夕飯時、食堂は沢山の海兵たちで賑わっていた。一日の反省会をする者、次の休みの予定をたてる者、疲れすぎて寝かけながら飯を食う者、それを笑う者、様々だ。そんな中、コビーは一人神妙な面持ちで食事をしていた。いつも通りご飯を大盛りにしてもらった定食。しかし箸は進んでいない。コビーの様子に気が付いたコビー隊の海兵たちが話しかける。
「お疲れ様ですコビー大佐。」
「お疲れ様です!お隣よろしいですか?」
「え、ああ、もちろん。」
「どうかしたんですか?思いつめた顔をして。」
「…そんな顔してました?」
「してましたよー!おまけに箸も進んでいませんし。」
「よかったらお話聞かせてください。自分たちでよければ力になりますよ。」
コビーよりも一回り以上年の離れた部下たちは口々にコビーを心配する。そんな言葉にコビーはゆっくりと口を開く。
「…身長が欲しいんです。」
「「…身長?」」
至って真面目な顔で話し出すコビーの言葉に海兵たちは疑問を浮かべる。確かにコビーは平均同等かそれより少しばかり小さい部類だ。しかも、海軍本部の面々は大柄なものが多く、将校クラスになれば2メートル近い身長などざらだ。その方たちと比べるとより小さく見えてしまうが、悩むほどのことでもないように思える。海兵たちはさらに聞き返す。
「なんで身長が欲しいんですか?」
「…ヘルメッポさんが、」
「少佐?」
「ヘルメッポさんが、頭、をなでてくれたり、き、キスとかしてくれたり、するので、」
「…?」
「あの、僕、その、人とお付き合いとか、したことが今までなかったんです。だから、相手に喜んでもらったり、ド、ドキドキさせたりするのって、どうしたらいいかわからなくて、…だから、自分がしてもらって嬉しかったことをそのままお返ししてみようと思ったんです。それで、」
「少佐に頭をなでられたのが嬉しかったから撫で返したいと。」
「ふいにキスされたのがドキドキしたからやり返したいと。」
「でも、身長が少佐の方が大きくて難しいから、身長が欲しいと。」
「あ、えっと、そうです…。」
だんだんと顔を赤くしながら話すコビーに惚気話かよと少し呆れてしまったが、それと同時に、健気に相手へ尽くすことを考える幼き大佐の力になりたいとも思った。18の色恋沙汰なんてかわいいじゃないかと少しまどろみながら話を続ける。
「うーん、少佐にちょっとかがんでもらえばいいのでは?」
「それだと、ドキドキはしねえだろ。やっぱりそういうのって不意打ちでされるからドキッとすんだよ。」
「不意打ちでかー。難しいな。襟元引っ張るとか?」
うんうん唸る海兵たち。すると一人の海兵が声をあげた。
「…あ!じゃあさ、座ったり寝てるときにするのは?」
その言葉にそれだ!と皆がうなずき始める。コビーもそれなら自分にもできる!と顔をあげ立ち上がる。
「それなら身長関係ありませんね!ありがとうございます!早速試してみます!」
コビーは海兵たちに礼を告げるとそそくさと食堂を後にした。残された海兵たちは「うまくいくといいな。」「それにしても少佐羨ましいな。」「本当に。あんなに思われちゃってさ。」と口々に語る。気分は父親の様な。友人のような。
所変わって、コビーは自室の前。扉を開け中に入るとすでにヘルメッポが戻ってきていた。ソファーに腰掛け書類を眺めているその背中に声をかける。
「おかえりなさい。早かったですね。報告書、不備はありませんでしたか?」
「コビーもおかえり。書類は完璧だってよ。よかったな。」
「ありがとうございます。」
受け答えをしながら、「ヘルメッポさんは今座っている。試すならいまだ!」とコビーはソファーの後ろに立ち、ヘルメッポの頭をなでようとゆっくり手を伸ばす。もう少しと思ったその時、コビーはつまずいてヘルメッポの方へ倒れこんでしまった。
「え!わっ、」ギュッ
「おわっ!え、コビー?」
倒れこんだコビーはヘルメッポに後ろから抱き着くかたちになっていた。一瞬何が起きたかわからずフリーズしたが、状況を確認したとたん羞恥で顔が赤くなる。
「(え、あ、わぁぁぁ!?!?やっちゃった!ど、ど、ど、どうしよう!?頭撫でるだけだったのに!抱き着いちゃった!あ!は、離れ、離れなきゃ…!?)ご、ごめんなさい!!つまずいちゃって!」
「え、あ、おう。」
コビーは慌ててヘルメッポから離れ後ずさる。ヘルメッポはそんなコビーを困惑しながら見つめ、瞬きを数回したかと思うと、ゆっくりとソファから立ち上がりコビーの目の前まで近づく。至近距離に来たヘルメッポを見上げればまだ少し困惑気味の目と目が合う。
「(ああ、やっぱりまだ遠いな。この二年で身長近づいたと思ったのに、頭をなでるのも、キスをするのも、かがんでもらわないと出来ないや…。)」
「…なんかあったのか?」
「え?」
「さっきから挙動不審だし、今日も先に飯食ってろって食堂に行かせたら俺より帰り遅かったし。」
「…あの、心配かけてごめんなさい。大したことじゃないんです。ただ、その、」
「ん?…おわっ、」
コビーは意を決したようにヘルメッポの襟元を軽くつかむと自分の方に引き寄せ、ヘルメッポの唇にキスをするとパッと手を離し、軽く微笑む。
「…こ、これがしたくて。…ドキドキ、しました?」
「…おう。」
ヘルメッポは困惑しながらも少し顔を赤らめ答える。なぜキスをしたかったのか、なぜ挙動不審だったのか明確な答えが分からないままだったが、「へへ、不意打ちできましたね。」といたずらっぽく顔をほころばせるコビーにまあいいかとどうでもよくなってしまった。
後日、「ヘルメッポのことを喜ばせたいから、頭を撫でたりしてドキドキさせたいのに身長が足りない、と相談された。」と部下から話を聞いて、嬉しさで思わず抱きしめたのは言うまでもない。