Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    ぬかどこ

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 10

    ぬかどこ

    ☆quiet follow

    基本チバカナで、カナちゃんがヘソ曲げてY浜とK崎を閉めて家出しちゃった話。
    ょぅじょに敬語使って頭下げる成人男性を書きたかっただけ。

    続きは特に考えてないですけど、多分カナちゃんはH温泉に行ってて、梨さんに早く帰ってくれないかな…って思われてると思います。

    立春も過ぎ、徐々に伸びゆく昼間の実感を伴いながらも依然、容赦ない北風が背を丸めさせる頃。
    珍しく電話が鳴った。
    今では博物館に収蔵されるほどレトロな電話機だ。ジリリリと耳障りな音は、お茶とみかんを備えた昼下がりの長閑さを容赦なく蹴散らしていく。そろそろスマホにしろと言われるが、遠くの人に声を掛けて声を聴く。その機能だけで十分なのだから、回線が続く限りはこのスタイルでいきたい。それとは別に、つけっぱなしだったゲーミングPCではチャットが画面を活発に駆けていく。
    「はいはい、静岡だで」
    ふんわりと柔らかいギンガムチェックのカバーで覆われた受話器をとり、話し始める。相手の声を聞くよりも早く、その周囲から慌ただしいほどの喧騒が立ち上がっており、只事ではないことを予感させた。
    「あー、えっと……千葉、です」
    ゆうに30秒ほど間を置き、受話器の向こうから年若い男の声が響いた。
    「はいはい、千葉さん?お久しぶりだねぇ、お元気?」
    静岡と同じように太平洋性気候に恵まれ、東京に近いという立地に甘んじることなく工業農業のバランスが整った、関東の気の良い男の子。いつも明るく誰にでも優しく大らかな性格で、神奈川や東京といった関東の気難しい風土の中ではいっそ能天気なまでの異質さが際立つが、静岡にとってその適当さが好ましかった。
    「元気には元気なんだけど……あ、いや、ちょっとダメかな……うん」
    珍しく歯切れの悪い返答に、静岡が小首を傾げる。こんな話し方をする人だっけ?南国気質ではあるけど、関東武士らしく物言いはきっぱりはっきりとした人だったはずだが。
    「……神奈川、そっちに行ってない?」
    絞り出すような千葉の声はいっそ苦悶に喘いでいるようだった。
    「カナ…川さん?」
    ついいつもの癖で名前を反芻しそうになる口を抑える。隠す必要はないかもしれないが、その名前で呼ばれていることを知られると途端に癇癪を起こす隣人の名誉のためにも、隠すフリだけはしようと決めていた。
    「今のところ、こっちには来てないねえ」
    来るような用事もないだろうし、何かと多忙な隣人が何かあるたびに箱根を越えて幼馴染の家に来る方がおかしいだろう。
    電話の向こうでは、何かが慌ただしく駆け抜けていく音とバサバサと乱雑に紙が乱舞する音、そして鳴り止まない電話の音が絶え間なく響いていた。
    千葉はいったい、どこから電話をしているのだろうか。時間から考えればオフィスからだろうが、こんな騒がしい状況にある職場に思い当たるものはない。
    なおも深く首を傾げる静岡の耳に、振り絞るような千葉のため息が伝わった。
    「もし神奈川が来たら、その……全面的に俺が悪かったので、早く戻ってきてくれるように言ってくれるかな?」
    「カナちゃんが何かしただか?」
    「何かしたっていうか……はい、何かしたのはしたんだけど、ちょっとシャレにならないことになってまして、はい」
    居心地の悪そうな敬語に、只事ではない気配をひしひしと感じる。きちんと話さなければいけないけれども、どこまで話していいのか。電話の向こうの千葉も、幼い少女姿の静岡に遠慮をして考えあぐねている様子だった。それよりも時折、人間の叫び声らしき金切り声が上がるが、悠長に話していていいのだろうか。
    「神奈川を怒らせて……その、港湾をね…?閉めて出て行ってしまいまして」
    「はい?」
    「早急に施設を開放してくれないと流石の俺も死んじゃうというか、今すぐゲートブリッジで首吊って詫びるって暴れてる東京を物理的に抑えつけてるのがもう限界というか」
    「え、えっ?あ、まさか横浜を?」
    「うん、ついでに?川崎も」
    さすがの静岡も次の言葉を失った。
    一体何をして怒らせたのかは知らないが、全国で5つしかない国際戦略港湾を2つも閉鎖して行方不明なんて、冗談だとしてもタチが悪すぎる。何なの?全国の港湾都市を巻き込んだ心中なの?
    呆然とする意識のまま、つけっぱなしだったパソコン画面をふと見やる。ほとんど目視が叶わないほど音速でチャットが流れていく中で目立つ、よく見知った港町を心配する声。すでにこの異常事態は、衆目に触れられるものになっていたらしい。
    国際戦略港湾ではないにしろ、古くから開けた国際拠点で2つの工業地帯への交通の便にも恵まれている。万が一、関東圏の港湾が使えない場合、おそらく真っ先に候補に上がるであろう港の名前だ。さぁっと血の気が引いていくのが自分でも分かった。
    「……そっちも多分、大変なことになると思うので先にその詫びを……」
    「カナちゃんのばかっつらぁー!!!」
    あれほど人様に迷惑をかけてはいけないと言い含めてきたのに、今まさに驚天動地な事態を巻き起こしている神奈川に対する怒りは、一気に臨界点にまで達してしまった。
    電話の向こうで、大御所様ごめんなさいと叫ぶ東京の絶叫が響く。
    「千葉さん、この度は本当に!カナちゃんがどえらいことをして申し訳ありません!見つけ次第すぐにそちらへ叩き返しますので、東京さんには何卒思い留まるようにお伝えください」
    目の奥が痛むのをぐっと堪えて、受話器を握りしめながら何度も頭を下げる。見かけよりも粗暴でプライドが高く、ダメな意味で寂しがり屋の男の子のために、昔から何度頭を下げてきたか分からない。怒られて、半べそをかきながらもうしないと誓って反省しても、次の瞬間にはでっかいカブトムシを捕まえたとか言って見せびらかしてくるような子供に、権力と経済力を与えてはいけないという学びを今更得た気分だ。電話先の青年も、東京ほどではないにしろ、静岡のあまりの気迫に驚きを隠せないでいた。
    「はい、はい……清水はこっちでなんとかするで、東京さん、千葉さんも無理しんでね……はい、また」
    気分的に鉛のように重くなった受話器を置き、深く項垂れた。ここまで気力が持ったことが、奇跡だったかもしれない。
    一人前の大人の顔と経済力を誇って、関東で立派に渡り歩いていると思っていた幼馴染が、まさか未だ天上天下唯我独尊の少年ハートを所持したまま、他所様に段違いの規模の迷惑をかけていたなんて。
    知りたくなかった。心底、知りたくなかった。
    どんよりと沈み込む気持ちに置き場所は見つからず、かといってこのまま不貞寝することも叶わないほど清水港を心配するチャットは光速で流れていく。動かなければ、自分が動かなければ清水も機能不全に陥ってしまう。東京、千葉がどんなに頑張っても、平素からの取扱量が殺人的で、国際戦略拠点2つ分の代わりに割けるリソースがあるはずがないのだ。というか、東京湾にはそもそも一ミクロンの水深も取扱量の余裕がない。船舶各位は横浜川崎の閉鎖を受けて、まずは東京湾から速やかに出てもらい、代わりの周辺港を使ってもらうしかない。
    「……うちがやらにゃあ」
    いつも頑張っていただいている関東の皆様のためにも、むしろ身内が迷惑をかけてしまった尻拭いをこの自分が。
    重々承知の上だけど納得がいかない。鉛を飲んだように重い胸からは何層にも積み重なった不満のため息しか出てこなかった。
    今度同じことしたら、箱根の水を止めてやる。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works