ふわふわと未だに夢の中を泳ぐ思考がばちっと目覚めるくらいには、起きてすぐの視界に珍しいものを見た。臙脂のまつ毛が伏せられて、いつもは見る者をまっすぐに貫く鮮やかな翡翠は瞼の奥にひそめられている。まつ毛にかかる前髪が、寝息をたてるたびに震えていた。
少しでも身じろぎしたら起こしてしまうかもしれない。普通に泊まった日も体を繋げてなし崩し的に眠りについた日も、眉見はいつも百々人の知らないうちに置きだしていて、すっかり顔を洗った状態で寝ぼけ眼の百々人におはようと言うのだ。早起きが習慣なのだというが、夜型の百々人には到底ついていけそうになかった。
それが今日は、その無防備な寝顔を存分に間近で眺められているのだ。昨日は朝早くから遠方のロケで体力仕事だったと言っていたから、普段よりも疲れていたのだろう。自分のことなんて構わず寝てくれても良かったのにと、久々のオフ前だからと自分から眉見に仕掛けたことを棚に上げて今更思ってみたりする。カーテンから漏れる光で部屋の中はある程度明るくなっており朝を迎えていることはわかるが、早朝なのか昼に近いのかはわからない。首をひねって背後の壁時計を見る少しの動きもはばかられて、そのまま寝顔を観察し続けた。
彫りの深い整った骨格はさすが芸能人のサラブレッドといったところか。なんにでも真剣な人柄が表れたかのような吊りあがった眉も今は緩んで大人びた顔が少しだけ幼く見える。高い鼻に薄い唇と隙のないパーツたちだが、昨夜キスを繰り返した唇は渇いてかさついていた。
触れたら起きてしまうだろうか。起きてほしい、まだ眺めていたい、と矛盾した期待を持ってそっと頬に触れる。ゆっくり、指の腹がわずかに肌に触れる程度で。いたずら心を昂らせながら頬をなぞって唇に辿り着くと、やわらかなそれをふにふにと軽く押してみた。まだほんのわずかな刺激のつもりだったが、いやがるように顔を背けて眉が寄せられるとぎゅっと閉じた瞼がゆっくりと開いた。まだとろりとした薄開きの翡翠にじっと見つめられる。
「おはよ、マユミくん」
「……おはよう、百々人」
たっぷり一拍おいて先ほどまで触れていた唇が弧を描く。初めて見る、寝起きの眉見のとろけた顔。きっと普段はそのクールな表情や理性なんかが隠してしまって見えていないであろう、幸福に満ちたはちみつのかかったパンケーキみたいに甘い表情。それが目覚めて一番に好きな人が目の前にいてうれしいという、百々人と全く同じ理由からだとわかってしまうから顔が熱くて仕方なかった。百々人が間近で浴びる愛情の甘さにあてられている間に、すっかりいつもの強い翡翠に戻ってしまった眉見がベッドを出て放り投げたスウェットを着る。もうこんな時間か、と呟く声にようやく時計を振り返ると9時過ぎを指していた。
「久々に朝食からしっかり作るか。何がいい」
拾い集めた百々人の服を手渡しながら問う。いつもは眉見の気分に任せてしまうけれど、今日は食べたいものができてしまった。
「パンケーキ、甘いやつ」
寝起きのひと口なんかじゃ甘いものがまだ足りない。もっともっと欲しいと言いたいところだけれど、とりあえず今日のところは手作りのパンケーキで手を打つとしよう。