スイート・デート・エスコート 3昼食は、水族館に併設されたファーストフードで食べた。
大口を開けて食べるデンジが口の周りをマヨネーズでベトベトにしていると、アキが黙って拭いてくれた。いつもは「綺麗に食べろ」と小言を言うだけなのに、今日は大サービスだ。
ついには、「あんまりベトベトにしたら、俺が舐めとるからな」と言ってきたので、デンジは慌ててソースを自分で拭いた。今日のアキは、なんだか本当に舐めとりかねないオーラを放っていたので。
その後二人はまた電車で街に戻り、今度はボーリングをした。
二人とも負けず嫌いなので、途中からは真剣な争いになってしまった。デンジはシャツだけになっていたし、アキも完全に腕まくりをしていた。デビルハンターをこなす二人の身体能力は異常に高いので、スペアよりストライクの出る回数が多いほどの、白熱した戦いであった。
結局アキに負けたデンジは、ジュースをおごるハメになった。まあ、ここまで費用のほとんどをアキが払ってくれているので、デンジは自分もお金を出せたことにホッとしたくらいなのだが。
いつだって奢られたらラッキー、お金は人に出してもらってナンボだと思っていたのに、この心境は一体どう言うことなのだろう。
街をブラブラしているうちに、夕食の時間になった。
今日のアキは、いつもと明らかに違う。だからデンジは、もし夕食にお高い店を予約されていたらどうしようと、少しだけ焦った。だって、デンジは高い店のマナーなどわからない。
けれど、アキがデンジを連れて入ったのは、チェーン店のファミレスだった。
ほっとすると同時に、さすがのデンジだって気がついた。アキはデンジが気を遣わないように、デンジのレベルに合わせてくれているのだと。
――今までの女とは、どんなとこにいったのかな。アキによく似合う、夜景の見えるレストランとかに…行ったのかな。
目玉焼きの乗ったハンバーグを食べながら、デンジはもやもやして、溜息をついてしまった。するとアキは、デンジを気遣うように覗き込んできた。
「どうしたデンジ?食欲ないか?」
「いや、え〜っとぉ……あの。アキ、デート慣れてんなって。今までの女とはどんなとこに行ったのかなァ〜〜って、ちょっと。気になったって言うかぁ?」
デンジはしどろもどろになりながらも、もやもやしていたことを、ほぼアキに伝えてしまった。言ってしまってから後悔する。落ち着かずに、足を擦り合わせた。
しかし、アキはしばらく手を顎に当てて考え込んだ後、意外なことを言い出した。
「いや…考えてみれば。ちゃんとしたデートって、これが初めてだ」
デンジは驚愕のあまり、ファミレスのボックス席でのけぞった。
「ハアァ!?うっそだろアキ!お前っ……その顔で!嘘いうなよ!!」
「本当だ。俺は、復讐のことしか考えてなかったからな」
「マ、マジかよ…………」
デンジは呆然とした。
――俺が…アキの、初めて?
なんだか、胸がぽやぽやする。
自分ばかりが初めてだと思っていたから、大人であるアキの初めてになれたことが、とても嬉しいと思った。
デンジは何だか恥ずかしくなってきて、照れ隠しで余計なことを言ってしまった。
「あれ?もしかしてアキって童t…」
「違う!!!気楽な関係なら、いくらでもあった」
「……あっ、そォー……!爛れてんな〜!!」
デンジは自ら余計な話を振っておいて、むすっとしてしまった。どうしてこんな変な気持ちになるのか、まだ自分でもまだよく分からない。
ただ、アキのあの唇の熱さを知っている人間が他にもいるんだと思うと、良い気分がしなかったのだ。
「そう拗ねんなよ」
するとアキは存外真剣な顔で、デンジの左頬に手を添えてきた。
「ちゃんと好きになって付き合うのも、初めてだし。俺の初めてはほとんどお前だよ」
「う、うぇ………………」
アキの言葉があまりにもまっすぐなので、またしてもデンジのキャパはオーバーした。あっという間の出来事である。
しかしそこでデンジは、気になっていたことを聞いてみることにした。この際だ。
「つーかさぁ、それなら、なんで今日まで……付き合ってる感っつーの?出さなかったんだよ。アキ、いつも通りだったじゃんか!」
「ああ。だって、急に態度変えたら、お前がビビって逃げると思って」
「ああ"!?逃げねーっつの!」
言いながらも、デンジはちょっと自信がなかった。初日から今日の態度で来られたら、かなりビビりはしただろう。間違いない。
「ふ。お前、ずっと俺を意識してそわそわしてんの……可愛かったな」
「見てたのかよ、アキ!趣味わり〜ぞ!!」
「ごめん。でも、それ見てたら俺も我慢すんの馬鹿らしくなって。これからは全力で行くことにした」
「ぜ、ぜんりょく……」
「だから……覚悟しろよ?デンジ」
首を傾げて、デンジをすっと射抜く青の瞳。その姿は蠱惑的であり、あまりにも格好良かった。
デンジの心臓は、それだけで大騒ぎとなってしまったのである。
――お、俺……もう無理かも。
デンジは完全にアキの掌の上で踊っていることを感じ、困り切っていた。
そもそもデンジは、自分を好きな人が好きだ。
アキには恋愛感情なんてなかったはずなのに、チョロいデンジはもはや完全に、その術中にはまっていた。
自覚はあるのに、もはやどうにも後戻りできそうにない。
恋人になった早川アキは――格好良くて、綺麗で、優しくて。デンジを大切にしてくれる。
――こんなの、好きにならない方が無理じゃんか!
デンジは軽くオーケーした自分を呪い、ちょっと泣きたい心地になってしまった。
夕食を食べ終えた後、夜は海の近くにある観覧車に乗った。
「最後にはちょうど良いだろ」と、アキが手を繋いで連れてきたのである。もちろんデンジは観覧車も初めてであるので、ポカンと口を開けてその巨大さに圧倒されていた。
観覧車から見る夜景は、圧巻だった。
「すげー高けぇー!!」
「やっぱ、綺麗なもんだな」
「なあなあ、俺たちの家ってどのへん〜?」
「ええと……あの辺だろ。あそこに駅があるはずだから……」
「えっ、どこどこ!?」
アキはデンジの目線に合わせて教えようとし、近づいた。その拍子に、腕でデンジを閉じ込める形になってしまう。デンジの身体は急速に強張り、ぎゅっと目を瞑った。
「……デンジ」
「ん……」
「抱き締めてもいいか」
「き、聞くなよ……!」
言うが早いが、デンジはアキにすっぽりと抱きすくめられた。大きなアキの身体。温かくて、タバコの匂いと……他にもシトラスのような、甘い良い匂いがした。
デンジはまた、心臓から手指の先まで、ビリビリとした震えが走るのを感じた。今日初めて感じたこの感覚は、一体何なのだろう。まるでわからないが、叫び出したいような、安心して泣きたくなるような、衝動的な気持ちになるのだ。
「デンジ。好きだ」
「…………!」
さらに熱を持ったデンジの頬にそっと触って、アキは微笑みながらデンジに近づき――鼻と鼻が触れ合う距離で、囁いた。
「いつか、俺のことも好きになってくれ」
ちゅ、と唇が重ねられた。
角度を変えて、もう一度。
食むように、もう一度。
――また、キスしてる。
デンジはバクバクとうるさい心臓を手で押さえながら、その甘さと優しさに酔いしれた。
「…………な、なんか。テレビのデートみてぇ……」
「はは、そうだな」
アキは、心底幸せそうに笑っている。薄暗い空間でそんなアキを独り占めする時間は、とても贅沢だと思った。デンジはすっかりされるがままになって、その心地良さに浸かってしまった。
観覧車が地上に着くまでの間、二人は何度でも、キスを繰り返していた。