共有 幼いころから当たり前だった夜空がこんなにも狭く暗く感じる。先日の仕事で山中のホテルに泊まった際の星空を思い出しながら、駅からの道を空を見上げてぼんやりと歩いていた。空にはこんなに星があったんだと、世界の見え方が変わってしまったかのような明るい星空は、足元から這い上がる冷気すら気にならないくらいに目を奪うものだった。有名な星座の内側にもたくさんの星々があり、光が瞬いて呼吸しているように見えた。
そんな感動的な星空を見てしまった後にこの都会の空はあまりに味気ない。ただのちいさな電球みたいにあたたかみのない点を見上げてため息をついた。たった一晩の経験で随分と贅沢になってしまったらしい。
あそこにも、あの横にも、もっとたくさん星があったのに。とたった数日前の星空に思いを馳せていると、急にひときわ明るい点が現れてひゅうっと墜落するように消えた。
「え? ……え、落ちた、ううん流れ星……?」
流れ星ってあんなにも隕石のような墜落をするものだっただろうか。飛行機か隕石かが落下したのではと思うほどロマンチックともまた違う、燃えて落ちるような様子だったが、空の途中で消えたということはおそらく流れ星なのだろう。落ちる直前に力を振り絞るようにぐっと光を増したそれは煌びやかなものではなかったが、たしかに命が灯って見えた。
誰か見ていなかっただろうか。気のせいではないと思うのだが、一瞬の出来事だったためそんなラッキーがあっていいのかと疑ってしまう。誰か、と不特定多数に聞いてみたくてSNSに『流れ星?』とだけ書いてみた。同じものを見た人がいたらようやく実感が湧く気がするのだが、すぐついたコメントは祝ったり羨んだりするものばかりで見たという人はいなかった。
「だれも見てないのかな……う、わ!」
見間違いかな、と肩を落としかけたところでいきなり着信が入り、驚いてスマホを取り落としそうになった。震える端末は今日は会っていないユニットメンバーの名前を映し出している。
「……もしもし、マユミくん? びっくりしたあ、急にどうしたの?」
「百々人、見たか、流れ星」
珍しく食い気味でこころなしか弾んだ声の眉見から流れ星という単語を聞いて、こちらの心音もどくんと鳴る。
「み……見た。マユミくんも?」
「ああ。だが一瞬だったしだれか見ていないかと思ってSNSを開いたらお前の投稿があって……すまない、急な電話だったな」
「ううん。……ふふ、僕もおんなじこと考えてた。すごかったよね、燃えて落ちていくみたいだった」
「知識として燃えていることは知っていたが、目の当たりにすると実感するな」
もう流れ星なんてとっくに消えてしまった空を見る。眉見も同じように、寒さなんか忘れて見上げているのだろうか。流れ星を見た瞬間よりも、眉見とそのことを実感しあっている今の方がドキドキしている。体温が一度上がったようなふわふわとした走り出したいような心地で、通話先の眉見の呼吸や歩いている衣擦れのノイズですら近くにいる気がしてうれしくなる。
ああこれ、今日のこと一生忘れないんだろうな。
流れ星を見れたことそのものよりも、こうして同じ興奮を分かち合って同じ空を見ていること。心臓の高鳴り方や通話越しの眉見の吐息、冷たくて痛い耳と少し暑くなったマフラー。そんなどうでもいいような小さな感覚ごと宝物みたいにきらきらしてくっきりと焼き付けられていく。
「百々人と同じものを見られてよかった」
「マユミくんって、そういうキザな台詞言えるのすごいよね」
「そうか?」
「僕には無理かも。……でも、見られてよかったよね、流れ星」
言葉にして君と見られて良かったと伝えるにはまだ少し踏み込めない。それでもうれしかったことが伝わるといい。また明日、と交わす声もどこかあたたかくて、家へと帰る足取りが少し軽くなった。