菫青石は砕けない5 去って行くアガレスを、ガープは追わなかった。追うことが出来なかった。見たこともなかったアガレスの顔が、聞いたこともなかった声が、意識から離れてくれない。
あんな風に、絶望の全てを詰め込んだような笑顔を見たことはなかった。あんな風に、号泣していると思しき声を聞いたことはなかった。今にも泣きそうに潤んだ瞳の、縋るようでありながら怯える輝きを見たことなど、なかった。
何もかもが見知らぬもので、ただ一つガープの内側に残ったのは、アガレスが自分の元から去って行ったという事実だった。
好きだと言われた。それが、いわゆる恋愛感情であろうことは察することが出来た。そうでなければ、アガレスはあんな風に血を吐くように叫ばなかっただろう。特別の意味が違うという言葉も、それを裏付けていた。
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