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    ぬかどこ

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    ぬかどこ

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    【モブ視点】チiバiカiナクリスマスを遠くで見るモブになりたい。
    続き書けたら書く。

    クリスマス2022予定がなくなった。
    年の瀬が一週間後に差し迫った、いわゆる恋人たちの聖夜なんて呼ばれる夜の予定がだ。
    今年は女同士、美味しいお酒と可愛いケーキで楽しもう。イルミネーションも見に行こう、なんて安易に約束したのが悪かった。だって恋人がいないことが前提だったし、恋人が出来ないとは限らなかったわけだし。こっちは愚直にその日を楽しみにしていたんですけどね、恋人が出来なかったのはこの約束のせいだけじゃないけど。
    ただでさえ狭い都会の空の間を、埋めるように光の粒が溢れる。マフラーを引き寄せる指先すら、容赦なく締め付けるように冷気が降り注ぐ。
    惨めとは思わない。満開のイルミネーションが独り身の居場所はないとばかりに、無垢に光り輝いていようが。誰も気がつくこともない三日月が冴え渡った白銀を誇っていようが。
    ただ、美食を期待していた腹が宛てをなくして不満を訴えていた。インスタを漁っては、溢れかえるクリスマスの文言ときらびやかな彩りに、あれこれと味を想像して胸を膨らませた数週間。こんなご時世だというのに、予約を怠ったばかりに不意のキャンセルにならなくて良かったのだけど、腹を膨らませる算段は完全に崩れ去った。
    寒空に空腹。頭の中をぐるぐると廻る、期待破れのケーキの数々。惨めなんかじゃない、ただ残念なことが重なっただけ。目の奥をつんと刺す痛みに必死に言い聞かせる。
    こうなったら誰か巻き添えにして、お腹を満たすことだけはやり遂げよう。寒いのと一人なのと空腹なのが一番だめだって、長野のおばあちゃんも言ってた。実家、九州だけど。
    SNSアプリを開こうとスマホの画面に指を滑らせたとき。ふと見上げた視線の先、横断歩道の向こう側。
    駅へと向かう人の波から取り残されたように、街路灯に背を預けて佇む人影。遠目からでも暖かそうで、それでいてスタイルを崩さない上質なコートと明るい臙脂のマフラー。はっきりとした目鼻立ちと、一本筋が通ったような姿勢の良さと相まって、まるでモデルのような雰囲気を漂わせていた。寒さのせいなのか、不機嫌そうに結ばれた眉間のしわが、近寄り難さとアンバランスな幼さを醸し出しているのが不思議だった。
    こんな表情をする人だったかしら。
    記憶の中で、といってもごく最近の記憶だ。パタンナーとの打ち合わせに現れた彼は、社会人らしく礼儀正しく、話しかけやすい気さくな笑顔を浮かべる人だった。話し方も穏やかで、時折小さな冗談で場を和ませ、折衷案を織り混ぜながら心地よく話しを円滑に進めていく。定規杓子な方が多い県庁の人間とは思えないなぁなんて呑気に考えていた、まさにその人。
    去り際の常套句だろうけど、今度飲みに行きましょうなんて綺麗な笑顔で言われたときは、誠実そうな人柄に隠された遊び人気質を感じたものの、悪くないと思わせるほど好印象だった彼。
    こんなところで会うとは思わなかった。
    私の職場は横浜で、彼もそちらの方の人。まさか、イルミネーションの光と見物客溢れる東京のど真ん中で会うとは思わなかった。というか勝手に、彼ならクリスマスは赤レンガの辺りの定番コースで済ませるんだろうなと決めつけていたから、この偶然は驚きとともに運命的なものを感じた。
    待ち合わせか何かは知らないけど、色とりどりの光に溢れた世界から爪弾きにされ、冷たい冬の空気に胸を寒くしている中、少しでも外に出て良かったと思える記憶にしたい、あわよくば食事に行きたい。一人で食べるごはんもいいけど、イケメンの顔見ながら食べるごはんだっていいじゃない。イケメンが目の前にいたら白米だってご馳走だ。私の下心なんて所詮そんなもの。
    横断歩道の信号が変わり、一気に人波が動き出す。駅へと向かう人、駅から出てくる人。誰もが、冬の夜空に敷き詰められたイルミネーションの灯りを見上げ、笑みを浮かべている。人工のものでも、とっぷりと昏く冷たい冬の夜を彩る灯りは心の内にも小さな温もりを灯すのだろう。
    人波に紛れて一歩を踏み出す。さっきまでと違って、足取りは軽い。そりゃそうだ。途方に暮れていたのと、目的があって進むのとでは足取りだって全然違う。浮き足立つとは違うけど、確実に数ミリは多めにつま先が地面を蹴り上げていただろう。千々のネオンに彩られた世界がほんの少しだけ、私にも優しく微笑んでくれているように思えた。そんな時だった。
    ふと、追い抜いていく雑踏に春の匂いが混じった気がした。たくさんの草花を経てきた柔らかい空気と、誇り高く澄んだ花の香り。どこか懐かしい潮の匂いと混じって、まるでそこだけ白波踊る春の浜のような明るい空気を感じた。
    こんな東京のど真ん中で、凍てつく冬の空気にイルミネーションの明かりがきらめく夜に。
    何かの間違いかもしれない。顔を上げた視界に飛び込んできたのは、私を通り過ぎて行った季節の綻びのような人の後ろ姿。背丈は見上げるほど。アウトドアブランドの黒いダウンジャケットに、明るい栗色の髪と少しだけ伸びた襟足がその辺の大学生のような印象を与える。それでも、すっと伸びた背や身のこなしは年齢や立場の異なる人たちを日常的に相手にしているように一本筋の通ったものだった。急いでいるはずなのに、その手にある某有名ケーキ店の紙袋はほとんど揺れていない。
    吐く息の白さに横顔の輪郭を暈しているのに、遠目にもはっきりと嬉しそうに笑っているのが分かった。視線の先には夜を照らすイルミネーション。冬の冷たい空気に舞い散る光の粒を気にも留めず、早足で駆けていくその先。
    あ、なんてマヌケな声が出たけど、どこか心の奥ですとんと納得するものも感じた。
    多分、同じだけ世界から切り離されて、どこまでも世界と一続きの人たち同士。
    手を挙げて、朗らかに笑いかける春の日差しのような人に、県庁の彼の眉間に刻まれた深い皺も緩む。雑踏に揉まれて2人の間の会話を聞くことはできなかったけど、きっと遅いだの寒かっただの言っているんだろうな。ポケットに入れていた両手を差し出し、手袋をはめたまま少しだけ上背のあるダウンジャケットの彼の頰に触れた。あったかいな、そんな言葉を口にしながら手袋の感触を楽しむように頬をすり寄せていた。子犬のような仕草を見上げる横顔の穏やかなこと、緩く笑みを作った口元の優しいこと。
    ぱりっとしたスーツと身のこなしで一分の隙も見せない、完璧なビジネスマンに見えた彼のイルミネーション越しの笑顔は存外幼く見えた。悪い意味でのギャップではない、むしろ胸の奥を擽られるような浮ついた心地よさすらあった。だって、職場ではちょっとした騒ぎになった彼の、意外な一面を知っているのは今この場にいる私だけ。
    年相応の軽さと、年不相応の落ち着きと佇まいを見せていた彼が、寒さで鼻の先を赤く染めているにも関わらず、待ち合わせの彼の頬を温めて無邪気に悪態をつきながら笑っている。
    まるで恋人同士のような、切ないほど甘くて幸せなひと時。
    納得の正体は、こんな冷たい風が吹き荒れる夜にも胸の中に明るく満ちる安堵の温かさに似ていた。
    光溢れる街角に重大な世界の秘密が転がっていて、私だけが知ってしまった。約束を反故にされ、この世の惨めを凝り固めたような寒さに晒されていた私が。行幸のような、ドラマのワンシーンのような綺麗な景色を前にして、不作法にもドキドキしてしまうのは仕方がない。スマホを握る手が震える。
    手にしたスマホで、この重大なニュースを拡散する気はない。写真を撮ることすら思いつかない。瞬き一つで簡単に見失ってしまうほどの人混みの中、ただこの光景を目に焼き付けることだけに必死だった。
    もしかしたらこんな幸せな一瞬すら夢だったと言わんばかりに、浮かれきった雑踏は迫力を増して私たちを隔てていた。どこにこんな人が隠れていたのか、そんな文句の一つもつきたくなるほどだ。
    だから、自分に注がれている視線があることに気づくのが遅れた。
    柔らかいのにどこか鋭い。悪意はないのに、探るような気配を感じる。
    見上げた視界に飛び込んできたのは、県庁の彼の隣、ダウンジャケットの男の笑顔は貼り付けたように無機質で、真冬の空気がぬるく思えるほどの冷たい視線だった。
    嘘でしょ?不意に疑いたくなった。あんなに柔らかく、あんなに優しく笑っていた人がこんな表情をする?別人?目を疑い、ついでに視線の先を疑うように周囲を見渡してみたけれども、相変わらず彼は春の花と潮騒を閉じ込めたような優しい香りを漂わせて私を見つめていた。はい、私ですね。確信を持って、正面から見据えた。それでも心の片隅に浮かんだ邪念は後ろめたさを伴って、少しばかり直視を避けさせていただいた。
    言外に、邪魔はしません、話しかけもしません。軽く手を挙げて完全降参ポーズをとった私に、ダウンジャケットの彼の視線がふっと緩んだ。
    そして、口元に笑みを作る。眉根を下げ、幼い子供に言い聞かせるように柔らかく、優しく笑みを作った口元に長い人差し指を添える。
    誰にも言わないで、まだ完全に警戒を解いたわけではない視線が、確認するようにそう語っていた。
    穏やかな雰囲気と有無を言わせない圧に飲み込まれるまま、こくりと頷く。邪魔はしません、話しかけません、誰にも言いません。無言の宣誓を視線に乗せて見返せば、今度こそ屈託なく笑う笑顔で返された。
    冗談だよ。びびらせてごめんね。今にもからからと笑い出しそうなほど気安く、人の良い顔で笑う。若い子だったら、きっとぽろっと絆されてしまうだろう。それなりの人生経験を積んできた自分だって、春の海のように朗らかに笑い、冬の枯れ木のように寒々とした拒絶を漂わせる男のギャップに目が離さないでいるのに。
    「千葉?」
    ただ、それも県庁の彼が隣にいる人物の名らしきものを口にするまでの一瞬のこと。私に背を向けたまま、隣に並ぶ男の視線に応える。私のことなんて忘れた…というかそもそも存在すら無かった言わんばかりにさっさと、吐息が触れるほどの距離で県庁の彼に視線を落として幸せそうに笑う。なんでもないよ、そんな言葉を柔らかい笑みを形作る唇が紡いでいるのだろう。甘ったるいほどの視線を受けてなお、県庁の彼が少しだけ不機嫌そうな顔で何か言っていた。自分以外へ視線を奪われていたことを咎めているのだろうか。鷹揚と笑い、重厚なコートの腰に腕を回す彼に、気に留める素振りはない。
    浮わついた宝石の夜に、秘密めいた甘い関係は残酷なまでに鮮やかに色づく。きらきらと舞う光の粒が高らかに祝福を歌う。心焦がれるほどに美しい景色に、彼らはひっそりと雑踏に紛れていく。重なり合うほど近く、互いの吐息で白く暈すように笑い合いながら、街の喧騒に溶けて消えていく。見送る広い背中はあっという間に、クリスマスイブによくある景色の一つになっていた。もう他の人たちと判別がつかない。
    きらめく聖夜に当たり前の幸せそうな恋人たちの中で、もう見つけることは出来なかった。
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