酷い神さま大変強かなスティーヴンは
「僕は労働の対価を貰っていない」
と言い出しました。
「その体を助けてやった」
「“マーク”の体を、だろ」
これには呆れてものも言えないコンス様。対するスティーヴンは
「ご褒美ご褒美ご褒美ご褒美!」
と大変煩いので何が欲しいか聞くだけ聞いてやる事にしました。何せ聞いてやらねばコレは延々褒美が欲しいと喚くでしょう。
コンス様が深々溜息をついて
「何が欲しい」と聞くと、スティーヴンは
「君の昔話が聞きたい」と言いました。
「神と人が、今よりずっと近かった時代の話」
スティーヴンはどうやら華々しい、今は“古代エジプト”と呼ばれる頃の話を聞きたいようでした。
コンス様は昔話をする手間と、スティーヴンを言いくるめる面倒とを天秤にかけ、昔話をしてやることにしました。スティーヴンと交渉事をするよりも、手間が掛からないと思ったからです。
「…………、良いだろう」
「本当ッ!?」
思ったよりも遥かにずっと素直に喜ぶスティーヴンをおや、と思いながらもあぁコレは酷くその手の話が好きだったなと思い出しました。“思い出す”という程に、コンス様はスティーヴンに興味もありませんでした。
ワクワクと目を輝かせ、期待に満ちた表情の人の相手をするのはコンス様にとっても久しぶりのことでした。
その日は短く、星の話をしてやりました。
また別の夜、今度は葬儀の話をしてやりました。
スティーヴンはあれやこれや、幾つ出でくるのかと言うくらいたくさんの質問をコンス様にしました。コンス様は面倒に思いながらも、月が沈むまで付き合ってやりました。
海の話、言葉の話、今はもう無い国の話。歴史に残らなかった小さな話から今尚ひとの記憶に残る神々の話。
どの話もスティーヴンは喜んで聞きました。
また更に別の夜、思い出したかのように昔のアバターの話をしてやりました。
ですがスティーヴンはその日だけはブスくれた顔をして
「別の話が良い」とだけ言いました。
拗ねた子供の相手ほど面倒な事は無いのでコンス様は仕方なく別の話を聞かせてやりました。その話達の中には今まで誰も聞こうとしてこなかったものから、コンス様が聞かせようと思った事もなかったものまで様々でした。
幾夜も幾夜もコンス様はスティーヴンに話して聞かせてやりました。その頃にはスティーヴンは持ち前の無遠慮さを発揮し、適当な場所に腰掛けて語るコンス様の足元に座りその膝に頭を預け、コンス様の話をまるで寝物語の様に扱っていました。時にはそのまま眠ってしまう事すらありました。
初めはコンス様も膝から蹴落としてやろうかと思いましたが、いっそこのままスティーヴンが起きるまで待ったほうが面白い物が見れるやも、とそのままでいてみることにしました。
するとスティーヴンは目が覚めたとき自分がいた場所に驚き慌てはしましたがちらりとはにかんで見せたので、コンス様は何だか拍子抜けしてしまいました。ですがスティーヴンの照れた顔は何だか悪くない気がしました。珍しさが勝っただけかもしれませんが。
一体“どこ”までやればもっと面白いスティーヴンの顔が見れるのか、とコンス様は試してみる事にしました。この生意気なアバターの間抜けな顔は自分がそうしてみせたのだとすれば、何故だが気分が良くなる気がしたからです。
なので先ずは話の末眠ってしまったスティーヴンを幼子のように抱き上げ、起きるのを待ってみました。起きたスティーヴンは大変良い表情をしてみせました。
次は飼い猫にするように、話の途中でスティーヴンの頭を手慰みに撫でてやりました。スティーヴンは驚きに素っ頓狂な声を上げてみせ、威嚇する子猫の様になりコンス様は大変愉快な気分になりました。
ですが人は慣れる生き物で。繰り返す内にスティーヴンはコンス様に抱きかかえ膝に乗せられても抵抗なくコンス様の胸に体を預けるようになり、頭を撫でてみせてもむしろウリウリと手の平に頭を押し付けてくる始末です。
さてこれでは面白くありません。
見たい表情はもっと別の物です。いえ、“これはこれで悪くない”のですが。
そこまで考え、はたとコンス様は考えました。今自分はコレの戸惑いや羞恥の表情ではなく、安らぎや安堵の表情を“良い”としたのかと。
「……コンス?」
自分を膝に乗せ何時までも話し出さないコンス様をスティーヴンは怪訝そうに見上げています。コンス様は一度確かめてやろうと考え、見上げるスティーヴンの喉をその人差し指で優しく擽ってやりました。
「え、ちょ……コンス…………?」
すり、すりと撫でてやると、スティーヴンは困惑はしていますが抵抗はしません。時折スティーヴンがぴくんと反応する場所をゆるゆると往復してやるとスティーヴンは寧ろ心地よさそうに、いえ、“気持ちよさそう”にしています。
「んっ……、あの、コンス……?」
「…………悪くない」
「え?」
悪くない。そう、悪くないと思いました。
コレは丁度よくコンス様の持ち物です。気になれば、お続けになれば良いのです。
コンス様は何のお伺いを立てる事なく喉を撫でていた手を少し下げ、スティーヴンのネクタイに指を掛けスルリと解いてしまいました。
「え!? ちょ、あの、」
本来指先一つで解けるような結び方ではありませんがスティーヴンが身に着けている物は全てコンス様の物です。いえ、頭の天辺から爪先まで、スティーヴンは間違いなくコンス様の物です。
なのでコンス様はスティーヴンの静止を聞かず、続けてその下のシャツのボタンを外します。プツ、プツと外して行くと、スティーヴンの困惑の声が大きくなっていきます。
「え、あ、ま、待って、まって」
三つ目まで外し、開けたシャツに手を差し込むとその手を抑える形でスティーヴンがシャツの合わせを掻き抱きました。
「や…………、やだ」
コンス様は生意気にも嫌だというスティーヴンに少し気分が悪くなりました。それをスティーヴンも感じ取ったのでしょう。おろ、と目を彷徨わせましたが持ち前の意志の強さでシャツは防いだままです。
「ぼ、ぼく…………マァクの代わりじゃ、ない」
はて、とコンス様は首を傾げました。
コンス様はスティーヴンをアバターとして扱った事はあってもマークの代わりとして扱った事はありません。さてコレがどうしてそんな考えに至ったのかは分かりませんがコレの意図は分かりました。
コンス様がコンス様の持ち物に許可を求める必要などありませんでしたがコンス様は大変お優しいのでスティーヴンに選ばせてやることにしました。
「…………良いだろう」
「え?」
「お前に選ばせてやろう」
「な……、何、を?」
「お前が代わりは嫌だというのなら、私は“お前を相手に選んだ”と言ってやろう」
「え……」
「だがその代わり、“マークの代わり”とはならなくなるぞ」
「…………」
スティーヴンは考えます。コンス様にはその葛藤が見て取れました。コレの答えはどうせ決まっているのでしょうに、健気に悩む様の何と…………。
コンス様が愉快な気分を押さえきれなくなる寸前、スティーヴンが顔を上げました。
「ぼく、を……」
えぇそうです。スティーヴンはそちらを選ぶだろうと。コンス様には最初から分かっておりました。
「選ん、で」
コンス様のがその顔に皮を持っていれば、きっと人の顔立ち出なくともニヤついていることが見て取れたでしょう。事実、声色は喜色を隠せていませんでした。
「あぁ……、勿論。スティーヴン、愛しいお前の言う通りに」
「………………、酷い神さまだ」
スティーヴンはそう言うと、シャツを合わせていた手を自らの意思で下ろしました。クツクツと喉奥で笑うコンス様をスティーヴンは酷く不服そうに見つめていますがもうコンス様の手を遮ることはありません。
スティーヴンはコンス様の事を酷い神さまだと言いましたが、それはとんでもない間違いです。
だってコンス様はスティーヴンの“酷い神さまでいてほしい”という潜在的な願いを叶えてやると同時にスティーヴンの逃げ場を優しく塞いでやったのですから。
おしまい。