ハイテンションシスター ことりたち一行は長いダンジョン探索の末、とある街に到着していました。
「つ、疲れた……」
このパーティ内でも一二を争う体力を持つトパーズがぼやき、杖代わりにしていた斧を持ったまま、街の入り口に掲げてある町名の看板を見上げました。疲労困憊により最初の一文字しか見えていませんが。
「大変だったね」
一緒に看板を見上げることりもそう言っていますが、その表情には疲労の「ひ」の字もありません。いつも通り少しだけぼんやりしていました。
「大変だったけどこの街の先にあるダンジョンを越えたら目的地なのです! だからもうちょっとがんばろーなのです!」
更にはネネイもとっても元気。冒険が何よりも大好きな彼女にとってダンジョン内での戦闘や探索などは疲労にならないらしく、このまま先に進んでしまっても全く問題なさそうな風貌です。目もキラキラと輝いていますからね。
前衛三人の内、二人はとても元気そうですがトパーズを含む残り四人と言えば。全員苦い顔。
「……探索を続けるには遅い時間ではありますし、少し早いかもしれませんが今日はここで休みませんか?」
まずルンルンが提案しますが、ことりとネネイは一緒に首を傾げているではありませんか。
「そうかな?」
「そうなのです?」
そして顔を見合わせます。体力が無尽蔵にある生き物ほど恐ろしい物はありませんね。
鈍い二人に言葉をかけるため、スイミーが一歩前に出て、
「そうだよー? 体力オバケのことりちゃんや冒険大好きなネネイちゃんは実感しにくいかもだけど、僕もルンルンちゃんも魔力があんまり残ってないからさー、できれば休んでおきたいんだよねー?」
ちらりと、同意を求めるようにルンルンを見れば彼女は無言で頷いたのでした。
二人の意見を真摯に受け止めたことりは、
「そっか。じゃあ今日はここの宿に泊まろっか」
「やたー」
両手を挙げて喜ぶスイミー、トパーズも静かに安堵の息を吐きました。
「むぅ、ことりちゃんが言うなら仕方ないのですね。お楽しみは明日に取っておくのです!」
ネネイも納得してもらい、休む方向で話がすんなりまとまりました。
途端にルンルンが急速にことりに近付くと彼女の腕に抱きついて、
「でしたらでしたら! この街の紅茶屋さんに寄りませんか? この街の紅茶はとても美味しく上品な味がすると有名で! 是非ともことりさんにも!」
疲労があった表情は星の果てまで吹っ飛んだのか、元気いっぱい意気揚々と誘ってきました。トパーズは静かに引いていました。
抱きつかれても嫌な顔ひとつしないことりは関心したような声を上げて、
「そうなんだ、ちょっと気になるね」
確かに興味を持ってくれたことで、ルンルンは小さくガッツポーズをした途端。
「パーティを想いやるセリフを吐いておきながら、結局は自分のために滞在を提案したんだな、お前は」
ずっと黙っていたバムから嫌味な台詞が飛び出したことでルンルンちょっとだけ舌打ち。
「うるさいですよバム。観光ガイドブックをしれっと貰っていたアナタにとやかく言われたくありませんね。嫌味を言わないと死ぬ体でしたか?」
「無料で配ってあったものを貰っただけで五月蝿いなお前は、人の汚点を拾わずにはいられない小姑か」
いつもの口喧嘩が始まったのでネネイはバムの手から観光ガイドブックをひょいっと奪い取りました。
そして、グルメと書かれた項目のページを開き、
「おぉ〜! ここは焼肉が名物らしいのですね! 食べたいのです!」
「紅茶が有名なところの名物が焼肉なんだ……」
トパーズが静かに言いますがそのセリフに触れる者は誰もいません。その代わり、
「お肉……」
瞬時に思考と興味関心が紅茶から焼肉にシフトしたことり、まだ見ぬ肉を想像して涎が出ています。なんともないようなぼんやりとした表情の裏で、体はしっかりと空腹を訴えてきているようですね。
些細な変化を見逃さなかったスイミー、顔を引き攣らせ、
「いかん、前衛職の悪いところが出てる」
「ことりさん!? あの、紅茶は!?」
「おにく……」
もう聞いちゃいません。ルンルン静かにショックを受けていました。バムがほくそ笑みました。
学生たちが街の入り口で騒いでいる光景を、遠くで見つけた者がいましたが、誰も気がついていません。
「……あれは……」
「でもお肉はいるのです、私も食べたいのです!」
「あ、アタシも……焼肉がいいかも……」
「パーティの半数が焼肉を希望しているのなら、意見を蔑ろにするわけにもいかないな」
「バムくんはルンルンちゃんの意見が通らないならなんでも良いって寸法でしょー? ま、僕も食べたいけどね、お肉」
「むむ……少々癪ですが仕方ありません。紅茶は明日の朝にでも見繕ってきましょう。ね! ことりさん!」
「お肉」
「ことりちゃんはもうお肉のことしか考えてないよー?」
スイミーが呆れ半分面白半分で後頭部で腕を組んだ時でした、
「バムくん!」
パーティの誰のものでもない透き通るような美しい声が、六人の耳に入りました。それは、確かにメンバーのひとりであるバムの名を呼んでいました。
「え」
何故か真っ先に反応してしまったトパーズ、声の方を見れば街中の方角からやって来るディアボロスの女性の姿が見えました。
ディアボロス特有の角に肌色、紫色の髪は腰まで伸ばしておりすらりとした長身。衣服も汚れもシワもひとつもない綺麗なワンピース姿で、まるでどこぞかの雑誌の表紙を飾っているモデルさんのよう。
……というのがトパーズの第一印象でした。つまりはとっても綺麗で美人なお姉さん。
彼女はぽかんとしているトパーズの横を通ると、バムの元まで一直線。その赤い瞳は無邪気な子供のように輝いていました。
バム本人と言えば、いつも通りの無愛想な表情のまま腕を組んで女性と対峙。
「なんでここにいるんだ」
「仕事だったの! さっきまでね! 朝の部と昼の部と夜の部のぶっ通しでもうクタクタだったの〜今だってさっさと帰っちゃおーって思ってたのよ?」
「じゃあ帰ればいいだろう」
「やだ! だってバムくんに会えたんだも〜ん! こんな所で偶然会えるなんてあたしってば超絶ラッキー! 癒されたいからハグしていい?」
「断る」
「ああん、つーめーたーいー」
言動も大人のお姉さんを通り越してちょっとワガママで無邪気な女の子。今だって頬を膨らませて不満げな表情を浮かべています。その間にバムの表情筋はミリ単位で動いてません。
仲間たちがそのやりとりを見守る中、トパーズはバムの服を引っ張って、
「……バムくん」
「どうした」
不意に呼ばれて視線を下げて彼女を見れば、
「このこのこののこのこのおおおおおおおお女のひ、ひひひひひひひとととととと人はだだ、だれ、誰だれだれだだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれ」
「本当にどうした!?」
長いようで短い付き合いの中でも見たことないほど動揺している様を見て、バム驚愕。
ようやくトパーズの存在に気付いたのでしょうか、ディアボロスの女性はパッと明るい笑顔を作りまして、
「あら! ドワーフもふもふの女の子……もしかしてこの子がトパーズちゃん?」
「そだよー」
答えたのはスイミーです。その刹那、ディアボロスの女性はトパーズの後ろに回り込むと、そのままひょいっと抱き上げて、
「きゃー! 本当にふわふわのモフモフでカワイイ! なにこの子すっごいカワイイ! 癒されるぅ〜!」
頬すりすり尻尾なでなで、まるでぬいぐるみを愛でるように可愛がり始めてしまい、幸せそうにドワーフの体毛を満喫し始めたではありませんか。
このような扱いをされるがままに受けているトパーズは、
「?????????????」
動揺を言葉として発する能力すら失ってほどのパニックに陥っていました。
「トパーズちゃんが静かにパニくっているのです、急なマスコット扱いでもキレてないのです」
「あまりにも衝撃的なことが立て続けに起こると、人は言葉すら発することができなくなると聞いたことがありますね。まさかこのような形で実際に見れることになろうとは」
ネネイとルンルンが静観している中、ことりはバムの肩をちょんと触って、
「ねえバムくん、この女の人は誰?」
至極真っ当な疑問をぶつけると、バムは視線を向けずに答えます。
「俺の姉だ」
「お姉さん」
ことり納得。
「あね!??!???!??!?!?」
トパーズ驚愕。これにより意識が戻ってきました。
話題の中心人物、バムの姉というディアボロスの女性は可愛らしくウィンクして。
「そーでーす! バムくんのお姉さんのカイちゃんよ! 職業は音楽家! 演奏もしてるけどね! まま、とりまよろしく〜!」
トパーズを抱えたまま軽い自己紹介を終えました。初対面のことりとネネイが何故か拍手喝采。
そして、トパーズは顔を引き攣らせたまま、
「は、初めましてよろしくお願いします……あ、あの、そろそろ下ろして……下ろしてください……」
「えー、でもトパーズちゃんもふもふでカワイイし〜このままホテルまで連れて帰ってあたしの抱き枕に」
「姉さん」
「あっごめんごめんおろすおろす」
弟に静かに一喝されたことで渋々トパーズを地面の上に返してあげました。
「ほっ……」
「やっほやっほカイさん! お久しぶりでーっす!」
ここでようやくスイミーが手を挙げて意気揚々とご挨拶。いつものハイテンションですが急速な距離の詰め方にトパーズはギョッとしていました。
カイは相変わらずの笑顔で、
「あら! スイミーくん久しぶり〜! 学園の夏季休暇の時にうちに遊びに来てもらって以来ね!」
「そだね! あの時はめっちゃんか面白音楽体験をさせてもらって感謝してるよ〜」
「嬉しいことを言ってくれるじゃない!」
そう言って、カイはどこからかハンドベルを取り出しました。スイミーの表情が固まりました。
トパーズとことりとネネイが首を傾げる中、ハンドベルは振られて静かに音を奏でます。りーん。
音が響き終わり、
「…………ミ?」
恐る恐る、相手の顔色を窺うような様子で答えれば、カイはハンドベルをどこかに仕舞い込んでから。
「正解!」
笑顔で拍手を送りました。
「あたしが教えてあげた絶対音感術はしっかりマスターしているみたいね! さっすがスイミーくん! あたしと兄さんが見込んだノームってだけのことはあるわ!」
賞賛される中、スイミーは額に浮かんでいない汗を拭いってホッと一息。
「ああよかった当たってた……危ない所だった、もしも外していたら僕はどうなっていたことか……でもこの緊張感、どうもクセになっちゃってやめられないんだよねぇ……あ、これって何かしらの危険信号?」
「私たちに何一つ伝わらない攻防戦をするなです」
ネネイが静かな怒りを伝えたところで、カイは再度一同を見回します。
「さて……じゃあ改めまして、カイ・アマギと申します。うちの弟がいつもお世話になっております」
さっきまでの無邪気な様子はどこへやら、まるでかしこまった場で丁寧な挨拶をする大人のように、ぺこりと頭を下げました。
「え、ええっ、あの」
突然の豹変に驚き、咄嗟に言葉が出てこないトパーズでしたが、
「そんなことないのです! こっちこそバムくんにめちゃくちゃお世話になっているのです! アンロックとか!」
「私よりブレスが強いね」
「魔法壁万歳! 僕の最推し!」
「まだ殺せていません」
「大活躍しているみたいでお姉ちゃん安心しちゃった!」
仲間たちが口々に褒めてくれるものですからバムはちょっと照れくさそうに視線を逸らすのでした。なお、
「ルンルンちゃんの発言はみんなスルーなんだ……」
静かに言ったトパーズのこと言葉もスルーされる運命です。
まだバムを殺せていないルンルンは無視されたことも気にせず、彼のことを鼻で笑い、
「しかし、カイさんについての事前説明を怠り、トパーズさんを大いに動揺させて楽しんでから情報を開示するとは……アナタの卑しい神経はトパーズさん相手でも変わりがないということがよく分かりました。どのような理由があれど、好きな子をいじめる男は嫌われますよ?」
「あぁ?」
すごい剣幕で睨みますがルンルンはどこ吹く風、全くのノーダメージで視線を逸らすのでした。
「うんうん、ルンルンちゃんともいつも通りね! お姉ちゃん安心安心! よかったよかった!」
「いいんだ……」
身内からのこの反応は咎めるべきなのだろうか……なんてトパーズが迷っている間にも、ことりが小さく手を挙げていまして。
「バムくんのお姉さん」
「カイちゃんでいいわよ?」
「カイちゃんさんは音楽家さんって言ってたけど、どんな楽器を弾くの?」
呼び方が非常におかしな方向に転換されていますがカイは気にせずニッコニコ。
「あら? 気になっちゃう? 気になっちゃうわよね?」
「お母さんが“カイ・アマギ”っていう音楽家さんのファンで、チケットが当たらなくてお祈りになっているってよく嘆いてたから」
「そうだったんだ……」
トパーズがぼやくと、カイはポンと軽く手を叩きます。
「まっ! そうだったの!? 言ってくれたらS席ぐらい奢っちゃうわよ? バムくんのお友達なんだからそれぐらいさせてちょーだい!」
「いいの? カイちゃんさん」
「いいのよ! あたしめーっちゃくちゃ贔屓するタイプだから!」
公衆の面前でこの発言です。聞く人が聞けば激怒間違い無いでしょう。
つまりは非常識極まりない発言なのでトパーズは顔を引き攣らせつつもバムを見上げて、
「い、いいの……?」
「姉さんはそういう性格だからな。それに、あの人はそれが許されるほどの演奏をしているのも事実だ」
「す、すごいね、それは……」
音楽の世界など一般雑貨店の娘であるトパーズには想像もつきませんが、バムという気難しい身内の口から評価する言葉が出てきているあたり、信用できるのは事実。
そして、カイは話を続けます。
「えっと、あたしが弾いている楽器ね? そうねぇフルート……」
「わあ……」
可愛らしい楽器が出てきてトパーズの表情が明るくなり、
「と、オーボエとクラリネットとピッコロとトランペットとサックスとホルンとトロンボーンとファゴットとチューバとティンパニと木琴各種とギターとベースとバイオリンとビオラとチェロとコントラバスとピアノとハープとドラムと三味線とお琴と尺八とパイプオルガンとチェンバロとマリンバと」
「待って!? ひとつじゃないの!?」
ここでトパーズとうとう絶叫。
「あたしがひとつの楽器に満足するほど安い女だと思わないでねトパーズちゃん。あたしは究極の博愛主義者、人生のパートナー以外のモノはひとつに絞らないと決めているのよ」
「なんだ、姉さんにもやっと恋人ができたのか」
「いやそれはまだだけど」
淡々と独身宣言を済ませたところで。今度はネネイがしっかり挙手。
「いっぱい楽器が使えても、演奏できるのはひとつだけなのですよ? だったら一本の方が効率いいのです」
「あ、オーケストラの一員だとか思ってる? 違う違う! あたしは基本的にソロライブよ! ひとりで弦楽器三重奏とかできちゃうのよ? 見る?」
「なんで!?」
「意味がわかんねーのです!?」
ネネイだけでなくトパーズも一緒に驚愕を向けた先は、カイではなくバムでした。
こうなるのが分かっていたのか、彼は呆れ顔で答えてあげます。
「姉さんの言葉通りだ。弦楽器の三重奏なら、あの人は三つの弦楽器を素早く持ち替えながら演奏する。しかもそれを音が途切れさすことなく実行することができるという、世界でも類を見ない意味のわからん音楽家だ」
「解説を求めた先を間違えてしまったのです」
「ひとりでも限界があるような……!?」
声を振るわせつつもう一度カイを見やれば、彼女は素敵なサムズアップを披露。
「大丈夫よ! 楽器が床に落ちちゃわないようにフワトルを使って保険かけてるから!」
「そこについては誰も心配してないんです! 本当に! 楽器を心配するフェーズに入ってないと言いますか!?」
驚愕の最中、いつの間にか渦中の外に出ていたことりとスイミー。
「お母さんがハマった理由がわかった」
「ことりちゃんのお母さんもいい趣味してるよ、本当に」
なんて静かに言葉を交わすのでした。
ちなみに、どさくさに紛れてことりの腕に抱きついて幸せそうに微笑んでいるルンルンについては全員触れていません。
そしてしばらく騒いだところで「ところで……」とカイは言い、
「みんな揃ってここで何してるの? なんでこんな所で集まっていたのかしら?」
「やっとそこに触れるんだ……」
自由すぎる振る舞いにトパーズがため息を吐き、バムは答えます。
「探索の途中だ。さっきまでダンジョンに潜っていてようやくこの街に辿り着いたところだ」
「今日はもうご飯食べて休むところだけどね〜」
スイミーも一緒になって答えるとカイの目の色が変わります。
「そうなの!? じゃあ、晩御飯はあたしが奢ってあげる!」
という素敵な提案。即座にネネイとスイミーとことりの目が輝きましたが。
「で、でも……」
もちろんトパーズは引け目を感じています。しかしカイは手をひらひら振り、
「大丈夫よ大丈夫! 育ち盛りの学生六人の腹を満たせるほどのお金は余裕であるわ! あたしはノリと勢いだけで発言するような甲斐性のない女じゃないのよ!」
「いいのかな……?」
意見を求めるようにぼやけばバムは頷きます。
「いい。姉さんはこういう人だからこういった提案には素直に甘えておけ。断ると駄々を捏ねて厄介だ」
「え、あ、うん……捏ねるんだ、駄々を……」
成人済みかつ美人な女性がお菓子をねだる子供のように駄々を捏ねてる姿を想像して、すぐに首を振って思考を放棄させました。あながち非現実的な光景でもなさそうなので。
「じゃあこの街の名物の焼肉屋さんでいいわね? お昼ご飯の時に行ったお店があるからそこにしましょうか!」
「ゴチになりまーす!!」
遠慮のないスイミーとネネイは同時にお辞儀、ことりも小さくガッツポーズをしており静かに喜びを表現していました。
すると、ルンルンは顔を上げてことりを見まして、
「では! 夕食の後は私とことりさんの愛の時間ですね! ことりさん、昨晩の甘い時間の続きをしましょうね!」
「昨日の夜はルンルンちゃんに会ってないよ?」
ことり、心からの疑問を抱いて首を傾げるのでした。
「ルンルンちゃんはいつも通り盲目ね〜……っと! そうだ! ちょっと兄さんに連絡するわね!」
思い込みの激しいルンルンの様も見慣れているのか、軽く流したカイは水晶玉を取り出します。魔力で起動する連絡手段のひとつです。
「おにーさん? なんで今連絡するのです?」
「ちょっと野暮用、すぐに終わるからちょっと待っててね!」
問答無用で魔力を水晶玉に送れば、それは淡い光を発し始めます。
首を傾げているネネイたちとは違い、
「始まるね! アレが!」
スイミーが期待に目を輝かせ、
「始まりますね、アレが」
ルンルンが淡々と言い、
「ちゃんと見ておけよ」
バムがトパーズの肩をそっと叩きました。
「え?」
なんで? という言葉が出る前に水晶玉から声がします。
『あれ? カイ? どうしたの? 今日って公演じゃなかったっけ?』
青年の声です。水晶玉に顔も写っているようですが、トパーズからは見えません。
「やっほラゴ兄さん。ちょっと用事があって連絡したの、今は時間大丈夫?」
『大丈夫だけどー? 何か用事ー?』
「ふふ、兄さん、今、あたしは誰と一緒にいると思う?」
『え? 水晶玉使って中継してるけど誰と一緒にいるかまではよくわっかんない』
「実はね〜今ね〜あたしはなんと! バムくんと一緒にいま〜す!」
『は!?』
水晶玉越しにとんでもない声量の声が発せられました。あまりの声にトパーズの毛が逆立ちました。
『なんで!? なんでなんで!? どうしてどうしてどうして!? なんでバムと一緒にいるの!?』
「たまたま! 偶然! 会っちゃった! ちなみにね、バムくんの冒険者パーティの子たちとも一緒だから、スイミーくんとルンルンちゃんだけじゃなくって……ウワサのトパーズちゃんもいるのよ?」
『はー!? ずるいずるい! 羨ましいよそんな状況! ちょ、僕も今からそっちに行く! 座標教えて!!』
「兄さんは今夜商談なんでしょー? あたしはもう仕事終わったからオフ! だから〜可愛い学生ちゃんたちにご飯を奢ってあげつつ、学校での面白楽しいお話をたくさん聞いちゃう予定! トパーズちゃんを可愛がりながらね! 想像以上にもふもふで可愛いのよ! マジで抱き枕にしたいもん」
『ぐぅっ……商談相手の立場上、急に空きを作るわけにはいかない……ま、まさかキミ、それを狙って!?』
「ぐーうーぜーんーでーすー! やーいやーい! 羨ましいだろ羨ましいだろ〜! ざまあみろ〜! 自分の不運とタイミングの悪さを呪うことね!」
『ちくちくちくちくちくちくちくしょー! ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい』
声が響き続ける中、魔力供給を止めると声は消えました。
「ふうスッキリ! 今夜はあたしの完勝ね! じゃ、行きましょっか焼肉!」
満面の笑みで振り向いたカイが見たのは。
「……」
唖然としていることりと、
「……」
絶句しているネネイと、
「…………」
心の底から引いて真っ青になっているトパーズの姿でした。
「あらら?」
少女たちのリアクションにキョトンとするしかないカイは可愛らしく子首を傾げるのでした。
そして、スイミーは満足げに頷きながら言います。
「すっごく面白いでしょ? アマギ家次期当主の座を賭けた後継者同士の争い」
「今のが!? ただの口喧嘩じゃなくて!?」
言葉を失っていたトパーズに言葉が戻ってきました。戻ってきた途端に絶叫ですが。
更にはルンルンも続けて、
「私はもう見慣れてしまったのでなんとも思いませんね」
「ねー? ルンルンちゃん! 僕も一週間毎日たっぷり堪能したし!」
「えぇ……毎日……」
脱力感に襲われる中、身内のバムと言えば目の前の現実から目を逸らさずに。
「あれで本人たちは大真面目だから大目に見てやれ。慣れてしまえば夜中の牛蛙の鳴き声と同じようなモノとして扱えるから気にするな」
「それだいぶうるさいよ!?」
お金持ち特有の感性なのかあの人たちが特段変なのか……一般庶民のトパーズには何も分かりませんでした。本当に、何も。
この後、学生たちはしっかり高級な焼肉を奢ってもらいました。美味しかったそうです。