していたコンビニから食料を持ってきてくれたけど、それを食べたのからすら記憶が曖昧で、こうして並んで肉食ってるのが不思議で…だけど、もし本当に兄弟だったら当たり前の光景だったのかもしれない

    「お前さ、これ食ったら帰んの?」

    「…あぁ、最後に悠仁と焼肉が食べれて
    俺は幸せだ」

    「幸せって…」

    違うよ脹相、この世界にはもっと幸せなことってあるんだよ。焼肉食って幸せなら全人類幸せだよ。
    お前の弟だけで完結された世界が、俺は嫌いだ。
    お前はもっともっと普通の人間を知るべきなんだ、楽しいことも美味い飯食べることも知らなきゃいけないんだ。

    「ご飯お待たせしました〜」

    「ありがとう」

    「…ありがと」

    「トラくん?」

    「髙羽さん…あのさ、」

    脹相も一緒に住めないかなって言おうとしたら少し強めの口調で「悠仁」と呼ばれた。
    いや、呼ばれたんじゃない止められたんだ。

    「肉が焼けてるぞ、ホラ食べなさい」

    「…うん、あんがと」

    あんなに美味そうに肉を食べていたのに今の脹相は玄関前にいた時の表情に変わっていた。俺以外を寄せ付けない、そんな表情。
    ジュージューと肉が焼ける音がする
    そうだ、考えてみたら俺が勝手に決めていいことじゃない。決めるのは家主である髙羽さんで衣食住世話になっている、まだ子供の俺に決める権利はない。
    脹相もそれをわかっているから止めたんだ。
    髙羽さんが肉をご飯に乗っけて勢いよくかき込んだ。よく見ると髙羽さんって箸の持ち方ちゃんとしてる、ホットプレートから飛んだ油もウェットティッシュで毎回拭き取っているからテーブルは綺麗だった。 
    煙の向こうの髙羽さんはバラエティー番組を見ながらコップにコーラを注いでいた。
    髙羽さんは酔いやすい体質らしく酒は飲みに誘われた時くらいしか飲まない。
    炭酸飲料が好きで冷蔵庫にはコーラとかジンジャーのデカいやつが入ってる。
    炭酸飲料好きの俺としてもありがたい。
    脹相はコーラを飲むのが初めてらしく、飲んだ時は口の中が攻撃されたぞ!?って驚いていた。

    「俺はさ、お笑いが大好きなんだ」

    口の中の肉の咀嚼が終わった髙羽さんが新しい肉を焼きながら話を続ける

    「俺の部屋には好きなもんしかねぇ
    お笑いライブのDVDに、好きな芸人が載ってる雑誌、漫画本に俺が面白いって思って書きまくったネタ帳…脹相くんはトラくん以外で好きなものってないの?」

    「…ない。俺はお兄ちゃんだからな
    弟たちが俺の全てだ」

    茶碗をテーブルに置いた脹相が髙羽さんの目を真っ直ぐ見ながら答えた

    「脹相くんは本当に弟好きなんだな!
    じゃあさぁ、脹相くんも一緒に住んじゃう?」

    「「は?」」

    髙羽さんがサラッと言った言葉に俺と脹相の声が重なった。

    「なんで、髙羽さん?
    今の話どっからどう繋がって
    一緒に住むなんて話に繋がったの!?」

    「ゆ、悠仁の言う通りだ!
    脈略が無さ過ぎてどう反応していいのかわからなかったぞ!?」

    「え?俺なんか変なこと言ったか?」

    「「言った!」」

    「え、だって脹相くんの好きなものが弟くん一択なら、″俺の家にしかない″わけだし…
    だから一緒に住むって話で、脹相くんだってトラくんの近くにいれば楽しいだろうなって、え?なんか変だったぁ?俺にはわからん!ハイ肉焼けたよ!」

    「!?」

    「俺の家って…っぷ、あはははっ!
    確かに!髙羽さんの言う通りだな!」

    「ゆ、悠仁?」

    髙羽さんってやっぱスゲェ
    俺がどうすれば脹相と一緒に暮らせるのか、どう説得すればいいのとかぐだぐだ考えてるうちに、解決策見つけちゃったんだ。
    そうだよ脹相、お前の大好きな弟はココにしかいなんだ。

    「脹相、俺はお前と住むの賛成だけど
    お前はどうする?俺は髙羽さんの家にしかいねぇよ?」

    少し意地悪な顔して脹相の顔を覗き込む
    脹相は髙羽さんの方を見ながら口元が半開きでコイツにしては珍しい間抜けな表情になっていた。

    「し、しかし、俺がいたらこの犬小屋みたいに狭い部屋がもっと狭くなる。食費だって高くなる、俺は大丈夫だ。ゆ、悠仁がいなくても寂しいが、平気だ我慢出来る、お、お兄ちゃんだからな!」

    「い、犬小屋…そ、それなら大丈夫よ!
    家族が増えたからそろそろ引っ越そうと思ってたところだからな!」

    「引っ越そうって、髙羽さん金無いって言ってたじゃん。そんな金あんの?」

    「ふふん、コレを見たまえトラくん!」

    髙羽さんはカッコいいのか分からないキメ顔でパーカーのポケットの中から通帳を出して俺たちの前にズイッと見せた。
    脹相と俺は箸を置いて通帳を覗き込む
    いち、じゅう、ひゃく、せん…億!?

    「めいめいさん?って人がボス討伐の成功報酬だって昨日メールと一緒に金振り込まれてたんだよ!トラくんのためにもう少し広い家に引っ越そうって思ってたからさぁ、正しくは倒したの乙骨くんだしいいのかな?申し訳ねぇありがとう!って気持ちで貰ったんだ!」

    「ぼ、ボス討伐って…え!?あの守銭奴の冥冥さんが金くれるとかどんだけなの!?」

    「髙羽は確か…羂索…クソ親父を倒したんだったか?…今でも信じられないな」

    「いや、だから俺じゃなくて乙骨くんが
    首チョンパしたんだって!
    でも…羂さんとの漫才…楽しかったなぁ」

    「髙羽さん…」

    「だからさ、しばらくは金の心配しなくても大丈夫!脹相くん増えてもいいくらい広い部屋探そうぜ!」

    「…本当に、いいのか?
    俺は……俺が悠仁の側にいて…いいのか」

    「俺は一人っ子だからクラスメイトにお兄ちゃんお姉ちゃんいる奴ってスゲェ羨ましくてさ、兄弟ってやっぱり一緒にいるべきよ
    それが当たり前ってやつなんじゃないのかなぁ?」

    「…あたりまえ」

    「脹相くんが嫌なら無「悠仁の側にいたい」

    「最後まで言わせて!?
    じゃあご飯食べ終わったらお部屋探しだ!」

    「おう!」

    「…髙羽、ありがとう…呪術師として本格的に働いた時に必ずこの礼は返す」

    「気にするなって!
    あ、でも家賃はちょっと出して欲しいかなぁ
    それ以外の稼いだ給料は脹相くんが好きに使えばいい」

    「あぁ、わかった。悠仁とお前に使う」

    「ブレないね脹相くん…
    あ、最後のお肉焼いちゃうよ〜
    ちなみにご飯は完売です!」

    それから夜ご飯の片付けを済ました俺たちは小さいスマホを3人で覗き込みながら3人で住む部屋を探した。




    ◾️



    「悠仁、髪結んでくれ」

    「ん、いーよ」

    この光景も最近見慣れた当たり前の習慣になりつつある。
    ソファーに座って「寝癖ひでーな」なんて言いながら艶々した黒髪をとかす。
    台所では髙羽さんが「テレビとか漫画に出てくるような薄い膜の張った半熟目玉焼き作りたい‼︎」とかで目玉焼きの練習してる。

    「髙羽さんちゃんと蒸したぁ?」

    「えっ今焼いてるよ!」

    「ある程度焼いたら水入れて蒸さんと
    膜張らんよ?」

    「マジで!?わかった!今水入れ、ぎゃああ熱ッッ!?めちゃくちゃ跳ねた!」

    「悠仁、髙羽は大丈夫なのか?」

    「大丈夫大丈夫、あの人騒がしいだけだから
    …よし、できた」

    「ん、ありがとう」

    脹相の髪を結び終わると目玉焼きと戦っていた髙羽さんが「長い戦いだった」とか言いながら目玉焼きとおにぎりの皿を持って戻ってくる。

    「「「頂きます」」」

    3人で手を合わせて朝食を食べる。
    あれだけ苦戦したこともあってか目玉焼きはちゃんと半熟だし薄い膜も張ったまん丸い目玉焼きだった。
    食べる前に写真に撮って伏黒に送る
    昨日、植物状態に近かった伏黒がようやく目覚めたんだ。宿儺に取り込まれた後のこと…姉ちゃんのことはアイツの意識や精神が安定してから話すことにしようって入家さんが言っていた。
    髙羽さんの家に俺と脹相で世話になってるって話をしたらさ、伏黒は良かったなって笑った

    「お前の顔見てればわかるよ
    あの人、悪い人じゃないし…
    お前が少しでも笑っていられる場所
    見つけられたんなら、よかった」

    いつか、伏黒にも笑っていられる場所が見つかればいい。
    人生は楽しい方がいいに決まってる
    そんな当たり前を俺は髙羽さんから教えてもらったんだ。


    「ごちそうさまでした!」

    「髙羽、コレを台所に下げればいいのか?」

    「手伝ってくれんの?ありがと!
    水の中にぶち込んでくれれば洗っておくから」

    「俺も洗い物や料理を手伝いたい…体質のせいで俺は悠仁や髙羽に迷惑ばかり」

    「迷惑なんて思ってねーよ
    髙羽さん、洗い物は俺がやるよ
    脹相はテーブル拭いて」

    「わかった」

    「トラくんも脹相くんも
    ありがとなー」

    「あ、脹相。任務って何時からだっけ?」

    「夜の2時、丑三つ時にしか現れない
    呪霊らしい」

    「夜なら〜…夕方くらいに飯済ますか?
    それとも帰ってきてからラーメンでも食べる?」

    「「ラーメン!!」」

    「わははっ、また声揃ってるぅ
    最近ますます兄弟らしくなってきたんじゃない?」

    「当たり前だ、俺と悠仁は兄弟だからな」

    「…そうだな、兄ちゃん」

    「!?…ゆ、悠仁、いま、いま…お兄ちゃんって」

    「た、たまになら呼んでやるよ脹相」

    「悠仁ーーーっ!」

    「声うるさっ」

    「じゃあラーメンの材料買いに行かないとなー。2人とも出かける準備してラーメン買いに行くよ!」

    「俺チャーシュー作ろうかな」

    「お、いいね」

    「悠仁の作るチャーシューは美味いから好きだ」

    「脹相くんは何が好き?なんの具材入れる?」

    「俺は…半熟卵が好きだ」

    「半熟卵いいね!市販のやつでうんまいのあるから、それも買って帰ろう!」

    「髙羽、メンマとネギも忘れるなよ」

    「やべぇ忘れそうだからメモ書いておく!」

    「俺が書く」

    「ありがとな脹相くん。」

    「ラーメンの麺とネギとメンマ、半熟卵に…スープもだな」

    「なんか食材の名前聞いてるだけで腹減るなぁ」

    「さっき朝ごはん食べたばかりだろ」

    「もうお昼ごはん何食べようかって俺の脳は考えてる。買い物帰りにクレープ買って帰るのもいいよなぁ」

    「くれーぷ?」

    「あら?クレープご存知ない!?
    またまた人生損してるよぉ脹相くん!」

    「…クレープ食べたい」

    「んひひ、いいよ!クレープも買って帰ろう!」

    「楽しみだ」

    あの脹相が好きなものは何?って聞かれて弟と即答していた兄が、弟以外の好きなものを言ってクレープ食べたいなんて言ってる。
    髙羽さんだから引き出せた素に近い脹相なのかもしれない。
    3人で暮らしてから脹相はよく笑うようになった。微笑み程度の小さい笑いだけど脹相を知ってる俺からして見れば大きな変化だ。
    目線の向こう、髙羽さんがクレープの種類を脹相に教えてる。脹相はどれも気になる、全部食べたいって言って全部!?って髙羽さんが驚いていた。一緒に暮らして初めてわかったけど、脹相は俺並みに食べる。
    我が家のご飯は常に5合だ。
    食費は3人で出しているので呪術師が高級取りの職業であることに感謝した。

    「トラくん出かけるよ〜」

    「悠仁行くぞ」

    「今行く!」

    爺ちゃんの遺影が飾られた仏壇部屋、遺影の前で手を合わせて部屋を出ると玄関の前に俺のことを待ってくれる新しい家族の姿が見えた…





    おわり

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