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    カイヒスがすきです

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    カインがヒースのことを無自覚に大好きな話

    恋心におはよう 随分と冷え込んで来たこの頃は身体を動かすのがより心地よい。起床後、魔法舎の周りをひとっ走りすれば身体はすっかりと温まり、寧ろ少し暑さを感じるくらいだった。腹もいい具合に空いている。部屋へと一旦戻る途中、キッチンからは誘うように焼きたてのパンの香りやベーコンの香りが鼻腔を擽った。……意識すればする程に腹が減ってきたな。支度だけ済ませたらさっさと食堂へ向かおうと自室の扉へと触れようとした刹那、人の気配を感じたと共に控えめなノック音が、しんと静まり返った廊下にやけに大きく響く。反射的に音の方へと振り向けば、そこはヒースの部屋だった。あの控えめなノックは恐らくは晶だろう。そっとそちらへ足を向け直すと片手を差し出した。

    「おはよう、晶」
    「おはようございます、カイン」

     差し出した手に手が触れて目前には突如晶が現れたがもうこんな現象も慣れっこだ。とはいえ、少しの安堵を覚えるのは相変わらずであり、晶にばれないように小さく息をついてから笑みを向ける。

    「ヒースを起こしに来たのか?」
    「はい、シノが今朝は用事があるみたいで代わりに頼まれていたんです。それに朝食も温かいうちに食べた方がもっと美味しいですから」

     なるほど、ヒースは朝が弱いらしいというのは噂では聞いていたがその通りのようだ。ただでさえ寒くなってきたから、起きがたいのは尚更かもしれない。その気持ちは少しは分かる。だがキッチンから漂う食欲を増長させる香りに起こしてやりたくなる気持ちも込み上げた。ネロの作るものは冷めたって美味いが、温かい方がとびきり美味い。それにきっと身体も温まる。

    「ああ、確かに温かい方がより美味い。だから晶も先に食べてきたらどうだ?」
    「えっ、でも……」
    「心配するな、ヒースのことは俺が起こすよ。直ぐに向かうから先に行ってくれ。それに、賢者様を差し置いて先に朝食なんて気が引けるからな」

     ぱちん、と冗談めかして片目を瞑ってみせると晶は小さく笑ってから頷く。礼儀正しく礼を口にするとキッチンへと向かっていった。そして再び静寂が辺りを包む。さて、ヒースを起こそうかと晶よりも力を込めて何度か扉をとんとんと騒音にならない程度に叩く。だがヒースは起きる気配はないようだ。どうしたものかと試しにドアノブへと手を掛けるとそこはいとも容易く俺の侵入を許した。

    「お、おいおい……」

     ヒース坊ちゃんは警戒心がないのか?
    いや、あいつに限ってそんなことはない筈だが……。小さく独りごちながらもそっと扉を開き静まり返るヒースの部屋へと足を踏み入れる。誰もいないのかと思う程に静かだが、姿は見えずともベッドには膨らみが見えた。そこへと歩み寄ると近付く程に控えめな彼らしい、小さな寝息が耳に入る。気持ちよさそうに眠っているのを起こすのは忍びないが、美味いものは美味い時にみんな一緒に食べたいものだ。
    意を決して枕元へと手を伸ばすと柔らかな髪の感触が伝わり、ヒースの姿が露になった。長い睫毛を行儀よく伏せてすやすやと心地よさそうに眠るその姿はまるで絵画みたいで思わず息を呑む。髪に触れた手先をするりと滑らせて陶器のように白い頬を撫でるとそこはほんの少し温かかった。
    ヒースの温もりに触れていることがなんとなく心地よくて、それでいて無性に照れ臭くてそわそわしてしまう。柔らかな頬。滑らかな肌。美しく整った面持ちを覗き込むように顔を寄せる。それでもヒースは起きる様子はなく、やはり警戒心のないことに心配を覚えつつ、暫しその寝顔を至近距離で堪能させてもらうことにした。……ヒースの顔は本当に綺麗だ。ヒースは否定するが、特別綺麗だと思う。

    「……ヒース」

     起こしに来た筈なのに、何故だか声を潜めてしまう。起こそうとしているのに、起こさないように声や所作を極力小さくしている矛盾に気付きながらもヒースを乱暴に起こそうとは思えなかった。壊れ物に扱うように触れてしまう。
    ヒース。
    もう一度彼の名前を囁いてから、悪いことをしているような気分で床へ膝を着き、ベッドに横たわるヒースを覗き込む。やはり綺麗で、何故か愛おしく思えた。その気持ちを自覚した途端に胸が高鳴って脈が早まる。細く長い息を吐き出してからより一層顔を寄せようとした刹那、半端に開いたままの扉の向こう側に気配を感じて慌てて身を離した。

    「カイン!ヒースクリフはまだ眠っているのですか?早くしないとパンがなくなってしまいますよ」

     ……リケだ。姿は見えずとも分かる。そのよく知った声音で俺たちを早く早くと急かす様子は想像がつく。いつの間にかリケも部屋に入ってきたようで俺の肩に触れてからヒースクリフをゆさゆさと容赦なく揺さぶり起こしていた。

    「う、ん……ん、……あれ、リケ……?それに、カインも……」
    「もう、寝坊助さんですね。パンがなくなってしまいますよ。ねえ、カイン」
    「あ、ああ。おはよう、ヒース」

     やっと眠りから覚めたのか寝ぼけ眼を擦り、未だ眠たげに瑠璃色の瞳をゆっくりと瞬かせてリケと俺を交互に見遣る。眠たげなヒースの面持ちは気を許したようにとろんと蕩けていて、普段よりも幾分も幼く映る。ふわあ、と欠伸を零してから布団の中で身動ぎ漸く上体を起こしてうん、と背伸びをするヒース。
     悠長に、というわけでもないが……挨拶をする俺にリケはむっと視線を向けた。

    「賢者様の代わりに起こしてくるんじゃなかったんですか、カイン」
    「悪い……ヒースの顔が綺麗で魅入ってた」
    「な、何言ってるんだよ!……ああ、もう、一気に目が覚めた……」

     何もおかしな事は言っていないのに、ヒースはやはり否定をする。ヒースの言葉通り、眠たげな眼はぱっちりと開いており、すっかりと眠気は無くなったようだ。然し、代わりに気恥ずかしいのか先程触れた陶器のように白い頬を薄く紅潮させる様子は愛らしかった。文句を言いたげな瑠璃色を俺に一度向けてから、優しく柔らかな笑みを今度はリケに向ける。

    「えっと、……起こしに来てくれてありがとう、リケ。着替えたら直ぐに向かうから先に行っててくれる?」
    「ふふ、ヒースクリフは朝が弱いのですね。起きられない時は僕が起こしてあげます。それじゃあ、僕は先に行ってふたりの朝食も用意しておきますね。オムレツもあるんですよ!」

    ふたりとも俺への対応と随分違う気もするが、まあそういうところも可愛らしくはある。リケの機嫌がいつもよりも幾らか良いのは、リケの好物があるからか。合点が行くと共にリケは足取り軽やかにぱたぱたと部屋を出てキッチンへと駆けて行った。その後ろ姿を見届けてからヒースは名残惜しそうにしながらもベッドから抜け出すと寝間着を着替え始める。

    「カインも先に向かってて、直ぐに追い掛けるから」

     寝間着の上着のボタンを外し終えて、丁寧に袖を抜いて薄着になる姿は普段見ることの出来ないヒースを見ているようで、見てはいけないものを見ている気分になり直ぐに目を逸らす。身体が火照るような感覚に密かに小さく小首を傾けるものの俺を気遣うようなヒースの声掛けには慌てて頷く。

    「ああ、それなら先に行くよ。ヒースも早く来いよ!」
    「あ……カイン」

    僅かに頬に熱を集めながら踵を返すとヒースが俺を呼び止める。一度瞬いてから顔だけそろりと振り返り、ヒースを窺うとはにかんだような笑みを俺に向けていた。

    「起こしに来てくれてありがとう」

    照れ臭そうに、それでいて嬉しそうにも見えるのは自惚れではないだろう。優しい笑みを湛えるその面持ちに言葉が詰まり、ああ、とかおお、とか曖昧な言葉で片手を振ってヒースの部屋を後にする。
    ……なんて、綺麗な笑みを浮かべるんだろう。
    頬の熱は引くことを知らず、思わず片手を口元に宛てて、ふと気付いた。俺はあの時、ヒースに何をしようとしていたんだろう。あの、リケが来る前、あいつの整った寝顔に近付いて、一体何を、……。
    なんとなく、本当になんとなくだが、もう一度ヒースの顔を見ればその答えが出るような気がして俺は足を止めて振り返る。その刹那、支度を終えたヒースが丁度ドアを開いて廊下へと顔を出した。驚いたような表情の後に、やはり少しはにかんで微笑する顔に、なんとなく、答えが、分かった気がする。

    その証拠に俺の心臓を打つ音は強さを増していた。

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