死後の世界で、記憶がない二人が出会う話②寮の風呂に入り、着替えをした炭治郎は、夜遅くに煉獄の部屋の扉をノックすると、すぐに煉獄が出迎えてくれた。部屋の間取りはどこも同じようで、備え付けの家具はほぼ炭治郎の部屋と同じだった。しかし部屋の真ん中に、炭治郎の部屋には存在しないコタツが設置してあることにすぐに気がついた。
炭治郎はここの世界に来たばかりなのでここにも四季があるのかはわからないが、夜になると部屋が少し寒くなってきていた。丁度風呂上りで少し冷えてきていたので、コタツに入れるのはありがたい。
「煉獄さんの部屋、コタツがあるんですね!!」
嬉しくなって、小走りでコタツに入り込んでしまった。電気で動いているので、昔のもののように火鉢が足元になくて足が伸ばせて気持ちがいい。炭治郎は、まるで自分の部屋のようにコタツの中に潜り込んでゴロゴロとしてしまう。しかし、こんないいものを煉獄は一体どこから持ってきたのだろうか。寮というのであれば、大体どこも備品は一緒のはずである。
「このコタツ、どうしたんですか?」
「あぁ、ちょっと別の部屋から拝借してきた」
「えっ、これ借りられるんですか!?俺も部屋にコタツ欲しいですー」
すごく期待した目で見られた煉獄は、思わず笑ってしまった。
「あー、正確に言うとだな、宿直室から奪ってきたんだ。校内を探せばまだあるかもな」
コタツの出所がわかり、炭治郎はがっかりしてしまった。仮にも先生の部屋から奪ってくるだなんて、やっぱり煉獄さんは酷い人だと怒りそうになる。
「……、そんな人の物を勝手に持ってくるだなんて、酷い。軽蔑します」
「まぁ、そう言うな。それに、竈門、君今すごくコタツの中で気持ちよさそうな顔しているぞ。絶対出る気ないだろ。文句があるんだったらコタツの線を抜いてしまうぞ」
意地悪そうな顔をしてコタツの線を抜こうとするので、炭治郎は渋々ごめんなさいと謝った。やっぱりコタツの温かさにはあらがえない。この際、コタツの出所については不問としよう。
「……、このコタツな、どうせ使っていないものだったんだ。人間でない彼らには必要ないだろうし、10年もここに住んでいるとさすがにコタツが恋しくなったんだ」
「じゅ、じゅうねん!?10年もここにいるんですか!?」
10年、という言葉に炭治郎は驚いてしまった。出会った時からずっとここにいるとは言っていたが、まさか10年もいるとは思いもしなかった。学生ってそんなに長い間するものでない気がする。だが、炭治郎も何故ここにいるのかさえ分からない状態なのだから、煉獄と同じ状況に陥る可能性がある。そう考えると、何だか怖くなって、コタツの中で温かいハズなのにぶるるっと身震いした。
「そう、もうここに来て10年になる。おかげで、色々なところから色々なものを拝借してきたので、生活用品だけは増えたぞ。日本茶のセットもあるから、それでも淹れようか」
煉獄は慣れた手付きでケトルでお湯を沸かし、急須にお茶を淹れて、コップ2つと一緒にコタツまで持ってきた。よっこらせと座ってコタツの中に入り、コップ2つにお茶をいれて、片方のコップを炭治郎に差し出した。
煉獄がわざわざ淹れてくれたし、なによりお茶に罪はない。嫌々ながら、炭治郎はコップを受け取り、一口飲んだ。
「……、これ、美味しいですね」
「それはよかった。この十年でお茶を淹れるのはうまくなったかな」
ケラケラとから笑いした煉獄は、さて、と話を切り出した。
「どこから話をしたらいいものか……、この十年で色々とあったからな……。あぁそうだ、まずは学生達に感じる違和感の正体だったな」
「はい!すごくそれは気になりました!ここの学生の人達と話をしても、いまいち生きている人間と話をしている気がしなくて」
「皆、自動人形のようだっただろう?」
「そうですね、なんだか、定型文を喋る人形のようでした」
「まさにその通りなんだ。実際に生きて……、いや、我々も死んでいるんだが、この世界で自我を持っているのは恐らく今は俺達だけだ」
「えぇ!?どういうことですか!?」
「ここの生徒と先生は、どうやらこの世界特有のプログラムで動いているらしい。皆人間のようだが、自我はない。俺達がこの世界から抜け出すには、ある一定の到達点まで達しないと脱出できないらしい」
煉獄の話す内容が難しすぎて、炭治郎はさっぱりわからず、顔が歪んでしまう。わからなさ過ぎたのが顔に出ていたのか、煉獄に笑われてしまった。
「そんなすごい顔をするな、今からゆっくりと俺の体験してきた10年の話をしてやるから」
炭治郎はこくんと首を縦に振った。
*
煉獄が初めてここにたどり着いた時、炭治郎とまったく同じ状態だった。自分が何者かも思い出せず、出会った先生からは急に今日からここの学校の学生だからと言われ、この世界での生活がスタートした。最初は戸惑う事ばかりだったが、数ヶ月も経てば何とか慣れてきた。しかしそのころから、少しずつここの学生に違和感を覚え始めた。
人間と会話をしている気になれず、あまり授業にも出なくなってきたころ、他の学生達とは明らかに違う反応を見せる学生が数人いることに気がついた。その人達に声を掛けると、皆煉獄と同様に、気が付いたらこの世界に居た、と口をそろえて言った。そして、皆この世界からの脱出方法なんて知らないという。それはそうだ、気付いたらここの世界に居たのだから、出口なんて誰も知る由もない。
しばらくその記憶喪失の学生数人で集まって生活をしていたある日、その内の一人が食事中に突然皆の目の前から消えてしまった。普通に皆でご飯を食べていただけなのだが、その日唯一違ったのは、その日のメニューは珍しく親子丼だった。消えた学生は「これだ……」とだけボソッと呟いて、光の粒子になって消えていった。
皆訳も分からず戸惑っていたが、次の日には別の学生が、皆で深夜集まって購買部で買ったポテトチップスを食べながら話をしていて、煉獄が途中でその子から目を離した瞬間フッと目の前から消えていた。他の者に聞いたところ「なんだか、皆と集まって話が出来て、嬉しいなぁ」と言って、笑顔で消えたそうだ。
何故突然人が消えるのか。その謎がわからないまま、残った者たちで謎を解明することとなった。皆何も思い当たるところもなく、とりあえず図書館で参考になりそうな本を探してみることにした。探している間も、一人、また一人と消えていき、気付けば一緒に過ごした仲間はついにあと一人になっていた。この世界から消えることが果たしていい事なのか悪い事なのかもわからない今は、何としてでも残ったこの一人を助けてやらねば、という思いでお互い必死になって手がかりを探した。
そしてついに、煉獄ではない、もう一人の最後の学生が手がかりとなる本を見つけ出した。俺はもう読んだからと、煉獄にその本(というよりも日記だったが)それを渡した。「この本を読んでようやくこの世界がわかった気がしたよ。これで煉獄を救えるな。俺はもう十分だ、ありがとう」
そう言い残して、最後の一人も煉獄の前から消えてしまった。
少しの寂しさを覚えながらも、残された煉獄は自室に戻りその本を読んでみることにした。その本は、煉獄達よりも前にこの世界にたどり着いた人間の日記のようだった。
〇月〇日:記憶が全くなくて怖い。初めてのことばかりで戸惑ってしまう。ここでの生活に慣れる日がくるのだろうか。
〇月〇日:怪我が一瞬で治ってしまった。試しに腕にナイフを突き刺してみたが、やはり同様だった。
〇月〇日:ここの学生は皆いい人ばかりだが、同じ話ばかりでつまらない。本当に生きている人間なのだろうか。
〇月〇日:全てが嫌になり、学校の三階から飛び降りるも、気付けば学校の玄関前で寝ている。どうやらこの世界では死ねないようだ。
〇月〇日:どこか周りとは雰囲気が違う人がいたので話しかけてみたら、同じ境遇の人達だった。もしかすると、他にも私のように記憶をなくしてここにたどり着く人が定期的にいるのかもしれない。少しだけ生きる希望が出てきた。
〇月〇日:この世界から脱出できない今、記憶を探す以外やることがないので、今日から色々な場所を探してみることにする。
〇月〇日:今日もご飯が美味しい。もしかすると、昔の私は満足にご飯も食べられなかったのかもしれない。
〇月〇日:目の前で仲良くしていた学生が消えた。その子がしてみたいと言っていた体育祭の終わりに、二人で寮に戻っていたら「今日は徒競走で一番も取れたし、本当に嬉しかった」と満面の笑みを浮かべて消えた。何故消えたのか、全くわからないが、嬉しそうな彼女の最後の笑顔が忘れられない。
〇月〇日:この日も脱出の手段を探し図書館で本を読んでいると、とある本に目が留まった。記憶は思い出せないのに、何故だかすごく懐かしい気分になった。
〇月〇日:また人が一人消えた。それも前の子と同じように、満足したような笑顔で消えた。一体どういう仕組みなのだろか。
〇月〇日:ある仮説を立ててみた。既に私達は死んでいて、死後に何らかの未練がある人間がここにたどり着き、それを解消出来ればここから脱出できるのではないだろうか。だとしたら、私の未練とは一体何なのだろうか。以前図書館で手にした本をもう一度読み直してみる。とある戦争に駆り出された女の子が、国を救って英雄になるのだが、一転魔女扱いされて最後は逆賊として殺されてしまう。もしこの話の女の子が私だったとして、未練は殺されたことなのだろうか。違う気がする。最後、誰かに何かを伝えたかったんじゃないだろうか。
〇月〇日:とある学生がこの世界にやってきた。その学生を見た瞬間、ようやく私は自分が何をしたかったのかを思い出した。私がこの世界から脱出するには彼が来てくれなければいけなかった。死ぬ前の私が、最後まで愛していた彼。でも、それを生前伝えることはできなかった。もし仮に、彼に愛を伝えられたとしたら……。私は今日、彼に思いを伝えてこの世界から卒業する。最後に、次にここに来る誰かのために、この日記を図書館に忍ばせておこうと思う。皆の願いが叶いますように……。
この日記を読んだあとも、煉獄はこの世界から消えることはできなかった。煉獄は自分の未練がなんだったのか、未だに思い出せていない。そしてその間にも、新しい人が来ては、消えていくのを煉獄はずっと見続けていた。誰も彼も、消えるときは満足した顔をして消えていくので、あながちこの日記の仮説は間違いではないのだろう。