「……なぁ、蜂楽。緊張してる?」
実家の玄関前、隣に立つ蜂楽の雰囲気がいつもより硬い。昨日の夜からそわそわと落ち着かない様子であったが、先ほど二人で住む部屋を出てからはそれが顕著に表れていた。
「そりゃあ、俺だって緊張するよ。だって、潔のお父さんとお母さんに会うんだよ? ちゃんとしなきゃ、ってなるじゃん」
「へぇ、蜂楽でもそんなふうに思うんだ」
「あー! なんかいま、よく分からないけど失礼なこと言われた気がする!」
「だって、蜂楽に緊張なんて似合わないから……!」
柄にもなく落ち着きのない蜂楽に声を上げて笑う。潔のイジワル! と頬をぶにーっと横に抓られるも、困ったように眉尻を下げたままだから、ちっとも怖くなかった。
ばひら、いたい。と抗議すれば、不細工に歪んだ顔が面白かったのか、蜂楽もふっと表情を緩ませる。
「……俺たちのこと、許してくれるかな」
「許すもなにも、俺が選んだ相手なんだから自信もてよ」
「気に入られなかったらどうしよう……」
「大丈夫だって」
忙しなく視線を彷徨わせる蜂楽の顔を覗き込み、コツンと額を合わせる。外気で冷えた額が、触れたところだけじんわりと熱くなった。
「そもそも、うちの親が蜂楽のことを紹介して欲しいって頼んできたんだぜ?」
そう。今回、蜂楽との顔合わせを望んだのは他でもない両親たちだった。
世っちゃん、随分前から付き合っている人がいるんでしょう? よかったら、年明けに連れてきてよ。ご挨拶したいわ。
そんなメッセージが年末、潔の元に届いた。いままで両親に恋人がいると話したことはなかったが、たぶん蜂楽の存在にも、そして付き合っている相手が男であることにも薄々気が付いている。プロになり、お互い有名になったことで、パパラッチに抜かれることも増えたからだ。チームメイトや相棒の関係にしては近すぎる距離に、週刊誌でもたびたび取り上げられている。ずっと肯定することも否定することもしてこなかったが、たぶん両親たちには二人の関係など筒抜けだ。
だからこそ、ちゃんと蜂楽のことを紹介したかった。これから、何処へ行っても自信を持って蜂楽が自分のパートナーであると言えるように。堂々と蜂楽の隣に立てるように。
「ありがと、潔。もう大丈夫」
「じゃあ、行く?」
「うん!」
ふふっと笑い合って玄関に向き直る。が、既にドアは開いていた。揃いも揃って、えっ、と間抜けな声が出る。
「もう、世っちゃんったら。待ちくたびれちゃった」
「か、母さん……! なんで、」
「だって、二人ともなかなか入って来ないから」
予期せぬ母の登場に、潔だけでなく蜂楽も固まってしまう。伊世は蜂楽を見つめると、柔らかく微笑んだ。
「やっぱり……! あのときの子だった」
「えっ……俺のこと、知ってるんですか?」
「もちろん、有名だもの! でもね、それよりもずっと前から知ってるわ。お母さんとも挨拶したんだから」
「優と?」
「えぇ。今後ともゴヒイキに、なんて言われたけれど、世っちゃんのこと、大事にしてくれたのはあなたの方だったかもしれないわね」
ありがとう、と頭を下げる母に、蜂楽がへへっと照れくさそうに鼻先を指で擦る。よく分からないが、母としては蜂楽のことを随分と前から知っていたようだ。そのことに驚きつつも、半分ぐらい置いてけぼりになっている潔の手を蜂楽がギュッと握った。
「それなら話が早いや」
「ちょっ……、おい!」
「俺、絶対に潔を……世一のことを世界でいっちばん幸せにします!」
廊下の向こう、リビングにいる父どころか、ご近所にも届いたのではないかという声量で蜂楽が高らかと宣言して、ハァ!? と素っ頓狂な声が出る。母も母で、よろしくねぇ、と朗らかに笑うから、今度は潔の方が落ち着きなく視線を彷徨わせる番だった。