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    hjm_shiro

    @hjm_shiro

    ジャンル・CP雑多

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    hjm_shiro

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    とどち/あの夏の伏線回収
    ⚠高校生→大学生
    ⚠モブ有/何も起こらない

    千早からキスをしてみないかと誘われる藤堂の話。
    ちーくんとの夏の一幕を、肝心なときに思い出してしまう葵ちゃん。

    #とどち
    re-election

    「そんなに気になるなら、キス、してみますか」
    「は……?」

     ポロッと噛んでいたアイスの棒を落とした。既にメインのアイスは食い終わったあとで、手持ち無沙汰に先端をがじがじと噛んでいた棒だ。無数の歯型がついたそれがローファーの上に落ちた。

     やけに蝉の声が遠く感じる。暑すぎて脳みそが茹だりそうだ。ゆで卵みたいに固まっちまうかも。そういやァ、今日はオムライスを作る予定だった。卵、あったっけな、なんて思考が飛びかけてまた千早に戻って来る。
     ……てか、コイツ、今なんて言った? キスって言った?

    「アハッ、酷い顔してますよ、君」
    「お前が変なこと言うからだろうが!」
    「その前に藤堂くんの方が変なこと言ってましたよ」

     はて、そうだったっけか、と数分前のやり取りを思い出しつつアイスの棒を拾う。それをアイスが入っていた袋に押し込みながら今度は千早の顔を見た。というより、唇を見てしまった。
     見てしまって後悔する。なんか、めちゃくちゃ美味しそうに見えたからだ。食いモンでも何でもねェのに。

    「さっき、キスってどんな感じなんかな、って言ってたでしょ」
    「ンなこと言って……いや、言ったか?」

     話の流れでそんなことを言ったような気がする。そうだ、清峰兄から受け取った最新のAVについて話してたんだ。ぶっちゃけキスって気持ちいいんか? どうなんだ? とか、健全な高校生らしい不健全な会話をしていた。それで今だ。千早がくいっとメガネのフレームを指で押し上げた。

    「で、どうします……? してみますか?」
    「え、」
    「俺もちょっと興味ありますし。それに彼女ができたとき、みっともなく慌てるのは嫌じゃないですか」

     俺とのキスでは慌てたりしねェのかよ、という謎の文句と共にごくりと喉を鳴らす。
     千早とキス? できんのか? いや、したくないわけじゃない。こいつの言葉を借りるなら、ナシ寄りのアリだからちょっとだけ困っている。
     だってコイツ、よく見るとすげェ可愛いのだ。性格はまったく可愛くないけど、着替えのときにメガネを外すと大きな目がキュッと釣り上がってて猫みたいに見える。しなやかで細い体なのに足はめちゃくちゃ速いし、悔しいけど頭も良い。口を開けば嫌味ばかりだし、いちいち言動も鼻につく奴だが、大口開いて笑ってるときとか"いいな"って思う。それに、俺たちの間には何とも言えない空気感があって、これは勘だけど、千早も同じようなことを俺に対して想ってくれていると思うのだ。だからってわけじゃないけど、千早からの提案に俺は迷ってしまった。普通なら、迷うべきところではないのに。

    「……ち、ちは」
    「冗談ですよ」
    「ア……?」
    「藤堂くん、ガチなんですもん。だからちょっとからかっただけです」
    「お前なァ!」
    「これだから童貞は嫌ですね〜」
    「それはオメェも同じだろ」

     千早じゃなかったら、とっくの昔にケツを蹴り飛ばしてる。
     俺はあーーと意味もなく唸ると、汗で蒸れたうなじを掻きむしった。ガリガリと爪を立ててから、千早の横顔を盗み見る。
     千早は俺を見ない代わりに、ボソリと何か呟いた。なんて言ったのかまでは聞き取れなかったけど、虚しさみたいなものが混じったような声だった。そこで俺はひとつの確信を得る。
     ――あぁ、返答を間違ってしまったのだ、と。



     ◆

     そんなことを、何故か今、思い出してしまった。

     都会の夜のざわめき、握った両肩、汗で蒸れたうなじ。蝉の声こそ聞こえないものの、酔っぱらいたちの甲高い笑い声がなんとなくソレにそっくりだった。

    「藤堂くん」

     軽くシャツの裾を引っ張られる。目の前には小さくて可愛らしい子が、緊張した様子でこちらを見ている。
     赤茶色の髪に大きな目。きっと千早の性別を変えたらこんな感じになるだろうなぁ、と思った。そんな子と、俺はこれからキスしようとしている。
     スゲェな、やっぱ大学生ってこんな感じでノリでキスしちまうんだ。合コン行って、勢いで別れ際のキスをして、その延長で付き合ったりなんかして、これで俺も童貞卒業か、なんて思った瞬間に千早のことを思い出していた。正確に言えば、千早にキスしてみないかと言われたときのことを思い出してた。

    「えっと、藤堂くん……?」

     いつまで経っても何もしてこない俺に痺れを切らしたのだろう。もう一度、躊躇いがちに名前を呼ばれた。

    「あ、ワリィ」
    「ううん、大丈夫」

     大丈夫って何がだろう。よく分かんねェけど、今ここでキスするのは俺にとって大丈夫なことではなかった。別に硬派なタイプでもないし、キスぐらいどってことないけど、だからと言ってチャラチャラ遊ぶタイプでもない。重いと思われるかもしんないけど、最初の一回はアイツじゃないと、っていう変な気持ちが湧いてきた。
     そっと閉じられた瞼に申し訳無さを感じつつ、掴んでいた両肩を解放する。俺が手を離すと、彼女は「えっ」と呆気に取られた顔をしていた。何かを言われる前に、もう一度謝る。

    「悪いけどもう行くわ」

     走り出した瞬間、「待って、藤堂くん!」と叫ばれたような気がする。だけど、ひとり置いていった彼女のことよりも千早のことが俺は気になっていた。



    「ちょっと、こんな夜更けになんです!?」

     昔、千早が一人暮らしを始めたタイミングで、何度か小手指メンバーと共に押し掛けた部屋がある。その部屋に迷わず向かうと、かなり嫌そうな顔で千早に出迎えられた。寝るところだったのかパジャマを着ている。それでも律儀に扉を開けてくれるのはコイツなりの優しさなのかもしれないなぁと思いながら、俺は千早の両肩を掴んだ。

    「っ、痛いですよ、藤堂くん」
    「……千早」
    「ちょ、離して、」
    「千早、お前、ファーストキスまだだよな?」
    「……は?」

     千早がぽかーんとした顔で俺を見る。なんでそんなことを? という疑問半分、誰が聞いてるかも分からないマンションの廊下でそんなことを聞くなという怒り半分でわなわなと千早が震えた。

    「そんなこと、藤堂くんには関係ないでしょう!」
    「いや、ある」

     俺も大事な一回を渡すのだから、千早もそうでないと困る。……いや、待て。なんでこんなに困ってんだ? と首を傾げたところで、千早が口を開いた。

    「藤堂くん、自分の発言の意味をちゃんと分かってますか……?」
    「意味……?」
    「君、さっきから割とすごいこと言ってますけど……まぁ、いいです。それよりも、どうしてこんな汗だくになってまで俺の家に来たんです? まさか、本当に俺のファーストキスが気になって……じゃないですよね? きっかけとか、何かあるでしょう」
    「あー、それな……」

     ついさっき起きたことを思い出す。ちょっとだけ後ろめたさみたいなものがやってきて、言うか言わないか迷ったのだが、千早の"言え"という無言の圧力に負けて俺は口を開いた。

    「さっきまで、先輩たちと合コンしてて」
    「それ、藤堂くんが勝手に乱入したのではなくて?」
    「ちゃんと誘われてるわ!! ……で、まぁ、ちょっといい感じになったコがいたんだけど、なんかちげェな、って思って」
    「それで、その彼女を蹴って俺のところに来たんですか?」
    「仕方ねェだろ。キスするかもって瞬間にお前のこと思い出しちまったんだからよォ……」
    「プッ、バカなんですか? 君のこと、ずっとバカだバカだと思ってましたけど、ほんっっっとうにバカなんですねぇ〜! それでせっかくのチャンスを逃すとか、本当……。藤堂くん、バカすぎますよ……」
    「うっせェ! バカバカ言うな! それで結局、どうなんだよ」

     ここまで言ったのだ。結局のところどうなのかと千早を睨んだら、千早がニィと笑った。

    「そんなに気になるなら、キス、してみますか」

     あの日と同じことを千早が言う。気丈に振る舞ってるけど、その声はちょっとだけ震えているような気がした。
     高校生の頃とは違って、馬鹿みたいにドッと心臓の音が五月蝿くなる。夏の暑さにやられて汗をかきまくってたと思い込んでたけど、あのときも間違いなく緊張で汗をかいていた。そのことを今更になって気付いた。

    「マジで? いいのかよ?」
    「おや、あのときと返答が違いますね」
    「そりゃ、シたいと思って来てんだし」
    「そうですか」

     ぷつりと会話が切れる。千早の両肩を掴んだ。力加減はもう間違えない。というより、優しくしたいと、自然に思えた。
     そっと目を閉じて、千早の唇に自分の唇を重ねる。ふにっ、と柔らかさを感じたのと同時に二人とも目を開けていた。

    「馬鹿ッ! 目ェ開けんな!!」
    「それは藤堂くんもでしょう!! ……それで、どうでしたか? 満足しました?」

     真っ赤な顔で千早が俺を睨む。なんだコイツ、可愛い。可愛いし、好きで好きでたまらない。

    「まだ足んねーわ」
    「ちょ、これ以上は許しませんよ!! 今日のところはお引き取りください!」
    「ハァ!? このまま返すのかよ!?」
    「ちょっと、身が持ちそうにないので……」
    「そうかよ」

     千早が言うのなら仕方がない。今日のところは引くか、と思ったら、千早がボソリと呟いた。

    「いくじなし」

     ――そういうところなんですよ、藤堂くん。
     と、今度こそちゃんと聞こえて、俺は衝動のままに千早を抱き締めた。
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