三十五回目の失敗(大成功)「ハハハッ、そろそろかと思ってはいたが。今回もやっぱりか。おめでとう、親父殿、水木殿。」
通算、三十五回目の砂かけ婆からの知らせ。毎度毎度全く学ばない養父が青くなっている横で「またやってしまったのう。なぁ、水木。」と確信犯の笑みを浮かべる実父。その表情には、知らせにショックを受けて狼狽えている養父はもちろん気づいていない。僕はそんな様子を観察しつつ、卒乳間近の末の妹におやつの蒸しパンをちぎってあげていた。もちもちと頬張る口元についた屑を拭いてあげれば、にっこりと笑ってくれる。可愛いなぁ。可愛い妹や弟が増えていくのはとてもいいことだ。
「やっぱりでしたか。おめでとうございます。父さん、水木さん。」
「…俺はまた男に戻れないのか…。」
むしろまだ諦めてなかったのかと思う。僕が赤ん坊のときより、もう半世紀以上女の体であり、比較すれば男の体だった期間などニ分の一くらいだ。父は水木さんの女体をいたく気に入っており、むこう一世紀はこのままでいいと少し前に言っていたので、そんな父に嫁いでしまったからには、これからも何度も繰り返される光景だろう。
一体いつから確信犯だったのか。水木さんのいないところで、こっそりと尋ねたことがあった。
「父さん、いつからわざとだったんですか?」
「はて。なんのことじゃ。」
「水木さんのことですよ。僕のきょうだい、意図的に作っているんじゃないんですか?」
「気づいておったか。」
「いい加減、気づきますよ。それでいつからだったんですか?」
「さあて、いつじゃったかのう。あぁ、離乳記念とかこつけて天狗の酒に酔わせた時じゃ。」
「三人目の弟のときですね。割と最初からでしたね。」
「水木に言ってはならんよ。あれの中ではわしもあれも酔いに酔って失敗したことになっておるからの。」
「あの、なんでそんな騙し討ちみたいなこと続けてるんですか?素直に自分の子供をもっとたくさん産んでほしいって伝えるのはダメなんですか?学習しないのも悪いとはいえ、毎回毎回男に戻れないと嘆く水木さんがかわいそうです。」
そう。学ばないのだ。我が養父。男に戻りたいなら父とヤらなければいい。だが、父にしょんぼりされるのが堪えるらしく、いつも流されてからだを許してしまっている。
そしていくら酒で酔わされたり、一服盛られたり、避妊具に穴を開けられたり、避妊薬をラムネに差し替えられていたりと騙し討ちをくらっていたとしても、こう何度も繰り返されていれば父を疑い、警戒するくらいしそうなものだが。全くしないのが水木さんである。なぜなら彼の中心には惚れた腫れたよりも強力な、絶大な父への信頼と友愛が鎮座している。父を疑うという考えが一欠片もない。
でもそれにつけ込む父もどうなんだ。それほどまでに愛されていれば、別にこんな卑怯なことをせずとも子どもは産んでくれるだろうし、女体のまま寄り添ってくれるのではないかと思うのだ。
「いや、あやつは変に男の自覚が強いからの。そんなことをわしが頼めば、ふざけるな他所にあたれと冷たく言い放ってくるのが関の山じゃ。このままいけるところまでいく方が得策じゃ。」
「そうかなぁ。」
父も変なところで自信がない。正直に打ち明けたって、いつも水木さんを落としているあのうるうるとした泣き顔を披露すれば、速攻で陥落させることができて万事解決ではと思うのだが。でもまぁ、これは二人の問題だしとそれ以上は触れぬことにしたのだ。それがかれこれ二十年くらい前の話だったであろうか。
結局何も変わらないまま、あれからも弟と妹は増え続けた。そして今回、めでたく三十五回目の懐妊と相成ったのである。
ちなみに今回は妖怪いやみをけしかけたらしい。「わしにめろめろの水木といちゃいちゃするのはたまらんかったのう。」と聞いてもいないのに感想付きで教えてくれた。当日家を空けていて本当に良かった。
関係を持って、六十年以上。水木さんの女体を保つために、きょうだいが卒乳をするタイミングを狙っては孕ませ続けた父だが、行為をするための細工はしても、特別孕みやすくするような手段はとっていないという。
人間と幽霊族、種族を超えて相棒となり、母とその胎にいた僕を救い出した父たちは心の相性だけでなく、避妊なしの行為がひとたびあれば子宝を授かれる、からだの相性も抜群の二人なのだ。
がっくりと肩を落とす水木さんをほくそ笑んだ顔をそのままに慰める父さん。それを生温かい見守る砂かけ婆。何度も見てきた光景を横目に、可愛い妹を僕は抱き上げて、頬擦りした。
「おめでとう。君もお姉ちゃんになるんだよ。」