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    Fuca2Fuca2

    @Fuca2Fuca2

    筆が速いのが取り柄です、Twitterで書いたものをここに入れます。
    責任ある大人しか見ちゃダメなものもぶち込みます。(ちゃんとR表示します)
    書いてる人は、品性下劣かつ下品で助兵衛です。
    だから、そんな作品しかありません。
    ※シモの話は♡喘ぎデフォです。
    最近拠点を支部に移したので、ここは跡地のようなものです。

    Do not repost.
    無断転載禁止です。

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    Fuca2Fuca2

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    ドゥとYou

    Twitterに上げていたものをまとめました。
    (I Wanna Be Your Slaveという曲をテーマに書いたオムニバスです。)

    ※香り付け程度に名前無しモブや、Youの元彼の話が出てきます。
    ※ちょっぴり不穏だったり、匂わせる描写もあるかもしれませんが健全です。

    君のいい子で、悪い子になりたい。1:きみをドキドキさせたい。


    画面の中の怪物が、ブロンド女に大きく覆い被さる。
    振り返った女の顔がズームアップされ、サッと青ざめる。
    『eeeek』
    「わぁっ」
    「う、わっ…」
    Youはソファの上で小さく飛び跳ねると、素早く後ろを睨み付ける。
    「……ちょっと、ドゥ?」
    案の定ドゥがソファの後ろに立っており、その両手を口元に宛がって笑っている。
    「hehe…、」
    柳眉を逆立てたYouに、ドゥは何故か照れ始めた。
    「びっくりさせないで、っていつも言ってるのに」
    「ご、ごめんね…、つい…♡」
    頬を染め、顔を緩ませて謝罪されてもちっとも嬉しくない。
    Youは盛大にため息をつくと、自分の隣を乱暴に叩いた。
    「…ホラーは好きだけど、無理やりびっくりさせられるの嫌いって言ったでしょ?」
    呼ばれるままにYouの隣に腰掛け、彼女からクッションを押し付けられたドゥは、満面の笑みをYouに向ける。
    「…うん。……ごめんね。…どうしても、我慢出来なくて。」
    クッションを両腕で抱き締めながら、ご機嫌を伺うように彼女の顔を下から覗き込む。
    しらっ、とした冷たい眼差しを向けられても、ドゥは怯むことなく、ニコニコと笑みを浮かべている。
    「だって…。君のびっくりした顔って、とっても、とっても…、とっても可愛いから…♡」
    クッションに甘える様に頬擦りしながら、ドゥはうっとりとYouを上目遣いで見上げる。
    「…。」
    「ね?ごめんね、You。…大好きだよ、…ね♡」
    締りの無い顔でへにゃへにゃ謝るドゥに、諦めのため息をひとつ。
    ちら、と視線をテレビに戻す。
    画面の中の美女は、為す術もなく怪物に襲われていた。
    巻き上がる血飛沫、陰惨な音楽、咀嚼音、血を浴びた怪物。
    もう一度視線をドゥに向ける。
    クッションの前で組まれた指先が、もじもじとYouの返事を待っている。
    「…もし、私が怪物だったら。」
    Youはぐいっ、と身を乗り出してドゥの鼻先をつまむ。
    「ドゥから食べてやるから、覚悟なさい。」

    一瞬の静寂。

    ドゥはみるみる頬を染めると、「You」と叫んで、そのまま彼女を押し倒す。
    「それって…、それって……とっても素敵だよ、You」
    「…ん〜、そういうリアクションになるのね?」
    はふはふと息を荒らくするドゥの顔を押し退け、サイドテーブルに手を伸ばし、リモコンを掴む。
    「もう1回、…あのシーン見るから、付き合って。」
    「勿論だよ、You」
    「…次は、脅かすの禁止だからね。」
    「勿論だよ、You」
    「……。」
    聞いているのか、いないのか。
    Youは諦めて、早戻しのボタンを押す。
    ドゥは上機嫌にYouの肩に頭を預ける。
    場面は戻り、ブロンドの女の背後に化け物が忍び寄るシーンから。
    …しかし今度は、温かい体温がすぐ隣にある。
    これから2度目の死を迎える女優は、画面の中で悲鳴をあげた。




    2:きみのためなら野獣にだってなれるよ


    本屋の片隅の稀覯本コーナー、一緒に本屋に来た恋人の会計を待つ間、Youは豪華な装丁の本を片手に時間を潰していた。
    ほんのり埃のにおいがするページを、ゆっくりと捲る。
    Youの視線は、セピア色の文字列をするすると滑り、次々に新しいページを捲る。
    ふと、彼女の指が止まる。
    それは、美しいドレスを着たお姫様が、噴水の傍で大きな蛙と話をする場面。
    そのシーンを、うっとりと指先でなぞる。
    「You、お待たせ。」
    いつの間にか隣の席に腰掛けていたドゥが、Youの横髪をするりと指ですくい上げた。
    彼女の後れ毛を耳にかけてやりながら、ドゥはYouの手元を覗き込んだ。
    「何を読んでたの?」
    「カエルの王様。」
    彼は一言、ふぅん、と興味無さげに呟くと、両腕をYouの腰に回した。
    「…で、ドゥは何を買ってきたの?」
    少しだけ残念そうにYouから身を引くと、ドゥは笑顔でペーパーバッグをバリバリと破り、手にした本をYouに差し出す。
    「TA-DA」
    本の表紙で、ゴールドのドレスを纏った美しい女性の手を、見上げるばかりの大きな獣が恭しく受け取めている。
    「…美女と野獣?」
    「うん…この前、一緒に見たでしょ。」
    「……ああ、Netflixで見たね、そう言えば。」
    ドゥは少し頬を赤らめて、Youに笑いかける。
    「すごく、すごく素敵な話だなぁ〜って。それで、本も読みたくなったんだ。」
    美しいプリンセスが表紙を飾るその本を胸に抱き、ドゥはうっとりとため息をついた。
    「……あなた、結構ロマンチストよね。」
    Youは薄く笑うと、読んでいた本をパタリと閉じた。
    「だって、真実の愛のキスだよ…美しいお姫様の愛があれば、醜い野獣だって、カッコイイ王子様に変わる事が出来るんだ…」
    「…ふぅん。」
    興奮して声が上擦るドゥの手を取り、Youがぐっと顔を寄せる。
    あと少し身を乗り出せば、唇同士がぶつかる距離。
    「私は…、あなたが怪物でも愛してるわ。」
    「…。」
    「…ふふ、」
    「へ…っ、……え、えっ」
    一気に顔を赤くしたドゥに、意地悪な笑みを向けるとYouは「さて、」と呟いてさっさと立ち上がる。
    読んでいた本を棚に戻し、バッグを肩にかける。
    「ドゥ、帰ろ。…ほら、早く立って。」
    呆然と座り込んでいるドゥの頬を、ぺちぺちと叩く。
    「…。」
    「ドゥ?……置いてくわよ。」
    肩を竦めたYouは、ドゥの頭を軽く撫でてから、さっさと店を後にした。
    「」
    ガタッ、と大きな音を立てて椅子が倒れた。
    周囲の視線を集めながら、ドゥは慌ただしく椅子を起こすと、Youの後を追いかけた。
    「ま、待ってよ、You〜っ」






    3:「きみのからだに触れたい。」
    「だって、最高に刺激的だから♡」


    バタン、とバスルームの扉が開く。
    その音に反応して、洗面所のバスマットに座り込んでいたドゥが顔を上げた。
    「おかえり、You」
    「んー、」
    湯気をまとって現れたYouは、生返事を返しバスマットの上に立つ。
    ぽたぽた落ちる水滴に、ドゥは小さく悲鳴を上げるとバスマットから慌てて逃げる。
    「そんな所で待ってるから…、」
    Youは呆れたため息を零し、キャビネットに積んだバスタオルを手に取り頭から被る。
    そのままがしがしと乱暴に髪の毛を拭きながら、洗面台の鏡を覗き込む。
    曇った鏡面を手の平で拭い、目尻残ったマスカラを見付けて顔を顰める。
    「…最悪、」
    先日ドラッグストアで購入したばかりのクレンジングワイプを取り出し、ごしごしと目元を擦る。
    もう一度鏡を覗き込んで他の化粧残りを探しながら、妙な顔をして映り込むドゥに声を掛ける。
    「…何か用?」
    「…えっと。……ううん、特には…。」
    歯切れが悪い彼はへらへら笑いながら、「あー、うー、」と言葉を探す。
    「えっと、…身体、拭かないと。冷えちゃうよ?」
    「うん、分かってる。…すぐ拭く。」
    そう言いつつ、何度も顔の角度を変え化粧残りが無いかを念入りに確認する。
    「…会社の懇親会だか知らないけど、やっぱり慣れない化粧なんてするもんじゃないわね。」
    ブツブツ文句を言いながら唇を乱暴に拭い、うっすらピンクに染まるクレンジングワイプに舌打ちを落とす。
    一方でドゥも、彼にしては珍しく眉根に皺を寄せて人知れず葛藤していた。
    ……いつも以上に無防備な恋人が、素っ裸で尻をこちらに向けているのだ。
    ただでさえ、あの身体の柔らかさや、しっとりした肌の感触を知っている手前、これがYouの言うところの「据え膳」ではなく、一体なんなのだとドゥは混乱する。
    更に悪い事に、彼女は何がそんなに気になるのか、夢中になって鏡を覗き込んでいる。
    そのせいで、白い尻がこちらに突き出されているとも知らずに。
    「……。…ねぇ、You…やっぱり身体を。」
    おずおずと申し出るドゥに、Youは鬱陶しそうに顔だけ振り返ると、頭に被ったバスタオルをドゥに放り投げた。
    ほんのり湿ったタオルをドゥが慌てて受け止めたのを確認してから、ぐっしょり湿った前髪を雑にかきあげ眉を顰める。
    「じゃあ、ドゥが拭いてよ。…タオル、分厚いから手は濡れないでしょ?」
    「…ぅ、えっ」
    慌てるドゥにさっさと背を向け、Youは新しいクレンジングワイプを取り出す。
    「……ウォータープルーフのマスカラなんて買うんじゃなかった、ったく。」
    乱暴に擦るせいでほんのり赤く腫れた唇を見て、また一段階Youの機嫌が悪くなる。

    ドゥは、ごくりと生唾を飲み込んだ。
    手元のタオルとYouの背骨の窪みを見比べてから、そろそろと彼女の背中に近寄る。
    「やっぱり、安物はダメか…。」
    「…せ、背中拭くよ?」
    「んー。」
    そっと、Youの背中にタオルを宛てがう。
    彼女はなんのリアクションも示さず、お気に召さなかったらしいクレンジングワイプのボックスの成分表示を睨んでいる。
    背筋、肩、胸元、二の腕、腰、腹、太腿…。
    順番にタオルを宛てがい優しく水気を吸い取ると、最後に湿気ったタオルをYouの首にかけてやる。
    ドゥはそろりと彼女の腹に腕をまわすと、ふと正面の鏡を見上げた。
    「ねぇ、ドゥ。後でセタフィルのクレンジングワイプ、Amazonで注文するの覚えといて。」
    不機嫌そうなYouは相変わらず手元の箱に視線を落とし、その後ろの自分は頬を赤く染め、情けない薄ら笑いを浮かべてこちらを見ている。
    「…うん、覚えておくね。」
    湯冷めしてしまったYouの皮膚を温め直すように、
    ドゥは彼女の臍の前で手を重ねる。
    「ありがと。」
    Youはクレンジングワイプを箱ごとゴミ箱に放り込み、腫れた唇をひと舐めして唸る。
    「うっ…うぇ、苦い。」
    慌てて蛇口を捻り、そのまま身を屈めて顔を濯ぎはじめた。
    突然バシャバシャと音を立てて飛び散る飛沫にドゥは身を震わせるが、それ以上にYouの剥き出しの下腹部が突然自分の股ぐらに押し付けられた事に驚いて呻き声を上げた。
    咄嗟にYouから手を離したドゥは、思わずその手で自分の口元を押さえる。
    Youが顔を洗う度、鏡に映る彼女の乳房が揺れる。
    「……You。」
    目の前のしなる背筋を見下ろして、ゆっくりと舌なめずりする。

    きゅ、と蛇口が閉められる。
    「うえ、…まだ苦い、酷い味。」
    Youは首に下げたタオルで、ごしごしと乱暴に顔を拭いながら悪態をつく。
    「……You♡」
    ドゥの手が、そっとYouの腰を掴む。
    何も知らないYouが、呑気にドゥに手を差し出す。
    「ドゥ、新しいタオル、取って。髪、拭きたい。」
    ドゥは1歩前に出て、Youの太腿を自身の腰で洗面台に押し付ける。
    「…。」
    流石にYouも、なにか様子がおかしい事に気付いた。
    「…えっと、ドゥ?」
    「なぁに、ダーリン…♡」
    ドゥは深くため息を零すと、その熱い手でYouの腰をなぞり内腿まで手を滑らせる。
    柔らかい脂肪が形を変え、ドゥの長い指がむにゅりと太腿に食い込む。
    「…何か用?」
    「…えっとね、…ふふ…♡♡」
    ドゥは笑いながら内腿を自分に抱き寄せ、そのままYouの背中に覆い被さるようにぴたりと身体をくっつけた。
    長い黒髪がYouの肩に零れ、上半身の輪郭を確かめる様にまとわりつく。
    「…きみの身体に、触りたくって…♡♡」
    湿気ったタオル越しにYouの耳に囁くと、頬を寄せて耳介に甘くかぶりついた。


    4:「きみが、僕のモナリザなんだ。」


    ある休日の昼下がり、Youとドゥは連れ立って近所の公園に来ていた。
    「久しぶりに絵を描きたいなぁ…。」
    昨晩の夕食後、Youが歯を磨いていた時に、ソファでひとり呟くドゥを発見して今に至る。
    テレビの画面には、新人発掘オーディションの会場で自身の手の平を筆替わりに絵を描くアーティストが、観客から拍手を浴びている様子が映し出されていた。
    曰くドゥは、ひとりきりの時は絵を描いて時間を潰す事が多く、自前のスケッチブックまで持っているという。
    彼がそう零すので、休日は家に籠っている方が好きなYouも重い腰をあげた。
    テイクアウトしたホットチョコレートを啜りながら、反対の手をドゥに引かれて公園を歩く。
    この時期の屋外は冷えるとはいえ、公園にはそれなりに人が居た。
    元気な子供がブランコを漕いだり、老人が犬の散歩をしたりと、思い思いにのんびり過ごしている。
    ドゥは随分とご機嫌で、画材を詰めたトートバッグを肩に、ルンルン鼻歌を歌いながらキョロキョロ辺りを見渡している。
    「…で、描きたいものあった?」
    「うん、…ちょっと待ってね。」
    こちらを振り返り、気遣う様な視線を向けるドゥにYouは静かに首を横に振る。
    「大丈夫、疲れてる訳じゃないし、飽きてもいない。…ドゥが描きたいものが見つかるといいなぁ、って思っただけ。」
    Youの言葉に、ぽぽぽ、と頬を染めると嬉しそうに頷いた。
    「えっと、描きたいものは決まってて。…今、場所を探してるんだ。」
    「そっか、…どんな場所?」
    「ええっとね…、……あ、あのベンチとか」
    ドゥが指さしたのは数十メートルほど離れた場所にある、公園の池を眺めることが出来るベンチ。
    成程、池の野鳥でも描くのだろうか。
    そもそも、この時期に野鳥はいるのかどうか。
    それなら、魚?
    そんな事を考えながら、Youはホットチョコレートに口を付ける。
    ベンチに辿り着くと、ドゥはトートバッグからスケッチブックを取り出す。
    池の周りをランニングをしていた女性が、目の前を走り去って行く。
    どれどれ野鳥か魚か、ドゥのモデルになってくれる何かいるかと池を覗き込みながらベンチに腰掛ける。
    「あ、…You、ごめん。」
    「ん?」
    「あのね、そっちじゃなくて、反対向きに座って欲しいんだけど。…いい?」
    「いいけど…、なんで?」
    Youは池を背にして座り直す。
    ついさっきまで歩いて来た景色を眺めながら、ごそごそとトートバッグを漁るドゥに視線を移した。
    「…えっとね、…僕、……Youを描きたくって。」
    ペンケースから鉛筆を取り出したドゥが、手元に視線を落としたままはにかむ。
    「…。…え、私?」
    Youは思わす自分の顔を指さす。
    「Of course」
    ドゥは顔を上げ、満面の笑みで頷き返す。
    彼はYouの正面を陣取り、そのまま地面に胡座をかいた。
    「僕の女神は、君だけだもの。」
    心底嬉しそうにドゥは嘯くと、パラパラとスケッチブックを開く。
    ランニングをしている女性が、Youの後ろを走り去って行った。
    「…ほら、笑って?」
    ドゥは口元に笑みを乗せ、Youに向かって鉛筆を翳した。






    5:「きみを楽しませられるなら、道化になってもいいよ。」

    とある日の昼下がり、近所のスターバックスで奇妙な2人を見かけた。
    パッと見は仲睦まじい男女のカップル。
    …しかし、見れば見るほど普通のカップルとは違う。
    女の方は化粧っ気のない顔で、ひと目でセール品だと分かるGAPのスウェットを着ている。
    恐らく俺の少し歳下で、手にしたホットチョコレートに息を吹きかけながら、物憂げな視線を窓の外に向けている。
    …服が安っぽいことを除けば、中々絵になる美人だ。
    男の方は完全にゴスで、黒地に真っ赤なハートマークのペイントが施されたTシャツに、だらしなく羽織った黒いパーカー、同じく真っ黒なパンツと革靴を履いている。
    目の下にクマが刻まれ、ちらちら見える二の腕には夥しい自傷痕が覗いている。
    冷える季節だと言うのに、Trentaサイズのフラペチーノを片手に、隣の彼女に必死に話しかけている。
    ホットチョコレートの女性は、時たま隣のゴスに視線を投げ、彼の話に相槌を打っては暇そうに外を眺めている。
    ゴスの方はペラペラと内容のない話を捲し立て、彼女にあしらわれては嬉しそうに頬を緩めている。
    ナンパにしては、ゴスの腕は馴れ馴れしくホットチョコレートの彼女の腰に回っているし、肝心の彼女に嫌がっている様子はない。
    そういう訳で、2人は恐らくカップルなのだろう、と結論付けたのだが…。
    何となく腑に落ちず、2人の背中を眺めながらコーヒーを啜る。

    暫くすると二人は立ち上がり、ホットチョコレートを飲み切った彼女は欠伸をしながら店の外へ、ゴスの方は注文カウンターに歩いて行った。
    ふと興味が湧き、ペーパーナプキンを1枚取り出して俺の連絡先を書付ける。
    残りのコーヒーを一気に煽り、彼女を追って店外に飛び出した。

    「Hi there」
    店のすぐ側の車止めに腰掛けていたMiss.ホットチョコレートは、駆け寄ってきた俺に気付くと、訝しげに眉を顰めた。
    「…。」
    俺の顔をちらりと見上げただけで彼女は何も言わず、再び手元のスマに視線を落とした。
    「えっと…、君に声を掛けたんだけど?」
    「…。」
    ……ここで引いては男が廃る。
    思いっ切り笑顔を作って、彼女のすぐ隣の車止めに腰を下ろした。
    「…何か用?」
    漸く、彼女の視線がこちらに向けられる。
    じとりとした眼差しと伏せ目がちな目付きが相まって、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。
    「えっと…、端的に言うと、ナンパなんだ。」
    「…。」
    彼女の眉間の皺が、より深くなる。
    「さっき、スターバックスに居ただろ?…ねぇ、良かったら連絡くれないか?」
    めげずに電話番号のメモを差し出すも、彼女はピクリとも動かない。
    「しない、要らない。…悪いけど、恋人が居るの。」
    思ってたより、バッサリと切り捨てられてしまった。
    しかし、ここで引き下がっては意味が無い。
    maison「…でもさぁ、恋人って、さっきのゴスの事だろ?ぶっちゃけ、君とは不釣り合いだよ。」
    「…。」
    「君はもう少し男を知るべきだし、オシャレもするべきだよ。…もっと色んな経験を積むべきだと思うよ?」
    「…。」
    「その一歩、って事で。…とりあえず、俺とランチに行くのはどう?」
    「お断りするわ。」
    けんもほろろ、梨の礫。
    「…少なくとも、私の彼はアンタよりいい男よ。」
    「はぁ?あのゴスと比べて?…君、マジで言ってるなら、大分頭ヤバいよ?」

    「誰が、頭ヤバいって?」

    不意に響く男の声で、背中がぞわりと粟立つ。
    振り返ると、あのゴスがスターバックスの紙袋片手にニヤニヤ笑顔を浮かべて突っ立っていた。
    「おかえり、ドゥ。」
    「ただいまぁ、You♡♡」
    妙に間延びした甘ったるい声で彼女の名前を呼ぶと、ゴスは俺を無視して彼女の腕に自分の腕を絡めた。
    馬鹿みたいに顔をデレデレさせて、彼女の肩に頬擦りする男の姿に気分が悪くなった。
    「…じゃあ、これで。」
    Youと呼ばれた彼女は俺に背中を向けると、あっさりと俺を捨て置いて立ち去った。
    「…ったく、可愛くてもあんだけ愛想悪いとなぁ。」
    無性に腹が立ち、足元の小石を蹴り上げる。
    連絡先を書いたペーパーナプキンをポケットに仕舞い直し、ため息を零した。

    「まぁ、あの女に追いかける程の価値はねぇ、か。…あんな不気味ヤローの方がいいなんて、マジで見る目ねぇしな。…やっぱり、あんな女「うるさい。」
    すぐ耳元、すぐ後ろ。
    吐息を感じる程の距離で、男の低い声が聞こえる。
    後ろから誰かに、肩の肉を痛い程に掴まれる。
    「お、お前…誰だ?」
    「うるさい。」
    ギリリ、と肩に食い込む力が強くなる。
    震える呼吸を落ち着けるために、一度深呼吸をした。
    肺を満たすのは新鮮な空気ではなく、廃墟を思わせるじめじめと湿ったすえた臭い。
    「お前が、Youのことを悪く言うなんて許せない。」
    ずるずると、何かが後頭部を這い回る。
    「お前が、Youに話し掛けるなんて許さない。」
    蛇のような、ムカデのような、…髪の毛のような、細長い何かが。
    「お前が、Youの視界に入るなんて許さない。」
    ずるずる、ずるずると、首筋を、側頭部を、顔を這い回る。
    「お前が、Youと同じく世界に居るなんて許さない。」
    何かの両手が後ろから俺の顔を掴むと、ゆっくり引っ張る。
    視界に映ったのは、さっきのゴスの顔だった。
    それにしては黄色い目が何個もついているし、クモの足みたいな細長い何かが背後で蠢いているし、そもそも人間の目だった部分がぽっかり開いた穴になっていて、そこからどろどろの何かが俺の口に入って来る。
    「消えろ。」
    男の口が耳まで裂け、顎が外れ、有り得ないほど口を開く。
    そのまま俺の頭を口に押し込もうとする化け物を目の前に、どこか冷静な自分は頬に落ちる生暖かい唾液を感じながら、昔観た「エイリアン」の映画を思い出していた。
    近くて遠いどこかで、ガシャンと大きなガラスが砕ける様な音がした。

    「で、お目当てのものは買えた?」
    「うん…ほら、美味しそうでしょう?」
    ドゥは紙袋をガサガサと漁ると、大きなブルーベリーマフィンをYouに見せびらかし、ニコニコと微笑む。
    「…にしても、なんで突然ブルーベリーマフィンなの?」
    「昨日見たテレビでね、凄腕のヒットマンがブルーベリーマフィンでターゲットを仕留めていたんだ凄いでしょ」
    目をキラキラさせるドゥに、Youは曖昧な笑みを返す。
    「……仮にそのシーンを見て、食べたくなるものかしら?」
    「なるよ」
    「…そう、良かったわね。」
    上機嫌なドゥに緩く微笑むと、Youは視線を正面に戻す。
    それを確認して、ドゥはYouの横顔をうっとりと眺める。
    「…やっぱりYouは、最高の恋人だよ♡」
    「ん、…どうしたの突然?」
    「Youは賢くてとびきりキュートだなぁ、って再確認したんだ♡」
    「そっかそっか、」
    「うん♡」



    6:「きみをフリーにしてあげるには、僕は嫉妬深すぎる。」


    がぶり、と大きくホットドッグにかぶりつきながら、Youはバスを降りた。
    今日はたまたま、勤務先のホットスナック類の売れ行きが芳しくなかった。
    それで店長が、帰りがけのYouに「持ってきなよ。」と言って、廃棄予定のホットドッグをひとつ包んでくれたのだ。
    ガソリンスタンドという立地もあってか、Youの担当レジは割と混雑するのが常なのだが、ホリデーシーズンも終わり客足が落ち着いてきたのが原因だろう。
    子供や老人には優しくない硬さのソーセージを咀嚼し、帰り道に買ったコカ・コーラで流し込む。
    あれだけ日がな一日、ローラーグリルでころころ焼かれているのだから、固くて当然だ。
    アパートに辿り着いた所で丁度ホットドッグを食べ切ることが出来たので、包み紙をぐしゃぐしゃに丸め、ジーンズのポケットに捩じ込む。

    「ただいまー。」
    「Youおかえりなさい」
    いつものように飛び付いてきたドゥに、ソーダをぶちまけないように注意を払い、Youは彼の背中をよしよしとあやす。
    「ねぇねぇ、夕飯はどうする?実はね、ふふ…、さっきテレビで見たんだけど…。」
    「あー、ごめん。今日は要らない。」
    既にシワが付いているピザのチラシを振り回していたドゥが、少しだけ残念そうにその手をおろした。
    「…そっか。…もしかして、具合悪い?」
    今度は心配そうにYouの顔を覗きこみ、その唇にそっと触れる。
    「ううん、帰りに食べて来ただけ。」
    「……そっか。」
    ドゥの指がYouの口角に触れ、ケチャップを拭いとる。
    汚れた指先を見つめ動かなくなった彼の隣を、Youは特に気にせず通り過ぎた。
    「……何を、食べたの?」
    「んー?…廃棄のホットドッグ。」
    Youはコーラを飲み干し、そのままキッチンのゴミ箱に缶を放り込む。
    「どこで買ったの?」
    「廃棄だから、買ってないよ。…ボブに貰ったの。」
    何となく物足りなくなったYouは、冷蔵庫を漁りながら未だ玄関に居るらしいドゥに返事をする。
    「ボブって、誰?」
    「店長だけど?」
    目当てのバドワイザーを見付け、つま先で冷蔵庫の扉を閉じる。
    カシュッ、と気持ち良い音を立ててプルタブを起こし、リビングに向かおうと踵を返した。
    ほろ苦いビールを舌に乗せたところで、いつの間にか真後ろにいたドゥに軽くぶつかる。
    「…う、…ごほ。…びっくりした、なに?」
    「…店長と、仲良いの?」
    驚いて噎せるYouには何の反応も示さず、ドゥは俯いたまま質問を重ねる。
    …その表情は、全く見えない。
    「(…あぁ、良くない兆候だ。)」
    Youは開封したビール缶を一旦シンクに置くと、ドゥの肩に軽く手をかけて揺すぶる。
    「…ドゥ?…大丈夫?」
    「ねぇ、店長と、仲良いの?」
    一向に顔を上げない彼に、Youは首捻りながら最適解を探す。
    「……YES」
    「どうして?…ねぇ、ボブは特別?僕よりも?」
    顔を伏せたまま、肩を震わせるドゥ。
    手にしたチラシをぐちゃぐちゃに握り込んで、何かを堪えようと必死だ。
    「NO」
    Youはその場にしゃがみこんで、ドゥの顔を見上げる。
    彼の顔は、逆光のせいか真っ黒だ。
    その見えない顔に向かって、Youは優しく声をかける。
    「あなたより特別な人なんていないわ、ドゥ。」
    「…。」
    爪が食い込むほど固く握られた拳に、そっと手を重ねる。
    「愛してるわ、ドゥ。」
    「……ほんと?」
    「YES」
    「…。」

    カシャリ、とシャッターの切れる音がする。

    ドゥは長く息を吐きながら、Youと視線を合わせる様にゆるゆるとしゃがみ込んだ。
    「…。」
    「落ち着いた?」
    「うん。」
    「…良かった。……夕飯、一緒に食べられなくてごめんね。…明日、一緒に食べよう?」
    「…いいの?」
    「勿論。…ほら、立って。話を聞かせて?」
    Youはドゥの手を引いて立ち上がる。
    シンクに置きっぱなしだったビールを手に、二人並んでいつものソファに腰掛けた。
    ドゥは、所々破れてしまったチラシのシワを一生懸命伸ばしながら、Youにテレビで見たピザの話をする。
    その話を聞きながら彼女は穏やかな表情を浮かべ、すっかり温くなったビールを口に、穏やかな夜の時間を過ごした。





    7:「きみが僕を使いたいなら、パペットにもなってあげるよ。」


    「君のためなら、なんだってできるよ。」
    これは誇張でもなんでもなく、ドゥがYouに対してよく言う言葉。
    実際のところ、彼は本当によく働く。
    重たい荷物を率先して持ってくれるし、車だって出してくれる。
    得意では無いという掃除だって、Youが頼めば快く引き受けるし。
    非耐水性の身体をしているというのに、Youと一緒ならビーチにだって行く。
    ドゥは本当に「Youのためなら、なんでもする。」のだ。
    (絶対に頼まないが、きっと人だって殺すだろう。)
    そんなドゥは、今日も甲斐甲斐しくYouの世話を焼いている。
    彼女の夕食後のコーヒーを淹れるのは、すっかり彼の役目になった。

    「おまたせ、You。」
    そう言って彼は、湯気立つマグカップをYouに差し出す。
    自分は熱せられた胴の部分を持ち、手持ちの部分を笑顔で彼女に向けるのだ。
    「…ありがとう。」
    ソファに腰掛けていたYouは、ドゥの為のスペースを作り、クッションを抱き寄せた。
    「どういたしまして…何を見てたの?」
    「特に…。なんか、好きなのに変えていいよ。」
    隣に座りに来たドゥにリモコンを渡し、マグカップに口をつける。
    「どうしようかな〜…、Youの今の気分は?」
    「…。」
    Youはドゥの肩口に頭を預け、彼に寄りかかった。
    「…ぇ…、あ。…You?」
    「…なんでもいい。…ドゥと一緒に見るなら、なんでも。」
    もう一度マグカップに口を付ける。
    ちらりと見上げると、ドゥが嬉しそうに頬を染め唇を忙しなくモゴモゴと動かしていた。
    「…えへへ…、そっかぁ。」
    ドゥはおずおずとYouの肩に手を伸ばすと、そのまま優しく抱き寄せる。
    「…じゃあ、映画。…美女と野獣は?…どうかな?」
    「いいよ。……本当に好きなのね。」
    Youは笑って、テレビ台に並べられた美女と野獣の書籍版に目をやった。
    「うん…何度観ても飽きないよ」
    ドゥは笑顔でリモコンを操作すると、リビングの電気を消した。

    映画がはじまると、ドゥは途端に静かになった。
    閉じることの無い瞳は、画面を注視し続けている。
    無意識なのか、彼の髪の毛がさわさわと優しくYouの頬を撫ではじめた。
    一方で、肩に回された腕はぴくりとも動かない。
    以前彼が、感覚器官は髪の毛に集中していると言っていたのは、あながち嘘ではないのだろう。
    頬を撫でる毛先に指を絡ませ、唇に引き寄せる。
    気紛れにちゅっと可愛いキスを落とすと、喜ぶ様に髪の毛がざわめき、Youの指に絡み付いた。
    「……You。」
    「あ、…ごめん。邪魔した?」
    頬を染めたドゥが、困った様に首を横に振る。
    「…あんまり、可愛いことしないで?」
    そう言って、ドゥはYouの唇に優しくキスをする。
    「…苦いね。」
    「コーヒー飲んでるからね。」
    Youはサイドテーブルにマグカップを置くと、ドゥに向かって身を乗り出す。
    それを待ち構えるドゥは、クッションを枕代わりにソファに寝そべって彼女を優しく受け止めた。
    そのまま何回か唇を重ね、Youの身体はドゥの胸に柔らかく抱きとめられる。
    「…あ、映画は?……いいの?」
    画面の中では、お姫様が野獣と手を取り合ってダンスを踊っている。
    ドゥのお気に入りのシーンで、彼曰く「とっても素敵な舞踏会」らしい。
    「うん。…僕のお姫様は、Youだから。」
    そう言うとドゥは、Youの頬を優しく撫でる。
    「…君が僕の1番なんだよ、お姫様?…君より優先するべきものなんて、何も無いんだから。」
    「…素敵ね、王子様。」
    Youはドゥの手に頬を擦り寄せ、その手の平に口付けた。
    「でもね、…私はあなたの事を、野獣になんてする気はないの。」
    「…?」
    「…あなたはそのままで、私の王子様だから。」
    ドゥの目がキラキラ輝いて、心底嬉しそうに顔が綻ぶ。
    「…あぁ、You…。…愛してるよ。」
    「私も、愛してる。」
    テレビの明かりに照らされながら、2人は唇を重ねた。







    8:「きみのいい子で、悪い子になりたい。」

    「急で悪いんだけど。明日、私とデートしてくれない?」
    夕食の出前中華をつついていたYouが、突然そんな事を言い始めた。
    「それはもちろん構わないし、嬉しいけど…。」
    Youが食べる様子をただ眺めていたドゥが、困惑した声を上げる。

    それもそうだ。
    突然メールの通知音が鳴ったと思えば、目の前で夕食を食べていた恋人が、スマホを見るなりそんな事を言い出すのだから。
    しかもYouは、その画面に向かって舌打ちまで落とす。
    いくら脳天気なドゥだって、なにかあったのだろうと察した。
    Youは「ありがと、」だけ返すと、何回かスマホを操作して、再び舌打ちを落とすと、最終的に画面を伏せてテーブルに置いた。
    ブロッコリーにフォークを突き刺すと、缶ビールの残りを一気に煽ってベコベコと缶を握り締める。
    がりがりとブロッコリーを噛み砕き、頬杖をついて伏せられたスマホをじっと睨み付けた。
    「…。」
    「えっと…、よかったら、理由を聞いても?」
    おずおずと尋ねるドゥにYouは視線を寄越すと、はぁ…と深くため息をついた。
    「ごめん、ドゥ。…なにも説明してないのに、いきなり。」
    「いや、それは構わないんだよ…?その…、折角のデートなのに随分と君が嫌そうにしてたから。…どうしたのかな?って…。」
    Youは、食べさしのチャイニーズカートンを脇に退けると、テーブルの上に乗せられたドゥの両手をしっかりと掴んだ。
    「そうね。…折角のデート、…そうよね。…ちゃんと説明させて。」

    Youはスマホを手繰り寄せると、画面をドゥに見せる。
    一般的なメッセージ画面で、Youと誰かのやり取りの画面の様だ。
    「…この子、ハイスクール時代の友達なんだけど、かなり心配性で。…悪い子じゃあないんだけど、…その、お節介でさ。…卒業してから、1回も連絡取ってなかったんだけど、」
    Youはふぅとため息をつくと、嫌そうに視線をテーブルに落とす。
    「…明日、たまたま仕事でこの辺に来るらしくて。…夕飯を一緒に食べる約束したの。」
    「そっか…お友達に会えるんだ、良かったねYou」
    パチパチと拍手までして喜ぶドゥに、Youは曖昧に微笑む。
    「…それでね。今、彼氏がいるって話したら。絶対に会わせろ、って聞かなくて。……ごめん。」
    はたり、と拍手が止まる。
    ドゥのリアクションをちらりと確かめて、彼女はこくりと頷いた。
    「……うん。その子、元カレの事知ってるからさ。…変に心配してるみたいで。…。」


    "恋人?……あー、…いたよ、学生の頃ね。…ひとりだけ。"
    "んー…、あんまり思い出したくない、かな。"
    "酷い別れ方したし、…アイツのこと、多分好きじゃなかったし。"
    "…ふふ、なんて顔してるのよ。"
    "大丈夫、今はすごく幸せ。…大好きよ、ドゥ。"


    「…ドゥ?……ドゥ」
    パチン、とドゥの目の前で大きく指が鳴らされる。
    「わっ……ご、ごめん。ボーッとしてた…。」
    「…大丈夫?」
    心配そうにこちらを覗き込むYouに、慌てて笑顔を作って首を横振る。
    「大丈夫だよっ…それで明日は、Youのお友達と一緒にディナーだねっ大丈夫任せてきっと素敵な恋人だって認めてもらえるように、僕、頑張るからさっ」
    にこにこと愛想良く笑うドゥに、Youの顔がくしゃりと歪む。
    「……ドゥ?…ひとつだけ、勘違いしないで。」
    「何が〜?」
    Youはドゥの襟元を乱暴に引き寄せると、ごつり、と互いの額をくっ付け合わせた。
    「……私は、あなたの事を、"認めて貰おう"なんて思ったことは1度もないわ。」
    「…。」
    「あなたは、私の自慢の恋人なの。他人に認めて貰う必要なんかない。私が、あなたを最高だと認めてるの。」
    「」
    ドゥの目が見開かれ、大きな瞳いっぱいにYouの怒った顔が映り込む。
    「…分かった?」
    ぱっ、と手を離すと、Youはどかりと座り込み、冷えて固くなった牛肉に齧り付いた。
    「You…。」
    「ん?」
    ちらりとこちらを見る、いつも通りの涼しい瞳のYou。
    その"いつも通り"に、ドゥは酷く胸が締め付けられた。
    「………ありがとう。」
    それだけ吐き出すと、赤らんだ頬を緩めて彼女に微笑みかける。
    「んー。」
    Youはいつもの様に手をヒラヒラと振るだけで何も言わず、残ったブロッコリーを咀嚼する。
    そんな彼女の顔を、ドゥは頬杖をついて眺めた。



    翌日、友人との待ち合わせ場所で、Youはひとりスマホを弄っている。
    仕事が終わり次第、この場所でドゥとも合流することになっている。
    不意に、Youのスマホのコール音が鳴った。
    表示された名前を確認し、彼女はスマホを耳に押し当てる。
    「…Hello?」
    「「HelloYou、久しぶりっ」」
    スピーカーとYouの背後から、同時に懐かしい声が響く。
    驚いて振り返ると、思い出の中より少し大人びた友人が、ニコニコと屈託の無い笑顔でこちらに手を振っていた。
    「…びっくりさせないでよ。」
    「hehe…、ごめんね……良かった、元気そうね。」
    安心した様子の彼女に、Youは肩を竦める。
    「……そりゃあ、"あの学生時代"より元気だと思うわ。」
    少しの嫌味を乗せた言葉に、友人は律儀に頷くと視線を遠くに向けた。
    「……そうだよね。…あの頃のあなた、毎日傷だらけで。」
    「…。」
    ふい、と視線を逸らしたYouに、友人は思わず口を押さえる。
    「…ごめん。」
    「いいよ、別に。……今はもう、あんまり思い出さないし。」
    「そう…。ねぇ、そう言えば彼氏は?ちゃんと、連れて来てくれるんでしょうね?」
    「分かってる、ってば。」
    ため息を零すYouに、友人は腰に手を当てて柳眉を逆立てる。
    「メッセージでも伝えたけど…。もし、変な男だったら…。」
    「分かってる。…ちゃんとした彼氏だから、安心して。……だから、私のママに言いつけるのはやめて。」
    「それは、肝心の彼氏くんの様子を確かめてから、ね?」
    大袈裟に腕組みする彼女に、Youは再びため息をついた。
    「相変わらずのお節介焼きなんだから。」
    「そっちこそ、相変わらずの面倒臭がりね。」
    膠着状態のふたりに、パタパタと足音が駆け寄ってくる。

    「ご、…ごめんね、You遅くなっちゃった」
    振り返ると、"いい子ちゃん"モードのドゥが、人好きのする笑顔を浮かべてこちらにやって来るところだった。
    「…ドゥ。」
    くせ毛を緩くまとめ、黒いセーターと、グレーのスラックスという出で立ちの彼に、Youは少し口篭る。
    「えへへ、…お待たせ、You。」
    5本揃った指でYouの髪を梳くと、そのまま彼女の後頭部に手を寄せて、優しく抱き寄せる。
    Youの額と頬に口付けを贈ったところで、ぽかんとしていた友人に向かってドゥは笑顔で手を差し伸べた。

    「ごめんね、…えっと、君がYouのお友達かな?」
    「…え、…。あ、うん、そうよ。初めまして…。」
    「初めまして、僕はドゥ…Youの恋人だよ。」
    愛想良く握手を交わすと、ドゥはすかさずYouの腰に腕を回した。
    「…さて、これからディナーだよね?僕もご一緒できる、って聞いてたんだけど…。」
    「えっ…、ああ、そう。そうよほら、You、ドゥ着いてきて」
    はっと我に返った友人は、ふたりを先導してレストランに入る。
    そのまま入店しようとするドゥの裾を、Youがこそこそと引っ張った。
    「…ちょっと、ドゥ?」
    「なぁに?」
    「……なんで、そんな格好してるのよ。」
    「ふふ、…だって、今日は君とのデートだよ?」
    パチリ、とウインクすると、Youの耳元に囁く。
    「……君は他人なんてどうでもいい、って言うけれど。…僕は、やっぱり気になっちゃうよ。…お願い、今日はカッコつけさせて?」
    「…。」
    「君の自慢の恋人だって、みんなに思って欲しいんだ。」
    目をうるうると潤ませて、「ダメかい?」と首を傾げるドゥに、Youはため息をついた。
    「…分かった、分かったわ。…あまり無理はし過ぎないでね。」
    「ありがとう、You。」
    ドゥは白い歯を覗かせて笑うと、Youのつむじに唇を落とす。
    「…ちょっと、おふたりさ〜ん?…席が取れたから、早く着いてきて?」
    店の外でイチャつくふたりに、呆れた様に肩を竦めた友人が、こちらに手招きをする。
    「行こうか?」
    自然な流れでエスコートするドゥに、Youは大人しく従う事にした。

    …結果から言えば、食事会は大成功だった。
    ドゥはテーブルマナーをきちんと守って、ローストビーフを綺麗に切り分け、1口ずつ口に運んでいた。
    フォークを食いちぎらなかったし、皿も齧らなかった。
    それに、友人との会話はかなり弾んでいた。
    ……むしろ、ドラマ好きの友人と、テレビ好きのドゥの話は上手く噛み合っていて、Youが黙りこくっている時間の方が長かった位だ。
    勿論、ドゥはすかさずYouにフォローを入れて、あれこれと解説をしてくれたのだが…。

    仲睦まじいドゥとYouの様子に気を良くした友人は、ワインのせいもあってかなり饒舌だった。
    はじめは、ドラマや仕事という当たり障りない話をしていたものの、酔いが回った彼女は、Youの学生時代の話をはじめたのだ。
    何度かYouが止めようとしたが、ドゥはやんわりと友人の話を促し、彼女はペラペラとYouの過去を話しはじめた。

    元々Youは大人しい性格だった、とか。
    成績も良くて模試で1番を取ったことがある、とか。
    元カレは本当に悪いやつだった、とか。
    そのせいでYouはいたく傷付けられた、とか。
    ドゥみたいないい男は滅多にいない、とか。

    …正直、楽しい時間ではなかったが、ドゥがやたらと聞きたがっていた事を友人が勝手に喋ってくれるのはありがたかった。
    逆に、ドゥがこれだけ知りたがっていることを、今まで口にしなかった自分に、若干の後ろめたさがあったので、Youは黙々とローストビーフを口に入れることに集中していた。

    「あ〜、楽しかった」
    ワインで頬を赤くした友人を見守るように、Youとドゥは駅前までの道を歩く。
    「あの店、中々美味しかったわね気に入ったわ」
    「んー。」
    「ローストビーフ、柔らかくて美味しかったね。」
    友人は振り返って、仲睦まじく腕を組んでいるふたりに微笑みかける。
    「…本当に、よかった。……ねぇ、You。」
    「んー?」
    「…今、幸せ?」
    「勿論。」
    「ん〜、幸せ者ねこのこの〜」
    友人は満足気に笑うと、Youの脇腹を軽く肘で小突く。
    「痛いってば、」
    「…彼、いい人じゃない?」
    「当然、私の彼よ?」
    「あっはははっ言うわねぇ〜」
    随分とまぁ飲んだものだと呆れながら、Youは彼女の為にキャブを拾おうと道路に出る。

    なんだかんだ面倒見がいい所も相変わらずだと友人は笑みを浮かべると、今度はドゥに視線を移した。
    「うふふ…。…ねぇちょっと、ドゥ?」
    「うん?なんだい?」
    手を挙げてキャブを呼び込むYouをニコニコ眺めていたドゥが、小首を傾げる。
    「………。…Youの事、頼んだわよ?」
    「勿論だよ…Youと一緒にいられる僕は、この世界で1番幸福な男だからね」
    白い歯を見せてウインクする彼に、友人は何度も頷いた。
    「…悪いやつの事って、忘れたくても忘れられないんだって。……お願い、Youがあんな奴のことを思い出さなくても良いくらい、幸せにしてあげて。」
    「…あぁ、そのつもりだよ。」
    「うふふ…。アンタみたいないい男、中々いないわね、ドゥ?」
    タイミングよく、ウインカーを出したイエローキャブが路肩に停車する。
    「今日は本当にありがとう…You、ちゃんと家族に連絡取るのよ〜?」
    「Aye, aye, ma'am.」
    やる気なく敬礼するYouに、友人は眉を顰めたものの、すぐに笑顔になる。
    そしてドゥを一瞥し、「お幸せに」と大きく声をかけて、イエローキャブに乗り込んだ。



    「はぁ…、疲れた。」
    友人が乗ったタクシーを見送ってから、Youは深くため息をついた。
    「お疲れ様、You。」
    「あなたもね、ドゥ。」
    ドゥはにこりと微笑み、Youのスヌードとコートの襟を整える。
    「さぁ、僕らも帰ろう?」
    そう言ってYouの手を取り、家までの道をふたり手を繋いで帰った。

    「…そう言えばさぁ、」
    帰る道すがら、繋いだYouの指をやわやわと握りながらドゥが呟く。
    「んー?」
    「…えっと、…さ。」
    奇妙な沈黙が訪れる。
    Youはちらりと、ドゥの顔を伺った。
    相変わらず"いい子ちゃん"モードの彼は、どこか沈んだ顔をしていたものの、Youの視線に気付くとニコリと微笑む。
    「…あのね、正直、ヤキモチ妬いてるんだ。」
    「でしょうね、あなたの事だから…。」
    「へへ…、Youにはなんでもお見通しだね?」
    「…。」
    「…君の友達、随分君のことをよく知ってるんだね。」
    「……あ、そっち?」
    思わず口を開いたYouに、ドゥは首を傾げる。
    「そっち、ってどっち?」
    「…ううん、なんでもない。」
    「そう?……あのね、君の友達は、君のことをちゃんと思っていて、大切にしてるって事が、すごくよく分かった。」
    「そう?」
    「うん。…彼女、僕に"いい人だね"って言ってくれたんだ。」
    「そう。」
    「…でもさ、」

    ドゥは足を止め、じっとYouを見つめる。
    月光を受けた彼の髪の毛がざわざわと煌めき、カシャリ、と控え目にシャッターが切られる音が響く。
    「…僕、…僕は、それじゃあ足りない。」
    Youの手を、4本の指がぎゅうっと包み込む。
    「僕、君の…、君だけの、悪いやつになりたい。」
    揺らめく彼の瞳が、許しを乞うようにYouに向けられる。
    「そうしたら、…僕のこと忘れないでいてくれる?ずっと、覚えていてくれる?」
    「…どうして別れること前提で話が進むのよ。」
    Youは肩を竦めると、ドゥの反応を確かめる様に、彼の腕を強く引っ張る。
    「別に、いい子でも悪い子でも、一緒に居るわ。…でしょ?」
    「…そう、だけど。」
    Youは、ぼすり、とドゥの胸に飛び付くようにして抱き締めた。

    「…私の事、好き?」
    「す、好きっ大好き」
    ぎゅう、と力強く抱き締め返される温もりに、Youはぐりぐりと顔を押し付ける。
    「…私も好き。…大好き。」
    「You…。」
    「あなたを過去になんてしないから、…いい子のドゥも、普段のドゥも、どっちも大好きだよ。」
    Youは顔を上げると、ドゥの顎の先に唇を押し付ける。
    「…悪い子になんかならなくても、あなたの事を思ってるわ。」
    「…。」
    「それじゃ、だめ?」
    「……ダメじゃない。」
    月の光を浴びながら、ふたりは優しく唇を重ねる。
    「…好きだよ、You。」
    「ええ、大好きよ。」
    もう一度ハグをすると、お互いの顔を見合ってくすくすと笑う。
    5本の指と、4本の指を絡め合い、再び家までの道を歩き始めた。

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