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    l___usunset

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    瑞香と支子の始まりの話

    皐月の譚これは2人が出会う物語。

    霊界の煌びやかな木々はまばらになり、浮世の植物が目につくようになった森の中。神使と言えど所詮ネズミである僕にとって、天敵である蛇に出会ってしまった。身体中痛み、ずっと走っていたせいで足は棒の状態で、逃げることもままならない状態だった。
    「随分と酷い怪我だね」
    蛇が赤い舌をチロチロしながらうねり、鱗が赤紫に反射する。少し考えてみれば赤紫の鱗に深緑の目を持った蛇など聞いたことがない。ただの爬虫類ではなく妖の類だ。辺りは優しく甘い香りに満ちている。心地良く感じる。
    「お前は何だ。僕を喰うつもりか」
    「僕が見えるのか?驚いた………。喰うなんていやだな、食べないよ。」
    蛇が身体を大きくうねらせると、一瞬だけ視界が暗転し、場所が森林から日本家屋の一室へと変わった。高い天井までの壁一面を正方形の引き出しが埋めつくしている空間だった。深い赤茶色の木で作られた部屋はしとやかに光沢を放っている。
    「どれ、僕に手当できるかな……」
    部屋から視線を戻すと、蛇はいつのまに人間の青年の姿となっていた。
    視力が悪いため詳細は分からないが、蛇の鱗と同じ赤紫色の髪を後ろで1つ結びにしている。長いまとめ髪が揺れる度、淡く甘い匂いが漂った。
    「沈丁花……」
    「おや、よくわかったね。僕は瑞香町、瑞香は沈丁花の別名だよ」
    瑞香と名乗った青年は、戸棚から薬箱を取り出し、僕の治療に取り掛かる。
    「瑞香町?町の名前が、君の名前なのか」
    「説明が難しいな…元は隠れ里という妖で、それに人格と実体が生まれたのが僕だよ。僕がこの町であり、この町が僕なのさ」
    彼は常世と浮世の境界に住まう妖で、町そのものなのだと言う。そして僕は知らないうちに、そこに足を踏み入れてしまったそうだ。
    「どうして僕に構う」
    「それは隠れ里の性質のせいさ。迷い込んだ者が良人であれば歓迎するし、悪人なら懲らしめる」
    聞いたことないかい?そういうおとぎ話、と青年は包帯を留めこちらを見やった。彼の話を聞いているうちに、手当は終わっていた。
    「と言っても、僕は出来たてホヤホヤの町であるからね、この僕以外住民が居ないんだ」
    青年は土間に降り立ち、引き戸を開けた。ちょいちょいと手を動かす。こちらに来いということらしい。
    外は砂道で緩やかな勾配になっており、この薬屋以外にも家屋がずっと先まで並んでいた。しかし、人の気配も妖の姿形も見当たらない。
    「寂しい町なんだ。さすらい人しかやってこない。まぁ、近いうちに猫の神様が御二方ほどお越しになるらしいけれど」
    そう言って青年は戸を占め、部屋に戻った。
    「君は見たところねずみの妖か。いや、もっと高尚な…神使か。君と同じように仕えるねずみが沢山居る場所があると聞いたことがあるよ。君は何故、ここに?」
    手当をしてもらって尚、僕は青年を警戒していたが、彼からすれば自分の場所に得体の知らない僕が入り込んできた状況だ。僕は素直に説明と感謝をしなければならない立場である。
    「貴方の言う通り、神使のねずみだ。名を支子という。仕える神も、まとめ役の大旦那様も良い方だった…」
    元いた場所を思い出す。僕があそこでやってこれたのは大旦那様がいたからこそだった。ねずみは子孫繁栄や子宝の象徴だ。使いのねずみの仕事は、子を作る事だった。
    「言いたくないかい?」
    続きの言葉が出てこず、頷くので精一杯だった。神の使いもまともにできない、逃げ出してきた落ちこぼれだ。僕の居場所は、もうない。戻りたいとも思えない。元いた場所のことを思い出し、不意に涙ぐむ。しかし青年が僕の頭を撫でて、広い袖口で顔は隠れた。
    「しばらくはうちで過ごすといい」
    青年は僕を抱き寄せて、震えが収まるまでずっと撫で続けた。大旦那様が撫でてくれてるようだった。僕は安心したのか、いつの間にか眠りについていた。

    どのくらいの時間が経ったのだろう。目を覚ますと、布団の上だった。枕元には再び蛇の姿となった青年がとぐろを巻いていた。僕が起きた事に気づくと、おはよう、といいながら少し首を持ち上げる。
    「この町においで。きっと、君の良い居場所になろう」
    赤紫色の鱗と深緑の瞳にはささやかに光が差して、まるで宝石のように美しい。いつの間にか人の姿に変わり、人の形の手が僕の頬を撫でる。
    「安心して、支子。僕は君を食べないよ」
    支子、クチナシ、僕の名前でもあるその植物の作る実は、蛇も食べないほど硬い。
    なるほど、言い得て妙だと思い破顔して、蛇の誘いに頷いた。
    彼と過ごす日々は愉快なものとは言い難いが、自分の心をとても穏やかにしてくれるものだった。薬を目当てに来た妖と交流をしたり、迷い込んだ人間を療養させ現世に帰したりしていた。瑞香町は漢方薬をはじめとして西洋の薬にも詳しかった。ゆくゆくはこの町が賑やかになったら、薬屋をやりたいらしい。
    そんなことから何日か経った日のこと。いつも起きれば側にいる、彼の姿がない。
    「瑞香町?」
    彼の事を呼んでみる。返事はない。蛇の姿も、青年の姿も影を見せない。
    「瑞香…町…」
    瑞香町は、ここにある。この町自体が彼なのだ。しかし、あの青年はいない。

    彼を探し町をしばらく歩く。流浪しているであろう妖の姿がチラホラと見かけられた。
    更に歩いて行くと、家屋とは違う建物が立っている。川沿いに立つそれは小さな神社だった。僕の背より少し大きい御影石には、梅神社と彫られている。神社を取り囲む節のある木は、冬に梅の花を咲かせるのだろうか。
    階段を登り切った先の鳥居の下には見慣れた赤紫色と、見慣れない金髪と小豆色の髪が並んで話しているのを見つけた。
    「瑞香町!!!」
    思わず大きな声を出して階段を駆け上がる。
    金髪と小豆色に癖毛はこちらに気付き、「これが噂の〜」と耳打ちしている。
    「やぁ、梔子くんだね?瑞香町に越してくるのは君に抜かされてしまったようだ。でもこれから同じ町で暮らすもの同士、仲良くしようじゃない」
    「なんだ、瑞香町、この方たちは」
    「言ったでしょ、猫の神様が御二方ほどやってくるって」
    「……言ってた。でも……その……」
    元神使からすると神とは威厳があって厳かで圧倒的な存在である。そして確かに2人にも威厳がある。ただこんな簡単に話しかけてくること以外は。
    「この方は蝋梅さん。ここ梅神社に祀られる神様だよ。こちらの方は白檀さん。川向うの白神社に祀られる神様だ」
    「お頼ん申しますぜ、坊ちゃん」
    「ぼ、坊ちゃん…!?し、支子といいます。支子と呼んでください」
    「支子ね、あーしらの事も呼び捨てでいいよぉ。仲良くしてくれね」
    「はぁ……」
    神様に仲良くしてくれと言われる日が来るとは思わなかった。でも、僕がここの住人になることを肯定してもらえてるようで、心地よい。
    「ご挨拶も済んだし、支子、一緒に帰ろうか。まだ傷が痛むだろう。あまり外にいるべきじゃない」
    「もう帰るんですかぃ?じゃあ瑞香町、神主の件は頼みましたぜ。ウチらじゃまともな生活送れる気がしないんでね」
    「かしこまりましたよ。見つかるまでは僕が行きますから。それでは」

    二人で帰路に着く。家に入った瞬間、僕は起きた時から抱えていた思いを口にした。
    「……輪丁花と言うのはどうだろうか」
    「輪丁花?」
    「君の名前だ」
    「名前なら…瑞香町と」
    「それは町の名前だろ。君の名前を呼びたい時に困る」
    「僕の名前……」
    瑞香町の顔はぼやけて見えない。声色からは驚きと困惑を感じ取れる。
    「迷惑だったか。すまない」
    「いや、違うんだ。生き物じゃない僕が名前というのを持つなんて、思っても見なかった」
    上り框に腰をかけて瑞香町は手元を見る。
    「輪丁花…いい名前だね。こんな素敵な贈り物にはお返しをしたいな」
    瑞香町…輪丁花は床の間に上がり文机の引き出しを開ける。
    「支子、こっちにおいで。これをかけてみて」
    手真似されるまま近づく。目を閉じて、と言われ素直に閉じる。顔に何かくっついた感覚がする。目を開けて、と言われ瞼を上げる。
    見えたのは鮮明になった視界と、目の前の青年の顔だった。
    「うわ!?」
    青年は正直にいうととても好みで綺麗な顔をしていた。優しさの中に妖しさと知性を感じる姿。まるで…大旦那様みたいだ。そんな青年が目の前で僕に微笑みかけている。あの人は常に先を見ていて、僕なんて視界に入っていなかったが、この青年は違う。僕を、見ている。
    「あわわわ」
    「…何?大丈夫?」
    「だ、大丈夫だ。ありがとう……輪丁花」
    「…僕はまた贈り物をされてしまったな」
    「何も渡していないが」
    「そうだね。そしたら、もう一度名前を呼んでくれないか」
    輪丁花と呼ぶと、彼は大層嬉しそうに笑った。彼の言っていることが分かった。僕もまた、1つ贈り物を受け取ったみたいだ。

    これは2人が共になる物語。
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