③とにかく○○してしまう、○○な男(爽ルサ)「美味しそうだね」
背後からぬるりと現れた長い腕が、私の手元にするりと伸びる。彼の有り余る身長に見合うその長い指先は、ソファの反対に凭れる私からまだ3口も食べていないストロベリーアイスをあっさりと奪い取ってしまった。
「ちょっと、ルーサー?」
刺々しい私の声などまるで気にしていない風に、ルーサーは明るいテラコッタブラウンの髪を軽く掻き上げる。人間の耳を模った悪趣味なカチューシャに横髪を引っ掛けると、彼は勿体ぶった手付きでアイスを頬張った。
ああもう、嫌な男。他人から奪ったストロベリーアイスは、さぞかし美味しいでしょうね。ぱちぱちと瞬きを繰り返す嫌味なまつ毛に思わずため息をついて、手にしたままのプラスチックスプーンをゴミ箱に放り込んだ。
「おや、もう食べないのかい?」
「……誰かさんが、私のアイスを取っていっちゃうから」
私の嫌味に、彼は悪びれもせず肩を竦めてみせた。
「そんなに怒らないで、お嬢さん。可愛い顔が台無しじゃないか」
その可愛い顔とやらをここまでしかめっ面にさせているのは、一体どこの誰なのか、と。問い詰めたい気持ちをぐっと堪えて、細く長く息を吐き出す。
「もういい、アイスはあげる」
諦めて立ち上がった瞬間、ぐんっ、と腕を強く後ろに引かれた。勢いのままソファに着地すると、不服そうに口角を下げたルーサーが、私の顔を至近距離で覗き込む。さらりと揺れるボブカットの毛先が私の鼻先を掠める距離で、彼はぶりっ子するみたいにわざとらしく頬を膨らませた。
「ちょっと、どこへ行く気かな?」
「……キッチンに」
「私を置いて?」
「……」
「Lady、質問にはちゃんと答えなさい。このルーサー・フォン・アイボリーが、わざわざ君と過ごす時間を作ってあげているというのに。それなのに君は、たったひとりキッチンへ?ああ、私のお嬢さんはなんて薄情者なんだ」
「……誰かさんが、私のアイスを取っていっちゃうから」
同じセリフを返すと、彼は「それじゃあ」と言って、私に向かってスプーンを突き出す。
「ほら、どうぞ?」
乱暴に掬い取ったピンク色のアイスが、到底ひと口で収まらないボリュームで目の前に翳される。唇にくっ付く勢いのひと匙に思わず固まると、まるで私が悪いのだと言わんばかりに彼は首を捻った。
「どうしたんだい?早くしないと、溶けちゃうよ?」
そのきょとんとした顔に沸き上がる苛立ちを飲み込んで、仕方なく口を開く。至極嬉しそうに、彼は私の口にスプーンを捻じ込んだ。
「美味しいかい?」
期待の籠った眼差しを鬱陶しく思いながら、無言で頷く。舌に乗った瞬間からどろりと溶け出す液体で窒息しないよう、冷たくて甘ったるいクリームを必死に嚥下した。人工的なイチゴ味でねちゃつく口をさっぱりさせたくて、ティーテーブルに乗せたままの紅茶に手を伸ばす。すると今度は、その指を大きな手で握り込まれてしまった。
「ルーサー?」
「どうしたんだい、お嬢さん?」
私の指をいたずらに揉みながら首を傾げるルーサーに、ふつふつとした鈍い怒りが込み上げる。口の中を舌でぐるりと舐め回し、自分を落ち着かせるつもりで軽く喉を鳴らした。
「……今度は何?」
「何って、特に何も?」
「……」
「ふふっ、しかめっ面になってるよ♡お嬢さん♡」
「……一体誰のせいよ」
「私かい?」
ああダメ、やっぱりイライラする。返事の代わりに睨み付けると、ルーサーは嬉しそうに肩をくすくす揺らした。眦をゆるりと下げて、彼は心底愛おし気に私を見下ろす。
「ふふ♡そうだね、お嬢さん。今まさにこの瞬間。君を、こんなに可愛い君を困らせているのは、間違いなくこの私だ」
歌うように囁いて、ルーサーは私の髪に指を絡める。その上品ぶった手つきが嫌で、思わず首を引っ込めると、彼は薄い眉を吊り上げて、わざとっぽくこちらを睨んだ。
「お嬢さん、私の手が気に入らないのかい?」
「……いじわるする手は、嫌い」
「ああ、もう♡……ふふ、ふふふっ♡」
ルーサーは突然身をしならせると、握っていたカップアイスをぽいと放り投げる。美しい放物線を描いて、たっぷり残ったイチゴ色のドロドロが、あっけなくリビングの絨毯に吸い込まれていく。ポカンと口を開いたまま、その一部始終を見守った後。込み上げてきたのは、怒りと呆れを通り越した恐怖に近い感情だった。
「ああもう、本当に可愛い♡君はなんて可愛らしいんだ♡」
意識が半分も残っていない脳みそで、ルーサーの言葉をぼんやり聞き流す。首に絡み付いた長い腕と、ぎゅうぎゅう押し付けられるデイジーがプリントされた派手なピンクシャツは、私の気持ちなんかお構いなしで勝手にお喋りを続けていた。
「可愛いかわいいお嬢さん♡私だけのお嬢さん♡ふふっ♡……でも、私を嫌いになるなんて許さないよ」
そう言うとルーサーは、突然私の頬を両手で挟んだ。そのまま強制的に彼と視線を合わせる体勢になると、4つの目が緩やかに弧を描く。
「ほら、ちゃんと言いなさい。私はルーサーが大好きです、一瞬だって離れません、って」
ああ、本当に嫌な男。これで私がひと言「大嫌い」と嘯けば、彼はリビングを滅茶苦茶にする勢いで泣き喚き、みっともなく私の足に縋りつくのだから、本当にたちが悪い。そうなったら困るのは私の方で、折れてやるのもいつも私。
「ねぇ、お嬢さん?ほら、早く聞かせておくれ」
「……」
「お願いだよ、あまり焦らさないでおくれ」
たっぷりの空気を吸い込んで、吐き出す。期待と焦りが滲むその目に向かって、私は口角の引き攣った笑みを向けた。
「愛してるわ、ルーサー」