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    かをるる

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    かをるる

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    レオナ×カインくん お空 自由時空

    寝れずの夜――瞼を閉じては駄目。
    また見失ってしまうから。


     地平線まで敷き詰められた雲の絨毯を眼下に、冷たい空の風を切って船は進んでいた。澄んだ夜空に浮かぶ月明かりが船体を照らし、雲の上に大きな影を落とした。大層な本体を持つ割に派手な装飾の無い、上品な細工に彩られた船は、既に火を落として眠りについていた。船内は壁伝いに響く低音の駆動音と時折鳴り響く風きり音以外は静かなものだった。今は夜間飛行のための最低限の明かりを灯し、自動操縦に任せた低速飛行で目的地へと進路を取っている。
    その船の一室で、レオナは眠れない夜を過ごしていた。
    窓辺に備えつけられた椅子に、小さな机の上のランタンを灯して腰を下ろしている。部屋はレオナを中心にぼんやりと暖かな色を帯びていた。昼間の武将姿を脱ぎ捨て、過ごしやすい部屋着に身を包んでいるせいか、今の彼女から昼間と変わって穏やかな印象を覚える。レオナは窓の外に広がる海雲を眺め、頬杖をついてひとりごちていた。
    「…眠れない、なぁ……。」

    毎夜の事であった。彼を失くしたあの日から、彼女に安らかな眠りが訪れた事はなかった。


    レオナとって眠りは恐怖そのものであった。瞼を閉じれば孤独が彼女自身を蝕み、闇が犯し始める。彼女の美しい柔肌や首筋に冷たい刃が突き立てられているように感じられて、安堵して睡魔に身を委ねるようなことはできなかった。

    ――自分が目を閉じている間に、大事なものが消えてしまうのが怖いのだ。

    過去のあの日も祈っていた。額に汗をにじませ、強く瞼を瞑って、神様の様なあやふやな存在にさえすがろうとしていた。彼の無事を確かめられるまで、眠ってなどいられなかった。そうして一晩が過ぎて、他の部隊の仲間が一人、また一人と帰還してくる中、とうとう彼は帰って来てはくれなかった。周りの人達は言葉をかけて励ましてくれたが、その声が胸に届くことは無かった。
    後日、彼女の元に届いた残酷な現実は、正式な死亡通知と彼の亡骸。
    余りに呆気なくて、彼の死がよく理解できず、瞳を濡らす暇もないまま、周りに流されて葬儀を行った。彼のご両親は自身の悲しみを堪えて私を慰めようと言葉をかけてくれたが、現実離れした心の私は、ただただ空虚な相槌を打つ事しかできなかった。

    その後の私は、葬儀全てが終わり、着ていた喪服も着替えずに自室でぼぅっと夕暮れを眺めていた。大分日が落ちてきた頃だろうか、部屋の前に人の気配がすると、しばらくして控えめなノックが響き、彼の弟であるカインが部屋に訪れた。気まずそうな表情を隠しきれないながらも、こちらを心配そうに見つめてくる。ご飯を一緒に食べないか、とか、親戚のおばさんの小言が煩いくて逃げてきた、なんて他愛もない話を投げかけてくれて、その気遣いが可愛らしくて少しだけ頬が解れてくれた。
    返事を返そうと顔を上げて、この日初めてカインの顔をしっかりと見て話そうとしたことに気づいた。同時に、
    「あーーー。」
    思わずこぼれた声。こちらを気遣いながら見つめる優しげな瞳。その瞳にアベルと同じ輝きが宿っていることに気づいてしまった。

    ――アベル。

    違う。目の前の青年は、彼では無い。彼とはもう、会うことができない。語ることができない。触れることができない。
    アベルの存在をカインの中に認めてしまうと、離れていた心が現実に追いついてしまった。アベルの死に対する実感が今頃になって湧いて、自然と涙が頬を濡らし、止めどなく溢れてきてしまった。
    カインは慌てたように駆け寄っていくと、開いた腕の間に、レオナの方からカインの胸に顔を埋めてきた。
    その後彼の胸に顔をうずめて、声を上げながら一頻り涙を流した。彼は服が濡れるのも構わずに、優しく肩に手をおいて、私がが泣き止むのをじっと待ってくれていた。
    日が完全に落ちて、部屋が闇に包まれようという頃、ようやっとレオナは顔を離すことができた。
    そして、涙と共に放たれた悲しみは、レオナに新たな決意を生み出させた。
    ――この希望を守ろう。もう絶対失くしたりなんかしない
    。こんな哀しみは二度と繰り返させはしない。私の中の希望は私が護る――。
    レオナの瞳の奥に輝きが灯った。それが彼女の生きる糧となって、これからを形づくっていった。


    少しの間、過去に思いを馳せていると、部屋の扉にノックが鳴り響いた。夜も更けてきたのに、誰だろう。と扉に手をかけてそっと外をのぞき込んだ。
    「誰ですかー…?…あっ」
    噂をすれば、その人物が顔を出した。

    「おっ、こんばんは。レオ姉。まだ起きててよかったよ。地元の酒が手に入ったからさ、久々にどうかなと思って」
    扉の前にはカインが立っていた。掲げた手にはボトルに入った酒と簡単なつまみを抱えている。
    「厨房がまだ空いてたからさ、残り物で簡単なもん作ってもらった。ひとりでやるには寂しいし、どうかな?」
    カインはイタズラっぽい笑みを浮かべてレオナに提案する。
    「そこまで用意されてるなら、断れないでしょ」
    思わぬ夜中の来訪者にくすりと笑って、彼を部屋に招き入れた。どうせ眠れぬ夜なのだ、カインに話し相手になってもらおう。
    「待ってねー、今椅子とグラス用意するからー」
    レオナは部屋の奥からもう一人分の椅子を取り出して、テーブルのそばに置く。そして食器をしまった棚から二人分のグラスと食器を取り出して、手際よくきれいな布巾で拭ってテーブルの上に並べた。部屋に入ってきたカインは手に抱えたボトルとつまみを机に置いていく。カインが包みに持ってきたつまみはパンに具材が挟まれた小料理のようで、それを取り出して皿に載せていく。ボトルは栓抜きで開けると小気味よい音がした。2つのグラスに酒を適量注いで、晩酌の準備を進める。
    「レオ姉、準備できたよー」
    「はーい。じゃ、座って乾杯しましょう」
    月明かりとランタンが照らす中、二人は透明なガラスの端を軽く触れ合わせて、グラスを傾けた。強めの酒精が二人の胃をすぐに熱くする。
    「〜〜〜っこれだよねぇ。俺の地酒といえばこの焼けるような熱さと甘さ。故郷を思い出すわぁ」
    「カイン、なんか飲み方がおじさんみたいだよ〜?」
    そんなつもりはなかったのか、ギクリと眉間にシワを寄せるカイン。2口目からは静かに口に運んでいく。
    レオナはそんなカインを見て微笑み、グラスに両手を添えて傾けながら、少量ずつ口に含んで上品な仕草で味わっていた。
    しかし、本当に故郷を思い出す味に香りであった。カインがまだ青年と呼べるかという年に出会った頃の事や、屋敷でアベルを含めた三人で笑いあった日々が脳裏をよぎる。そして、過去にはもう一人がこの席で共に酒を味わっていた事も思うと、少しだけ胸が傷んだ。

    ――しばらくして。

    二人きりの酒宴はつつがなく進んでいた。カインの最近の仕事の話、団長にこき使われる話、身の回りの他愛もない話を聞いて、レオナは相槌を打ちながら酒をすすめていく。程よい熱さが体を巡り、口の滑りよく話が弾む。
    そうしているうちに肴が底をついていた。ボトルの酒も残り少なく、一旦晩酌の手を休めたゆるりとした時間が続く。
    「お水とってくるね」
    レオナが席を立つ。心地よい酩酊感に包まれているカインは、適当な相槌を返してぼんやりと椅子に背を預けていた。
    「はい、お水。まーた呑みすぎたんでしょ?」
    茶化したように言いながらも、新しいコップに冷水を注いでカインに渡す。
    「レオ姉のペースに合わせると、すぐこれだよ…」
    差し出されたコップを受け取り、口をつけながらカインは愚痴る。
    「それでレオ姉は酔ってないんだろ?ズルいよなぁ」
    カインは火照った体を冷やしながらレオナを見つめる。
    「そんなことありませんよ〜?これでも結構回ってます」
    にこやかに返事をするレオナは、普段よりも解れた笑みで楽しげに話す。
    こんなふうに笑えるのは、彼の前でだけなんだろう。

    しかし、レオナはこの喜びと反比例するように不安が募っていくのも感じていた。もしも、もしも、この幸せがまた消えてしまったら。カインとお酒を酌み交わすことができなくなってしまったら。あの人と同じ様になってしまったら。そんな不吉な思いが頭の隅から離れてはくれない。

    そんな日頃から溜まった不安が、アルコールのせいもあるだろう。この時は思わず感情が言葉として口に出てしまったのだろう。
    「カイン…どこにもいかないでよ…?」
    潤んだ瞳、寂しげな眼差し。
    テーブルを挟んだ向こうから、語りかけてくる言葉に、カインは驚きを隠せない。
    「レオ姉…?どうしたの…?」
    レオナは続ける
    「いつも思うんだ…思わない日はないんだ…。この幸せな日常が、カインが隣にいる幸せが、突然崩れてしまうんじゃないかって…。」
    尻すぼみな最後の言葉は涙のせいで聞こえないほど小さな声になった。
    「私の生き甲斐…そしてわたしの大事な人…」
    レオナはカインに体を近づける。大切なものを慈しむかのように頬を撫でる。そして顔を近づけていく――。
    「レオ姉…」
    何か言いかけたのだろうが、言葉の続きは紡がれる事なく、レオナの柔らかな唇で塞がれた。
    ――どれくらい触れていただろうか、唇を離しても互いの吐息の熱さを感じてしまえた。
    レオナはカインの背に手を回し、より体を寄せて密着させる。布越しの体温が伝わる。
    カインは小さな戸惑いを見せていた
    「嫌………かな…………?」
    レオナは恐る恐る訪ねてくる。
    「嫌じゃ…ない……けど…」
    カインにとって、レオナは理想の女性そのものであった。だがそれよりも、彼女を大事にしたい気持ちの方が強く、亡くなった兄に託された大切なものの様に思えて、一線を越えて考えることは無かった。その彼女が今、自らに女を差し出している。若干の混乱こそあれど、カインの雄は緩やかに牙をむき出していた。
    「カイン、こっち」
    レオナの力強く引き寄せる腕、残ったアルコールのせいでもつれる足、ベッドに倒れる身体。カインはレオナに押し倒されていた。

    ――少しだけつづく予定
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