愛詰競射「いやぁ〜かっちゃん本気出してくるから、オレも久々に熱くなっちゃったよ」
七緒は弓道着の下の汗でびっしょりと貼り着いたインナーの、胸元をパタパタと扇ぎながらロッカーを開けた。
「そりゃ、そうだろお前にはぜってぇ負けたくな…っ!」
軽口を叩く七緒の横で、一足先に着替えの支度をしていた海斗は、ちらりと視線を動かすと、七緒の汗ばんで火照った胸元が飛び込んでくる。今までだって毎日、更衣室で着替えを共にしてきた訳で、なんら変わらない筈なのに何故か今日は胸の奥で心臓が跳ねて煩い。紛れも無く意識している、七緒を。
言葉が途中で詰まって出てこないもんで、七緒が不思議そうに顔を覗き込んでくる。まったく人の気も知らずに。
「ん?かっちゃん?」
まるで同じ生き物とは思えないくらいに、大きくて丸い瞳と目が合えば、海斗は熱くなった頬を気付かれるわけにはいかないと、慌てて自らのインナーTシャツを捲りあげ、そのまま顔の汗を拭う。その時、Tシャツの下で隠れていた程よく鍛えられた腹筋がちらりと露になった。チリチリと蛍光灯に照らされて光る汗が滴っていて、それを目にした七緒は思わず息を呑んだ。
心臓が痛いくらいにドキドキして、くらつきそうだ。
隠してきた気持ちがすぐそこまで出てきてしまいそうで。
言ってしまいたい、何年も、何年も喉の奥に飲み込んで、伝えられなかった二文字の言葉を…
ずっと誰よりも何よりも近くて、だけど近いからこそ遠い。
「「 好き 」」
気付いたら溢れ出してしまった。それも、二人同時に。
思わず互いに顔を見合わせて状況が上手く呑み込めない。まさか夏の暑さに頭が殺られてしまったんじゃないかなんて考えてしまう。暑い、アツイ、熱い。
「…いつから?」
暫くの間、時が止まったように黙りこくっていた二人だったが、耐え切れずに先に口を開いたのは七緒だった。
「……そんなの覚えてねぇ」
「覚えてないって…そんな前から?」
「ああ、そうだよ!悪いかよ!…ずっと、ずっと…お前のことが好きだった」
海斗は恥じらいからか勢い任せに捲し立てる。いちいち聞くなと言わんばかりに。
「オレの方がずっと前からかっちゃんのことが好きだ!かっちゃん知らないだろ!」
七緒も負けじと言魂を返して、食らいつく。
好きだ、好きだ、好きだ。互いに気持ちが溢れて止まらない。
「はぁ?俺の方が先に七緒のこと好きだった!」
「いや、オレの方が昔から好きだったもん!」
「……ぷっ」
二人は互いのあまりの熱さに、思わず同時に吹き出した。可笑しくてたまらない。可笑しくて、可笑しくて涙が出る。
「…なんだよ、しょーもねぇな」
「ずっと前から両想いかよオレら」
目尻に溜まった涙を人差し指で拭うと、少し俯き気味に、照れくさそうに言葉を繋げた。頬がじんわりと熱を帯びて、熟した果実のようだ。
「なぁ、かっちゃん……キス…してもいい?」
七緒が言葉を言い終えてすぐ、答えを聞く暇も無く唇が降ってきた。薄い粘膜と粘膜がそっと重なるキス。少し遠慮がちで、だけどすごく優しいキス。
「…!」
「…ずっと七緒に触れたかった」
「…オレも…オレも!」
本当の本当に両想いだ、そう思うとお互いどうしようもなく嬉しくて、自然と笑みが溢れる。七緒は海斗の唇にお返しとばかりに口付けをした。柔らかい感触が伝わってきて、愛おしさが込み上げてくる。海斗は七緒の背中にそっと手を回して、優しく抱き締めた。温めてきた愛を包み込むように、離さないように。
今日はふたりだけの記念日だ。
これから先だって、どれだけぶつかり合っても、どれだけつまずこうとも、手を取り合って何度でも立ち上がるんだ。
何があっても二人の絆が解けることは無い。
いつだって隣には君が居て、お前がいる。
好きの勝敗だって一生をかけてつけていけばいい。つかないかもな。だってこんなにも──。
胸がいっぱいで、涙が出るくらい
かっちゃんが好き。七緒だけが好き。
「「 なんだっていいけど、愛してる 」」
愛詰競射 [終]