「ほら、チェックメイト」
ポールは小さく笑みを浮かべながら、左手に持ったルークの駒を相手のキングの前に置いた。
「……えっと」
「おいおいアルプ、こんな初手で詰みか?ここまで弱いヤツは初めてだ」
「だ……黙れ!お前こそ何かイカサマでもしたんじゃないだろうな」
「往生際が悪いぞ。もう詰んでんだから素直に認めちまえよ」
「ぐっ……コロス」
ポールに煽られたアルプはムキになって駒を動かそうと手を伸ばした。
しかし、どこにも逃げられないと悟るとピタリと動きが止まる。
なぜなら左にはクイーン、斜め前にはビショップ、真下にはボーンが待ち構えている。
「……少し、待ってくれ」
「俺より年上なのにボロクソに負けたのがそんなに悔しいのか?残念だけど俺とお前じゃ天と地ほどの差があるんだよ」
「……ああああああああ、また負けたーーーーー」
「おい、チェス盤と駒が傷むから気をつけてくれよ」
文字通りの打つ手無しと悟ったアルプは大声で叫び頭を抱えながらチェス盤の上に突っ伏した。
振動でいくつもの駒が転がり落ちる。
その横では、既に彼に完膚無きまでに叩きのめされた三人のオバケが項垂れていた。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙クッソ勝てねぇーーー」
「この私がテレビゲームで全敗を喫するなんて……」
「むしろ何だったら勝てるばい……?」
「俺にゲームで勝とうだなんてまだまだ早いって事だよ」
煽るようにケラケラ鼻で笑いながら、ポールは床に散らばった駒を拾った。
事の始まりは1時間ほど遡る。
この日、いつもは冷凍室で氷漬けになっているアルプが珍しく外に出ていたので、暇を持て余して談笑しながら屋敷を散歩していたマッディー、ピアン、ター・ハンの三人が半ば無理やり彼を引っ張り娯楽室へと押し掛けた。
そしてこの部屋に住み込んでいる勝負師ポールを相手に様々なゲームで勝負していたという訳だ。
アルプとマッディーは相手を煽るような言動を取る事が多い彼に若干不満を持っていた事もあり、ともあれば彼の負け顔を拝みたいと思っていたとか。
しかし、屋敷のオバケ達に伝わっている情報ではビリヤードの名人として名高いポールはその実勝負事に対し天賦の才を持つ男。
ここまでにピアンが◯よぷよ、ター・ハンが双六、マッディーがW◯iスポーツ、そしてアルプがチェスで挑みかかったが全員手も足も出ず数分で敗北。
最早惨敗と言って差し支え無かった。
特に筋肉オバケであるマッディーはWi◯スポーツで負ける事はあり得ないと絶対の自信を持っていたが、予想を遥かに上回る実力に心をへし折られ真っ白に燃え尽き、完全に自信と戦意を喪失していた。
「お前のようなガリガリのモヤシ野郎に負けるなんて……俺が生きてきた中で一番の屈辱だ……」
「はははっ、ガリガリなのは否定しないけどモヤシ呼ばわりは心外だな。ゲームの世界で俺に勝つのは不可能ってワケだよ」
「それでも納得いきませんわ……私は三歳の頃から◯よぷよを嗜んできたと言うのに……!」
「まあまあ、一度俺の連鎖を途切れさせたし良い線いってたと思うぜ?でも甘いな、常日頃新しい戦略を編みし続ける百戦錬磨の勝負師である俺に勝とうだなんて百年早い」
ポールは勝者の余裕と言わんばかりにドヤ顔をキメた。
「何でそんなに強いばい……?」
「運と経験の差……かな。◯よぷよもチェスも双六も所詮はゲーム、相手の心を読み次の一手や相手の弱点を突く戦略を立てれば負けはしないのさ」
「ならW◯iスポーツで負けた俺は一体……」
「それは単純にお前が下手だから。元々のポテンシャルが低いんだよ」
「ぐはあっ」
「もう少しオブラートに包むばいポール」
ポールの口から発せられた一言はマッディーの心にクリティカルヒットし、彼は床に倒れ込んだ。
そんな彼を憐れみの目で見つめるアルプとピアン。
「……悪い、フォローできない……」
「確かにあれはひどい有り様でしたわ……腕と足(尻尾)の動きがバラバラでしたし、やる気あるんですの?」
「……もういっそ殺してくれ……」
「じゃあ俺の霊力増幅ビリヤードショットで霊核破壊するか?」
「鬼か」
ポールの追撃にマッディーは悲痛の叫びを上げた。
「お前、本当に勝負事に関しては容赦無いな……」
「そりゃあ、俺の唯一の存在意義みたいなもんだからな、ゲームで人に勝つ事は。今まで勝負事で積み上げてきた物が全部俺の霊力となって還元されてる……まあ、相手が弱すぎて圧勝ばかりでつまらないけどな」
「……なるほど、お前も大概狂ってやがるぜ」
「はっ、今さら何言ってやがる。勝負事で狂っていない人間なんていないさ」
ポールは鼻で笑いながら駒を片付け、チェス盤を元の位置に戻した。
すると、それを見ていたアルプが疑問を投げかけた。
「そういえばお前、さっき『常日頃新しい戦略を編み続けている』って言ってたな」
「ああ、それがどうした?」
「それは将棋やオセロでもそうなのか?」
「勿論だぜ、オセロだったら角を全部取るとか、将棋なら飛車の旋回範囲を増やして機動戦に持ち込むとか……新しい戦法や戦術を考える事は勝負事において避けて通れないからな」
「なるほど、それも一種の戦略って事か」
「そういう事だ、どんなゲームでも同じさ。相手の行動パターンを読んで自分が有利な状況を作りつつ勝利を目指す。今回のゲームに置き換えるならアルプがキングの後ろにビショップを置いたらクイーンを前に出すとか……」
そう言ってポールは先程取った駒を盤上に並べていく。
「こういう風に相手の嫌な行動パターンを読んでそれに対処していくって感じかな」
「……なるほどな。もし俺がクイーンとルークだけでキングを取りに行く戦略を取ったらお前はどうする気だ?」
「そうだな……俺ならまずキングを逃がすだろうな。ナイトとビショップでトリッキーな盤面を展開して、それでアルプが攻めあぐねている間に他の駒で包囲して詰ませるって所か」
「ああ、それなら私もやられたら確実に詰みますわね」
「アルプの戦法は攻めが単調だからすぐやられそうばい」
「うぐぐ……」
「ま、将棋やオセロでもそうだけど、相手の思考パターンを先読みして自分の有利になるように駒を動かすってのも立派な戦略の一つって事さ。こういう風にな」
「……なるほど、そういう使い方も出来るのか」
アルプはポールが取ったビショップの駒を見ながら感心したように頷いた。
「それからもう一つ、チェスにはなかなか面白いルールがあるんだけど……これはまた後で教えるか」
「ああ、それも教えてくれ。それでいつかお前をぶちのめしたい」
「あいよ。ま、とりあえず今はこのビリヤードショットで霊核破壊を……」
「だからそれはやめろ」
「冗談だよ。本当につまらないと思ってたら俺だってこんな場所に留まってないさ」
「お前はつくづく性格が悪いな……」
マッディーは呆れたようにため息をついた。
そんな彼を見てポールは愉快そうに笑う。
「まあ……でも正直こうやって誰かと会話するのは久しぶりだけど結構楽しいぞ」
「え?」
「俺が絡んでもいいと思ってるのは今ここにいる奴等ぐらいだからな。だからたまにはこうして賑やかなのも悪くないと思ってるよ」
「そ……そうなのですか?」
「ああ。だって考えてみろよ。普段俺はここに一人でいるんだぜ?たまにはこうして誰かと遊んだ方が退屈凌ぎにもなるってもんだ」
「……確かにそうかもな。お前の煽り癖さえ無ければの話だが」
「そう思うなら少しは強くなれよ」
ポールは呆れたように苦笑いを浮かべる。
「とにかく久々に交流できて楽しいんだ。だからもうちょっと付き合ってくれよ」
「仕方ありませんわね。まだ時間がありますし、もう一勝負しませんこと?」
「いいぜ。ただし次も俺が勝つけどな」
ポールは再び駒を並べ始めながら言った。
「ぐぬぬ……絶対勝ってやりますわ……!」
「まあ落ち着けって」
「私だって負けてばかりでは気が済みませんもの!絶対に勝ってみせますわ!」
「おいどんもまだまだやる気あるばい!」
「……お前等本当に懲りないな……」
「本当だぜ、あんだけボロ負けしたってのに……」
「ははっ、そういうお前も随分悔しそうな顔をしてるじゃないか、アルプにマッディー?」
「だ、黙れ!二度とお前には負けないからな!」
「さっきのは何かの間違いだ!今度こそ俺の筋肉でお前を倒す!」
「フ……望む所だ!俺の実力、身に余るほど思い知らせてやるよ!」
こうして彼らの勝負は延長戦を迎えるのであった。