「お取り込み中のところすみません。お兄さん達、ちょっと今お時間よろしいですか?」
「こんばんは〜、急にすみませんね」
もうそろそろ日付も変わろうという深夜。
人気のない公園のベンチに座る男ふたりが自分達の声掛けに後ろを振り返った。
「職務質問、ですか……?」
男のうちひとりはトレーナーにジーンズでくたびれたリュックサックを背負ったどこにでも居そうな青年だった。スクエアタイプの眼鏡が印象的で、髪も染めずピアスも無い。いかにも真面目といった様相だ。
急に警察官に声を掛けられ緊張をしているのか、ベンチに腰かけたまま胸の前に抱き込むようにして置いたリュックサックを握る手が固く拳を握った。
「お〜オマワリさんや。こんな遅くまでご苦労さまです」
かたや、その青年の隣に居る男からはカタギではない雰囲気が漂っている。カーキ色のMA_1にパンツを合わせたカジュアルなスタイルだが、靴はピカピカに磨かれた高級品だ。ただの金持ちというだけでは片付けにくい雰囲気に警察官としての勘が違和感を訴える。男は声掛けに僅かな動揺も見せることなく口元に笑みのかたちを作り、深い闇を携えた目がこちらを向いた。
「そうなんです。お話し中のところすみません。ご協力をお願いします」
ふたりの前にまわり込み、僅かばかりに頭を下げる。
巡回中、あのふたりに職質を掛けたのは警らのペアを組んだ先輩からの合図が始まりだった。人通りもまばらな深夜の公園。ふたりの年齢差や年上の男から漂う夜の雰囲気に違和感を覚えたのは自分も同じだった。
「何か事件、とかですか? すみません僕怪しい人とか見てへんのですけど……」
パトカーでも探しているのか、うろうろと青年の視線が泳ぐ。
親子、友人、親戚、同僚。
そして警察官として頭に浮かぶふたりの関係性は、――闇バイト。
ここ最近、大学生を中心に急速な広がりを見せている危険な犯罪だ。本人も気付かないうちに凶悪な事件へと巻き込まれていく青年を数多く見てきた。
指示役と受け子。
チンピラなどという下位の立場ではなく、あり得るとすればもっと上位の立場の人間だろう。この青年も見た目によらず半グレ崩れの可能性だってある。
浮かんでくる想像のなかに少しでも犯罪の可能性があるのならば、コトが起こる前にその悪の芽を摘み取るのが自分たちの仕事だった。
「事件じゃなくて見守りパトロールの一環だから大丈夫だよ、ありがとうね〜」
そういえば先輩の子供もこの青年と同い歳くらいだったか。
もし彼が何か危険を感じていればすぐ助けを求められるように、緊張を解せるようにとあえて砕けたタメ口と笑顔で話しかけるのは先輩のよくやる手法だった。
もちろん何か不審者を見かけてたら教えて欲しいけどね、とわざとおちゃらけて話す先輩を横目に、自分はもう片方の男へと向き直る。
「ちなみに、今お名前確認できるものとか何かお持ちですか」
まだ経験の浅い自分は舐められないようにと基本的に敬語、丁寧語で話すようにしている。相手によって砕けた口調はそれだけで怒りを増幅させることがある。誰しも急に警察官に呼び止められていい気などしないのだ。
「あー、あるよ。免許証でええよね」
「僕まだ免許取ってないんで、学生証でもええですか? 保険証とかもありますけど」
自然な流れで先輩がMA_1の男、自分が青年の前へと立ち位置を固定する。
男は職務質問に慣れているのか、やれやれと言った様子で立ち上がり、座面に置いた某高級ブランドのビジネスバッグから財布を取り出して免許証を抜き取った。
それを眺めていた青年も慌てて手元のリュックサックを漁り、財布から学生証らしきカードを取り出して自分へと差し出してくれた。偶然なのか、青年の手にある財布は男の鞄と同じブランドだった。
――立正大学、法学部 岡聡実くん
表、裏、表と記載内容を確認していく。住所の記載は大田区蒲田。ここから歩いて十五分程の場所だ。
「岡くん、ありがとうございます。学生証お返ししますね」
「成田……狂児さんね、どうもありがとうございます〜」
先輩にアイコンタクト。こちらは問題なし。
そっちはどうだったのだろうと男――成田に返す直前、先輩の手元にある運転免許証を覗き込む。
偽造ではない。住所は大阪。土地勘がないせいで住所だけで何かの情報を導き出すのは難しい。
岡くんとは苗字が違う。下の名前がかなり印象的だ。
現時点、親戚の可能性はあるが親子の線は消えた。
「おふたりはどういったご関係ですか? 差し支え無ければこの後のご予定とかお伺いしたいんですけど」
「えっと、地元の知り合いです。僕が進学で上京するその前からの。それで、この後はこのままふたりで僕の家に帰る予定です。きょ……、このひと、は朝の新幹線で大阪に帰る予定なんで」
自分の質問には岡くんが答えてくれた。
確認をするように成田を見れば、同意の素振りで首肯する。まぁ嘘ではないのだろう。
「そうなんだ、家は近いみたいだけど、夜道は気をつけてね。……ちなみに大丈夫だとは思うんだけど、危ないものとか持ってないか鞄のなかとか確認させてもらってもいいかな? 一応ね、岡くんもいい?」
この時点で自分たちの対象はほぼ成田一人に絞られている。
口調は柔らかいが拒否させる隙を与えない先輩は手早い動作で懐中電灯を取り出し、成田のビジネスバックを照らす。
「なぁんもオモロイもんなんて出てこうへんと思うけど、どーぞ」
それがお仕事やもんね、と成田は薄笑いを浮かべて所持品検査にあっさりと同意してみせた。自ら鞄の口を開いて底を支えてやる程の余裕まであるらしい。
それじゃあ失礼、と検査を始めた先輩にならい、自分も岡くんが差し出してくれたリュックサックに手をかけた。
(続)