農業の得意なオオサワレッドガン部隊には、半年に一度行われる奇祭がある。
隊員には勉学に対する興味を失わないでほしいというG2ナイルの発案で、業務に関係のあるなしに関わらずどのようなことでも研究し、プレゼンしてかまわないという、誰が言い出したか自由研究発表会である。入賞者には報奨金も(ナイルの自腹で)支払われる太っ腹の企画は、意外にも好評を博している。
さて、レッドガン部隊がルビコンへ進駐して初めて行われるその奇祭に、初めてAC部隊への審査にまで駒を進めた男が会議室の前で深呼吸していた。震える手で扉を3回叩くと、男はよし、と呟いて暗い会議室へと歩いて行った。
「小官はMT部隊のオオサワであります! 早速本題へと入りますが、今回のルビコンⅢ進駐にあたり、目下課題となっているのは食糧の確保であることは、ミシガン総長、ナイル隊長はご存知のことかと思われます」
レッドガンAC部隊の番号持ちが審査員として並ぶ中、震える足と声を必死に抑えて、オオサワは発表を切り出した。
「封鎖機構の巡回を掻い潜りながらの食糧の星外調達は当然ながらリスクを伴います。そこで小官の提案するのは将来のコーラル産業のための惑星入植を見据えた、ルビコニアンふつうワームを使用した食糧安定調達システムであります!」
「いや、まずルビコニアンふつうワームってなんだよ」
こういった部屋に閉じ込められること自体が好きではないイグアスが、頬杖をつきながら突っ込みを入れる。
「いい質問でありますイグアス隊長!こちらのスライドをご覧ください!」
オオサワはルビコニアンふつうワームの生態をまとめたスライドをスクリーンに映し出して、熱を入れて語り始めた。
「ルビコニアンふつうワームは現地でミールワームと呼ばれている生物であります。食用として飼育されていたそうでありますが、小官はこの生物に食用以上のポテンシャルがあると考え、今回の発表に至ったものであります!」
じゃあミールワームでいいじゃねぇか、というヴォルタのひとりごちる声に、ふつうワームの方が語感が可愛いのであります!ルビコニアンふつうワームでは長いので以降ふつうワームと省略させていただきます!と返すオオサワ。ソウデスカ…とG4とG5は全てを受け入れることにした。
「小官は入社以前は惑星のテラフォーム化を専門に研究しておりました。現状ルビコンにある資源のみで自給自足ができれば、万が一本部からの食糧コンテナが移送中に封鎖機構やアーキバスに阻止されても持ち堪えることができるものと考えております」
ふむ…とミシガンが頷く。
「さて、ふつうワームの飼料はコーラルを含む岩や土であります。小官はふつうワームを1体捕獲し、実験して参りました!」
オオサワは数字とイラストの混じった渾身のスライドを展開していく。
「まず、このルビコンⅢにおいて、何も対策を行わずに植物を育てることは実質不可能であります。コーラルによって汚染された土壌は植物にとって栄養過多である上、土の構造が水を通しにくい粘土質。そこでふつうワームにこの土壌を餌として摂取させることで、コーラルはふつうワームに集積、吸収され、排出された土が植物の生育にとって有効な土質、団粒構造化することが判明致しました! 土壌のコーラル汚染も改善されたことがグラフからもお分かりいただけるかと思います!」
そして…と、オオサワはカバンの中から赤く発光するダイコンを取り出して見せた。
「このダイコンは実験農地で栽培したものであります! ダイコンという植物は直根性の野菜で、土が柔らかくないと真っ直ぐに育ちません。それがふつうワームが排出した土を使うだけでこの出来…」
「お前、この仕事向いてないんじゃないか?」
G3、五花海が笑いながら言う。戦闘要員として前線に出ているより、サポートに回した方がいい人間だと、この場にいる人間全員の心は同じ方向に向いていた。
「オオサワ、一つ質問していいだろうか!?」
G6、レッドが律儀に挙手して発言を求めた。オオサワが「どうぞ!」と促すと、レッドは起立し、大声で言った。
「何故そのダイコンは赤く光っているのだ!? コーラルは毒とのことだったが、食して問題ないのだろうか!?」
「それは今後の課題でもあります、レッド隊長!」
大声の応酬に、五花海は用意していた耳栓をそっと装備した。
「コーラルは薬物と同じで依存性があり、常用していると飲酒による酩酊のような症状が起きてしまう危険性があります。このコーラルダイコンは、土壌に残ったコーラルを吸収しすぎてしまったが故に発光現象を起こしているものと考えられるものであります…。しかしながら、小官が食堂スタッフに依頼し、コーラルダイコンを煮物にしていただいて実食した際は、コーラルが抜けて普通のダイコンと遜色ない味になっておりました。また、これをアトランダムに食堂で提供しましたが、喫食した隊員のほとんどにコーラル酔いの症状は見られませんでした。ただ…イグアス隊長だけには耳鳴りの症状を確認しておりますが、他に要因があるものと考えられるため、問題ないものと思われます!」
「オオサワ…テメェ…!」
イグアスはオオサワに吠え掛かるが、自分以外のメンバーが大笑いする中振り上げた拳を収めるしかなかった。
「ここで目標とする『ルビコンⅢにある資源のみでの自給自足』からは離れてしまいますが、発光に対する解決策として『星外から調達されたが捨ててしまう食材』を肥料として使うなど、地道な土壌改良を行っていくことが必要かと考えるものであります。または先ほどの煮物など、調理法の工夫によって払拭できる問題かと!」
「よくやったオオサワ! だが俺も思うことがある。そのふつうワームだが、大きくなればAC4機分ほどの大きさになる。幼稚園のプールに入れておくには難しいと思うが?」
ミシガンが身を乗り出して、食い入るように聞いた。彼もベイラム本部から予算の問題について様々な注文を付けられる立場である。
「総長!それに関しては遠い昔地球で行われていた『合鴨農法』という農法をヒントにできるものと考えております!」
その質問も折り込み済みだとでも言うように、オオサワはスライドを操作する。
「『合鴨農法』ならぬ『ふつうワーム農法』ですが、ただ植物を育てるだけではなくふつうワームの生育も目的としております。土壌汚染を餌にふつうワームが育ち、その過程で農作物が育ち、ふつうワームは育ちきる前にこれまで通りファームへ出荷する、その資本で新しいふつうワームを仕入れる…これこそがルビコンⅢにおける食糧調達、そして更なる発展へ寄与するものと小官は信じております!」
「なるほど、荒削りだがアイデアは素晴らしい。年単位のプロジェクトになる、オオサワ、お小遣い帳の管理ができるようにしておけ!」
「恐縮であります、ミシガン総長!!」
……このプレゼンのログは後日解放戦線の621とラスティによって回収され、ルビコンⅢの食糧事情改善へ多大な貢献を果たしたという。
ルビコニアン達はこの功績を讃え、ふつうワーム農法を『オオサワ農法』として発案者に報いたのだった。