死んだら蝶になりたい左目を失った時、あの方に醜い顔を見せてしまうことを恐れた。
嫌そうな顔はせず、片目だけで良かった、と僕が生き延びたことを喜んでくださった。
左目の奥には異物が入り込んだらしかった。ガラス片が散っていたから、その欠片かもしれない。表面の傷は治ったけれど、時折酷く痛んでは、ありもしない幻覚を見せた。
右目を閉じた時に浮かぶ、どこか遠くの世界の貴方。知らない顔。知らない姿。
見る度心がざわついた。僕らと離れた貴方がそこに立っている。
僕らの貴方はここにいるのに。大丈夫だと言ってくださるのに。
なるべく目を閉じないようにした。夜は眠るのが怖かった。
そうすると寝不足の自分を気遣って下さるから、申し訳なく思った。
あの方が戦場から消えたあとは、目を閉じることが増えた。
そうして見える世界が、幻覚でも妄想でもどうでも良くなってしまった。
ただ貴方の姿が見えるだけで良かった。
それが僕らの知らない貴方でも、貴方は貴方のままだったから。
眠りに落ちると、貴方は僕ではない僕を呼ぶ。
名前を呼んでも貴方には届かない。ここの貴方にも、向こうの貴方にも。
けれど口にすると不思議と安心する名前だった。口癖のように呟いた。
生き残った奴らに何を言われても、見える世界は優しくて甘くて、時々残酷で……それでも貴方がいないここよりはマシに思えた。
高くまろやかな音がする。鐘のような、鈴のような音だ。
その音で意識が浮上して、音のする方へ視線を向ける。
血と煙ばかりの戦場に、ひらひらと白が舞っていた。
土埃に塗れたりせず、心の砕けた人間――その成れの果ても――が腕を振っても脚を振っても、するりと抜けて舞い続ける。
それは白黒の蝶だった。だんだんとこちらに近づいてきて、蝶が通った道は別の世界になったように纏う空気を変えた。
そのうちふわりと僕の頭にくっついて、翅を休め始める。
振り払う腕も脚も無いから、ため息をついてなすがままだ。
ゆっくり右目を閉じると、白黒の世界で羽ばたく蝶に包まれた貴方が見えた。
そっと右手を伸ばして、引鉄を引く。
「グレ、ゴール……さ……――」
戦場に似つかわしくない、りんと澄んだ音が鳴る。羽音だと思った。
最期の息を吸い取って、翅がはためく。
夢を見た。
自分は黒い蝶になって、貴方の腕にひらひらふわふわとまとわりつく。
やっぱり貴方は嫌な顔ひとつせず、微笑みを浮かべて静かに哀悼の言葉を降らせる。
本当は知っていた。貴方の表情は必死に取り繕った綺麗な顔だと。
本当はわかっていた。貴方の言葉は自分自身のためのものだと。
それでも、それでいいから、それを喜んで受け取れるから、僕らは信じて、前へ進めたんだって。
貴方は本当に、英雄だったんだって。
黒い蝶は羽ばたきを止めた。