相応しいのは自分だけ「よし、可愛く出来た……かな?」
大きな鏡の前で一人の少女がくるくる回る。普段着ることのない白いワンピース。ほんのり赤く色づいた唇。普段よりも瞳が大きく見えるようにまつげはしっかりあげている。普段することのないお洒落に苦戦しながらもなんとか満足出来る仕上がりに口角は自然と上がっていた。
「よし、頑張って……デート行くぞー!」
孫悟飯、ピチピチの十七歳。本日人生初のデートの日である。
「よし、いないな……今のうち!」
家の扉を僅かに開いて外の様子を恐る恐ると探っている。悟飯は外にとある人物がいないかを確認していたのだ。その人物とは勉強を疎かにしてはいけないと注意してくる母親でも一緒に組手しようと誘ってくる父親でも、遊んでと飛びついてくる可愛い弟でもない。
「今日こそは、ピッコロさんにバレていないはず……!」
幼い頃に自分を誘拐し超スパルタで鍛え、修行後は悟飯が危ない目にあうと何処からか現れる白いマントのナメック星人、ピッコロだ。普段は「ピッコロさん大好き!」とニコニコ笑顔を浮かべて懐いている悟飯だがこのときばかりは違った。会いたくない。絶対に何が何でも会いたくない。そんな気持ちで心の中はいっぱいだった。
気配を懸命に消し、恐る恐る森の中を駆けていく。デートの時間まではまだ十分すぎるほどの時間があるが、この先起こる可能性の高い出来事を考えると少しでも時間は短縮したい。本気を出して走りたいところだがそんなことをしたら折角のワンピースは破れて汚れて、見るも無惨なことになるだろう。可能な限りおしとやかに、それでいて迅速に、悟飯は前へ前へと進んでいく。
「わっ!?ととっ……」
地面に転がる石に気づかずに踏んでしまった。慣れない靴に足元がおぼつかない悟飯はバランスを崩してしまう。転んでしまうと思わず両目をギュッと力強く閉じて衝撃に備えた。
ぼふっ
「……あれ?」
想定していた衝撃とは大分異なる感触。目の前に広がるのは茶色い地面の土ではなく紺色の世界。その色には見覚えがあった。
「足元をちゃんと確認しろ。転んで傷がついたらどうする」
頭上から声が聞こえてくる。低いその声色も紺色の世界同様見に覚えがありすぎた。恐る恐る上に視線を向けるとそこには本日一番会いたくなかった大好きな人がいたのだった。
「ありがとうございますピッコロさん……今日はどのような用事で?」
「なに、こそこそ走る猫がいたから捕まえに来ただけだ」
「ボク、猫じゃありません!て、ちょっと!離してください!」
気づいたときにはピッコロの両腕が悟飯の背中へ回されていた。捕まえた獲物を逃すまいとその腕の力はなかなかに強力だ。本気を出せば抜け出せるだろうがそんなことをしたら服とピッコロにかなりの被害が出てしまうためはばかれる。
「お前にはオレの渡した道着が一番似合っている」
背中からジッパーの下がる音がする。開かれた背中から下着は丸見えだ。
「ピッコロさんのえっち!ひゃぅ!?」
「随分と気合が入っているな。オレの知らない柄だ。フン、気にいらん」
爪先で少し強く引っ張るだけで、ブラのホックはパキンと割れた。「折角今日のために買ったのに」と顔をしかめた悟飯のことなど気にもせず、今度は顎を持ち上げ自分の方へと視線を向かせた。
「チッ!顔にも色々塗りやがって」
「んっ……!やぁ……っ」
互いの唇が触れ合う。悟飯は隙間から侵入してくる青い舌を追い出そうと自身の舌を動かすがそれは悪手だった。動き回る互いの舌が絡み合い、その激しさで口から唾液が零れ落ちていく。
酸欠と、口の中を襲う快楽が悟飯の身体の自由を奪っていく。力が抜けていく感覚にこれ以上好き勝手させてたまるかとピッコロの胸を強く一回叩いた。ドン、と鈍い音と同時に「うっ」と苦しそうな声が聞こえる。強く叩きすぎたかと罪悪感が心の中に芽生えるがそもそも悪いのは同意なしにキスをしてきたピッコロさんだと生まれた芽はすぐに摘み取った。
「フン」
ピッコロは要望を正しく理解し聞き入れ唇を離した。伸びた銀色の糸がぷつんと切れる。
「不味い」
ピッコロの唇には先程まで悟飯の唇を華やかに彩っていた口紅が付着していた。それを舌で舐め取り顔をしかめている。そんな姿が格好良く、色っぽく見えてしまい少しの間惚ける悟飯だったが我に返り再び怒りをあらわにした。
「折角お化粧したのに!酷い!」
「そんなものつけるな」
「可愛くしなきゃ!今日デートなのに!」
「行く必要ない」
「なんで!いっつも邪魔するんですか!何度目ですか!?ボクのデート邪魔するの!」
「十七回目だな」
ピッコロの奇行は今回が初めてではなかった。魔人ブウを倒し再び平和が訪れスクールに通っている悟飯は漸く戦士ではなく一人の女の子として生活が出来ると思っていた。数ヶ月前までは。
『孫さんて可愛いね』
普段話すことはない別クラスの男の子からの言葉。可愛いなんて言われたことなど殆どない。周りの大人たちは大抵『強い』『偉い』といった悟飯の強さと頭の良さを褒めてくる。外見を褒めてくる相手など母親くらいなものだった。
男の子からの言葉に悟飯は照れながら『ありがとう』と告げた。その瞬間目の前の彼の顔は赤みを増して目線を左右に動かし動揺しているようだった。
『もし、良かったら二人で何処か出かけない?』
その言葉がデートの誘いだと気づいたのは了承した後、ビーデルにこの出来事を教えたときだった。デート、異性との交流。そうか彼は自分のことを異性として意識していたのか。戸惑いもあったが嬉しさと未知の体験への興味が勝る。ビーデルに協力してもらいデートに相応しい服や化粧品を用意して、いよいよ明日というときにピッコロに念話で呼び出された。
呼び出され神殿へと赴いた悟飯を待っていたのは凶悪な顔をしたピッコロだった。その後ろではオロオロと状況を見守るデンデとポポ。
『あの?ピッコロさん、ボク何かしちゃいましたか?』
『構えろ。足腰立たなくなるまで相手をしてやる』
返事を返す暇もなく、ピッコロの大きな拳が悟飯へと繰り出される。勿論避けた。何度も何度も拳と蹴りが悟飯を襲う。
『え!?え!?』
訳がわからない。なぜ突然特訓をする羽目になったのだろうか。攻撃を避けている間に理由を尋ねてもピッコロは悟飯の納得のいく答えを言ってくれなかった。
『誰が!渡すか!』
そんな唸り声が時折ピッコロの口から零れていた。結局その後暫く一方的な組手が続き、翌日の朝にはピッコロの宣言通り足腰立たなくなった悟飯はデートをドタキャンしてしまったのだった。後日男の子には何度も謝ろうとしたのだが男の子は何故か『すみませんすみませんオレなんかが声をかけてすみません許してください!』と逃げられてしまった。
その後も同じクラスの男の子、先輩等何度か誘いの言葉をもらったのだがその度にピッコロの妨害が入りデートは中止になった。そして声をかけてきた男子は皆二度と悟飯に近寄らなくなるのだ。最近では声をかけてくる男子もいなかったのだが三日前に久々にやってきたデートのお誘い。今日こそはと思ったのにやはりピッコロはやって来た。流石の悟飯も怒り大好きな師匠相手だろうと怒鳴りたくもなる。
「ボクもう十七歳なんです!デートくらい良いじゃないですか!それになんでピッコロさんが邪魔するんですか!こういうのってお父さんとかがやることじゃないですか!?」
自分で言っておきながら心の中でお父さんは別に止めないなと冷静に自分でツッコミを入れておいた。悟空なら下手したらデートという言葉すら知らないかもしれない。
「駄目だ、お前にそんなもの必要ない」
「〜!ピッコロさんなんか……!なん、か……!」
必死に続きの言葉を吐き出そうと口を金魚のようにパクパク開閉しても言いたいことは出てこない。
「ハッ!嘘でも『嫌い』と言えないくらいオレのことが好きなんだろうが」
楽しげで嬉しそうな声。そんな相手に苛立ちを感じるがその通り過ぎて言い返せない。大好きな師匠相手にそんな暴言は決して言えない。
「そこいらのお前の顔や胸、外見しか見ていない阿呆共より、お前の好きな食べ物苦手なもの趣味得意なこと、あらゆることを理解しお前の行動に付き合えるオレの方がずっとお前に相応しい」
「わわっ!」
決して小さくはない悟飯の身体を俗に言うお姫様抱っこで軽々と持ち上げたと同時にピッコロの身体が宙に浮く。
「お前が自分で自覚するまで様子見のつもりだったがまぁ仕方ない。無理やりにでも自覚させてやる」
「自覚!?何のことですか!?」
「ここまでくると可愛さ余って憎さ百倍、というやつだな。続きはオレの部屋で、だ。その気にいらん服と化粧、全部消してやる」
数時間後一組のカップルが誕生し、この日以降悟飯がスクールでデートの誘いを受けることはなかった。
終