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    忸怩くん

    @Jikujito

    え〜もも

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    忸怩くん

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    【鋭百】モーニングコール

    モーニングコール「明日、起きれるかなあ」
     急な変更で遅くまでレッスンと打合せをしていたが、翌朝は始発での集合が決まっていた。普段から寝起きがいい方でもないので起きてしばらくは布団でうだうだしてしまうかもしれないが、さすがに仕事なのでちゃんと起きるつもりだし、朝早くて大変だよねという話題を振るつもりで口にしただけだった。それをそのまま言葉通りとらえられただけなのだ。
    「なら、モーニングコールをしようか」
     驚いておもわず眉見を見ると、いつも通り涼やかな目がどうする、と問うてくる。朝から迷惑だろうかと心配がよぎったものの、そのちょっと違った朝への興味を抑えきれなかった。百々人が頷くと、眉見は平然と早朝のアラームをセットして電話をかける時間の確認を行った。
     翌朝、スマホのアラームが鳴ると一発で目を覚ました。起きられないどころかいつもよりすっきりと起きてしまったのだけれど、それはこれからかかってくるはずの電話に緊張して深く眠れなかったということなのかもしれない。かかってくる電話に出られなかったら、寝起きで腑抜けた声を聴かせてしまったらと思うと、かかってくるより前に起きていたかったのだ。起きているのに電話をもらうなんて、もうモーニングコールとして意味があるのかわからないけれど。
     この時間にかけると予告したぴったりその時間、手の中のスマホが震える。急いで通話ボタンを押して耳にあてた。
    「おはようマユミくん」
    「おはよう、百々人。もう起きていたんだな」
    「電話来ると思ったらなんだか身構えちゃって……おかげですっきり起きられたんだけど」
    「ならよかった」
     会話が途切れて沈黙が落ちる。まだ窓の外は夜の暗さをしており、室内灯の明かりが反射して自身の姿を映している。家を出る時間だって決まっているし、起きた確認ができれば電話を切ってすぐに身支度に移るべきだとわかっているのだが、せっかくこうして朝から話せているのに切ってしまうのがもったいなくてなにも言えずにいた。
    「……5分」
     耳にあてたスピーカーから静かに低い声が聞こえる。
    「あと5分だけ、繋いでいていいか」
    「う……うん、いいよ、大丈夫」
     食い気味に返した返事に吐息だけの笑いが返ってくると、衣擦れと何かを置くようなことんという音がした
    「いまなにしてる?」
    「コーヒーを飲んでいた。これだけ早いとさすがに眠いな」
    「マユミくんでも眠いんだ。結構前に起きてた?」
    「15分くらい前だな。俺だって寝足りなければ眠い」
    「僕もお昼過ぎとか眠くなりそう。外、まだ夜だもんね」
     レッスンの合間にするような他愛もない話だけれど、いつもは話すことのない朝に5分間だけと決めてする会話は朝露みたいにきらきらして消えそうで、貴重なもののようだ。通話越しの声はいつもと少し違って聞こえて、寝起きということもあり低く掠れているようだ。時折眉見がコーヒーを飲むと訪れる短い沈黙や、呼吸のノイズですら大事にしたくて相槌が短くなっていった。
     ずっとこうしていたようなさっき話し始めたばかりのような、ほんのりあまい紅茶みたいな時間を味わっていると切り替えるように眉見が息をついた。
    「……そろそろ切るか。仕事に遅れたら本末転倒だしな」
    「うん。……電話くれてありがとう、おかげでちゃんと起きれたよ」
    「かける前から自力で起きていたがな。……俺も、朝から人と話せて楽しかった」
    「……ならよかった」
     ボクも楽しかったよ、と言おうとしてやめた。言わなくても伝わっている気がしたし、言ってしまえばまた次もこうして電話をかけてきてくれる気がしたから。そこまで深入りしてしまうのはユニットメンバーとしての境界線を越えている。
     じゃあまた仕事で、と通話が切れると部屋の中はまた一人きりの沈黙に包まれた。伸びをしてベッドから出ると、顔を洗うべく部屋を出てひんやりとした廊下を歩く。朝に人と話すだけでこんなに目が覚めるものなんだ、と新しい発見に足取りが軽く、足の裏から這い上がる廊下の冷たさも気にならない。
     またあとで会えるのに通話を切るのが少し惜しくて、けっきょく終了ボタンを押すのは眉見に任せてしまった。律儀な彼のことだから、かけた側として責任をもって通話終了を押してくれたのだろう。このあと会ったら朝のことなんて二人しか知らないことにして、2回目のおはようを言うのだ。ちっちゃな秘密がおかしくて愛おしくて静寂の落ちる家の中、ひとり笑い声をこぼした。
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