いいこ「弟はさ、いちいち小うるさいとこあるんだよね。知ってるとおもうけど」
例えば、使ったはさみを戻せとか、靴下はちゃんと洗濯籠に入れろとか、こまめに水分補給しろとか、手荒れする前にクリームをどうのこうの。
昨日なんて、弟は夜に遠征から帰ってくるや否や僕が読んでた漫画を奪って、夕飯に何を食べたか、歯を磨いたかどうか、髪はしっかり乾いてるかどうか、事細かに確認してきたよ。
僕の行動を把握していないときっと死んじゃうんじゃない?知らないけど。
「それで、ここに居座ってることと何か関係あるのか?」
鶴丸は半眼で問いかける。ぐだぐだと紡がれる不満は、全て弟へのものであって全くこちらには関係ない。
「いや、炬燵があるから」
「お前たち兄弟の部屋だってあるだろ」
「朝から弟が炬燵布団を干してるんだよ」
せっかく今日は炬燵でおやつでも食べようとしたのに、とせんべいを口に運ぶ髭切に、今そうしてるじゃねえかというツッコミを飲み込んだ。
何とやらは犬も食わない。先人の教え通り、知らぬ存ぜぬで通す方が平穏である。
非番なのは何せこの兄弟だけではない。自分とて炬燵でだらだらとしようかと画策していたのだ。
「あんな子に育てた覚えはないよ、僕は」
「膝丸もお前に育てられた覚えはないだろうなぁ」
嘆くように天を仰ぐ間も、ばりぼりとせんべいを口に運ぶのを休まない。
箱に入ったほんの少し高級そうに見えるそれは、もう三分の一はなくなろうとしていた。見覚えのある包装に、鶴丸は何の気なしに箱をひっくり返した。
「これ、万屋通りの老舗のやつじゃ」
「そうだよ、昨日も非番だったから並んで買ってきたんだよ」
創業三百年だか千年だか、とにかく長いことそこにある上に味も衰えず、買おうと思えば何時間も並ばねばならない、老舗の高級せんべいだ。
そんなものを愚痴混じりに次から次へと食べていたのか。
「弟と食べようと思ってたのに」
ああ、それが原因か、と鶴丸は得心がいった。
大方、朝からさっさと炬燵を分解して布団を干してしまったことに反発した髭切に、膝丸が言い返したのだろう。
兄の言となれば何でも従うのかと思いきや、存外弟も反論出来るのだ。
自業自得だとは思うが、項垂れる髭切に言う気にはならなかった。
「…茶でもいれてやろうか?」
「うーん、大丈夫かな」
え、と問い返す前に廊下から叫び声が響く。
「兄者!兄者はいるか!」
と、同時に勢いよく襖が開かれる。現れたのは件の弟であった。
その手には炬燵布団が抱えられている。
「何だい、そんなに大声を出して」
せんべいの箱を片付けながら髭切はゆったりと顔を上げた。対する弟は急いでいたのか肩で息をしているようだ。
「炬燵布団が干し終わったぞ」
「ふーん」
「部屋も綺麗に掃除しておいた」
「それで」
「先程、短刀たちからもらった花も生けてある」
「あ、そ」
膝丸が一生懸命話しているというのに髭切がそっけない返事をしながら立ち上がるのを、鶴丸は空気になって見守るしなかった。鶴だって痴話喧嘩は食べないのだ。
「お茶は?」
「え」
「お茶は準備してあるの?」
髭切の問いに膝丸は一瞬で顔を輝かせた。
「もちろんだ兄者、歌仙にとっておきを分けてもらったのだ」
「そう、僕喉が乾いちゃったんだよね」
「ならばすぐに俺が入れて来よう、兄者は先に部屋に戻っていてくれ」
言うが早いか、どたどたと足音を鳴らして厨に掛けていく。その背中をたっぷりと見送って、髭切は鶴丸に向き直った。
「僕の弟、いいこでしょ」
さっきと言ってることが違うじゃねえか。鶴丸は本日何度目か分からないが言葉を飲み込んだ。