ピクニック「おはよう、マルコ」
「カジ!おはよ」
「……朝早いね、どうしたの」
「うん」
マルコの起床時間はいつも6時頃。それより2時間もはやく起きて何かしらの準備をしているようだった。不思議に思って尋ねると、どうやらお茶と水とジュースとコップが必要らしい。うち(と言ってもホテルだけど)に水筒とかあったかな?いや、そもそもペットボトルならホテルの下にコンビニが入っているけど。意図が掴めずもうすこしだけ質問する。
「どこか出かけるの?」
「うん。だからずっと冷たいまんまのやつが良いのよ」
今はペットボトルをそのまま入れられる容器とか、それこそ保冷バッグはあるけど。
なんとなく水筒を持つマルコを思い浮かべたら思いの外似合うなあと微笑んでしまった。
「じゃあー……やっぱり水筒かな。マルコ、それいつ使うの?今日?」
「明日!」
「それじゃあ今日のうちに買いに行こうか」
「お尻の下に引くやつも欲しいのよー」
「レジャーシートのこと?」
「そう!」
「あと、おやつは千円までらしいのよ!」
「おやつ代が千円までとは太っ腹だね〜。えーと、遠足なの?」
「遠足?て名前じゃなかったのよ」
マルコが思い出すようにううんと首を傾げると、つられて僕も首を傾けた。遠足っぽいけどな。なんだろう。まあ、いいか。
最終的に二リットルの水筒を二つと、紙コップに紙皿、割り箸に飲み物各種、それからレジャーシート、おやつを千円分を購入した。お茶とジュースは当日水筒に詰め替えるらしい。ロック氷も買って、これで準備万端と意気込むマルコに結局どこに行くの?と聞いてもヒミツと答えるだけで教えてくれなかった。
マルコに秘密があることに感動してしまい、僕は深くは考えずにいたのだった。
そうして翌日。
マルコはガランガランと氷を鳴らせ、飲み物を入れた水筒を二つとも袈裟掛けにし手には大きな袋を持って僕を呼びにきた。
「梶、そろそろ出発するのよー!」
「僕も!?」
「そう」
「ピクニックはみんなでするものだって言ってたのよ!」
遠足、じゃなくてピクニックか。
「誰が言ってたのそれ」
「あ、マルコ、梶ちゃん行ってらっしゃい。俺もあとから合流するね〜」
後ろから現れた貘さんは何やら知ったふうな口ぶりだ。
「貘さん発案じゃないんすか」
「うん、違うよ。発案者は現地に行ってのお楽しみ」
マルコに手を引かれるまま僕は見知らぬ公園に着いていた。夏の盛りも過ぎた頃、昼間はまだすこし暑いけれど、今日は風がそよそよと吹いてピクニックにはちょうど良さそうな天気だった。
マルコは早速レジャーシートを広げ始めて、僕も反対側を持って原っぱの上に敷く。広々とした大きさのシートを選んだのはマルコだ。荷物を四隅に乗せて捲れないようにしながら、結局誰と待ち合わせているのだろうと考える。周りは家族づれが八割、あとはカップルとか友人のようだ。
マルコの友達といえば最近仲が良いと聞くユッキーさんとか、もしかしたら島でいっしょだったチャンプさん、確か弥鱈さんとも親しくしていると聞き及んでいる。それでもピクニックというからにはマルコが飲み物担当、今から来る誰かしらが食べ物担当なのだろう。知っている顔を思い浮かべてもどうにも当てはまらない。
まあいいか。待っている間シートの上に寝転んで目を瞑る。日差しがあたたかくうとうとと微睡んでしまうのを止められない。
気づけば僕は眠りに落ちていた。
さわさわと髪の毛を触られているような、撫でられているような感触。頭がレジャーシートのパリパリとした面から離れて布地に触れている。誰かの膝の上だと、気づくのにそう時間はかからなかった。
「うわっ」
「あ、カジ、起きた?」
「お目覚めですか」
マルコの声に続く耳に馴染むテノール。
「門倉さん?」
「はい、弐っ號立会人の門倉です」
「え?」
「カジが起きないからマルコが全部食べちゃうとこだったのよ!」
「え!?」
寝ぼけた眼でもよくわかる。見目の良いそのひとは僕の専属でもあり賭郎の立会人でもある門倉雄大当人だった。ゆるく結んだ髪の毛に私服、と初めて見る姿に脳の処理が追いつかない。
「カジ!ごはんよ」
マルコが箸を伸ばす先にはおにぎりとサンドイッチと玉子焼きとミートボール、他にもいっぱい。僕の思い描いたピクニックのごはん、が目の前にはある。
マルコの水筒から注がれた麦茶を受け取って口に含むと、冷たさにだいぶ目が覚めてきた。
「これ、ぜんぶ、門倉さんが」
作ったんですか、と聞こうとして、お箸を手渡される。
「どうぞ、お召し上がりください。梶様のお口に合うと良いのですが」
「マルコのお口にはすっごくよく合ったのよ!」
「それは良かった」
お手拭きで手を拭いたあと、皿を取って玉子焼きに手を伸ばす。出汁巻きだ。
「お口に合いましたか」
「……はい、とっても」
何故だか僕の脳裏に浮かんだのは小学生のときの、隣の子のお弁当。きらきらした夢みたいなお弁当箱に憧れた。そのときに僕の手元にあったのはパンが二つだけ。僕が熱心に見つめていたからなのか、その子は二個あるうちの一個を僕に食べさせてくれたのだった。
「門倉さん料理上手っすね」
「出来合いですよ」
「……そうなんですか。じゃあこの盛り付けは」
「お屋形様の指示です。何事も形から入るのがお好きでしょう」
弁当箱を前に盛り付ける門倉さんが思い浮かんだ。……すこし面白い。
「貘兄ちゃんの分は取っておいた方がいいのよ」
マルコが新しい紙皿を取り出していそいそとおかずをのせだす。
「あ、あとから来るって言ってたね」
そろそろ来ても良い時間帯だ。
「お屋形様はそんなに食べないでしょうから、沢山食べて大丈夫ですよ」
門倉さんのその言葉にマルコは皿を掲げ、僕も次はおにぎりを手にとった。
結局どういう経緯でこうなったのだろう、と思わなくはないけれど、お弁当は美味しくて外は快適で、なんだか楽しいからまあよしとしよう。
それから貘さんと合流したけど切間さんに夜行両名さんたちとかなり賑やかになって、夜行さんのコーヒーも振る舞われて、これまた驚くくらい楽しく過ごせたのだった。
あれ、結局発案者聞きそびれちゃったな。