ベタなやり方「では、また次の機会に」
「はい、さようなら」
一号は悟飯の部屋で一時間程の会話を楽しんだ後に窓から自宅兼仕事場へと帰宅した。姿が完全に見えなくなるまで窓からしっかりと見送ると悟飯は窓を閉めた。談話しながら飲んでいたコーヒーのカップを片付けようとした時にカップの影に隠れたボールペンを視認する。
「今回はボールペンか」
黄色に赤いラインの入ったボールペン。それは悟飯の持ち物ではない。一号の持ち物だろう。ペンを使っていた姿を見ているので確実にそうだと言える自信が悟飯にはあった。
悟飯は『今回は』と発言した。つまり前回も似たようなことがあったのだ。前回はいつもは腰に装着している光線銃。前々回もあった。忘れ物はでっかいマント。そのさらに前回は……片手で数えきれない程の回数、一号はこの部屋に忘れ物をしている。
最初は意外とドジっ子なんだなと微笑ましく思った。回数を重ねた今はネジ何本か抜けてないかと心配している。そろそろヘド博士にメンテナンスを提言したほうが良いのだろうか。あのヘド博士が自身の大切なガンマ達のメンテナンスを怠るとは思えないのだが、今現在一号の行動に問題が生じている。
ボールペンは次回来たときにでも渡そうとデスクに置かれたペン立てに差しておいた。
次回、とは言ったがその日はすぐに来る。恐らく明日だ。忘れ物に気づいた一号は次の日に必ず取りに来る。そして少し話をして帰っていくと新たな忘れ物が『まるで隠されていたかのように』存在しているのだ。
「ベタだなぁ……」
それが何を意味しているのか、分からないほど悟飯は鈍くはない。あえて気づいていない振りをしている。しかしそれもそろそろ限界だ。
「明日、やるか。ピッコロさんと組手して体ほぐしておこう」
カップを片付けに部屋を出たまま、その日悟飯が部屋に戻ってくることはなかった。
※※※
「すまない、忘れ物をしてしまったようだ」
次の日の昼過ぎに一号はやって来た。窓から「お邪魔します」と礼儀正しく入室を果たした来客者に忘れ物のボールペンを渡すとにっこり笑みを浮かべながら両肩を掴んで。
「はぁっ!」
「!?」
勢い良く押し倒した。決して軽くはない身体が盛大な音をたてて床に叩きつけられる。一号にはとくにダメージはなさそうだが床は無事だろうか。抵抗されると思って本気を出したのだがほんのちょっぴり後悔した悟飯だった。
「よいしょ……と」
「!?何を!?」
床に倒れたまま一号は目の前の光景に驚愕した。老人の様に掛け声を出したと思ったら自分の腹の上に跨りそのまま座り込んてしまった。腹の上に悟飯の温もりがじんわりと伝わってくる。体温三十五度か……意外と体温が低いな、ではない。そんなことを考えている場合ではない。
「どきなさい!」
「嫌ですよ。良いじゃないですか、お腹に座るくらい。別に苦しくないでしょう?」
「良くない!絶景だけど良くない!」
悟飯が意地の悪い顔で見下ろしている。一号からしたらそれは絶景だった。もし第三者が目撃していたら「お邪魔しました、ごゆっくり」とそそくさ退散する光景だった。
「絶景か……一号さん、本当にボクのこと大好きですね」
「〜!」
「あは!顔真っ赤ですよ、うぶだなぁ。……ボクに告白してきた時とは大違いだ」
悟飯は真っ赤になり湯気を噴出している一号を見つめながら少し前の出来事を思い出している。
『好きだ、性的な意味でお前が欲しい』
一ヶ月程前、淡々としたまるで調査結果を伝えるかの様に告白をしてきた。ライクではなくラブの意味でと言いたかったのであろう『性的な意味で』の部分は告白として如何なものかと思った。でも不快ではなかった。丁重にお断りはしたのだが。
自分には妻も娘もいる。了承する筈がない。普通なら多少はショックを受ける結末だろうに、『わかった』と素直に頷きその後は何事もなかったかのようにいつもの会話が始まった。
その日からだ。忘れ物が仕込まれるようになったのは。
「潔く諦めたかのように装って……随分ベタなことしますね?少しでもボクに会う時間が欲しかった?理由なくボクに会いに行くのは流石に気が引けた?少しでも、ボクの中に自分の存在を埋め込みたかった?」
思いつく限りの忘れ物の理由をべらべら述べていく。どれも正解のようだ。バツが悪そうに顔を横に向けて現実から逃避しようとしている。
「まぁ、生後二年足らずじゃこんなものか。人造人間ガンマも流石に恋愛はまだまだみたいですね」
両足でわざと身体を締め付けると湯気の量はヤカンが沸騰した時のような量になっていく。ちょっと虐めすぎたかなと思いつつもその姿がなかなかに面白くて止められない。ボクって実はSだったのかな、悟飯は自分の新たな一面を垣間見た。
「どけ……!オレが、我慢できている間に!」
「……それですよ、ムカつくんです。『わかった』て諦めました、て雰囲気出しておいてこんなベッタベタな方法使って、全くボクを諦めてない。でも成就は諦めてる。矛盾してますねぇ?」
手を真っ赤な頬に添えると煮えたぎった湯のように熱い。大丈夫だろうか、あとで氷でも与えておこう。服も湯気でびちゃびちゃだから着替えさせて、床を拭いて……やることがてんこ盛りだ。自分がやったこととはいえなかなか面倒くさい。
「ボクね、昔から欲しいものは何が何でも手に入れようと努力してきたんですよ。夢も、奥さんも、娘も、大切なあの人も、全部全部、頑張って手に入れました。死にものぐるいで努力しました。だから、こんな回りくどいささやかすぎる努力されるとこう……イラッときてしまって」
唇と唇がくっつくギリギリの距離まで顔を近づけた。目を背けることなんか許さないと告げているその瞳は赤くぐるぐる渦巻いているのが一号のレンズに反射して見えている。
「ボクのこと好きで犯したくてしょうがないならもっと死ぬ気でかかってこい。そうしたら少しは貴方との未来も考えなくはないですよ」
「……抱かせろ。それか交換日記から始めさせてください」
「極端すぎる。十五点」
終