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    #イルアズワンドロ 参加作 / お題『緊張』

    きらきらの逆襲アリスは焦っていた。めったにかかない手汗が滲み、指先が湿る。頬が熱い。時計の針が進む音に追い立てられて、段々と視界が狭くなっていくような感じがする。わなわなと手が震え、散らばった布の山を見下ろして、ついに床に膝をつき天井を見上げた。ちらりと見やった時計の針は、短い方が二つも進んでいる。どうしてこんなことに。握りしめた華やかで小さな布地に爪を立て、力いっぱい放り投げた。
    アリス少年は、デート服を決めかねていたのである。

    正確に言えば、服ではなく下着であった。恋しい相手の自宅に赴くのに、そういうことを意識する年頃なのだ。なんと言っても初のお家デート。思いが通じあって以来、初めてのお泊まりである。ほんの少しでいいから良く思われたい。自分がそうであるように、イルマ様にもどきどきして欲しい。ただ、どうしたら良いかわからない。そう考えたアリスは昨晩、意を決して母の部屋を尋ねた。奔放な母のことだ、こういったことには強かろう。考えに考え、ついに煮詰まった結果のことだった。そして、普段は素っ気ない息子が顔を赤くして頼ってきたことにいたく喜んだ色頭は、大きな瞳を輝かせて言った。ちょっと待っててちょうだい。一部屋ほどはありそうなウォークインクローゼットに姿を消した母は、しばらく出てこなかった。五分ほど待って、だんだん頭が冴えてきた。失敗したか。からかわれるのではないか。冷静さを取り戻したアリスは、背に汗を伝わせ、やはり結構です、と声を掛けようとした。そこでちょうど、アムリリスがハイブランドの紙袋を片手に現れた。お待たせ、アリスちゃん、これあげるわん。明日は頑張って頂戴ね。片目をぱちりと閉じて微笑む母は、いつになく楽しげだ。それでも特別からかわれなかったことに安堵しながら紙袋のなかを覗き込み、そのまま取り落とした。

    「こ......っ!これは、女性ものの下着では......」

    ついに母が息子の性別すら分からなくなったかと疑った。でなければやはり、からかわれているのだ。顔を真っ赤にするアリスを見て、アムリリスは笑う。大丈夫、全部買い置きの新品だから気にしないで。

    「そういう問題ではありません!第一、私のような男が......それに、こんなもの入るわけが」

    アムリリスは、照れやら怒りやらを滲ませて震えるアリスの顎をすくった。自分によく似た美しい息子の目を見下ろして、安心させるように語りかける。どんなお洋服を誰が身につけたっていいのよ。大丈夫、アリスちゃんは私に似て綺麗だもの。自信を持って。そこで一呼吸置いた魔界一の夢魔は、それにね、と続けた。

    「アリスちゃん、アムちゃんとおしりのサイズ変わらないじゃない!」

    そんなわけあるか!



    アリスはその後、アムリリスに言いくるめられて自室に戻り、アクマーニの紙袋と小一時間睨み合った。きょろきょろあたりを見渡して、震える指先で布の一枚を掴む。身に付けてみようとして、初デートだというのにそういう期待をしてしまっている自分に気付き、誰にともなく恥ずかしくなった。そうして全てを翌朝の己に託すことにして、逃げるようにベッドに潜り込んだ。その結果がこれである。

    早くしないと待ち合わせに間に合わない。アリスは今日、家を出る六時間前から起きて準備している。しかし、この紙袋を避けに避け、開いてからも悩み抜いた結果、家を出るまでに残された時間は三十分となってしまった。自分を中心に、きらきらと輝く布が散らばっている。なんだかまた一人空回っているような気がして、涙が滲んできた。こんなにも好きなのに。好きだからこそ、何かを間違えるのではないかと酷く不安になる。特定の誰かに特別良く思われたいと感じるどころか、嫌われたくないだなんて。どちらも初めての感情で、どう処理したらいいかわからない。視界がぼんやりしてきたところで、泣いている場合ではないと両頬を張った。痛みに目を瞬かせながら、点在する布をよく見る。そこで、このなかでは比較的清楚なデザインの青い布を見つけた。背面が全て繊細なレースでできていて、布面積は小さい。しかし、つややかな青いサテンと、きらきら輝く真っ青な宝石に目を奪われた。左右を飾る控えめなリボンも好ましい。そっと手を伸ばし、それをつまみ上げる。ごくりと粘る唾液を飲み下して、小さく咳払いした。心臓が耳についてしまったみたいにうるさい。内蔵が口から飛び出そうだ。ぎゅうっとそれを握りしめて、ままよ、と立ち上がった。勢いで身につけていたボクサーを取り払い、小さく華美な布に足を通す。愛しい人を思い浮かべる色を選んでしまったことで、小さく罪悪感のようなものが生まれた。頭を振ってそれを振り払い、汗の滲む指先でするすると上げる。小さな布は窮屈ながら、それでもどうにか全てを収めきった。変ではないだろうか。不安に思いながら全身鏡の前に立つ。そこで、ベッドに放り投げていたス魔ホが鳴った。着信音にびくりと背が跳ね、恐る恐る手に取る。アムリリスからの着信である。同じ自宅にいるというのに、何か急用だろうか。液晶に触れる。

    「はぁい、アムちゃんよ。ふふ、昨日あげたものの具合はどうかしらん?案外悪くなかったでしょう?」

    見られていたのかと思うほどのタイミングの良さに、思わず咳き込んだ。この母のこういうところが恐ろしい。息子に女性物の下着を押し付けるばかりか、その感想を求めるとは。どういう神経してるんだ。何と返すべきかと頭を悩ませていると、そうそう、と楽しげな声が聞こえた。

    「アリスちゃんのために、つい張り切っちゃってね。プレゼントを用意したわん。と言っても偶然なんだけれど......、とにかく、その連絡だったのよ。もうすぐ着くはずだから」

    じゃあねん、応援してるわ。そうして電話は一方的に切られた。張り切った?もうすぐ着く?どういうことだろう。あの母のことだ、きっとろくでもないことに決まっている。眉を寄せて液晶を眺めていると、不意に部屋の扉がノックされた。

    「あ......アズくん?僕......です、入間です」

    ごとり。手に持っていたス魔ホを落とした。脳が状況を理解するのに数秒。そうして、ざっと血の気が引いた。ひゅっと息を飲む。どうしてここに。突然のことに全身の筋肉が硬直する。先程までとは比にならない速さで心臓が早鐘を打つ。それでも黙ったままというわけにはいかない。どうにか絞り出すようにして答える。

    「い......イルマ、様?」
    「あ、良かった、合ってた!急にごめんね。一応魔インもしたんだけど......アズくんに早く会いたくて、早起きしちゃって。お迎えに来ちゃったんだ。そしたらアムリリスさんが通してくれて」

    プレゼントとはこういうことか。ふつふつと怒りが込み上げてきて、こめかみに青筋が走る。そんなアリスの様子を知る由もなく、それでね、と入間は続ける。

    「ノックしたあと五つ数えたらアズくんのお部屋に入るようにってお願いされてて......理由は教えて貰えなかったから、よく知らないんだけど。だから、えっと。数える......ね?」
    「えっ......、え?はい?」
    「いくよ。......こほん。ごー、よん」

    アリスは言われた言葉の理解ができず、ぽかんと自室の扉を見つめた。そこではっとした。己と、自室の状態に気が付いたのだ。自分はいま、裸にブルーの女性物の下着を身につけただけの姿で、床には女性物の下着が散乱している。ともすれば、そういう性癖だとか浮気だとか、疑われかねない状況である。やましいところはないけれど、いとしい人を不安な気持ちにさせることなどあってはならない。こんなところ、見られる訳にはいかない。服を着て、下着類を全て隠す。優秀な脳は、最短でそれが叶う手立てを組みたてた。状況の理解は未だ追い付いていないけれど。

    「さん」

    アリスはまず、あたりに散らばっていた下着を一纏めに掴みあげた。華奢な布地に構わず紙袋に乱雑に突っ込み、ウォークインクローゼットのなかへ放り投げる。そのまま美しくアイロンがけされたシャツを羽織り、上からセーターを着用する。ボタンを閉める手間を省くためである。

    「にー」

    次に、かけられていたスラックスに足を通した。こちらも美しくアイロンがけされ、ひとつの皺もない。バラム師匠のトレーニングの成果か、少しサイズがきつくなったらしい。着用するのに手間どってしまう。

    「いち」

    どうにかスラックスを履くことに成功し、チャックを閉めようとしたところで、アリスの視界の端にあるものが映った。先程放り投げた下着である。全て紙袋に突っ込んだとき、回収しそびれたらしかった。よりにもよって派手なカラーリングのそれは、全体的にほぼ紐のような作りになっていた。まずい。スラックスの前をそのままに、どうにかニットで覆い隠すようにしてアリスは駆けた。間に合う。安堵したところで、痛烈なミスを犯した。スラックスの裾を踏んでしまったのである。大きく前につんのめる。根性でどうにか卑猥な下着を握り、咄嗟の判断でベッドの下へ放り投げた。そのまま体は重力に従って、うつ伏せに床へ叩きつけられる。どすん、という重たい音がした。痛みに目を細めるも、どうにかやり遂げた達成感で胸をなでおろす。そこで、尻がすうすうとやけに涼しいことに気が付いた。起き上がろうと膝を立てて、戦慄した。裾を踏んだせいでスラックスが膝までずり落ち、さらに変に負荷がかかった股の部分が大きく裂けてしまっていたのだ。それに、思わず声を上げてしまった。それがいけなかった。

    「えっなに?アズくん大丈夫!?あ、開けるね!」
    「あ、お待ちくださっ......!」

    全くの善意で勢いよく扉を開けた入間は、飛び込んできた光景に目を丸くした。次にその丸い頬を赤く染めて、顔を覆い、悲鳴をあげた。恋人が自室でスラックスをずり下げ、豊満な尻をつきだす格好で崩れ落ちていたのだから当然である。その尻を覆う見たこともない華やかな布は尻肉に食いこみ、その形を変えていた。恋人の痴態に動揺し、ついにどうしたら良いか分からなくなった入間は、ごめん、ごめんね、と言いながら、羽織っていたコートをその尻にかけてやり、走って部屋を出ていった。

    突然尻にコートをかけられたアリスは、羞恥や情けなさが限界を超え、ついに困惑が勝った。ゆっくり起き上がり、一旦スラックスを脱いでから入間のコートをハンガーにかけ、新しいスラックスを履いた。そうして入間を追いかけようとして、数秒。踵を返してベッドに飛び込む。大きく息を吸い込んで枕に顔を埋め、声の限り叫んだ。




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    きらきらの逆襲アリスは焦っていた。めったにかかない手汗が滲み、指先が湿る。頬が熱い。時計の針が進む音に追い立てられて、段々と視界が狭くなっていくような感じがする。わなわなと手が震え、散らばった布の山を見下ろして、ついに床に膝をつき天井を見上げた。ちらりと見やった時計の針は、短い方が二つも進んでいる。どうしてこんなことに。握りしめた華やかで小さな布地に爪を立て、力いっぱい放り投げた。
    アリス少年は、デート服を決めかねていたのである。

    正確に言えば、服ではなく下着であった。恋しい相手の自宅に赴くのに、そういうことを意識する年頃なのだ。なんと言っても初のお家デート。思いが通じあって以来、初めてのお泊まりである。ほんの少しでいいから良く思われたい。自分がそうであるように、イルマ様にもどきどきして欲しい。ただ、どうしたら良いかわからない。そう考えたアリスは昨晩、意を決して母の部屋を尋ねた。奔放な母のことだ、こういったことには強かろう。考えに考え、ついに煮詰まった結果のことだった。そして、普段は素っ気ない息子が顔を赤くして頼ってきたことにいたく喜んだ色頭は、大きな瞳を輝かせて言った。ちょっと待っててちょうだい。一部屋ほどはありそうなウォークインクローゼットに姿を消した母は、しばらく出てこなかった。五分ほど待って、だんだん頭が冴えてきた。失敗したか。からかわれるのではないか。冷静さを取り戻したアリスは、背に汗を伝わせ、やはり結構です、と声を掛けようとした。そこでちょうど、アムリリスがハイブランドの紙袋を片手に現れた。お待たせ、アリスちゃん、これあげるわん。明日は頑張って頂戴ね。片目をぱちりと閉じて微笑む母は、いつになく楽しげだ。それでも特別からかわれなかったことに安堵しながら紙袋のなかを覗き込み、そのまま取り落とした。
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    きらきらの逆襲アリスは焦っていた。めったにかかない手汗が滲み、指先が湿る。頬が熱い。時計の針が進む音に追い立てられて、段々と視界が狭くなっていくような感じがする。わなわなと手が震え、散らばった布の山を見下ろして、ついに床に膝をつき天井を見上げた。ちらりと見やった時計の針は、短い方が二つも進んでいる。どうしてこんなことに。握りしめた華やかで小さな布地に爪を立て、力いっぱい放り投げた。
    アリス少年は、デート服を決めかねていたのである。

    正確に言えば、服ではなく下着であった。恋しい相手の自宅に赴くのに、そういうことを意識する年頃なのだ。なんと言っても初のお家デート。思いが通じあって以来、初めてのお泊まりである。ほんの少しでいいから良く思われたい。自分がそうであるように、イルマ様にもどきどきして欲しい。ただ、どうしたら良いかわからない。そう考えたアリスは昨晩、意を決して母の部屋を尋ねた。奔放な母のことだ、こういったことには強かろう。考えに考え、ついに煮詰まった結果のことだった。そして、普段は素っ気ない息子が顔を赤くして頼ってきたことにいたく喜んだ色頭は、大きな瞳を輝かせて言った。ちょっと待っててちょうだい。一部屋ほどはありそうなウォークインクローゼットに姿を消した母は、しばらく出てこなかった。五分ほど待って、だんだん頭が冴えてきた。失敗したか。からかわれるのではないか。冷静さを取り戻したアリスは、背に汗を伝わせ、やはり結構です、と声を掛けようとした。そこでちょうど、アムリリスがハイブランドの紙袋を片手に現れた。お待たせ、アリスちゃん、これあげるわん。明日は頑張って頂戴ね。片目をぱちりと閉じて微笑む母は、いつになく楽しげだ。それでも特別からかわれなかったことに安堵しながら紙袋のなかを覗き込み、そのまま取り落とした。
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