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    ジョン道

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    ジョン道

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    カクヨムアカウントを知られたくないのでここに全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ小説をアップします。

    あの日、私には全てを破壊しながら突き進むバッファローが必要だった。私には三分以内にやらなければならないことがあった。

    遺書を書かなくてはいけない。

    こってり鶏白湯スープのカップラーメンにお湯を注ぎながら、突然思い立ったことである。

    遺書を書いて、そして、カップラーメンが出来上がったらわき目も振らずそれを啜って、食べ終わったら投身しよう、そう思い立ったのである。

    別に前々から考えていたわけではない。ただ、休憩室のポットのお湯が出にくいのをいじっていると、なんだか湯気のようにもうもうと、「あ、飛び降りよう」と思ったのである。

    休憩室には、私以外いなかった。一日に行う仕事内容が一人一人違うので当然と言えば当然だが、驚くほど休憩が被らない。カップラーメンを外のコンビニで買い、戻ってきたときに先輩の男性とすれ違ったくらいである。

    だから、多分誰かと話していれば芽生えるはずもない、唐突で、そのくせ抗い難い希死念慮が芽を出してきたのだろう、と思う。

    思うばかりで、中身のないことこの上ないけれど。そう、思うのである。


    今の職場は、介護施設である。新卒で入った、同じく介護施設から逃げるようにして転職してきた。

    以前の施設では、大量の記録に追われながら、残業が当たり前の中ケアを行うことが求められた。わたしはもうそれが本当に辛くて、逃げ出したのである。いや、きちんと説明すれば、もっと他のは理由はある。給与が上がると説明を受けて承諾した異動先では、結局以前より安い給与で働くことになったし、折り合いの悪い入居者もいた。

    だがまぁ、そんなことはどうでもよく、とにかく私は仕事が嫌で逃げたのだ。と思う。
    けれど人間、逃げようとして逃げられるものでもないのだろう。とも思う。実際、心機一転頑張るぞいと意気込んで入った今の職場は、それでいて職場いじめが横行する場所だった。

    陰口とか、嫌味とか、言葉にすればまぁありがちで、お話にすればお話にもならないようなありきたりなものである。多分私がもう少し図太ければ、あるいは後ちょっとあざとければ、別になんでもなくかわせていたのだと、そう思う。

    でも、生来要領が悪く、可愛げのない私は(こうやって自分を表現すること自体に可愛げがない)、やはり新しいコミュニティで即座に馴染むことはできなかった。


    それで死のうというのはいささか大袈裟だと思うし、実際死ぬ気はなかった。でも、なんだかこの先もきっと、ここから逃げたとしても逃げ場はないのだと、私はチョロチョロとしか出ないポッドのお湯を見ながら思ってしまったのだ。

    だから、もうそうやって死にたくなってしまった以上、その動機が命に値するかというのは、問題にならないのである。と思う。

    だから、死ぬのだ。首吊りは苦しそうだし、自分に刃物を突き立てる度胸はない。そもそも介護施設は基本的に自殺に向いていない。車に突っ込むのは流石に運転手に迷惑だと思う。

    だから投身である。やはり施設であるからほとんどの窓は開かなくなっているが、3階の事務室だけは窓がしっかりと開く。

    3回から飛び降りて死ねるだろうか?わからないけれど、でも、やってみようと思う。後遺症が残ったら、嫌だけれど、もう、やってみようと思う。

    思う、思う、もう、思う、思う、思う、もう、思う、もう、もう、そんな言葉が、繰り返されて、もう、もう、モー、モー、モー、モー、モー



    モーモーモーモーモーモーモーモーモーモーモー

    モーモーモーモーモーモーモーモーモーモーモー

    え?牛?明らかに私の脳内の思考とは別に何かがモーモーモーモーモーモーモーモー言っている。

    何かに隔てられて、多少はくぐもっているけれど、それは確かに現実の音だ。

    牛なのか?牛なの?牛の鳴き声なの?

    混乱する私を嘲笑うかのように、あるいはむしろ激励するかのように、何かが破裂するような音がして──振り返ると私の背後の、ベージュ色の壁を、遊郭の哺乳類の、いっそ液体であると勘違いしそうなほど密集した群体が破壊した。

    破壊。そう、壁も、椅子も、吹っ飛ばすのではなく破壊しながらそれは進んでいく。

    そして、よく見ればそれは牛でもなく。

    バッファロー。

    そう、これは───全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れだ。

    腰が抜けそうになりながら、私は鶏白湯スープのカップラーメンを持って部屋の隅に飛びのいた。
    幸いバッファローの進路上にはいないらしい。

    液体のようなバッファローの群体は、速度を増しながらドタドタと走り抜けていく。

    モーモーと聞こえていた鳴き声はブモォ、ブモォの変化し、そして粉塵をモウモウ上がった。

    多少咳き込んだ後、変な笑いが溢れる。

    馬鹿みたいな光景である。いや馬でも鹿でもなくバッファロー、つまるところ水牛なのであるが。

    一瞬現実逃避で目を瞑った後、もう一度目を開ける。完全に破壊された休憩室の出入り口の、確かにあったはずの場所で、ぷりんとしたバッファローのケツが激しく揺れていた。

    無限に続くかと思われた、朦朧とした妄想のような猛攻にも、どうやら最後尾という概念はあったようで、文字通り最後の一匹の尾っぽが揺れるのを、私は気がつけば追いかけていた。

    正気じゃない。いくら私の方面には進んでいないからといって、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れなんかからは距離を取るべきだ。

    せっかく幸運にも破壊されなかったのに……。

    いや、幸運なのか?さっきまで死にたいと思っていたんだし不運なのかもしれない。どうなんだ。


    ともあれ大した理由もなく湧いて出た希死念慮と同じように、私は整合性のある理由などなく全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの猛烈に揺れるケツを追いかけた。すごい揺れっぷりだ。肉のついたバッファローである。

    馬鹿なことを考えながらヨタヨタ走っていると、これから休憩なのだろう先輩職員の体がバッファローに突き飛ばされぶち飛ぶのが目に入った。

    それはまるで作りの雑なおもちゃみたいにまず背骨が面白いくらいにゆみなりに曲がって、そのままバインバインといった調子で壁にぶつかる。

    ピギャだかパガだか露悪的な漫画みたいな悲鳴が、かえって現実離れして笑えた。なんかそう言えばあいつ、私に「君全然戦力になってないよ」とか言ってたなぁ。でも、ザマァ見ろとすら思わない。飛んだなーって。もう、わかんないし。

    なんだか、不随意な涙と笑いが一緒に出てきた。鶏白湯スープの匂いに、血の匂いが混ざって最悪なのに、最悪って思ってる自分が他人事みたいだ。

    なんか脳に膜がかかってるみたいだなぁ、って、多分それは半壊したゴミ箱の、ちょっと尖った割れ目に突き刺さった職員の脳みそがチラッと目に入ったから思ったんだろうけど。

    天井が軋んでる。柱がぶち折れてるんだから当たり前か。落ちてくる瓦礫も、バッファローの体に当たってさらに砕け散る。

    わはは、もう笑うしかないだろ。明らかに物理法則を無視した、変な動きで左右に飛んでいく雛人形だったものとかさ。

    上から人間も落ちてくる。年寄りもおっさんおばさんも若い人も、それが走るバッファローの群れに垂直に触れた瞬間にいくつもの小さな塊に変わって、なんかの肉が私の顔に当たった。いったぁ。痛い。

    でも鼻血出てんのか単に血がついてんのかわかんない。虎の子供に自分を食わせるために投身自殺する仏様の絵みたいに、異時同図法めいた人体の落下模様だけが、視界を泳いでは弾け飛ぶ。

    なんか、いいな、これ。殺せ、殺しちゃえ。そんで壊せ。全部全部、壊しちゃってくださいませ。

    血とか液状のクソとか干物みてーな人間の皮膚とか、建物もそこに住む人も最終的に液状になって、だからこの全てを破壊するバッファローの群れも液状めいているんだなぁ。

    靴が足ごと飛んできて、片目と耳が使い物にならなくなる。あ、この靴、私にめちゃくちゃ優しくしてくれた利用者さんの、お気に入りの室内履きだなぁ。

    お腹の中で苦味がじわじわ広がるみたいに、えづきながら、同時に歓喜めいた気持ちも感じる。なんとなくこの気持ちは、ミスした時のフラッシュバックで立てなくなりながらオナニーしてる時に似ていた。オナニーする時の私はなんだか自分が液体になった気がして、じゃぁなんだ、私は最初からこのバッファローの群れの一員だったのかな。

    てか、顔の右半分あっつ。さっき靴が当たったとこ。触ってみたら、耳がぶらぶら揺れて顎に当たっていた。取れたんだ。手のひらを顔いっぱいに広げると、鼻も鼻の形してなくて、ちょっとアイスを食べると痛かった奥歯が無くなっている。

    壊れ損ねた電動ベッドの破片が当たって、その触ってる手も飛んでいった。なんか、気持ちいい。

    壊せ、壊せ、壊せ。崩れていく施設を抜けて、バッファローの群れは進む。それについていく。私は今どのくらいの速度で走ってるのかな。

    道路の上を歩く幼稚園児の集団が、一瞬恐怖して弾ける。お気に入りのコンビニも、すぐに飛んでいく。駅が壊れたから、家に帰るの大変だ。看板が頭の上を掠めて、ヒヒッ、みたいなキッモい、キモい、キモーモーイ笑い方して空を見上げると、なんだか目が痛くなるくらい青かった。

    そのクソ青い空を、ケツからプリンみたいな質感の腸をピラピラさせた赤ん坊が横切って、どういう理屈なのかわかんないけどそれに追いついた幼稚園の看板が真っ二つに割っていく。

    赤くて切ったねぇ液体が顔にかかって、生ぬるくて気持ちがいい。

    雲が、白いなぁ。だから余計に、空が青くて。

    私は立ち止まる。立ち止まって、深呼吸すると頬から空気が逃げていってうまくいかない。

    バッファローのケツが、だんだん遠のいていく。風が吹くように、ビュンビュンと私の前から後ろに通り抜けていく町だったり人間だったりしたものがだんだん少なくなって、道路標識だったっぽい赤い塊が足元にカラカラ落ちた。

    私を苦しめた施設も、私が苦しみながら通勤した町並みも、もうなんにもなくて、どころか私を何にも苦しめてない人まで死んで。

    爽快だった。豆粒みたいになったバッファローの群れを見送りながら、もう、ケツを追っかけなくても大丈夫だと理解する。

    過去一番、なんなら生まれて初めて頭がスッキリしていた。もう大丈夫。もうもうもう。

    とりあえず転職、もう一度頑張ってみよう。
    それで失敗しても、止まることなく突き進めば、きっといつか活路がある。

    私がどれだけ苦しくても、空はこんなに青いし、どれだけたくさんの人が弾けて死んでも、バッファローは走り続けるように。

    世界は立ち止まるようにはできていないのだ。

    頑張るぞ!と言おうとしてブモォって音しかしなかったけれど、でも。

    ちゃんと前に進もう。納得できるまで、逃げるにしたって前に逃げよう。

    全てを破壊する、あのバッファローの群れのように。

    スマホを開くと、もう4分経っていた。

    鶏白湯スープのカップラーメンは、少し伸びている。
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