藤堂くんとお試しで付き合うことになった。今日、要くんが「彼女できたー!」と部室で大騒ぎしていて、そのことについて藤堂くんと帰りながら話していたのがきっかけだ。
いやー、イマジナリー彼女かと思いました。なんて、いつも通り口は回っていたけれど、俺の中ではちょっとした焦りがあった。
友人からの報告に喜ぶ気持ち、自分よりも先に恋人を作ってしまった要くんに対する悔しい気持ち。それと、
「藤堂くんも、彼女が欲しいって思いますか……?」
藤堂くんも要くんに触発されて、彼女が欲しいと思ってしまうんじゃないかっていう焦り。
藤堂くんは俺からの問いかけに対し、少しだけ考え込むと、「そりゃ、いつかは欲しいだろ」と一言呟いた。
そっか、そうだよなぁ、と思う。藤堂くん、ここ最近はすごくモテるようになったし、女子が噂しているのを聞いたこともある。いずれ、可愛い子が藤堂くんに告白するかもしれない。それを受けて、藤堂くんも前向きにお付き合いを考えるかも。
勝手な妄想とはいえ、鼻の下を伸ばして彼女にデレデレする藤堂くんを想像して、俺は当てつけみたいに彼をなじった。
「……君の場合、たとえ彼女ができたとしても女心とか分からなそうですよね」
「は? どういう意味だよ?」
「そのまんまの意味ですよ。そもそも君、デートプランとか組めるんですか? バッセンとか連れてったら即フラれますよ」
「んなとこ連れてかねェわ!」
「どうだか」
俺の分かりやすい挑発に乗った藤堂くんが、こめかみに青筋を浮かべる。
そのあとも、
「藤堂くん、考えなしなとこありますから、無自覚に相手が苛つきそうなこと言いそうですよねー」
「自分よがりなデートして満足してる藤堂くんの姿が目に浮かびます」
「野球にかまけて大事なメッセージとか放置しそうじゃないですか?」
と言いたい放題言ったら、ついに藤堂くんがキレた。
「だあああッーー! うるせェ!! 付き合ったらちゃんとするわ!!」
「想像できませんねぇ。藤堂くんがちゃんとするとこ」
「想像ぐらいしろや!」
「無理でーす」
「あーークソッ、言いたい放題言いやがって!! つーか、そんなに言うなら俺と付き合え!」
「は?」
「お前のそのイメージが間違いだって証明してやらァ!」
正面切って啖呵を切る藤堂くんに、ぽかんと口を開く。
この脳筋バカは何を言っているのだろう。どういう考え方をしたら、俺と藤堂くんが付き合うことになるんです……?
困惑のままに、ちょっと言ってる意味が分からないのですが……と言ったら、藤堂くんがフンッと鼻で笑った。
「俺と付き合えば、俺の彼氏力? ってやつ? が分かんだろ」
「えぇー……なんですか、その理屈」
「俺もお前に言われっぱなしじゃヤだしよ」
めちゃくちゃいい案じゃね? と自画自賛する藤堂くんに目眩がする。
驚きと歓喜。たぶんいま、めちゃくちゃ変な顔をしている自信がある。
普通に考えれば「嫌ですよ、君と付き合うなんて」と言うべきところだろう。だけど俺はわざとニィっと口角を上げると、小馬鹿にするように笑った。
「……分かりました。特別に採点してあげます。期待はしてませんけど」
「ハッ、言ってろ。藤堂葵様の彼氏力を舐めんなよ」
さっきまでの不機嫌さは何処へやら、藤堂くんが自信たっぷりに笑う。
別れの挨拶代わりに「お手並み拝見ですね」と煽るだけ煽って、藤堂くんとはいつもの帰り道で別れた。だけど、俺としてはぶっちゃけ藤堂くんの彼氏力だとか、そんなのは最初からどうでもいい。
だって俺は、藤堂くんのことがずっと前から好きだから。藤堂くんの彼氏力が高かろうが低かろうが、この気持ちは絶対に揺らがない。
突然、降って湧いたチャンスを物にしないほどヘタレではない。こちらからしたら棚からぼた餅だし、藤堂くん自らネギを背負ってやってきたのだから、ここは仮初であれ藤堂くんとの恋愛を楽しむべきだ。そう思うのに、家に帰ってからふつふつと罪悪感が湧いてきた。
藤堂くんはゲーム感覚のつもりで俺のことを見返せれば、ぐらいに思っているのかもしれないが、こっちはガチだ。藤堂くんのことをそういう目で見ている。まだ、キスとかセッ……クスとか、そういうことができるかと聞かれると自信がないけれど、藤堂くんに触ってみたい気持ちはある。
大きな背中と肉刺だらけの手、ちょっとだけ毛先が傷んだ金髪。思い切り抱きついてみたい気もするし、硬い手を握ってみたいとも思うし、指で髪を梳いてみたいとも思うから下心はしっかりある。
俺だけが本気の気持ちを抱えている状態で藤堂くんと擬似恋愛するのはフェアじゃないかもしれない。でも藤堂くんが言ってきたことだし……。いや、でも。
「……っていうか、メッセージのひとつくらい送れないんですかね」
机の上に置いたスマホを横目に小言を吐く。
家に帰ってから何度もスマホ画面を確認しているが、待てど暮せど藤堂くんからメッセージが来ることはなかった。せめて、おやすみとか、そういうやり取りぐらいはしたいのに、日付を超えそうな時間になってもメッセージが来る気配がない。まるで、自分だけが期待しているみたいで馬鹿みたいだ。人のことを脳筋だのバカだの言えない。
俺はため息をつくと、スマホを片手にベッドに寝転んだ。いつもは寝るときにヘッドホンをつけて、お気に入りの曲を聞いてから眠りにつくけれど、今日はそんな気になれなくて仕方なく過去のメッセージを遡る。
ぼんやりと藤堂くんとのやり取りを眺めていたら、突然ぽんと犬のスタンプが飛んできた。
【既読早くね?】
【たまたまスマホ見てたんです】
【もしかしてメッセージ待ってた?】
「…………」
待ってない、断じて。
うぬぼれすぎだとメッセージを送ろうとしたが、すぐに【当たり?】とメッセージが飛んできて、ブワッと全身の血が沸騰した。頬が熱い。
【ちーはーやー】
【返事しろ】
【もう寝ます。おやすみなさい】
無理やり会話を切り上げてスマホを手放す。画面をオフにしてからも、ブーブーとスマホの通知音が鳴っていた。
もうちょっと早くメッセージをくれたら無駄話に付き合ってあげてもよかったのに、と心の中で文句を垂れる。でもまぁ、おやすみを言えたから今日は良しとしよう。また明日、今度は起きたら、こちらからおはようを送ってみるのもいいかもしれない。
眠気すら感じない目を閉じて、布団の中に潜り込む。それから暫く、何度も寝返りを打ってから眠りについた。
朝、目覚めると、既にメッセージアプリには藤堂くんからのおはようが届いていた。そういえば、藤堂家の家事担当は藤堂くんだったことを思い出す。妹さんやお姉さんの朝ごはん含め、お弁当まで作ってきているのだ。おまけに早朝のランニングもこなしているはず。俺だって朝はストレッチをしているし早いほうだが、それにしても藤堂くんの朝は早かった。俺よりも一時間は早く起きている。あと、おはようの前を遡ると、おやすみもちゃんと届いていた。案外、マメな男らしい。
「人によっては重荷になりません? まぁ、俺は嫌いじゃないですけど」
口だと、時々鋭い言葉がぽんぽん出てくる。だけど、メッセージだと送る前にちょっとだけ踏みとどまれるから優しくなれた。だから、マメなテキストのやり取りも嫌いじゃない。
俺は藤堂くんにメッセージを送ると、朝のルーティンを一通り済ませた。既に両親は俺よりも先に家を出ているから、行ってきますと言っても何も返って来ない。それでも形ばかりの挨拶をして家を出る。
今日は暑くなりそうだなぁ、とマンションのエントランを出たら、横からにゅっとデカい何かが視界に入り込んできた。
「よォ」
「と、藤堂くん……!?」
びっくりして声が裏返る。生け垣のところに人が立っていると思ってなかったから、驚きすぎて数センチ後ろに跳ねてしまった。ずり落ちた眼鏡を指で押し上げながら藤堂くんを見る。藤堂くんは、そんな驚くことなくね……? と首をかしげた。
「いや、驚きますよ。なんでいるんですか?」
「なんで、って……お前の彼氏だから?」
「は?」
藤堂くんの口から出てきた言葉とは思えず、ぽかんと口を開ける。藤堂くんはさも当然だと言わんばかりに俺の横に並ぶと、制服の袖を引っ張った。
「ほら、行くぞ」
「えぇー……」
あまりにも予想外すぎて、嫌味の言葉すらでてこない。暫く袖を引かれたまま歩いて、やっとこれは異常なのでは? と気付いて腕を振り払った。
「千早?」
「袖、掴まないでください。ひとりで歩けますので」
「あー……、じゃあ、こっちにすっか?」
照れからくる素っ気なさなのか、藤堂くんがそっぽを向きながら左手を差し出す。
こっち、って、こっちってなんですか!? と内心叫びながら、藤堂くんの左手と顔を交互に見た。
「ンだよ」
「……いえ、随分手慣れているなと思っただけです。少女漫画でも読んで勉強してきました?」
「アァ!? ンなもん読まねェよ!」
藤堂くんが手を引っ込める。俺はアハハと笑うと、キレる藤堂くんを置いてスタスタと歩き出した。
「早くしないと遅刻しますよ」
「お前なァ」
すぐに藤堂くんが俺の隣にまた並ぶ。藤堂くんが変なことを言うから、どうしても左手が気になった。さっきはびっくりして拒否してしまったが、手を繋ぐのはやぶさかではない。アリ寄りのアリだ。
そんなことを悶々と考えながら、最寄り駅の改札を二人で抜けてホームに並ぶ。
いつもひとりだから誰かが隣にいるのは新鮮だった。藤堂くんの家と俺の家は数駅離れている。わざわざこっちまで来るのは大変だったのでは? と、隣りにいる藤堂くんを見上げたら目があった。
「なに?」
「いえ……。君は素敵な彼氏になると思います」
「お、早速考えを改めたか」
「まぁ、今のところは及第点です」
「評価厳しくね?」
「そんなことないですよ」
俺的にはポイント高いですけど、とは言わないでおく。
ほどなくして電車がやってきた。毎度のことながら満員に近い状態で、後ろから押される形でぎゅうぎゅうになりながら電車に乗り込む。いつもならすぐにイヤホンを耳につけて音楽を聞くのだが、今日はさすがに空気を読んでやめた。
「聞かねェの?」
「なにをです?」
「音楽。お前、いつも聞いてそうじゃん」
「まぁ、そうですけど……」
「俺のことは気にすんな」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
藤堂くんが言うのなら、と鞄の中を漁る。その時だった。電車が大きく揺れて、あっ、と思ったときには藤堂くんの体に寄りかかっていた。
「おっと、危ねー」
近付いた瞬間にさらりと藤堂くんの髪が頬を撫でて、ピャッと肩が跳ねる。おまけに藤堂くんに肩を掴まれていた。そのまま寄りかかっとけ、と言われて息を呑む。
「いえ、もう大丈夫です」
だから、ちょっと離れて……と呟いた声が萎んでいく。
こんなの、本物の恋人みたいだ。あくまで俺はジャッジする側で、本当の恋人同士ではないのに。今のところ、理想的な彼氏様すぎてムカツク。
俺は俯いたまま唇を噛みしめると、オーディオのボリュームを上げた。
◆
それからの藤堂くんは、彼氏力とやらをこれでもかと見せつけてきた。
部活のときこそ普通ではあるものの、朝は毎日マンションまで迎えに来るし、メッセージもマメに送ってくる。帰りももちろん一緒だし、あるときからお弁当まで作ってくるようになった。さらには、水曜日だけは二人で食おうぜ! と言ってくる始末。(いつも昼は野球部のみんなで食べている)
さすがに周りも俺たちの仲に思うところがあるのか、ついに要くんからは「瞬ピーたち、付き合い出したの?」と聞かれてしまった。半分正解で半分間違いである。どうしたものかと返答に迷っていたら、俺たちの会話を聞きつけた藤堂くんが肯定してしまったからとりあえず腹パンしておいた。思わず手が出てしまったのは致し方ない。
「痛ッ! オイ、千早!」
「要くん、違いますからね。そういうのじゃないです」
「そなの?」
「そうです!」
これ以上、詮索されたくなくて藤堂くんを引っ張りながら人気の少ない階段の踊り場を目指す。
今日は恒例の水曜日ということで、二人でご飯を食べる日だ。殴られた腹を擦りながらも藤堂くんはついてくる。軽く拳を当てた程度なのに、藤堂くんは大袈裟に痛がってみせた。
「あー、痛いわ。腫れてるかもしんねェ」
「それぐらいじゃ腫れないですよ」
「これ、午後の練習に支障出るわ」
「本当ですか……?」
そんなことを言われるとちょっと不安になる。痛がる腹を見ようとしたら、藤堂くんがブハッと吹き出した。
「冗談だっての」
「……そういう冗談は嫌いです」
「悪かったって。ほら、いつもの」
「……ありがとうございます」
いつものように藤堂くんから弁当を受け取り、二人並んで階段の踊り場に座る。今日もおかずがぎっしりと詰まった豪勢なお弁当だった。栄養バランスとボリュームが考えられた、男子高校生に嬉しいメニューばかりが詰まっている。その中から迷わず卵焼きをつまんで口に入れたら、じゅわりとダシの味が広がった。相変わらず美味しいのがムカツク。
「とにかく、ああいうことは外で言わないでください。あと、変に俺のことを特別扱いもしないでください。いいですか?」
きつく睨みつけながら藤堂くんに釘を刺す。だけど藤堂くんは、あー……と腑抜けた声を出した。
「普通にヤだけど」
「は?」
「一応、お前の彼氏だし」
「……っ」
飲み込みかけたご飯が喉に詰まりそうになる。
そうだけど、そうじゃない。
俺はゴホンとわざとらしく咳払いしてから、藤堂くんに向き直った。
「あくまで採点してるだけです」
「わーってるよ」
「本当に分かってます? そもそも藤堂くんの彼氏力が高かろうが、低かろうが俺には関係ないことです。どうせ、」
――本物にはなれないんだし。
ふと頭に浮かんだ言葉が自分の胸を刺す。
藤堂くんは売り言葉に買い言葉で俺と付き合いだしただけで、別に俺のことなどどうでもいいのだ。それに好きだと言われて付き合いだしたわけでもない。
もっと言えば、俺が適当に点数でもつけてしまえばこの関係は終わる。百点でしたよ、とでも言って、ご機嫌取りしてしまえばいいのだ。それができないのは、俺がまだ藤堂くんと一緒に居たいからだ。
特別扱いを誰よりも嬉しく思っているのは俺だ。藤堂くんがあまりにも俺を甘やかすから。
「……千早?」
「すみません。なんでもないです」
途端に味がしなくなったご飯を口に詰め込む。
彼の優しさが他へ向く恐怖と、不健全な関係を続けていくことの背徳感に、俺は気が狂いそうだった。
「千早、悪いけど今日は先帰っててくんね?」
そう声をかけられたのは、部室で着替えていたときだった。今日も当たり前のように藤堂くんと一緒に帰るのだろうと思っていたから、ワンテンポ返事が遅れる。千早? と声を掛けられて、やっと俺はこくんと頷いた。
「分かりました。大丈夫ですよ。俺もこのあと日誌を出しにいかなければならないですし」
おまけに今日は鍵当番でもある。最後にグラウンドに忘れ物がないか、倉庫の鍵が閉まっているかまで確認しなければならない。
藤堂くんはわりィなと言うと、俺よりも先に部室を出ていった。
俺も着替えを済ませ、まだ着替え終わっていないメンバーたちに追い込みをかけながらグラウンドを見回り、倉庫の鍵も確認しに行く。最後、誰も居ないことを確認してから部室の鍵を閉めた。途中までは要くんたちと話をしながら部室棟を抜けて、校舎前で別れを告げる。下駄箱で靴を履き替えたときにちらりと藤堂くんの下駄箱を見たら、まだ靴が残っていた。
これは相当、教師にこってりと絞られているのかもしれない。大方、授業態度が悪すぎて呼び出されたとかそんなところだろう。あまり、熟成させすぎるのもよくないですかね、なんて思いつつ歩きながら鞄の中を漁る。だけど、目的の物が見つからなかった。
「あれ……」
確かに鞄の中に入れたはずなのに、日直当番用の日誌がない。代わりに部誌だけは鞄の中にあった。どっちも入れたつもりで、日誌だけ入れ忘れたのかもしれない。
「仕方ないですね……」
ハァとため息をついて教室まで日誌を取りに行く。だが、暗がりなはずの教室に電気がついていた。
こんな時間に誰が、と思いつつ足音を立てないよう慎重に近づく。何やら話し声が聞こえて、その声がよく知る人物の声であることに気付いた。
「あー、悪いけど今はそういうこと考えらんねェんだわ」
「絶対、藤堂くんの負担にはならないようにするから、だから……!」
可愛いらしい声も一緒に聞こえてくる。告白現場であることは明らかで、俺はギュッと鞄の紐を握った。
「……最悪」
ボソッと呟いて踵を返す。そのときキュッと靴底が鳴って、誰かいんのか? と中から声が聞こえた。
――ヤバイヤバイヤバイ!
慌てて廊下を駆け出す。姿をくらますよりも早く廊下を覗き込んだ藤堂くんに「千早!」と名前を呼ばれた。後ろ姿しか見えないはずなのに、なんですぐ分かるんだ馬鹿! と心の中で毒づいてそのまま廊下を駆け抜ける。
結局、日誌は回収しないまま校舎を出た。上履きのまま出てきたことに気付いて、自分でも情けなさに笑いが込み上げてくる。いくらなんでも焦りすぎだ。
ハァハァ、と肩で息を切らしながら、膝に手をついて息を整える。ここまで来たら大丈夫だろう、と胸を撫で下ろしたのも束の間、後ろから「千早ァーー!」と大声で叫ばれた。
「ちょ、なんで追ってくるんですか!?」
「お前が逃げるからだろ! っていうか、逃げんな!!」
「君が追いかけてくるからでしょ!!」
条件反射でまた走り出す。上履きのままだから走りづらいったりゃありゃしない。それに足に自信があるからといって、持久力に自信があるわけではないのだ。このまま長く走り続けたら藤堂くんに負ける。
「オイ、コラ! 止まれッ!!」
「そんなチンピラみたいな言い方されて、止まる人なんていませんよッ!!」
お互い息を切らしながら最寄り駅すらも通り過ぎる。諦めが悪いのか、藤堂くんを振り切ろうとしてもしぶとくついてきた。徐々に差が縮まっていく。やっぱり、持久戦になると分が悪い。
「分かりっ、ました、止まりますッ! 止まりますので、同時に、止まりましょう!!」
「絶対止まれよ!」
「止まります、からッ、せいので、止まりますよ!」
せーの、と言ったのに藤堂くんは止まらなかった。
バカ、コノヤロ、止まるって言っただろ! と声を荒げる。藤堂くんはにんまりと笑って俺の左腕を掴んだ。
「やっと、捕まえた」
「……ッ、クソッ、止まるって言いましたよね!?」
ハッ、ハッ、と息も絶え絶えに藤堂くんを睨む。体力バカ、藤堂くんなんて嫌いだ、と言ったら、分かりやすく表情を曇らせた。
「嫌いって言うな」
「すみません、ちょっと言い過ぎました」
お互い深呼吸をして落ち着き、肩からずり落ちそうなスポーツバッグをかけ直してからトボトボと歩いていく。ちらりと足元を見たら藤堂くんも上履きのままだった。
「藤堂くん、上履きのままですよ」
「うぉ、ほんとだ。つーかお前もじゃん」
「ですね」
あー、おかしっ。と笑って藤堂くんを見上げる。藤堂くんもこちらを見ていたのか目が合った。
あーあ、もう誤魔化せる気がしない。
「……藤堂くん。俺たち、別れましょうか」
「は? なんでいきなりそうなんだよ?」
「さっき、告白されてたでしょう」
そう言ったら、藤堂くんが分かりやすく口をつぐむ。
さっき、そういうことは考えられないと言って告白を断っていたけれど、俺の存在が藤堂くんの恋路を邪魔しているのは明白だった。
そもそも俺たちは仮初の恋人なのに。律儀な人だと思う。それでもって優しい。
「藤堂くんは百点満点の彼氏ですよ。だから自信を持って先ほどの方とお付き合いしてください」
「……じゃあ、そのままでいいだろ」
ボソッと藤堂くんが呟く。上手く聞き取れなくて耳を傾けたら、藤堂くんが声を張り上げた。
「だから! だったらそのままでいいだろ!!」
ぐいっと体を引っ張られる。そのままぽすんと藤堂くんに抱き締められた。
「ちょ、何してるんですか!? 離してください!」
「コラ、暴れんなバカ! 危ねェだろ」
そのまま歩道側にぐるんと体を引っ張られる。藤堂くんのすぐ後ろを車が通り過ぎた。そういう配慮ができるとこまでぜんぶムカツク。
「……そういうことは彼女にしてあげてくださいよ」
「俺はお前にしてェの」
「いまさら点数稼ぎですか? 百点までしかないので、これ以上は点数上げても意味ないですよ?」
もうとっくにゲージは壊れている。こんなことされたら、もっと好きになってしまうだけなのに。
「だったら、ずっと百点取り続けられるように頑張るわ」
「言いますね〜。言っときますけど、俺、厳しいですよ? もう既にマイナス三点ですし」
「ハ? マジ?」
「マジです。汗だくで抱き合うとか無理です」
「……そこは見逃してくんね?」
「嫌でーす」
可愛くねェ、と文句を垂れる藤堂くんのブレザーをギュッと掴む。
これから先は永遠に百点にはしてあげない。藤堂くんはずっと俺のことを追いかけ続けてればいい。だけど大前提として、俺は藤堂くんの彼氏力だとか、そんなのは最初からどうでもいいのだ。だって俺は、藤堂くんのことが好きなのだから。藤堂くんの彼氏力が高かろうが低かろうが、この気持ちは絶対に揺らがない。
そんなことを思っていたら、藤堂くんが「言い忘れてた」と言って腕の力を緩めると、俺の顔を真っ直ぐ見つめた。
「俺、お前のこと好きだわ」
……あぁ、クソッ、悔しいけど百点満点です。