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    ナナ氏

    なんかいろいろ置いてる

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    ナナ氏

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    【ととモノ3D】フェアリーのオズと黒羽セレスティアのリーヤが素行が悪そうな少女たちと出会い、母を名乗る不審者と関わりながらもパーティメンバーを揃えるお話
    ※微量の百合表現があります

    パーティ結成は母の慈愛により 放課後を迎えて間もない学園はまだ日が高く、空は綺麗な青色、風も心地よく吹いていました。
     多くの生徒たちがダンジョンへ赴いたり、寮に帰ろうとしたり、転移魔法を使ってどこかに遊びに行こうとしたりと様々な思惑で学園内を行き交う、いつも通りのよくある光景。
     それを、運動場の植え込みに生えている木の上から眺めている、黒髪フェルパーの女の子がおりまして。
    「……」
     黒い尻尾をゆらゆらと揺らし、心底興味なさそうな目で生徒たちを眺めていましたが、やがて飽きてしまったのか太い枝の上に寝転がると、風に揺れる新緑の葉を見る作業に戻るのでした。
    「…………退屈」
    「トゥカちゃん、トゥカちゃーん」
     地上から名前のような言葉を呼ぶ声がして、尻尾がピンと立ちます。
     すぐに下を覗き込めば、見えるのはディアボロスの女の子。ショートに切りそろえた髪を揺らしながら小走りで駆けていき、何かを探している様子。
     女の子を見つけた彼女はすぐに声を出します。
    「なんだよノーマ、呼ばなくてもいるっての」
     そう呼べばディアボロスの女の子、ノーマと呼ばれた彼女は立ち止まって振り返り、木を見上げてフェルパーの女の子に改めて声をかけます。
    「トゥカちゃんいたー、そんなところで何してたの〜?」
    「暇潰してただけだっつーの。お前こそうまくやれたのかよ」
    「バッチリだよ〜これでしばらくは余裕で過ごせるね!」
     なんてウィンク。その手には女の子が持つには似つかわしくない黒色の財布が握られていて、すぐにポケットに直したのでした。
     トゥカと呼ばれたフェルパーの女の子は木から降り、ノーマと合流を果たします。
    「で? アイツには見つからずにやれたのか?」
    「そっちも抜かりないよ〜どう見ても初心者で何もかも不慣れな冒険者の卵たちがいたからね〜テキトー言って押し付けておいた! アレならしばらくは居座り続けるよ〜」
    「よしよし上出来だ。これならダンジョンに行かなくても金の心配はしなくていい」
    「ね〜? でも、単位とかど〜するの? 最初の課題を済ませなきゃいけないでしょ〜? ずっと放置はさすがにマズくな〜い?」
     のんびりとした口調で鋭いことを言えば、トゥカは舌打ちで返します。
    「面倒だな……なんで今更初心者用のダンジョンなんかに行かなきゃいけねーんだよ、めんどくせーなぁ」
    「しょーがないよーアタシたち編入生なんだから〜最初からやり直しになっちゃうのも当然だよね〜」
    「くっそ、あれもこれもあの変態母性女のせいだ……」
    「安請け合いしちゃったアタシたちにも非はあるけどね〜」
     そう言ってから、二人はお互いに後方を確認します。ごく普通の、彼女たちにとっては顔見知りでもない生徒たちがそれぞれの活動をしているだけで、二人のことなどまるで眼中にない様子。
     確認し終えてから二人は一緒に安堵の息を吐きました。
    「よし、まだバレてねぇみたいだな」
    「大丈夫だとは思うけど油断ならないもんね〜あの変態母性女は」
    「全くだ……アイツがいない間にオレらはここで平穏を楽しんでおこうぜ」
    「だね〜臨時収入も手に入ったし購買でジュースでも買おうよ〜」
    「お! いいじゃねぇかそれ!」
     なんて楽しげに話しながら、その足はダンジョンではなく購買へ向かいます。
    「もうさ〜アタシたちだけでダンジョンに行っちゃう? 二人でもだいじょーぶでしょ?」
    「ぶっちゃけそれでもいいような気ぃすっけどな……魔物の集団にさえ気をつけていればいけねえことはねえか? 二人の方が逃げやすいし」
    「だよね〜あの変態母性女は職務放棄したことにして、アタシたちだけでやっちゃおうよ〜」
    「そして合法的にあの女をパーティから外してやれば、オレたちの学園生活も少しは平和になるだろうな!」
    「あの女はパーティに入っていても入っていなくても母性してきそうな気はする〜」
    「……言うなってそれを」
     トゥカのテンションが急降下して、運動場から学園内の廊下に入ります。
     そして、ほんの一分ほど使って廊下を歩いたところで、
    「へい! そこの可愛いお嬢さん方! ちょいと俺たちのパーティに入らない!?」
     突然、フェアリーの少年が目の前に現れたかと思えば、軽い口調で手を差し出してきました。なお全長十五センチぐらい。
    「…………」
     きょとんとして黙っていたトゥカとノーマ、やがて顔を見合わせて、
    「……なんだ、コイツ」
    「ショウリョウバッタが喋ってるよトゥカちゃん、どうしよっか〜?」
    「せめて空飛べる羽が生えてる虫にしてもらえないかねぇ!?」
     フェアリー絶叫。
     同時に、彼の後ろから黒い羽のセレスティアの女の子と、エルフの男の子が現れました。
    「あら、虫扱いしてもいいのね?」
    「いや厳密にはよくないっすよ?」
    「虫がいいのかい? じゃあ僕は可愛らしいアゲハ蝶をチョイスしよう!」
    「精一杯のフォローか!? それはお前なりのフォローなのか!? どっちにしろ虫だけど! 今までのハエやガや蚊に比べたらまともな方だけど!!」
     雄叫びの最中、絡まれたままのトゥカとノーマは怪訝な顔。さっさと失せやがれと言いたそうなピリついた様子で、フェアリーを睨み始めます。
    「で、誰だよテメェ」
     まずトゥカが言い出せば、フェアリーは改めて名乗ります。
    「っとすまんすまん。俺はオズ、こっちはリーヤの姐御」
    「好物は焼きそばパンよ」
    「そんでもってこっちは変態のライムント」
    「手厳しいなあ」
     簡単な紹介を済ませてから、ノーマはトゥカに耳打ち、
    「ねえねえトゥカちゃん、エルフを変態扱いするのって最近のトレンドなのかなあ」
    「聞いたことねえよそんなアンチ方面に極振りしたトレンド。どの界隈で流行ってんだ、変態業界?」
    「さあ〜」
     オズたちには聞こえないように話してから、こちらも名乗らないと気付いて、
    「自己紹介されたら自己紹介しなきゃね〜? アタシはノーマだよ〜」
    「……トゥカだ」
    「おう、よろしく!」
     オズが元気に返したところで、ノーマは即座にリーヤを見ます。笑顔でした。
    「とゆーか“ノーマ”と“リーヤ”ってなんか名前が被ってる感じがしてやーなんだけど〜? すぐに改名してくれる〜?」
    「文句ならオズに言って」
    「なんで〜?」
     笑顔がオズに向きました。笑顔でしたが心からの笑みではありません「とりあえず場を和やかにするために明るい表情を作っている」という印象を抱く雰囲気の笑顔でした。
     内情はしっかりオズに伝わったらしく、彼は顔を引き攣らせつつ目を逸らし、
    「……名前一つでケチケチつけんなよ。自分に似てる名前のやつなんて世界にごまんといるだろうが」
     なんて誤魔化すしかありませんでした。
     自称邪神のセレスティア、名前が無いと言い放った生き物に名前を付けたという事情は、非常にややこしい上に説明が面倒です。口を閉ざすのが最善のやり方と言えるでしょう。
     やや険悪な空気を読まないリーヤは、静かにトゥカとノーマを見据え、
    「そんなことより、さっきオズが言った通り私たちは今パーティメンバーを探しているところなの。アナタたちさえよければ……どうかしら?」
     そう誘ってみましたがトゥカは目つきを鋭くしてリーヤたちを睨みます。
    「はぁ? なんでオレたちが……」
    「トゥカちゃん、ちょっと」
    「はあ?」
     文句をぶつける前にノーマに腕を引っ張られ、廊下の隅まで移動。
     オズたちがきょとんとしているのを背中で感じ取りつつ、二人は小声で話し始めます。
    「これはチャンスだよ? マティルっていう変態母性女を確実に押し付けることができるまたとない機会じゃな〜い?」
    「はっ!? そうか! 今までは誤魔化し誤魔化しやってきたが“冒険に慣れてない我が子たちを助けるために誠心誠意世話してやってくれ”って頼めば、あの変態は喜んで上から下まで何もかもを世話するはず!」
    「でしょ〜? 我ながらナイスアイディア! だと思わな〜い?」
    「って、でもよ? アイツってエルフは庇護対象外って言ってなかったか? エルフ野郎はどうすんだよ」
    「それでも生贄が二人もいるなら十分でしょ〜? 細かいことは気にせずに、アタシたちの自由な時間を増やすことだけを考えようよ〜」
    「確かにそうか……これで“未成年の内に不純同性愛行為はいけません!”って言われて邪魔されることもなくなるって思えば」
    「こっちは同意の上でイチャイチャしてるのにね〜マジ迷惑だったよね〜」
    「マジそれ。じゃ、そのプランで行くか」
    「おけおけ」
     話し終えたところで二人同時に振り返り、同じ足取りで戻ってきました。
     答えを待っているオズたちに二人は言います。
    「パーティ入りの件だけどよ」
    「いいよ〜入っても〜」
     真の企みを隠したまま肯定的な返答。内心めちゃくちゃほくそ笑んでいますが、事情を知らない初対面の彼らがそれを悟ることはないでしょう。
    「おお! 願ったり叶ったりだな!」
    「案外あっさり解決したわね」
    「これで一安心……と言ったところかな?」
     三人はそれぞれ喜んでいます。まんまとハメられたと知らずに。
     ついニヤついてしまいそうな表情を抑えつつ、トゥカは話を続けます。
    「実はな、オレらの他にもうひとり、エルフの女がいるんだよ。そいつも一緒にパーティ入りして構わねえか?」
    「へぇ、エルフ……こっちは全然問題ないぞ? な?」
     オズは念の為にとラインムントに確認を取るように返事を促せば、彼は小さく頷きます。
    「同族でも僕は大歓迎さ」
     非常に好感触。事態はトゥカたちの期待通りに転がり続けていますね。
    「そりゃあよかった。オレらも安心だぜ」
    「ね〜?」
     計画が破綻しないで済むからとは言いません。成績は悪くとも悪知恵が働く頭を持っている二人は非常に策士です。
     次に、オズは二人に尋ねます。
    「でもよ、本人いないところで勝手にパーティメンバーを決めちまって大丈夫か? 一応確認とかした方がいいんじゃねえの?」
    「何も気にしなくていいぞ。アイツはボケカス博愛主義者だからな。無断でパーティメンバーを決めちまっても問題ねぇし、逆に喜ぶだろ」
    「カスなのか博愛主義者なのかどっちなんだよソイツ……」
     この場にいないエルフのことを淡々と、悪口のみで語る様にオズは引いていますが、ノーマは笑顔で追撃。
    「あのね〜? カスと博愛主義者と変態と博愛主義者は両立するんだよ〜?」
    「意味が分からないわね」
     吐き捨てるように言ったのはリーヤでした。新たに決まったメンバーに特段興味を抱く素振りは見せませんが、その目はどこか希望に満ち溢れているようにも見えました。
    「これでダンジョンに行ける、お金を稼いで焼きそばパンが買える……!」
     理由は見ての通りですね。オズはノーコメント。
     彼女の好物など心底どうでもいいトゥカとノーマは呆れ顔を浮かべまして。
    「なんで焼きそばパン限定なんだよお前」
    「そんなのどうでもいいよトゥカちゃん。これでアタシたちも安泰なんだからもっと喜ぼうよ〜」
    「そうだな! オレたちのモーディアル学園での生活はこれから始まるってもんだ……!」
     喜びを分かち合いがっしりと手を握り合った時……。
     二人が脳天から衝撃を受ける台詞が。
    「ありがとう。心優しき我が娘たち」
     ライムントの口から、放たれました。
     オズとリーヤにとっては見慣れてしまった自称父性による娘呼ばわりでしたが、トゥカとノーマの顔から笑顔が一瞬で消え失せ、表情が凍りついたではありませんか。
    「…………」
    「…………」
     絶句して立ち尽くす二人。ぴくりとも動きません。
    「あん?」
    「どうしたのかしら?」
     勝手に娘呼ばわりした怒りも戸惑いもない様子にオズとリーヤは首を傾げるばかり。ライムント本人もキョトンとしたままで、娘(自称)たちの変化に静かに戸惑っていました。
     少しの沈黙の末、トゥカがようやく口を開きます。
    「……お、おま、お前、わ、我が、娘……娘っつった、か……?」
     誰が聞いても分かるほど動揺しているのか声を振るわせ、恐る恐るライムントを見上げれば彼は笑顔で答えてくれます。
    「もちろん! 例え血の繋がりがなくても、エルフでないのであれば君たちは僕の娘さ! そして、僕から永遠に、無限の愛を注ぐと約束しよう!」
     高らかに叫んでいますがオズもリーヤも冷めた目。
    「これ、何て言う種類のセクハラに分類されるんすかね」
    「知らない」
     適当に返しました。
     そして、トゥカとノーマは青ざめたまま、お互いの顔を見ます。驚きの青さに染まってしまった幼馴染兼、恋人の顔を。
    「トゥカちゃん……こい、コイツ、こいつ……」
    「ま、間違い……ねぇ、ゲルンカの、ところの……」
    「なんで、なんでこう、貧乏くじばっかり引いちゃうのかな……アタシたちって……」
    「知らねぇ……家族ガチャも仲間ガチャも親ガチャも大敗してる理由なんて、考える気もしねぇ……」
     三人には聞こえない声量で会話を続けていましたが、痺れを切らしたリーヤが二人を睨み、
    「さっきから何をブツブツと言って」
     と、文句を言い始めた時でした。

    「我が娘たち――――――――!!」

     聞き覚えはないけどニュアンスに心当たりしかない声が、トゥカとノーマの背後から響きました。
     反射的な速度で振り返った二人の視界に飛び込んできたのは、金色の長い髪を揺らしながら駆けてくるエルフの女の子の姿。
     右手を振り、左手には植木鉢を抱え、幸せそうな笑みを浮かべてやって来るではありませんか。
    「げっ!」
    「戻ってきたぁ」
     まるで天敵を見つけてしまったようなリアクションに加え、
    「姐御、聞き間違いだよな? 俺ってば白昼夢を見ちまってるんだよな? あのエルフさ、さっき我が娘がどうとか言ってたかもしれないけど、俺がバカな変換しちまってるだけだよな? なぁ? 幻聴の類ってことだよな?」
    「現実と戦いましょう」
     オズとリーヤは遠い目をしていました。
     そうしている内に、エルフの女の子はトゥカとノーマの前で足を止めます。
    「ようやく見つけましたよ? 私の可愛い娘たち。急にいなくなってしまうから母は心配してしまいました。母はかくれんぼがあまり得意ではありませんから……程々にしてくださいね?」
     まるで自分が母親のような言い草にはもはや心当たりしかありません。オズが頭を抱え、リーヤがため息を吐き、
    「誰が娘だ変態母性女!!」
     トゥカ絶叫。ノーマは耳を塞いでいます。
    「あら? 私はそのような名前ではなく“マティル”という、母が三日三晩悩んだ末に付けてくれた名が……」
    「知らねぇよテメェの名付けエピソードなんか!」
    「名前というのは親が子に最初に与える最も尊き贈り物……決して無碍に扱って良いものではなく、一生涯をかけて大切に扱わなければならず」
    「キラキラネームで悩んでる全国の子供に今すぐ土下座しろや!! なんでオレらが関わるエルフは揃いも揃って自称親ヅラするような変態ばっかなんだよ!」
    「はて?」
     マティルと呼ばれたエルフが首を傾げ、トゥカたちの側にいるオズとリーヤとライムントを視界に収めて……。
    「まあ! ライムント!」
     嬉々して名を呼べばライムントも笑顔を作り、
    「マティル! やっぱりマティルだね! ようやく会えたよ!」
     二人のエルフは駆け寄っていき、美男美女が互いに手を取り合います。そして、
    「ライムント……どうしてアナタがモーデアル学園に?」
    「頑張り屋さんなマティルの力にどうしてもなりたくってね。でも、お父様たちを説得するのに時間が掛かって遅れてしまったんだ……すまない」
    「いいえ。アナタが来てくれたのであれば辿り着くまでの時間など気にしません。また、会えて嬉しいわ」
    「ふふ、僕もだよ……マティル」
     なんて愛おしそうに語り合います。背後からラブラブなオーラも出ているように見えるほど、二人の間に甘く尊い時間が流れていました。
    「…………」
    「…………」
    「…………」
    「…………」
     完全に取り残されたエルフ以外ではない種族の四人の心境は今、ひとつになりました。

     ――俺(アタシ、私)たちは何を見せられているんだ……。

    「あーのー? お取り込み中悪いんだけど? キミらってどういう関係……いや、見れば大体察するんだけどな? 一応、念のため……」
     ここでオズ、甘い雰囲気の間に割って入る勇気ある行動を取りました。見ているだけで胸焼けを起こしそうですが、もう起きてますが。
     それに応えるのはライムントで、
    「おっと、紹介しないとね我が息子。彼女はマティル、同郷の仲間であり僕の許嫁さ」
    「許嫁!?」
    「婚約者ってことね、やっぱり」
     リーヤも納得。疑問の解消というよりも確証を得ることができただけですが。
     続いてマティルもトゥカたちに微笑みかけて、
    「我が娘たち。彼は私の許嫁のライムント……アナタたちの父となる方ですよ」
    「誰が父だ誰が娘だボケ」
    「彼氏いたんだ、知らなかったんだけど〜?」
    「そうだ?! 去年の夏休みにお前の集落に行った時はこんなヤツいなかったぞ!?」
     こんなヤツと叫びつつライムントを指します。非常に失礼な行為ですがエルフ夫婦は気にしません。
    「去年の夏かい? あの時はお父様に連れられて兄と一緒に修行に出ていてね……あれも集落の外に出てマティルと共に我が子を愛しむための修行だったのだけれど。とにかくそれで数ヶ月集落から離れていたから会えなかったのさ」
    「そうでしたね。その修行の成果により、外界でこうして会うことができて、とても嬉しく思います」
    「ふふ、僕もだよ」
     なんかまた甘い雰囲気になりつつありますね。トゥカとリーヤは非常に嫌そう。ちょっと吐き気も覚えてきそうな顔色。
    「ほら姐御、あれはすじぐもって言うんすよ。今の時期とか秋によく見られるやつっすね」
    「雲にも種類があるのね」
     オズとリーヤに至っては関わりたくないのか、廊下の窓から空を見上げて雲の観察を初めていました。見え透いた現実逃避ですね。
    「とゆーかさ〜マティルってクロスティーニにいた時ってそこそこモテてたよね〜? キミに夢中になって追いかけていた人たちは、ライムントっていう彼氏のこと知ってるのかな〜?」
     舌打ち混じりでノーマが問えばマティルは首を傾げて、
    「はて? 我がゲルンカの一族は産まれたその時に生涯の番を決めるのが定。誰もが知っているものです、それを周囲に伝える必要などありませんよ?」
     涼しげな顔で言い切りライムントも頷くものですから、女子二人は顔を見合わせ、
    「じゃあ誰も知らないんだ……」
    「一生黙っとこうぜ! おもしれーから!」
     最悪の決断を下したのでした。
    「ところでライムント、何のお話をされていたのですか?」
    「僕たちのパーティとキミのパーティが組むというお話さ。見たところ君たちもまだ三人なんだよね? 僕と我が子たちも現状三人しか集まっていないから、ちょうど良いかもしれないという話をしていたところなんだよ」
    「まあ! ではアナタと共に我が子たちの成長を見守れると!」
    「その通りだよ! 一緒に我が子の成長を見届け、時に背中を押してあげようじゃないか!」
    「ええ! もちろん!」
     淡々と確実に話がまとまっていきます。二人の間でのみですが。
    「どうしよう姐御、爆速で話が決まっていく」
    「私たちがあれこれ言う手間が省けてよかったということにしましょう。この程度の障害なんて、焼きそばパンを前に大したことないわ」
    「姐御はずっとそれなんすか……」
     顔を引き攣らせるオズの向こうで、トゥカとノーマは小声で会話。
    「ヤバいよトゥカちゃん。ゴミを押し付けるどころかゴミが増えちゃったよ……」
    「どうしようもねぇよ! こうなったらゴミクソ夫婦共々、あの二人に押し付ける方法を考えるしかねえだろ……!」
     少し揉め始めた最中、リーヤは静かにマティルの近くまで来まして、
    「ところでマティル。ずっと抱えている植木鉢は何かしら」
     ここまで誰も指摘していなかった小さな植木鉢を指して尋ねました。
     マティルはニッコリ微笑んで。
    「これはですね……我が娘たちへの贈り物です」
    「贈り物」
     「我が娘たち」とは間違いなくトゥカとノーマのことでしょう。植木鉢を足元に置いたマティルはそっとハープを取り出します。精霊使いが武器としても使用するハープですね。
     そして、美しい音色を奏で始めます。
    「草と花と光の精霊たち……我が呼びかけに応え、この美しい命を育むお手伝いをしてください」
     エルフ以外の種族にはなかなか見えない精霊たちに呼びかければ、キラキラとした粒子が植木鉢の上から降り注がれるであはりませんか。
    「オズ、これは何?」
    「こりゃあ精霊魔法っすよ姐御。エルフの得意技で」
     オズが解説を始めたその時、植木鉢がガタガタと震え出しまして。
    「あん?」
     小さな植木鉢から、どう見ても植木鉢より巨大な太さの植物のツルが、勢いよく伸び始めたではありませんか。
    「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
     オズ絶叫、事態を把握したトゥカとノーマも絶叫。廊下は一瞬にして悲鳴と絶叫に包まれました。
    「おぉ」
     リーヤだけ感心した声を上げ、すぐに後ろに下がって距離をとります。
     その間にも植物のツルは質量保存の法則を無視して植木鉢からぐんぐん伸びていくだけでなく、同じ大きさのツルが二本、三本と増えていくではありませんか。
    「なんだよこれなんだよこれ!? どうなってんだよこれはよぉ!」
    「知らねぇよ! いつもの母性だよ!!」
    「俺の知っている母性にクソデカ質量保存の法則ガン無視植物はないが!?」
     こちらに向かってツルを伸ばす植物たちを回避しつつも叫びあうオズとトゥカ。素早い身のこなしを得意とする種族の二人は、怒鳴り合いながらもツルを避け続けています。
     一方で素早い動きを苦手としているリーヤは、剣でツルを斬りながら猛攻を退けていました。今、細いツルを輪切りにして仕留めました。
    「……で、何なのよこれは」
     騒ぎの元凶であるマティルを睨みつければ、笑顔で答えが返ってきます。
    「これは、我が子たちへの試練です」
     ハープの演奏を続けながらハッキリと断言して、更に続けます。
    「愛する我が子を立派に育てるためには、愛を与えているばかりではいけません。時には心を鬼にして、厳しく指導し世の厳しさを教えなくては真の意味で強くなれないのです。だから私は植物と精霊の力を借りて試練を生み出し、我が子の成長を手助けしているのですよ」
    「スパルタ教育というものね」
     言い分は理解できてしまうので納得しますが、オズの文句は止まりません。
    「だからって出会い頭でクソデカ植物生み出すもんじゃねえだろ!? ほとんど関係ねえ俺と姐御まで巻き込みやがって! つーか学校でこんなアホなことすんな! とっとと止めろ!」
    「教育に適切な場などありません。言うならば、どんなところであってもそこは教育の場となり得るのです。この試練、母が自ら手を緩めるのではなく、自分たちの力で乗り越えてみせなさい、私の可愛い子供達」
    「子供じゃないって何度言えば分かるんだよゴラァ!」
     怒鳴りつつもツタの攻撃はしっかり回避します。体が小さい分回避もしやすいため逃げるのは容易ですが、魔法を唱える隙はないため反撃は難しい状況ですね。
    「最近、我が娘たちが勉学を疎かにして怠惰と怠慢を繰り返し……時には罪のない生徒を傷つけ、利益を得ていることもあります。悪いことをしては痛みが返ってくるのだとしっかり教え込まなくてはいけませんから、私はこのように厳しい試練を課しているのですよ?」
     言いつつも演奏は止まりません。よって植木鉢から発生するツルの量も止まりません。太いツルたちが絡み合って壁を作ろうとしている始末。
     で、騒ぎの要因を知ってしまったオズはトゥカを睨みつけ、
    「お前らのせいじゃねえかよ!! 素行ぐらい直せや!!」
    「知らねえよアイツが勝手にやってるだけだよクソが!!」
     当然のように罵り合いが始まります。言い合っていても何も解決しませんが、理不尽による怒りをぶつけずにはいられません。
    「マティルは基本こんな変態母性女だからね〜文句を言うだけ無駄だよ〜」
     のんびりとした声が頭上から聞こえてきて、トゥカは咄嗟に顔を上げます。
     見えたのはツルに両足を縛られて宙ぶらりんになっているノーマの哀れな姿。スカートはしっかり抑えています。
    「ってノーマ?! お前もう捕まってんのかよ!?」
    「距離感をミスちゃった〜、たすけてトゥカちゃ〜ん」
    「助けてぇけど、こうも高いと届かねぇぞ……」
     恨めしそうに睨みつつ、横からツルが伸びてきたので飛んで回避。
     細いツルに狙われ続けているオズもひょいひょいとかわしてはいますが、未だに反撃はできていません。
    「クッソ、こうも攻撃が激しいと人サイズに戻れねえし魔法を詠唱する隙もねえ……!」
     飛びつつ下がっていると、背中がリーヤの背にぶつかります。
     向かってくるツルをその都度輪切りにしたりみじん切りにしたりと、思い思いの切り方で撃退し続けている中、未だに息一つ乱していません。
    「とりあえず、あのエルフを殺せばいいかしら?」
     敵を睨みつつ問い掛ければオズは真っ青になって首を振ります。
    「殺人沙汰だけはやめような? エルフっつーかあの植物急成長大暴走は植木鉢を媒体にしている精霊魔法の一種だから、植木鉢さえどうにかすれば止まるはず!」
    「なるほど、じゃあ精霊魔法を使っているあのエルフを殺せばいけると」
    「だから殺人沙汰はやめようって姐御! いくらムカついても殺したら殺した側の責任になっから!」
     オズ絶叫。同時に細いツルが鞭のようにしならせて攻撃してきたので、それぞれ別方向に飛んで回避しました。
    「あっぶな! 殺す気かよ!」
    「おい待て! お前魔法に詳しい感じか!?」
     真下から声がして視線を向ければ、細いツルを殴り飛ばしたトゥカと目が合います。
    「魔法のスペシャリストでもあるフェアリーを舐めんな! 精霊魔法は専門外だけど霊力とか魔力の動きとかを感知すりゃあ分かるってもんだ!」
    「マジか! 便利だなフェアリーって!」
    「前に一緒にいたフェアリーはクソ人見知りだったから毛ほども役に立たなかったもんね〜」
     頭上でぶら下がっているノーマからも好感触です。今は褒めて喜んでいる場合ではありませんが、満更でもないので頬をかくだけに止めます。
    「お、おう……つーか、お前らは今までこれどうしてたんだよ」
    「攻略法とかわかんないから、手当たり次第に破壊しまくるか〜マティルの気が済むまで勝手にさせてたかな〜」
    「いつも受け入れているということね」
     話を聞きつつリーヤはツルの攻撃を剣で弾き、一歩前に踏み出そうとしますがすぐ真横から別のツルが捉えようと伸びて来て、
    「よっと」
     すかさず斬撃。縦真っ二つに切り裂かれたツルは床に落ちて動かなくなりましたが、代わりに別のツルが四方八方から迫って来るではありませんか。
     不利を悟り、リーヤは後ろに飛んで距離を取ります。
    「これは難しいわね」
    「姐御のパワーがあってもゴリ押しできないのは辛いな……!」
    「クソ! 攻略法がわかっていても近付けなかったら意味ねぇぞ! どーすんだよこれよぉ!」
     トゥカ絶叫。未だに親友を助けに行けないもどかしさがストレスと内面を蝕んでいきますが、時間が経つごとに数と攻撃性を増すツルを相手に手も足も出にくい現実はどうにもできません。
     そこで、オズはエルフたちに向かって叫びます。
    「おいライムント! こいつはお前の彼女なんだろ! 廊下一面をツタで覆い尽くそうとしている彼女の奇行を止めようとしないのかよ!」
     言葉で訴えかける作戦にシフト。我が子からの声を聞き届けたライムントは顎に手を当て、
    「ふむ……マティル。これが君やり方なのかい?」
     感情的にはならず、とても冷静に問い掛ければ笑顔が返ってきます。
    「ええ。断じて娘たちに意地悪をしたいわけでも、意味もなく傷つけたいこともありません。厳しい試練を乗り越え、その先で得られる強さを習得し、母の背中を乗り越えて欲しいと願っているだけのこと……これが、私の愛なのです」
     堂々と答え、オズとリーヤが言葉もなく愕然。ツタの攻撃を凌ぎつつライムントの答えを待ちます。
     そして、しばらくの間考えていたライムントは頷き、
    「愛ゆえの厳しさ……か。我が子を想えば想うほど愛は強くなり、時には過剰になることもある。しかしその過剰さこそ愛の大きさの証であり、子が成長する期待の現れでもある……」
    「その通りです」
    「飴だけを与え、甘やかすことも愛の一種。しかし、それだけを与え続けることは子が成長する機会を奪ってしまうと同義、もはやそれは愛情ではなくただの虐待だ。だから、あえて厳しく教えることで我が子たちへの愛を示している、まさにそれが本当の愛……!」
    「ええ! そうです! そうですとも!」
    「君の考えはどうやら変わってないみたいだね」
    「もちろん! 全ては我が子のため、悪の道に進もうとする我が娘たちを更生させ立派に育ってもらうためです!」
    「わかった。外の世界で研鑽を積んでなお己を曲げることなく我が子を愛し続ける君の実力……見極めさせてもらうよ」
     結論付けたライムント、一歩引くと腕を組んで見守りに徹し始めました。
    「なんでしれっと師匠ポジになってんだよおかしいだろうがよ!!」
    「キチガイ村のキチガイ村民共が! オレが殺してやろうかゴラァ!!」
    「あまり期待してなかったから別にいいわよ」
    「アイツらの頭の上だけに隕石落ちてこないかな〜」
     ツタの被害を受けている四人からは当然苦情の嵐。
    「あら、ライムントは族長一族のご子息ですよ?」
    「聞いてねーよそんなことは!」
     更に激怒した直後に生まれた一瞬の隙。
     ツタがトゥカの腕とオズの全身を縛りつけたのです。
    「げっ!」
    「ぐぁっ」
     二人とも揃って宙ぶらりん。これで無事なのはリーヤだけになってしまいました。
    「あら」
     窮地に追い込まれていますが全く動じていません。自称神は図太いようです。
    「くっそ……結局捕まっちまうのかよ……! ご丁寧に腕を封じやがって、クソが……!」
    「ムギー! 人を簀巻きみたいにすんなー!」
     トゥカもオズも当然のように暴れて抵抗しますが、丈夫なツタはびくともしません。
     植木鉢から溢れ出たツタたちはすっかり廊下の壁を覆い、更には前方後方に緑色の壁を作り外部からの干渉を許さない自然の要塞と化していました。もはや教師クラスの人材でないと突破は容易ではないでしょう。
    「おいおいおい……いつの間にか大事になってんじゃねえか……いつもこんな感じなのかよ!?」
    「おう」
     オズの問いかけにトゥカ即答。絶望的な気持ちにしっかり浸るのでした。
    「あ〜んやめてよ〜そんな変なことしないでよ〜、今日は見せパンじゃないんだよ〜? 三軍の可愛いフリフリでちょっと布面積小さめのパンツなんだよ〜?」
     ひっくり返ったままのノーマは訴えていますが別に何もされていません。スカートを抑える手は離していますが見えるのは黒いスパッツです。残念でした。
    「……いや、お前下はいつもスパッツだろ……?」
    「通りすがりの男子学生に夢を見せてあげるアタシからの粋な計らいだよ〜」
    「夢みがちな男子学生をお気軽に絶望に叩き落としてやんな! 可哀想だろ!」
     優しさから成る叱咤がオズから飛び出した時、ツタの拘束力が増していきます。
    「うげげ、なかなかに苦しい……姐御の拘束と似た威力……」
    「いでででで! 腕の血ぃ止まる! 止まるって!」
    「へるぷみ〜」
     三人それぞれ苦しみ中。リーヤは襲いかかってくるツタの相手をしているため救出に赴く余裕はありません。大苦戦中です。
     見守り続けるマティル、音楽を奏でる手を止めないまま、
    「ああ、我が子たちが苦悶に満ちた表情の中、困難の中で必死にもがき、生きようとしています」
    「そうだね、マティル」
    「ふふ、あの一生懸命かつ、死なないために生にを求めようとして抗う姿はなんと、なんと可愛らしいことか……ふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
     すごく恍惚していました。ヨダレも出ており美人が台無しでした。ライムントはどこか嬉しそうでしたが。
    「お前ただの特殊性壁じゃねぇかふざけんな!!」
     オズ絶叫。
    「クソ変態母性女!! 今すぐ脳爆発させて死ね!!」
     トゥカ激怒。
    「加害癖女はすぐ死んで〜?」
     ノーマ暴言。
    「加害だなんてとんでもない! なりふり構わず生にしがみつく我が子の愛おしい姿に心打たれているだけですよ!」
     マティル本人から弁明が飛びますがオズたちの目の鋭さが和らぐことは決してなく。
    「教育において、子が生死の境を彷徨う必要性ってないと思うのだけれど」
     リーヤも淡々と語りました。ついでにツタを千切りにしました。
    「おい! 姐御にも言われてっぞ! 子育て云々とか絶対に知らない姐御がここまで言ってんだぞ! テメェの異常さをちょっとは自覚しやがれ!」
     クレームを飛ばした直後、オズの額に小石がヒットしました。
    「ぎゃん!」
     もはや発生源は言うまでもありませんね。哀れな妖精は項垂れてしまいました。
    「生と死の境をあえて歩かせることで、我が子の真の力を引き出すだけでなく、今持っている輝きも享受することができるという……君の独創的で愛に満ちた考え方は今でも変わってないんだね、安心したよ」
    「ライムント……!」
     この彼女にしてこの彼氏なのかライムントだけは全てを受け入れる姿勢のようです。感動したマティルが目に涙を溜めているのでした。
    「安心すんなよど変態同盟が!! 絶対にお前らの息の根ぇ止めてやっからな!!」
    「アタシとトゥカちゃんはね、あの一族を滅ぼすことを将来の目標にしてるんだよ〜」
    「早い内に進路が決まってよかったわね」
     心から称賛していない返答をしたリーヤ、また襲ってきたツタを横に斬って再起不能にして、
     背後から素早く迫った細いツタが背中を殴打、鞭に打たれたような衝撃が襲います。
    「ぐっ……!?」
     予想もしてなかった攻撃に倒れ、剣が手から離れて床に落ちてしまいます。
    「しまっ」
     手を伸ばしましたが、別のツタが行手を遮り剣を隠してしまい、
    「な……」
     その背後から、無数の細いツタが――
    「姐御!」
     ぽんっと、軽い音がして。
     人サイズになったオズはリーヤの前に着地すると、杖を構えます。
     素早く魔法を詠唱すると同時に、襲ってきた細いツタが真っ赤な炎に包まれました。
     目の前が、小さな火の海になります。
     やはり植物、本能的に炎を恐れているのか燃え上がらなかったツタたちが引いていき、周囲が少しだけ静かになったのでした。
    「あっぶねぇ……大丈夫か、姐御」
    「……」
     倒れたままのリーヤは、普通の人間と変わらない大きさになっているオズを見上げたまま、固まっていました。
    「ん? 姐御? 怪我してんのか? じゃあヒールで……」
    「大丈夫よ、この程度なら」
     リーヤは立ち上がります。そして、ツタが引いたことにより拾えるようになった剣を持ち上げ、
    「焼きそばパンさえあれば問題ないもの」
     なんて断言するのでした。
    「さいですか」
    「それにしても、あの状況からでも大きくなれるなら早くなればよかったじゃない」
    「できないことはないんすよ? ただ……」
    「ただ」
     首を傾げると、オズはその場で膝をついてしまい、
    「ぜ、全身が鞭打ちみたいな感じなるから……あんま使いたくないんすよ……」
    「諸刃の剣ということね」
     納得したリーヤ、周囲を見れば炎が弱まったタイミングを見計らって再びツタが伸びてきた光景があって、
    「まだ元気ね」
    「ええい! 邪魔!」
     全身の痛みを我慢しつつもオズは顔を上げ、再び魔法を発動。周囲を囲むようにして生まれた炎はツタたちを燃やし、それはすぐに燃え移って他のツタを苦しめていき。
    「チャンス!」
     その隙にトゥカは腕に絡まったツタを引きちぎり、床に降り立ちました。
     直後に姿勢を低くして駆け出します。再度捕えようとするツタたちが襲ってきますが、炎により弱まっているのか動きが止まって見えるほど鈍足化しているため、素早い彼女の敵ではありません。
     向かう先は当然、ツタを生み出し続けている小さな植木鉢。
     行手を阻もうとするツタを爪で一本二本と薙ぎ倒していき、
    「オラァ!」
     植木鉢を殴り飛ばし、壁にぶつけて破壊しました。
    「お見事!」
     マティルから喜びの声が上がると同時に、媒体を失ったツタたちはぐねぐねと苦しそうにもがき始め、やがて事切れたように次々と床に落ちていきます。
     さっきまで元気に敵対していたツタたちはぴくりとも動かないまま、白く輝く粒子になりました。
     粒子たちはほんの一瞬だけ宙に浮かび上がると空気に溶けるようにして、その輝きを失って消えてしまい……。
     緑に包まれていた廊下はあっという間に本来の姿を取り戻したのでした。
     窓も壁も床も天井も、ヒビひとつ付けないままで。
    「媒体を失ったことで霊力に戻ったようだね」
    「そのようですね。今回は母の試練を突破してくれて、嬉しく思いますよ」
     笑顔で語りあうエルフたち。その二人の元にノーマが無言で近づいてきます。
    「あら? どうしまして?」
     きょとんとするマティルの前に立つと同時に、容赦なく腹に拳を一撃。
    「うご」
     そのまま流れるような勢いで、同じ攻撃をライムントにも喰らわせました。
    「うげ」
     揃って倒れるエルフ二人。お腹を抑えて苦しそうに呻いています。
     拳を握ったまま二人を見下すノーマ、もう笑顔はありません。
    「顔面を狙わないだけ、ありがたく思ってね?」
     そう告げてから振り向き、トゥカに笑顔を向けました。
    「それはそうと! かっこよかったよトゥカちゃん! さすがアタシのお嫁〜」
    「へいへい、どもどもっと……で? トドメ刺すか? 今なら何の感情もなくこいつら殺せると思うけど?」
    「目撃者が多いからダメだよ。こーゆーのは証拠を残さず確実にヤらなくっちゃ〜」
     堂々と物騒な話を展開していますが、もうオズは止めません。
    「笑顔の裏でめちゃくちゃキレてんのは分かった」
    「納得しかないけどね……しかし、あれほど暴れたというのに廊下には目立った傷跡ひとつもないなんて」
     周囲を見回しながらリーヤがぼやくと、マティルは腹を抑えながら立ち上がります。その足取りは生まれたての牛。
    「うぅ……ふふっ……私が使役する精霊たちは破壊行為を嫌いますから……必要以上の傷を付けたりしません。万が一のことがあっても霊力を使い……修復、します……」
     まだ腹が痛むのかかなり苦しそうです。それでも解説してくれるのは自称母の愛なのか。
    「イタタタ、いやぁ驚いたよ。危機を脱した高揚感が抑えられない様子だね。元気な娘たちだ」
     反してライムントは笑顔で起き上がってから軽い口調と動作で立ち上がりました。マティルが苦しそうなところを見つけると、すぐに手を差し伸べて肩を貸すのも忘れません。
     その様子を眺めながら、オズは言います。
    「……お前、結構頑丈だよな。さっきも側頭部に岩塩ぶつけられたのにピンピンしてたし」
    「父として我が子を守るため、率先して盾にならなくてはいけないからね。体が丈夫なのは当然のことなのさ」
     心の底から晴々しい気持ちを表したさわやかな笑顔で答えてくれましたが、オズは苦い顔をして目を逸らしたのでした。もう関わりたくないので。
    「じゃあ魔物に襲われたらすぐにコイツを餌にしてオレらはトンズラしようぜ」
    「いいね〜」
     トゥカとノーマはそんな会話。もちろん本人たちに聞こえるような声量で話していますが、エルフ夫婦にその程度の悪口は効きません。
    「なるほど。マティル、君の娘たちは大層お転婆なようだね」
    「ええ……お転婆でちょっと悪いこともしますが……とても可愛い、私の自慢の娘ですよ」
     ご覧の有様です。不良娘二人から舌打ちが飛び出したのでした。
     腹の痛みから復帰したのか、マティルはライムントの手から離れると改めて彼に頭を下げまして。
    「では、娘たち共々、よろしくお願いしますね。ライムントとその子供達」
    「ああ、任されたよ」
     快諾したライムントは、久しく会えた慈愛に満ちた婚約者を幸せそうに見つめて……。
    「いやいやいやいやいや! 流れるように勝手に決めてんじゃねぇよ! 一応チームリーダーは俺なんだから! 許可はちゃんと取ってから話を決めろっつーの!」
     即座に間に入るオズ。どう見ても二人の世界を妨害する邪魔者ですがエルフ二人は和やかです。
    「あら、もしやライムントを……父を取られそうになった嫉妬ですか?」
    「出会って間もないというのに僕をそこまで慕ってくれるんだね。なんていじらしいんだ、フェアリーの我が子、オズ」
    「ちげーよ!! お前らずっと自分の都合の良いように解釈しまくってんよな畜生!!」
     なんて叫んだ直後、オズの肩をぽんと叩くリーヤ。
    「落ち着きなさい。断る理由がどこにあるのよ」
    「う……でもよぉ姐御ぉ……」
     意気消沈しつつリーヤを見上げます。オズが人サイズになっても背はリーヤの方が高いため、必然的に見上げる形になるのです。
     彼女は続けて、
    「仲間がいると言い出したのはオズよ? その言葉に責任ぐらい持ちなさい」
    「ひ、否定しにくいことを……でも、仲間の選りすぐりは必要だと思うっすけど……?」
    「今から探し直して補い切れるとも思えないわ。だったら今から変えるよりも、このままで進めたほうがいい」
    「いやに積極的っすね……最初は俺と二人でも良いじゃんとか言ってたのに……?」
    「焼きそばパンのためもあるけど」
    「けど? なんすか?」
     首を傾げますがリーヤはすぐに答えません。ほんの少しだけ、一呼吸置いてから、
    「……背中を預けられる相手が多くいるというのは、案外悪くないって思っただけよ」
     その青色の目はオズを見ていません。
     どこか遠い世界、遠いどこかに置いてきた思い出を眺めるような目をしているように、オズは見えました。
    「……姐御?」
    「えー? そうなの〜?」
     ノーマが問えばリーヤは答えます。
    「私はずっとひとりで戦ってきたわ。今まではそれでも構わないと思っていたけれど……力が足りない分を補ってくれる人材いるのは、悪いことではないと思えたのよ」
     言った後に「邪神の力も失っているし……」なんてボソリと言いましたが、オズにしか聞こえていませんでした。
    「オレはどっちでもいいけどな。コレを押し付ける相手ができるっつーならよ」
     トゥカの言う「これ」とは間違いなくマティルのことです。ご丁寧に指し示してくれていますし。
    「あらあら」
     なぜか嬉しそうなマティルを差し置き、オズはすぐさま返します。
    「は? 押し付けられてたるまかってんだ。逆にこっちがあれを押し付けっぞ」
     ご丁寧に指し示した「あれ」とはもちろんライムントのことです。
    「ふふ、反抗期ほど愛らしい行為もないね」
    「ええ、本当に」
     ぞんざいの扱いをされてもこの二人にとっては可愛い子供たちによる可愛らしい行為の様子。見守る視線はとても温かく慈愛に満ち溢れており、トゥカとオズは言葉を失うのでした。
    「不屈のポジティブ……というよりも、あの二人には私たちが生後数ヶ月の赤子に見えているのかしら」
    「とんでもポジティブベビーフィルターだね〜」
     適当に返したノーマは改めてオズに問います。
    「で? どうするの? 六人揃ったことだし、これからダンジョンとか行っちゃう系?」
    「嫌だ。疲労困憊している上にこっちは魔法の反動で全身鞭打ちなんだぞ」
    「私も嫌、疲れたし」
     リーヤも一緒になって答えればライムントが頷き、
    「本格的な活動は明日からだね。今日は明日に備えて十分に休養を取って、改めて明日からダンジョンに向かうことにしようか」
    「わかりました。では行きましょうか、我が娘たち」
    「お前らが仕切ってんじゃねぇ!!」
     もう何度目かわからないトゥカの絶叫が飛び出しましたのでした。それを眺める目は相変わらずうっとりしていましたが。
     すると、淡い白色に輝く粒子の玉がふわりと現れると、マティルの耳元に浮かびます。まるで耳打ちをしているかのよう。
    「あら、どうしましたか?」
     その声を聞き届けている最中。
    「はあ……」
     オズは大きなため息を吐き、疲労を存分に表現してくれました。
    「ああもうどっと疲れた……寮に帰って寝たい……」
    「そうね。明日に回してもいいってことにしましょう。焼きそばパンは逃げないわ」
    「姐御は最後までブレなかったなあ……って、そういやトゥカとノーマ、お前らってクラスどこ? 俺と姐御は五組なんだけど」
    「隣だね〜ま、何かあったら魔法で連絡してきてよ〜」
    「オズ、魔法で連絡って何」
    「姐御……?」
    「お前はどんだけ世間知らずなんだよ……」
     リーヤがトゥカたちの呆れた視線を一身に受けた直後、
    「フェアリーの我が子」
     マティルにそう呼ばれ、オズはキッと睨みます。
    「息子じゃないっての! なんだよ!」
     怒りながらも話を聞く姿勢をとると、マティルからひどく冷静な口調で疑問。
    「私の精霊から、アナタからは老練した魔法使いの魔力を感じると伝えられたのですが」
     今度は、オズが皆の視線を一身に受ける番でした。
    「…………」
     視線を受けた妖精は俯き、口を閉ざしてしまいます。夏でもないのに顔中から汗が吹き出して流れ、赤いような青いようなよく分からない顔色になってしまいました。
    「ろうれんって?」
    「トゥカちゃんにも分かりやす〜く説明するなら“経験を積んでいる”っていう感じの意味だね〜? 間違いなく若者に対しては使わない言葉だよ〜」
    「あ? それってよぉ」
    「…………」
    「ああ、たまに変に若者らしくない物言いをすると思ったら、そういうことなのね?」
    「………………」
    「なるほど……例え歳上だろうが君が我が子であることに変わりはないよ。安心してくれたまえ」
    「……………………」
    「もちろんそれは私もです。アナタが例え十歳上でも百歳上でも間違いなく、私の可愛い子ですから」
    「………………………………」
     ひたすらに黙り続けていたオズは、床のタイルの線を見ながら、言います。
    「…………いや、十六歳だし」
    「まったまたあ〜何歳なの〜?」
    「フェアリーってマジで外見と実年齢が釣り合わねえよなあ。で? 今年で生誕何周年目だよ?」
    「いくつなの? オズって」
     口々に問いかけられ、オズは顔を上げました。
    「だから十六歳だから! ぜんぜん! マジで! 違わねえから! その精霊が変な魔力感知しただけだろ! うん! きっとうそう! そうそれ!」
     ヤケクソ気味に叫びますがマティルは冷静に諭します。
    「私の精霊の魔力探知能力は極めて高度ですよ、我が息子」
    「あー! あー! あー! あー! あー!! きーこーえーなーいー!! 俺しーらーなーいー!!」
     喚きながらもぽんっと軽い音がして、妖精サイズに姿を戻すと、
    「帰る!!」
     一目散に逃げ去ってしまいました。フェアリーの素早さを生かした、埃が舞い散るほどのスピードで。
     あっという間に見えなくなった彼が去った方角を眺める五人は。
    「あらまあ、恥ずかしがり屋さんなのですね?」
    「また、我が子の可愛らしいところを見ることができた。僕は本当に運が良い」
    「おっさんか。あのフェアリーって」
    「おっさんなんだろうね〜きっと〜」
    「どうでもいいわね」
     それぞれが勝手にぼやくのでした。



     一刻も早く逃げ出したくて廊下を無我夢中で飛んでいました。
    「やばいやばいやばい……なんで変なタイミングでバレんだよこれぇ……指摘する必要のないことをわざわざ言いやがって……」
     小声で呟きながら頭の中をフル回転させつつ全力で飛び続け、教室の前を通り過ぎた時、
    「うわっ!」
     下で悲鳴が聞こえ、空中で急ブレーキをかけて止まります。
     とっさに振り向けば、尻餅をついている男子生徒が目について、
    「悪ぃ! ちょっと今は急いでんだ! 怪我してないよな! じゃあ!」
     相手の顔をろくに見ることもなく、一方的に捲し立てるとすぐに飛んでいってしまい、もう見えなくなってしまいました。
    「…………」
     座り込んだままの生徒は、ぽかんとしたまま彼が去った方向を眺めていて、
    「どうしたの?」
     ふと、後ろから声をかけられたことで我に返るとすぐに立ち上がりました。
    「ごめんごめん、赤い何かがすごい勢いで飛んでいってさ〜びっくりしちゃっただけ」
    「赤い何かって?」
    「ちゃんと見えてなかったからわかんない……でもあの小ささはフェアリーだったのかも?」
    「そうなんだね」
    「ま、いっか! どうせこの学園の生徒でしょきっと。正体のわかんない物は置いといて早く購買部に行こうよ、ことりちゃん」
    「そうだね、スイミーくん」
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