静かなる目撃者僕の朝は、素敵な恋人のために1杯のコーヒーを作るところからはじまる。
きっかり午前7時、世界一可愛い僕のYouの寝顔にキスを贈ってから静かにベッドを抜け出す。
向かう先は、もちろんキッチン。
コーヒーメーカーに電源を入れて、起動までの時間を利用して昨日までの生ゴミとかを、きちんとゴミ袋に入れる。
へへ…僕って、時間の使い方が上手でしょう?
あっ、…もうストックがないから、新しいゴミ袋も買って来なきゃ
コーヒーメーカーの準備が出来たら、Youに教えてもらった通り、使い捨てのペーパーフィルターを丁寧にセットする。
コーヒーメジャーすりきり1杯のコーヒーの粉をフィルターに盛って、マグカップ1杯分の水をタンクに入れる。
あとはスイッチを入れて少し待つと、朝のコーヒーの出来上がり
Youは仕事がある日は朝ごはんを食べない(ギリギリまで寝ていたいんだって、ねぼすけさん)から、朝はこれだけ。
……本当は色々作ってあげたいんだけどね。
Youが僕の手作りを食べるのを見るのが大好きだから。
でも…前に調子に乗って色々食べさせてあげたら、Youは気分が悪くなって朝から寝込んじゃったんだ。
Youが一度に食べることが出来る量は、僕よりもうんと少ないみたい。
そういえば、僕と出会う前のYouは朝ご飯どころか、夕ご飯も抜いている日もあったっけ?
だから毎朝、僕は彼女のために1杯のコーヒーを作る。
コーヒーのセットが終わったら、もう一度ベッドに戻る。
Youの目蓋がちゃんと伏せられていることを確認しながら、時間が来るのをじっと待つ。
僕は、この時間が1番好きかもしれない。
ぴったり閉じた目蓋が、午前7時半のアラームと一緒に震える。
Youの目がゆっくり開いて、一番最初に僕を見る。
「おはようYou今日もいい天気だよ」
「……お、…はよ。」
この瞬間が、僕はたまらなく好き。
Youが目覚めて、一番最初に目に入るのは、いつだって僕の顔なんだ。
それって、とってもロマンチックでしょう?
Youの手がアラームを止めてから、ゆっくり僕の頭に伸ばされる。
僕の髪の毛を、ふわふわ、くるくる…。
優しくかき混ぜながら、大きく欠伸をひとつ。
この後のYouの行動の選択肢は2つ。
1・シャワーを浴びにバスルームに向かう
2・そのまま二度寝して、出勤ギリギリまで寝る
「…起きるか。」
今日は1番目の選択肢みたい。
目元を擦りながらバスルームに向かったYouの背中を、僕も後ろから追いかける。
シャワーの音が止むまで、彼女が仕事を終えて帰ってくるまでの事を色々考えて時間を過ごす。
(ゴミ袋を忘れないように、…と。)
ものの数分で、タオルを頭に被ったままのYouが出て来た。
お風呂あがりのYouはいつも裸のままだから、正直目のやり場に困っちゃう。
Youったら、僕が来る前からずっとこうなんだ。
「寝起きだから、そこまで頭回ってない」だって
首から下げたタオルで顔を拭きながら、ワードローブに向かうYouを見送って、僕はリビングに戻る。
完成したコーヒーをYouのマグカップに注いで、彼女の席に置く。
いつものワイシャツに、いつものジーパン、お気に入りのジャンパーを肩に掛けたYouが、欠伸をしながら席に着いた。
「いつもありがとう、ドゥ。」
そう言って、Youはコーヒーを一気に煽る。
「どういたしまして…♡…ねぇ、今日の帰りは遅くなりそう?」
「んー?…多分いつも通り、定時上がりかな。」
「そっかぁ。」
ううん、じゃあ早めに処理しなきゃなぁ……。
「…ドゥ、どうかした?」
優しいYouが、心配そうに僕のことを見つめている。
いけない、僕ったらYouに無駄な心配をかけちゃった…。
「なんでもないよ、心配しないで」
「……本当に?」
Youは綺麗な形の眉毛を顰めて、僕のことを疑うみたいに少し睨む。
「ほ、本当だって……あのね、夕飯に何を作ろうかな、って。買い物も行きたかったし、Youが早く帰ってくるなら、時間がかかるものはやめようかな…って、考えてたんだ…。」
…顔が少し熱くなった。
ちょっと恥ずかしいけど、Youに心配させるのは良くないよね
「…そっか。」
僕の返事に、Youは安心してくれたみたい。
良かった
「さっきも言ったけど、定時になると思う。…料理は…、ドゥが作ってくれるものなら何でもいいよ。…出来てなければ待つし。」
「…」
「あー…、面倒なら、出前だって良いしさ。」
You、You、You
「君って、ああ、本当に素敵な返事だよ僕、今日も腕によりをかけるからね」
「はいはい、…程々にね。」
Youは笑って時計を確認すると、通勤カバンを手に立ち上がった。
「…じゃあ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい、ダーリン♡」
お互いのほっぺたに、挨拶のキスをひとつずつ贈る。
Youの背中が見えなくなるまで見送って、玄関の鍵をしっかり閉めた。
……さっきの幸せな朝のルーティンを思い出して、思わずため息が零れちゃう。
るんるんと鼻歌を歌いながらキッチンに戻る。
「ねぇ、どうだった?」
キッチンの床に寝転がる彼のためにしゃがみこんで、目線を合わせてあげる。
彼の両手足はダクトテープできちんと縛ってあるから、勝手に動くことは出来ない。
……静かにしてねって言ったのに、泣いて暴れてうるさいから口もついでに塞いである。
「これが、僕の毎日のささやかな幸せなんだ。」
悪い子の彼に、優しく、優しく、言い聞かせる。
(彼がなんで悪い子かっていうと、この間Youの職場に押しかけて彼女の手を無理やり握ったり、タバコの煙を吹き掛けたり、Youに失礼なことを言ったり、その後もずっとブツブツ車の中で彼女の悪口を言ったりしたからなんだ。ね、すごく悪い子でしょう?)
「僕はね、Youと幸せな生活を送ることだけが望みなんだ。」
目が溶けちゃうんじゃないかって位に泣いている彼の頭を、Youがしてくれるみたいに優しく撫でる。
「……分かってくれる?」
彼は、何度も、何度も、頷いてくれた。
「そっかぁ…、良かった。」
僕は安心して、彼の顔を覗き込む。
彼も安心したみたい、嬉しそうに笑ってる。
「じゃあ、消えてね。」
大きく深呼吸して、めいっぱい口を広げた。
――ガチャン
目を開くと、床に少しだけ血が滲んでいた。
Youが帰って来た時に、彼女の足が汚れたら大変だ
床拭き用のSwifferを数枚取って、丁寧に床を磨く。
……うん、綺麗になったね
彼が着ていた血塗れの服なんかを詰めたゴミ袋に、汚れたSwifferも放り込んで口を固く縛った。
「…そうだゴミ袋買いに行かなきゃ」
ぎゅうぎゅう詰めのゴミ袋を片手に、玄関のドアを開く。
太陽が高いところにあって、気持ちの良い青空が広がっていた。
「……あぁ、本当にいい天気。」
共同の大型ダストシュートにゴミ袋を放り投げ、思いっきり背伸びする。
「…さて、今日は何をしようかなぁ。」
こんなにいい天気だから、Youのためにランチを作っても良かったかも。
…そうだ今度は彼女のためにランチを作ろう
素敵なアイデアに僕は嬉しくなって、鼻歌を歌いながらスキップした。