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    yabuki

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    yabuki

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    無期迷途。局長♂、辰砂、デーモン。

    #無期迷途
    #デーモン
    demon
    #辰砂
    cinnabarLacquer

    無題 監房内の堅い椅子に座って読書をしていたデーモンの耳に、自分を呼び出す局内放送が聞こえた。裁判以前であれば事前に警備の局員が房の前に姿を見せたものだが、最近は局内であれば彼の移動を妨げるものはいなかった。
     そのせいで他のコンビクトと諍いが起きることもあったが、このところはめっきり減ってきている。どうやっても負けると分かった喧嘩を吹っ掛けるほど暇なコンビクトは、いかにMBCC内でも少ないのだろう。
     デーモンは指定された談話室の扉をノックし、局長の声が応じるのを待ってからドアを開けた。中には見慣れた男ともう一人、背の高い女性が彼を待っていた。背筋を正した立ち姿は隙がなく、彼女が相当な訓練を受けていることをデーモンに教える。同業者かと思ったが、生憎と記憶の中に該当する人物はいない。しかし真っ直ぐな視線を受け止めれば、初対面ではないような気がするのも確かだった。

    「デーモン、彼女は辰砂。辰砂、デーモンだ」

     二人の間を取り持つように、局長がデーモンに部屋の中央へ来るよう促した。談話室に他の利用者はおらず、この邂逅にそれなりの意味があることを彼に教える。

    「初めまして、デーモンさん。お会いできて光栄です」

     握手を求める辰砂の言葉に悪意は感じられなかった。彼女が心から自分に敬意を示していることが伝わり、デーモンの眉間には浅く皺が寄る。そして彼は唐突に思い出した。テレビの画面に映る勇敢な姿と、まだ年若い令嬢に告白され動揺する姿を。一見、かけ離れているように見える二つの像ではあったが、実際に彼女に会った今、違和感は沸かない。彼女はただ真摯であるだけなのだと理解した。

    「やめてくれ」

     宙に浮いたままの辰砂の白い手を一瞥し、デーモンは首を振った。どうしたのかと問いかける局長の視線も遮り、体を捻る。
     デーモンには辰砂のことでもう一つ、思い出したことがあった。記憶が確かならば、彼女は警備会社に所属しており、多くの議員を警護してきた者のはずだった。自分が殺してきた大勢を守っていたかもしれない相手の手を、どんな顔で握れば良いか分かるはずもない。

    「すまない辰砂、彼は」

    「良いんです局長。分かっています」

     デーモンの代わりに謝った局長の横で、辰砂が一歩、前に出た。著名な護衛対象と公の場に出ることも多かった彼女は、その立ち居振舞いにも堂々としたところがあった。身長も体格も彼女を大きく上回っているデーモンがほんの一瞬、気圧されるほどには。

    「不快な思いをさせてしまったなら申し訳ありません。ですが貴方に会えて嬉しいのは本当です。握手をしたかったのも」

    「分かっている」

     分かっているからこそ問題なのだが、デーモンはひとまず距離を取るために手を差し出した。元通り局長の横に戻ってほしい一心で握手をしたが、辰砂は手を離したあとも下がらなかった。お陰でデーモンの眉間の皺は深くなり、小さな吐息が漏れる。だが再び彼が辰砂に視線を戻したとき、その目元は随分と穏やかな色を湛えていた。

    「俺は君の敬意を得られるような人間じゃない」

     辰砂と同じく、彼の言葉にも偽りはない。だからこそ辰砂は二人の間でそわそわと落ち着きのない素振りを見せる局長には微笑み、デーモンには静かに首を振った。

    「私にとっては、FACで派遣部隊長の任に就いていたというだけでも十分、尊敬に値します。しかも貴方の功績はお飾りではありませんでした」

     彼女もまた議員の警護をする中で、最大の障害になるであろうデーモンのことは詳細に調べていた。FACにいた頃の彼がアベルの下で成し遂げてきたことは、素直に称賛することができた。もちろん当時の彼女は凶行を繰り返す彼を憎んでもいたが、自分が同じコンビクトになり、MBCCに逮捕されてからは大きく考えが変わった。
     それは側にいる一人の男のお陰であり、辰砂は局長とデーモンについて交わした会話を一つ一つ思い出しながら言葉を次いだ。

    「それに友人が教えてくれました。貴方がどれだけの物を抱えて戦っていたか、MBCCに来てからはどれだけ友人を助けてくれたか。デーモンさん、私は貴方と共に戦えることを誇りに思います」

     彼女の言う友人が誰を指すのか分かり、居たたまれなくなる。房へ帰りたいと思うなど滅多にあることではなかったが、今はこの場を立ち去りたい気持ちの方が強かった。
     自分について他人からあれこれ言われたとしても、デーモンはもはや特段の感情を抱くことはない。言いたいやつには好きに言わせておけば良いが、親しい人間に、それも好意的に表されたとなれば話は変わる。
     二度目の裁判が終わったあとデーモンが命を長らえたのは、一重に第9機関とMBCCの、それも局長である男の働きが大きかった。彼の命はMBCC、もっと言えば枷を使用することの出来る局長の管理下のもと、行政に協力するという条件付きで保証されていたのだ。辰砂の聞いたことは間違いではないが、自ら進んで行ったことではない。
     だが否定したところで彼女の眼差しが濁ることはないのだろう。長く腐敗した議員のそばにいて、コンビクトになった今でさえ希代の殺人犯に対して敬意を表して見せるのだ。
     それよりデーモンには彼女の台詞で引っ掛かることがあった。話を逸らす意図もあり、初めて彼から切り出した。

    「俺と共に戦う、とは?」

    「それは」

    「私が説明しよう」

     二人の動向を見守っていた局長が、ここでようやく話に割り込んだ。彼曰く、次の作戦にはどうしても辰砂とデーモン。MBCCが収容するエンデュア系コンビクトの中でもトップクラスの実力を誇る彼らの力が必要だった。


    ─────


    「話は分かった」
     局長の説明を聞き終えたデーモンは、頭を整理するために腕を組んでしばらくの間、黙っていた。
     次回の作戦は、未だマフィアの蔓延るシンジケート管制特区における人質の救出だった。この手の作戦に関して経験も実績もあるMBCCがどうして今回に限って事前にこれほどの手回しを必要とするのか。
     真相は人質の数と、彼らが捉えられている場所にあった。敵は議会のお偉方ではなく、その家族の会合を狙い、主にか弱い女性や子供ばかりを三十人近く連れ去った。しかも最悪なことに、人質の監禁場所近くで死瞳の存在が複数確認された。お陰で彼らを連れ去ったマフィアの大半が逃亡するという有り様である。
     今回の作戦内容はマフィアとの戦闘ではない。多くの人質をいかに安全に逃がすことが出来るか。攻撃は最大の防御と言うが、戦闘において“守る”ということはことのほか特別な技能がいる、とは局長の言葉だ。

    「彼女と君なら、今回の作戦に申し分ない。大まかな作戦の立案は辰砂に、君には西武やシンジケートの知識を活かして、作戦の補佐をしてほしい。もちろん現場でも君たちを頼ることになると思うが……」

    「それは構わないが、君は専門家だろう。俺が口を挟む必要を感じない。俺は君の指示に従う」

     それだけ告げると、デーモンは房へ戻るため踵を返した。これ以上バツの悪い思いをしたくなかった。しかし辰砂の切実な声が背中に刺さり、足を止める。
     彼女は局長にデーモンと二人にしてくれるよう頼んだ。それに対して局長がどんな反応をしたのか。背を向けていたデーモンには分かりようもなかったが、自分を追い越して先に部屋を出ていく姿を見送れば、振り返らないわけにはいかなかった。

    「すみません」

     辰砂は謝罪から入った。

    「実は貴方に一つ、隠していたことがあります」

    「……なんだ」

     わざわざ局長を部屋から出したことで、彼女の本音が聞けるのだと期待した。これまでの言葉を疑ったわけではなかったが、その割りには辰砂の顔は思い詰めていた。

    「私がコンビクトになったのは、自分の職務を放棄したからです」

     突然の告白にデーモンが目を細める。この場で口にする意味を考えないわけにはいかなかった。

    「そうしなければ市民を守ることができませんでした。その事に後悔はありません」

     貴方もそうではないですか、と彼女が続けた。
     デーモンがコンビクトになったとき、彼は最愛の養父を手にかけなければならなかった。死瞳と化した彼から市民を守るためには、そうする他なかった。議会の陰謀を防げなかったこと、アベルとヴィラを失ったことは後悔してもしきれない。だが、あの場にいた市民を守れたということは、なるほど確かに、彼も後悔してはいなかった。

    「だから私は貴方と戦えることが嬉しいのです。こんなこと、他人に踏み込んでほしくはないと思ったのですが、どうしても作戦に」

    「分かった、分かったから。もう黙ってくれ」

     デーモンが降参と言わんばかりに片手を上げる。この数年、ねじくれて性根の腐った人間ばかり相手にしてきたせいか、真っ直ぐな相手はどうしても眩しい。彼女や、ドアの外で固唾を飲んでいる男のように。

    「っ、わ!」

     おもむろにドアノブを引いて、待機していた局長を部屋へ戻す。デーモンの心は固まっていた。

    「俺で良ければ手を貸そう。それが地図だな?」

    「あ、あぁ」

     局長の手にしていた紙を談話室のテーブルに広げる。勢い込んだ辰砂の、ありがとうございます、という大声が耳に飛び込んできたがデーモンは顔を上げない。目が潰れてしまわぬよう、そうするので精一杯だった。
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