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    kmjmt444

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    kmjmt444

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    木下が紅葉の概要まとめたかった話。

     最近、記憶が無い時間が増えた。気がする、とかではない。確実に増えている。
     それはきっと、この土地に来たからだと、俺はそう思っている。

     ──きさな村。周囲を殆ど山岳によって構成されたこの地域に残る、今は人のいない廃村。俺とリョウはそこに仕事で訪れていた。
     季節は五月下旬。あんなに過ごしやすかった春はどこへ行ったのか、もう蒸し暑さが顔を覗かせていて、都会の街中では薄ら汗すらかくような暑さだった。だが、やはり自然の力なのだろうか。この村周辺に来ると森や川が多く、自然が豊富に残されているため、かなり過ごしやすいように感じている。
     ここに残されているのは自然だけではないようで、道中から村内にかけて妖なども多く見られた。そんなきさな村は三つの集落から形成されていて、昔は柿の名産地だったらしい。懐かしいなと思う。それで、村を構成する集落はそれぞれ『八集落』『九里集落』『五武集落』という名前らしい。その三つの集落を数日掛けて捜索する。捜索をする間は今までのホテルではなく、きさな村から車で約1時間ほどに位置する灰桜寺という場所を借りて拠点にしている。それが俺たちの現状だった。

     それで今は移動の車中にいる。クーラーが効いていて車内は快適だった。
    「これから外に出るのかと思うと、ちょっと嫌になるな」
     俺がうんざりしたような声を出すと、隣から対照的な穏やかな声で「そうですね」と意外にも同意が返ってきた。
    「車の運転、できるんだな」
    「はい、とても便利ですね、都内で乗るのは苦労しますが…馬よりいいです」
     馬よりいい、それには同意する。大昔にこんな発明品があれば、今頃もっとあちこちが開拓されていただろうななどと思う。そこまで考えて、つい「……でも、これは昔になくて良かったと思うよ」という言葉が口をついて出てしまった。その言葉に、今度は隣から小さな笑い声が聞こえる。多分これは同意しているんだと思う。俺には分かる。
    「ところで、今日はどこ行くんだ」
     伺うように、横で真剣に運転するリョウへ視線を送る。すると悩ましげにうぅんと少し考えたあと「今日は五武集落へ行きましょう」と言った。
     ここ数日捜査したのは残る二つの集落で、まだ五武集落だけは行っていなかった。俺もそろそろ二つの集落以外に捜索の足を伸ばした方がいいだろうなと思っていたので、異論はない。一言そうだな、とだけ返答を返し、あとはきさな村へ着くまでの道中他愛のない話をして時間を潰していた。

     ◇

     ──きさな村、五武集落。ここは他二つの集落へ赴く際の玄関口のような役割を果たしているようで、必ずここを通らないと奥の二つの集落へは行けないような構造になっていた。
     入りやすさから、この集落を一番最初に探索する捜査官は多かったので、自分たちは後からの探索で良いだろうと後回しにしていたのだ。
    「集落二つとも探したけど、既出の情報ばっかしか集まらなかったからな、なんか手がかりがあればいいんだけど」
    「はい、えと……そうですね」
     えへへ、と少し照れたようにリョウが笑む。その顔に釣られていけない、と思いつつも俺まで口角が上がってしまう。
     あれは捜査を開始した初日の事だ。日中の捜査はバディと二人きりであちこちを探索する。そのため二人きりで行動していた時にふ、とリョウが控えめに「司さん」と声を掛けてきたので何事かと振り向くと「逢瀬の時を過ごしているようですね」などと言い出した。そんなことを言われると思っても居らず、俺は不意を突かれて真っ赤になってしまった。
     それからだ、何だかこの時間に二人で行動するとどうしてもそれを意識してしまうようになったのは。俺は悪いなぁ……と思いながらもそれを止められないでいる。
    「司さん」
     リョウが何か申し訳なさそうな様子でこちらに呼びかけてくる。俺はどうしたのか、と思い顔を向ける。
    「すみません、電話がきているので、先に捜索をお願いしてもいいですか……?後からおれも行きますね、あまりくらい所へは行かないように、それから……」
     俺を心配するあまりつらつらと止まることなく小言が飛び出してくるリョウに「わかったわかった、ほら、さっさと電話に出てこいよ」と告げる。慌てたように「すみません」と頭を下げてから彼は集落の入口の方へ歩いていった。

    「んーじゃあ、まずは建物の中から見てみますか」
     誰に言う訳でもないが、気合いを入れるために声をだした。今日、この辺りを捜索しているバディ達は少なく、辺りはしん、と静まり返っている。もう使われなくなって久しいのであろう、懐かしい感じさえする建物の中に入っていく。足元を支える木材たちは、人間という世話役を失いとうに死んでいるようだった。その腐っている所を避けながら民家の中を進んだ。
    (今のところ嫌な気配はあまりないな)
     不思議なことに、この村の周辺は妖などが多いのに、嫌なモノというのには未だ出会うことなく過ごせていた。良い気が溜まっているのかとも思ったが、そういうわけでもなさそうだった。

     ──その時。
    「ぅわ!? なんだ!? あっちょっ?!」
     俺は足元に衝撃を受けて驚いて声を上げる。最初は足首にぶつかったそれは、すごい速さで俺のズボンの中を駆け上がる。思わず変な声が出てしまって口を抑えた。するとその“何か”はベルト付近で引っかかって腰の辺りでモゾモゾと動いているようだった。
    「え、な、なんだ?」
     腰の辺りで蠢いている“何か”に敵意は感じない。ただただ擽ったいので、仕方がなくベルトを寛げ中に詰めたワイシャツの裾を抜き、ズボンの中へ視線を送る。
     すると、その“何か”が勢いよく飛び出してきて俺の視界は埋め尽くされてしまった。その勢いのまま尻もちをついて、床に仰向けに倒れた。でかめの虫なんじゃないかと思ったらもう意識を手放したかったが、どうも感触が虫ではない。その事に何とか気分を取り戻し、恐る恐る顔に乗る“何か”に手をかけて引き剥がした。
    「っ一体なんだ!?」
    「ともだちのにおいがする」
     引き剥がしたそれは、どうやらこの地に居着いた付喪神の身代わり申だったようだ。既に何度か別の集落でも見かけていたが、この身代わり申は特別人懐こいように思う。こんなに積極的に近づいてくる個体は初めて見た。
    「ともだち……?」
     身代わり申はその可愛らしい手足を俺に向け、頷くような仕草を見せる。果たして友達の匂いとは、一体なんなのか……。考えてみるも妖の友達というものに思い当たる節はない。すると、身代わり申が手の中で身じろぐ。

     ──しゃらん、しゃらん。

     この音、鈴の音だ。この鈴の音には聞き覚えがああった。この、鈴の音は……──。
    「友達って……もしかしてリョウの」
    「わすれちゃったの……?」
     この身代わり申をよくよく見れば、頭に特徴的な髪飾りのような赤い紐が縫い付けられている。大きい目の中にちょん、と浮かぶ黒い瞳が、それだけではないとこちらに訴えかけている。『忘れちゃったの?』とは一体、何を忘れたというのだろう。それが分からなくて、俺はそいつの小さな黒い瞳をじっと見つめ返した。何か、懐かしい感じがする。
    「道によくまよっちゃうおともだち……一緒に、かくれんぼしたよ、わすれちゃったの……?」
     道によく迷うのは、俺のことだろうか。一緒にかくれんぼを……。そこまで聞いてとある記憶が脳裏を掠めた。


     ──あれは柿の木を荒らす妖を、どうにか収めて欲しいという厄介事を解決した時だったはずだ。俺は妖の妖気にやられてしまい、いつもと違う慣れない山に迷っていた。その時山に住まう木霊達に道案内をしてもらった事がある。山の妖は強く、リョウとはぐれてしまった俺は隠れるしか出来なかった。あの時木霊はそれをかくれんぼしている、と勘違いしていた記憶がある。

     付喪神とは、物が九十九の時を経て精霊などを宿す事によりその姿を相成すもの。この身代わり申に宿っているのは、もしや──。


    「お前、あの時の……!」
    「ともだちの大切な人、おぼえてた、おぼえてた!」
     身代わり申の表情こそ変わらないものの、喜んでいるのが伝わってくる。彼が体を揺する度にどこからかしゃらん、しゃらん、という鈴の音が聞こえてくる。あぁ、やはり間違いない。この鈴の音はリョウの鈴の音と同じだ。俺が聞き間違えるわけがない。
     元気だったんだな、付喪神になるなんてやったじゃないかなどと喜んでいたのも束の間──。

    「ともだちがくるよ」

     身代わり申がそう言って、急いだ様子で俺の腕を伝い、上二つボタンが開いたワイシャツの首元から中へ入る。擽ったさに身を震わせたが、リョウの友達だというのに会いたがらないのが不思議だった。そうして隠れた服の中から「ないしょ」と聞こえてくる。俺はそれに驚かせるつもりなのだろうか?と思いながらわかった、と返事をした。

     それから少ししてギシギシと床を軋ませながらリョウが現れた。電話は終わったのか?と聞けば「はい、情報共有でした」との事。今度はリョウから司さんは何をしていたんですか、と聞かれる。内緒と言った手前さっきのことを話す訳にもいかないので「探索、別に何もみつからなかったよ」といって彼に微笑みかけた。

     ◇

     最近、記憶が無い時間が増えた。気がする、とかではない。確実に増えている。
     それはきっと、この土地に来たからだと、俺はそう思っている。

     ふ、と意識が戻ったかのように感じる。どうやら午前中の捜索は済んだようで、すっかり辺りは一面目を見張るような夕焼けだった。アイツの髪の色だ、なんて思いながらそれを眺めていた時だ。なんか胸がモゾモゾすると思ったら頭がつるつるの真っ白、そんで赤い紐だけがちょん、と結んである何かがいる。
     そいつのきゅるきゅるの瞳と俺の瞳がかち合って、つい素っ頓狂な声をあげて「なんだお前!?」と尻もちをついた。
     するとそいつは「しーっ、ないしょ」とだけいって、またその頭を俺の胸に伏せてしまった。

     俺は午前中に何があったか知らない。最近そういうことが多い。あいつもこんな感じだったのかと考えるが誰も答えてくれない。不安がないと言えば嘘になる。でも、“必ずなんとかする”という、その約束だけが、俺をこうして繋ぎ止めているのだと思う。

     後ろから声がする。司さん、と俺じゃない誰かを呼ぶ声だ。聞きなれた声なのに、いつまでも聞きなれない声色だと思う。尻もちをついた俺を見つけて「大丈夫ですか」と手を差し出してきた。彼を見あげる俺の瞳をみたそいつが、す、と目を細めたのが特徴的な前髪のせいでみえないけど、俺にはわかる。
    「大丈夫だ」
     そう言ってその手を取って立ち上がり、土埃を払った。
    「では遅くなる前に帰りましょう、車中眠って大丈夫ですよ、着いたら起こしますね」
     変わらぬ声色でそう告げて、歩き出す。その背中は知っている背中よりも幾分か、しゃんとしているように見えたのはきっと気のせいではないだろう。
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