⑤○○メインの話、ドリルサが夢女と一緒に○○する。(デカルサもいる)ぱかり、小さな口をめいっぱい開いて、少年はベーグルサンドにかぶりつく。スカイブルーの色鮮やかな学生服と、きっちり切り揃えられたボブカット。優等生を体現化したような丸メガネをくいっと持ち上げ、少し気取った風に口元をハンカチで拭った。
「うん、夢の中にしては上出来だね」
薄くスライスされたシャキシャキの玉ねぎと、厚切りのスモークサーモン。たっぷりと贅沢に塗り込められたクリームチーズの爽やかな酸味に、ケッパーの香りが良いアクセントになっている。ベーグルも程よくもっちりした歯触りで、食べ応えも十分な仕上がり。ひと口齧ったそれに満足気に頷きながら、少年はにこやかな笑みを正面に向けた。
「ほら、お嬢さん。君も食べてごらん?」
優しく促す彼の視線の先には、セーラー服を着た女性が気まずそうに俯いている。細かくプリーツが入ったスカートから剥き出しになった脚部と、胸元を飾る派手なピンク色のスカーフ。透け感を残した白いニーソックスと、頭に乗った大きなリボン。れっきとした成人女性が身に着けるには不相応な、安っぽいコスチュームに近い質感の生地。彼女はそわそわと足元を見回し、立派なベーグルには口も付けず膝を擦り合わせた。
「ああ、うん。……そうね。ありがとう、ルーサー」
露出した太ももを少しでも隠そうと必死になってスカートを引っ張る彼女を、ルーサーと呼ばれた少年は不満げに見つめる。彼はベーグルをもうひと口齧り、軽く膝を払って立ち上がった。
真っ青な空、静かな空気、ふたりきりの屋上。絶好のランチ日和だというのに、気もそぞろな彼女の隣に腰を下ろすと、ルーサーは眉尻を下げてわざと寂しそうな表情を浮かべた。
「私とふたりきりでは、居心地が悪いかな?」
「まさかっ、そんな訳……」
驚いて顔を上げた彼女に向かって、ルーサーはふっと頬を緩める。ピンク色の頬に手を宛がうと、彼は得意気にお嬢さんの鼻先をつついた。
「やっとこっちを見てくれたね、可愛いお嬢さん♡」
そう言って微笑む少年に、お嬢さんはパッと顔を赤らめて再び俯いてしまう。目の前の無邪気な少年は、自分の恋人なのだと。スカートの短さにばかり思考を奪われていた彼女は、改めて自分が恋人と夢の世界でふたりきりだと言う事実を反芻し、より一層深い羞恥の沼に沈んでいった。
「おや、どうしたんだい?」
「何でもないわ……」
「Hmm……、それじゃあ早速、ベーグルサンドを試してくれないか?あまり自由が利かないとはいえ、ここは夢の世界だからね。君の深層意識に眠る記憶の糸を撚り合わせ、味も見た目も完璧に再現してみたんだ。君のお気に入りのひと品なんだろう?」
そう言って自慢げに胸を張ると、ルーサーは小さな歯形が付いたベーグルサンドをお嬢さんに差し出した。彼女の手元にあるものと同じ、スライスオニオンとケッパーがトッピングの、クリームチーズとスモークサーモンのベーグルサンド。確かに、彼女がルーサーと出会う以前、自分へのご褒美と称して時々食べていたあの店と、まったく同じ見た目をしていた。
少し迷ってから、お嬢さんは自分が手にしていた方のベーグルサンドに齧り付く。もくもくと咀嚼する彼女の唇に、ルーサーは瞬きを忘れてじっと見入った。
「……美味しい」
ポツリと零れた彼女のセリフに、ルーサーは満足げに微笑む。胸に沸き上がる喜びを、制服のボタン越しに撫で付けながら彼は深く頷いた。
「そうだろう?中々の自信作なんだ」
「うん……。とても、懐かしい味がする」
そう呟いて目を伏せる彼女の横顔に、ルーサーの胸がチクリと痛んだ。
愛するお嬢さんの為に、夢に漂う彼女の記憶の残滓を集めて拵えた、完璧なベーグルサンド。見た目も味も完璧で、お嬢さんも喜んでくれた。全てはルーサーの狙い通り、完璧に上手くいったはずなのに。それなのに、なぜか心が落ち着かない。
「……、……ああそうか」
少年らしからぬ酷く沈んだ声で呟くと、ルーサーはパチンと指を鳴らす。乾いた音に合わせて消えたベーグルサンドに驚く間もなく、彼の足元からずくりと影が沸き上がった。ぶくぶくと沸き立つ闇色の暗がりから、ぬうっと大きな人影が立ち上がる。
見上げるばかりの身長と俯きがちで影に隠れた表情、人間と怪物のちょうど中間のような容姿の彼は、有名チェーン店のビーバーテイルの包みを山ほど抱えていた。
揚げたての香ばしい香りと、シナモンやチョコレートの甘い匂い。突然消えたベーグルサンドの衝撃が飲み込めないお嬢さんに向かって、少年ルーサーはにっこりと微笑む。
「お嬢さん」
「な、なに?」
「ビーバーテイルは好きかな?ランダルが小さい頃、アイススケートの帰りにおねだりされてね。折角夢の中にいるのだし、カロリーを気にせずスイーツパーティーでもどうだろうか?」
ルーサーは一気に捲し立てると、自分の顔より大きな手からビーバーテイルを優雅に受け取る。丁寧に包み紙を剥ぎ取ると、たっぷりまぶされたシナモンシュガーを吹き飛ばさないよう、ふぅふぅ優しく息を吹きかけてから、未だ困惑した表情のお嬢さんに向かって差し出した。
「熱いから気をつけて食べるんだよ。ほら、口を開けて♡」
仕方なくお嬢さんは、ルーサーに促されるまま口を開く。ざくり、ひと口頬張ると、シナモンシュガーのざりざりした歯触りと、香ばしい生地がマッチしている。ほんのり酸っぱいレモンとシナモンが混じり合って、油に溶け込んだ甘みがじゅわりと口いっぱいに広がった。
「お味はいかがかな、お譲さん」
お嬢さんの可愛い唇いっぱいに着いたシナモンシュガーを、軽く指で払い落しながらルーサーは首を傾げる。返事の代わりに首を縦に振る彼女に、彼はようやく少年らしい微笑みを取り戻した。
「よかった♡まだまだいっぱいあるからね、遠慮しないでおくれ。次はこっちの、チョコホイップを試してごらん?」
ビーバーテイルを抱える巨大な腕から、早速別の包みを受け取ると、ルーサーはいそいそと包装紙を破る。どろりと溢れそうなホイップクリームの上に、たっぷり乗せられたチョコソース。溺れるほど甘い香りを纏ったひと口を、彼は笑顔でお嬢さんに差し出した。訳も分からず、それでも素直に口を開いた彼女に、彼はうっそりと微笑む。
願わくば、彼女の記憶を満たすのは自分だけでありますように。仄暗い思いをたっぷりのクリームで包み込み、ルーサーの口角は緩やかに弧を描いた。