「女神の林檎」(徐光啓・利瑪竇)【登場人物】
・いつものお二人
・李時珍
力量不足につき医者としての説得力は全くない
・袁可立
これが原点だと思います(多くは語らない)
【創作キャラ】
呉娘(徐夫人)
彼女がいるから小説向きだと思うんだよなあ
「第三者の視点から見た利・徐の関係」を指摘できる人物として便宜上登場させた感じで、作品上の役割以上のものは持たせてないつもりです
龍華民(ニコロ・ロンゴバルディ)
リッチの後任として中国布教長をつとめたイエズス会士。中国文化に寛容なリッチの方針に反発してるので別の作品だと徐光啓とギスってるけど、今回はリッチの後任という以上の描写はない。
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(場面設定は葬儀店テキスト読んでください)
「家に入れてもらえない?」
「でも、大家さんは君が外国人で宣教師っていうことは重々承知で家を貸してくれたんじゃないか。どうして今更。何かあったのか?」
「ソレが…」
「新しい家具を買ったせいなのデス」
「?大きすぎるってことか?」
「大きさのせいではないありマセン。ただ、不吉だとかなんだとか」
「不吉って」
「よくわからないけど、やっぱり家を買った方がいいな。資金が足りないなら……」
「……」
棺を目にする徐、青ざめて言葉を失う。
「徐サン……?」
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葬儀の記憶がフラッシュバック。ロンゴバルディと向かい合う徐。
「……本当に、よろしいのデスカ。保禄博士(ドットーレ・パオロ)」
「貴方には、とてもつらい役目になるデショウ」
「龍神父。君がやったって、辛いことには変わりないだろう」
「確かに私とて、孤児になってしまったような思いでいマス。ですが私は、後任として北京に呼ばれて来タばかり。貴方と私では、過ごした時間の長さ、重さが違うと思うのデス」
「……そうだな。ならわかってもらえるはずだ。だからこそこの手で、安住の地に横たえてあげたいんだ」
「かしこまりマシタ。ですが、辛い時はいつでも仰ってくだサイ」
「……大丈夫だ。自分で決めたことだから」
葬儀。賛美歌と典礼が終わる。埋葬の段。柩が墓穴に下ろされる
「今はこの手に君の存在を感じる。だけど」
「だけど、これが終わってしまったら?」
「あんなところに 君を置いていくなんて」
「二度と手の届かない所に行ってしまうなんて」
「嫌だ」
「嫌だ」
「嫌だ」
「どんなに醜い姿でもいい。お願いだ、手の触れられる場所にいてほしい」
ロンゴバルディ、見かねて近づこうとする。徐、それに気づき、震える手でそれを制す。
「……大丈夫だ」
「僕が、やらないと。だって、そう決めたんだ」
「君に、笑われるわけにはいかない。……そうだろう?」
納棺が終わる。徐、うつろな顔で土をかぶせる。
葬式後。
「龍神父」
「僕は馬鹿だな」
「肉体は魂の器に過ぎぬと理屈では分かっているのに、いつまでも『それ』に執着してしまう。君たち流に言うと、これも偶像崇拝ってやつか?」
「貴方の気持ちを、否定はしマセン。だからこそ、我々は魂を信じるのデス」
「そうか」
「だけど僕には、それだけの強さがない」
「せめて、これを持ち帰らせてくれ」
棺を下ろした綱。
「今はこれだけが、あの人と僕を繋いでいた証なんだ」
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時系列が戻る。柩を前にして荒ぶる徐。
「馬鹿だ」
「家具だって?」
「君は、本当に馬鹿だ!」
「これは柩だよ」
「棺桶だ」
「君なんか」
「もう」
「もう二度と、僕の前に顔を見せるな!!」
徐、背を向けて去ろうとするが、葬儀の記憶をきっかけに、天主教迫害や宮中での度重なる挫折等、しんどい過去がよみがえる。過呼吸になって倒れてしまう。
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教会、李時珍が呼ばれて診察している。
「……彼の様子は」
「身体的な異常はなさそうです。むしろ、強い精神的な衝撃によるものでしょう。差し支えなければ、一体何があったのか、伺ってもよろしいですか?」
利、一連の出来事を語る。
「個人的な事情は分かりませんが……その柩が引き金になって、なにか心の傷が開いてしまったのでしょうね。お心当たりは?」
「柩…」
「昔、彼の父親が亡くなって、北京から見送ったのは覚えていマスが…。いずれにせよ、大切な誰かの死を思い出したのデショウ」
「……?」
不思議そうな李時珍。
「うかがいますが」
「貴方と彼と、『ここ』に来たのはどちらが早かったのですか?」
「……」
「……………ワタシですネ」
「なるほど。私の推測でしかありませんが、おそらくそういう事ではないかと」
「……」
「だとしたら、なんてことを」
「貴方を責めているわけではありませんよ。誰しも、死後のことまで知るすべはありません」
「とりあえず彼には、気を鎮める薬を処方しておきます」
「ありがとうございマス、李先生」
「医者として当然のことです。くれぐれも、無理はなさらないよう」
笑みを交わす二人。李時珍、教会を出ていく。
「徐サン」
「本当にごめんよ。2度もアナタを、深く傷つけてしまった」
「……だけど、あの反応。きっと、それだけじゃないのデショウね」
「ワタシが『いなくなった』後、いったい何があったのデスカ?」
===
「失礼します」
呉夫人が様子を見に来る。
「子先さんの様子は?」
「眠っているだけデスヨ。病ではなく、精神的な衝撃によるものだと」
「そう、ですか」
「呉娘サン」
「アナタは、『向こう』にいた時のことを覚えていマスカ?」
「おぼろげに、ですが」
「聞かせてほしいのデス。ワタシがいなくなった後、彼に何があったのか」
「それが……私も、あまり宮中でのことは。子先さん、家ではそういうこと話さないから」
「でも」
「いつも何か思い詰めているような、そんな感じはあった、と思います。体調も崩しがちだったし」
「……そうね。たぶん、あの人なら知ってるかも」
「あの人?」
「兵部の袁さんよ。朝廷にいた頃、あの人と親しくしていたから」
「……わかりマシタ」
利、立ち上がって身支度をする。
「彼のことは、お任せしても?」
「ええ」
「少し、出かけてきマス」
===
リッチ、袁宅に向かう。
「…………そうか。子先にそんなことが」
「今回のことは、ワタシが無神経なことをしたせいデス。デスガ彼の取り乱しようを見ると、彼の心の傷はもっと深いトコロにあるのではないかと思いマシタ。…アナタなら、それを知っているのではないかと思って」
「……俺たちが出仕してた頃の話、ってことでいいのか?」
「あまり聞かない方がいいと思うけどな。それでもよければ、俺の知ってることは話すよ」
「お願いしマス。それでもワタシは知りたいのデス」
過去。天啓五年、魏九天に免職されて郷里に帰る徐と、それを見送る袁。
「子先」
「本当に、帰るのか」
「ああ」
「仕方がない。今は指も動かない」
「そんな顔するな。大丈夫だ、休めば治る」
「……いいんだぞ、帰ってこなくても」
「紅夷砲の導入は済んだし、国防や練兵の方針については、言ってくれれば俺が実現させてやる。だからこれ以上」
「そういうわけにはいかない」
「だって、君は天文や暦についてはわからないだろう」
「……」
「正確な西洋暦の導入は、天子の威信に関わることだ。だからなんとしても、実現させなければいけない。欽天監が何と言おうと、僕は諦めない」
もどかしげな袁。
「なあ」
「気に障ったらすまないが……お前にとって、『泰西』のものはそんなに大切なのか?お前の改革案は、何度も何度も潰されてる。その都度、苦しんできたはずだ。それなのに…そこまで自分を犠牲にしてまで、取り込む価値があるものなのか?彼らだって所詮は番夷、朝鮮や日本、琉球と何が違う?……正直俺には、よく分からない」
「……別に『泰西のものだから』というわけじゃない。ただ、正しいもの、優れたものがあるのなら、なんでも取り入れるべきだと思うだけだ。そうすれば、大明は、世界はよりよくなるはずなんだ。…それなのに何故、何故みんなそれが分からないんだろう」
「……」
(モノローグ)
『子先。お前はこの世界の、日の当たる所しか見えてないんだよ。人というのは、そんなに単純に出来てはいない。俺はそれを、よく分かってる。 …いや』
『分かっていても、お前は日の当たる場所を見続けるのかもしれないな』
「いつ戻って来れそうなんだ?」
「そうだな」
「体の方は良くなっても……魏公公がいるうちは、難しいかもしれないな。……すまない。君を一人、戦場に残して」
「心配無用だ。戦場なら慣れてる」
「……そうだったな」
朝廷を去っていく徐。
メモに涙が落ちてインクがにじむ。袁、気まずいと同時に悔しそうな顔。笠のつばを下ろす。
「だから、言ったんだ」
===
「なんと、残酷な話デショウ」
「彼の光は、あんなにも気高く目映いというのに」
腐食せる至尊の城。
それはまるで、
光さえ飲み込み押しつぶす、大いなる闇黒の洞穴。
「アナタを苦しめた者達を、絶対に許しはしナイ」
よぎる人影、魏九天、沈カク、魏広微などの迫害者。ふと、差し込み。
「お前の改革案は、何度も何度も潰されてる」
「お前にとって、『泰西』のものはそんなに大切なのか?」
「…………!」
「紅夷砲」
「正確な西洋暦の導入」
「今は手も動かない」
「何故、何故みんなそれが分からないんだろう」
「嘘だ」
「嘘だ 嘘だ なんてことだ」
――「アナタを苦しめたのは誰?」――
「―――それは――」
利、呆然としたのちその場にしゃがみ込む。
===
そこに通りがかる呉夫人。
「あら、利先生」
「呉娘サン」
「そんなところで、何してらっしゃるの」
「アナタこそ」
「子先さんが目を覚ましたから、迎えに来たんです。袁さんからお話は聞けました?」
「……ああ」
「ですが、ワタシは……もう、アナタがたに関わるのはやめようと思いマス。彼はアナタが連れて帰ってあげてクダサイ」
「何故そんなことをおっしゃるの?あの人が悲しむわ」
「……」
「彼を苦しめ、悲しませたのはワタシなのデス。ワタシなんかと出会ったから、世界の広さを知ってしまったから、彼は自らを縛り付け、苦しみ続ける羽目になってシマッタ。ワタシはアナタの…なにより、自分自身の大切な人を傷つけてシマッタ」
蛇の甘言、知恵の果実。
その実を口にせし者は、楽園から荒野へ追い立てられた。
「……私は、それは違うと思います」
「潔癖なまでにまっすぐで、誰も苦しまない理想の世界を夢見ていて、いつでも、困難に立ち向かう覚悟を持っている。あの人は、昔からそういう人だわ。だから貴方と出会っても出会わなくても、同じように苦労したと思います」
「いいえ、やっぱり、違うわね」
「あの人とあなたが初めて出会った頃――あの人は科挙の落第が続いて、ひどく打ちのめされていたの。家は貧しかったから、私たちの期待が重圧をかけてしまっていた所もあったと思います。でもあの人は、ある時から笑顔を取り戻してくれた。いつだか分かりますか?」
「それは、世界の広さを知ったお陰。他でもない、貴方のおかげなんです」
「確かに宮中では随分苦労したみたいだけど、貴方と共に学んだことが支えになってくれていたから、あの人は戦い続けることが出来たんだわ」
「私は、貴方たちが出会ってくれて、本当に感謝しているんです。それはきっと、あの人も同じ」
「だから」
「ほら」
「行きましょう」
===
天主堂。
「……顏も見たくないって、言っただろ」
「うん」
「でも、ここはワタシの教会デスから」
「……」
徐、ばつの悪そうな顔。寝台から降りようとするがふらつく。利、手を貸そうとする。
「必要ない」
「僕なら平気だ。別に、何も心配する必要はない」
「なぜいつも、嘘をつくのデス」
「嘘なんてついてない。君に何がわかる」
「分かりマスよ」
「アナタがとても強くて、気高い人だというコトも。だからこそ、誰かのために自分を顧みないコトも」
「それ自体は立派なことデスガ、見ないふりをしたところで、アナタが受けた傷がなくなるわけではありマセン」
「だからせめて、友人の手に預けて欲しいのデス。貴方が安心して、理想を叶えられるヨウニ」
「何言ってるんだ」
「全部、全部君のせいじゃないか」
「だからこそ、償わせてほしいのデス。傷つけた分だけ、ワタシがアナタを支えるから」
「大丈夫 もうどこにも行きマセンから」
「……」
「……せ」
「……背中」
「?」
「少し、借りるぞ」
徐、背中に縋り付いてひとしきり泣く。
「ねえ、徐サン」
「あの棺桶、返品するのはやめたんデス」
「……」
「代わりに、壊してしまうことにしマシタ。跡形もなくなるまで」
「……」
「……それ」
「僕も一緒にやっていいかな」
「もちろん」
「大砲でもなんでも、好きなものを持っておいで」
「……うん」
「駕籠を呼ぼうか?」
「大丈夫だ、呉娘(つま)もいるし」
「呉娘さん」
「彼をよろしくお願いしマス」
「ええ。お世話になりました。ほら、子先さん」
「……」
徐、何も言わず背を向ける。去り際に一言。
「……また明日な」
「うん、また明日」
利、安堵して、去っていく二人を見送る。
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最後にモノローグ。
「蛇女神の統べる、絵巻の世界」
「永遠と平穏が約束されたエデンの園(パラディーゾ)。火と硫黄の雨ですら、この楽園を滅ぼすことなどできなかった」
「……それは救済なのだろうか」
「だとしたら」
女媧のイメージ、蛇を強調。
「蛇女神(かのじょ)が差し出すのは、人を荒野へ追い立てるのではなく、楽園へと迎え入れる恵みの果実?」
「ならば、共に享けよう。貴方の楽園を守り続けよう」
「いつの日か、黙示の日が訪れるまで」
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誘惑の蛇:蛇身の女媧
ソドムとゴモラを滅ぼした火と硫黄の雨:作中の火事
と、色んな文化の色んなモチーフを重ね合わせるのが好きだし、
こういうことができるのがこの二人の楽しさだと思っている。
いつも誰かのために頑張って傷ついて、自分自身を誰が愛してあげるの?
…というのは啓ちゃんCPの共通のテーマだなと思う
というか、史実の徐光啓先生の伝記読んでると
もう頑張らないでって胸が痛くなることも多くて、
でもそれでも頑張るから偉人なんだよなとも思うわけで。
だから結局、誰がアプローチしても自己犠牲的な生き方は変わらないという結末にしている
でも女神の林檎は犠牲にした自己を他者に預けることを受け入れて、橄欖の苑は一瞬だけ甘えて最終的には拒絶してるのでまぁ、やはり正道邪道の別は絶対なのです