【勇作さんと8番出口】気が付けば勇作は不思議な閉鎖空間に迷い込み、グルグルと同じ通路を歩き続けていた。
辺りを見回すと眩しく輝く白いタイルの壁に【ご案内】の文字が目に映った。
異変を見逃さないこと
異変を見つけたら、すぐに引き返すこと
異変が見つからなかったら、引き返さないこと
8番出口から外に出ること
どうやら自分は異変とらに巻き込まれているらしい。
注意深く観察しながら歩みを進めて気づいた事は、異変と言っても奇怪な生き物が現れたり、即座に生命を脅かされるといった類ではないようで、ただ見落としてしまいそうなほど細かい異変だった。
警告ポスターが所狭しと乱雑に貼られている異変……広告ポスターが巨大化する異変……床の点字ブロックの異変……など、1つ見つけては引き返して異変を感じなければ先に進み、幾度と疑心暗鬼になりながら7番出口まで辿り着いた。
「やっと7番…!もうすぐ出口だッ!」
独り言を発する程に勇作は浮かれた。
もうすぐ家に帰れる……この不気味な空間から出られる……と、極度の緊張状態からの解放が見えて浮かれていたのだ。
反響して響いた自身の声の大きさにハッとしては咳払いを一つ浮く。
むしろ終わりが見えたからこそ、今一度気を引き締めなくてはならない。
震えては動かない己の足と弱い心に檄を飛ばして角を曲がる為に歩みを進めると、道のど真ん中に異母兄がポツンと一人で立っていた。
幻覚かと思うほどに朧気で、それでいてハッキリとした口調でその人は語りかけてきた。
『俺に愛を教えた貴方を俺は愛しています。
俺のそばに一生居て下さい』
「……えっ?」
戸惑うも勇作は酷く冷静だった。
本物の異母兄は自分に " そんな事 " は言わないだろうと即座に否定する。
いつだってあの人は素っ気なく、勇作の存在そのものが迷惑だと冷たくあしらう。
勇作が求める " 男兄弟 " としての、馴れ合いすらも拒否するのだ。
……なんと趣味が悪い異変だろうか……
勇作は無言で苦笑いを浮かべて語りかけてきた男に背を向け、元来た道を引き返した。
人口の明かりに照らされた閉鎖された白い空間が、やけに眩しくて目が開けていられない。
出口から指すものは外の光だろうか、眩しさに痛む目を開けて、視界で見た出口番号は
【0番出口前】
「は?」
何故?何を?何処で間違えた?
ブワッと全身の毛穴から汗が吹き出し、勇作の身体と肝を一気に冷やした。
何度見たって案内看板には0番の文字で、変わりはしない。
立ち尽くす勇作の背後から生暖かい息が耳元にかかり、掴まれた肩に指と爪が食い込んだ。
「 何 故 逃 げ る ん で す 」
「なッ…は?…え……ッ?」
勇作にはもう、何が異変で、何が正常か、
判断する事が……出来なくなってしまった……