たい焼き 賑やかな都会の土曜の夕方。まだ六時前だと言うのに真っ暗な街を歩く溢れんばかりの生命の中、サモナーとシロウは肩を並べて歩いていた。寒いね、などと言い合って、繋いだ手を二人の間で気まぐれに揺らしながら歩いていると突然サモナーが短く声を上げた。シロウはサモナーの視線の先を追いかける。
「たい焼きだよ、シロウ」
「本当だ。随分と人気なお店みたいだね」
大きい看板には可愛らしいたい焼きのイラストが描いてある。ただ肝心のたい焼きはずらりと並ぶ者たちの列の向こう側にあり見えない。
「しめに食べちゃう?」
しめ、とは言わずもがなデートのしめだ。期末試験も無事に終わり、もうすぐクリスマスと冬休みと年末年始と正月を控えた街中はどこもかしこも少し浮かれてるね、と話したのはつい数時間前。
サモナーが言った後で気付いたのは、今お腹が空いているのはカフェやレストランに寄っていないからで、寄っていないのは今日はサモナーズの鍋を食べるからだということ。そんなことを忘れいたなんて随分と浮かれたものだと溜息もつきたくなる。別にたい焼きの一個や二個膨れる腹ではないが、こんな時間におやつを食べるのは失礼じゃないだろうか。
「でも、もうすぐ夜ご飯だね。また今度にしよっか」
サモナーはそう言って自分の誘いを申し訳なさそうに引っ込める。別に新宿駅のすぐ近くにあるのだし次回のデートで食べれば良いと自分に言い聞かせる。
しかし。
「いや、食べちゃおうか」
シロウが笑ってそう言った。
「え、いいの?」
思わずサモナーは尋ねる。
「うん。だって、せっかくのデートだろう。それとも、君はまた今度の方がいいかい?」
「ううん、今。今食べたい」
思わぬ展開を逃すまいとサモナーは食い気味に答えた。あまりの慌てっぷりに肩を震わせ笑うシロウの手を引いて列の最後尾に並んだ。
待っている間は今日の楽しかったデートを振り返ったり、明日の学校の話、それからギルドの話、クリスマスパーティの話をしたり。学校が終わってからずっと一緒にいたというのに話はまだまだ尽きることはない。
時間はあっという間に過ぎて、長い列は段々と前に進み、やがて五組目になる。その頃になると、たい焼きを焼いている鉄板がガラス越しに見えた。生地が型にとろりと流し込まれ、ほんのりと焼き色のついたそれの上にはあんこやカスタードが乗せられていく。
「君は何にする?」
その温かで食欲を擽る光景に見入っていたサモナーはシロウにそう尋ねられて悩ましげに唸った。たい焼きと言えばやはりあんこだが、今はあんこよりもカスタードかチョコレートの気分だった。ああ、しかし、最後の一手がなかなか決められない。優柔不断は悪い癖。
「サモナー、二人でわけっこしようか」
そんなサモナーを見かねてかシロウが提案を持ちかけた。
「えっ、いいの?」
「ちょうど俺も二つで悩んでいるんだ」
「どれとどれ?」
かちりと噛み合った目は、明らかにお互いに相手の食べたい二択を聞き出さんとしていた。だって大好きな恋人の好きな味を分け合いたい。その気持ちはお互いに手に取るようにわかって、それと同時にお互いに譲る気がないのも分かる。
暫く見つめ合った後で、ふっと二人で笑い合ってサモナーの合図で同時に言うことを取り決める。
「せーの、」
「「カスタードとチョコレート」」
ピタリと重なり合った声に幸せがこみ上げて、思わず体をくっつけて小さな声を出して笑う。
「次のお客様ー」
店員に呼ばれてカスタードとチョコレートを一つづつ注文すれば、二つのたい焼きはすぐに二人の元へとやって来る。イートインスペースに入ってベンチに並んで腰掛けた。冷えた掌にほかほかとたい焼きの熱が伝わっていく。
「リョウタにバレたらずるいって言われちゃうかな?」
「じゃあ、二人だけの秘密にしよう」
二人で食べた秘密のたい焼きは甘くて美味しくて。
また来ようねと約束しながら、今日のデートの幕はゆっくりと降りていく。